欧州委員会のオムニバス法案(CSRD及びCSDDD等の規制簡素化法案)と日本企業への影響

ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2025年5月)

近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定又は制定の準備が急速に進められています。企業をはじめ様々なステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。

今回は「欧州委員会のオムニバス法案(CSRDおよびCSDDD等の規制簡素化法案)と日本企業への影響」についてご紹介します。

1. オムニバス法案の目的及び背景

2025年2月26日、欧州委員会は、EUにおけるサステナビリティ関連規制の簡素化(特に企業の報告等に係る負担の軽減)を図り、EUの競争力を促進することを目的とする、オムニバス法案(オムニバス・パッケージ)を公表しました。オムニバス法案は主に以下の内容で構成されています。

CSRD*1の適用時期並びにCSDDD*2の国内法移行期限及び適用時期の延期に関する指令案*3(以下「ストップ・ザ・クロック指令案」といいます)
② CSRD及びCSDDDの規制内容を改正する指令案*4(以下「簡素化法案」といいます)
③ CBAM規則の内容を改正する規則案
④ EUタクソノミーに関する開示並びに気候及び環境に関する委任法を改正する法案

EUでは、CSRDが2023年1月に、CSDDDが2024年7月にそれぞれ発効するなど、適用対象企業におけるサステナビリティ規制対応の負担は増加しています。

そのような中、2024年9月に公表されたMario Draghi氏の報告書「The Future of European Competitiveness」において、CSRDやCSDDDにより生み出された規制対応の負担やコストに注目しながら、欧州が競争力や強靭性を促進するための規制環境を構築することの必要性が強調されました。同年11月の欧州域内の競争力強化を掲げたブダペスト宣言では、各国政府の首脳は、企業に対する明確で単純かつスマートな規制枠組みを確保することを宣言し、欧州委員会に対し報告義務を2025年上半期までに少なくとも25%削減するための具体的な提言を求めました。かかる要求に応じ、欧州委員会はCSRDやCSDDDを含むサステナビリティ関連規制の簡素化を図るオムニバス法案を公表するに至りました。

オムニバス法案は、今後欧州議会及び欧州理事会にて検討・決議を経て、三者間協議(トリローグ)などを通じて合意形成を行い、合意された指令案等につき官報公告に掲載されることにより効力が発生することになります。今後の審議によりその内容が変更される可能性はありますが、欧州委員会は、現状の案が成立・発効した場合は、CSRDの適用対象企業を80%削減し、CSDDDへの対応コストを年間3億2000万ユーロの低減を見込むことができるとしています

オムニバス法案のうちストップ・ザ・クロック指令案については、2025年4月3日に欧州議会、同月14日に欧州理事会でそれぞれ承認され、成立しており、近く施行される見込みです(本年12月31日までに国内法化されます)。以下がその概要となります。

  • CSRDの適用開始時期を2年間延期(Wave2(NFRD対象企業以外の大会社等)を2027年会計年度(2028年報告)に,Wave3(上場中小企業等)を2028年会計年度(2029年報告)に延期)。なお、EU域外企業については適用開始時期に変更なく、2028年会計年度(2029年報告)
  • CSDDDの国内法移行期限を1年間延期(2027年7月26日までに変更)
  • CSDDDの適用開始時期を1年間延期(1段階目を削除し2段階にし、2028年7月26日に変更)

2. オムニバス法案におけるCSRDの改正ポイント

オムニバス法案は、CSRDの適用対象範囲を縮小するとともに、ESRSの将来的な変更等により適用対象企業の報告要件を削減するなどの措置を含むものであり、企業のCSRD対応に関するコストの大幅な削減(年間コスト削減総額は約44億ユーロとなる可能性がある)をもたらし、EUの競争力を高めることが想定されています。なお、オムニバス法案では、ダブルマテリアリティ(社会的インパクトと企業への財務影響の双方の重要性)の観点からの分析を要する点についての変更はありません

オムニバス法案で提案されているCSDDDの改正内容は以下のとおりです。

現行 オムニバス法案
(1) 適用開始時期の延期:Wave2,3について適用開始を2年間延期し、準備期間を付与
  • Wave2:大会社及びlarge groupの親会社:2025年1月1日以後開始会計年度(2026年報告)
  • Wave3:上場中小企業等:2026年1月1日以後開始会計年度(2027年報告)
  • Wave2:大会社及びlarge groupの親会社:2027年1月1日以後開始会計年度(2028年報告)
  • Wave3:上場中小企業等:2028年1月1日以後開始会計年度(2029年報告)
(2) 適用対象範囲(スコープ)の縮小:EU域内企業は従業員数1000名超要件、EU域外企業はCSDDDの閾値と整合、適用対象は約5万社から1万社に
  • EU域内企業
    大会社及びlarge groupの親会社((a) 総資産残高2,500万ユーロ超、(b) 純売上高5,000万ユーロ超、(c)従業員数250名超)のうち2つ以上の要件を充足する会社)
  • EU域外企業
    (a) EU域内純売上高が1億5,000万ユーロ超
    (b) EU域内に以下の子会社又は支店を有する企業:
    (i) 子会社:大企業又は上場企業(零細企業を除く)又は(ii)支店:純売上高が4,000万ユーロ超
  • EU域内企業
    大会社及びlarge groupの親会社(従業員数1000名を超える会社で、(i)総資産残高2,500万ユーロ超、又は(ii) 純売上高5,000万ユーロ超のいずれか要件を充足する会社)
  • EU域外企業
    (a) EU域内純売上高が4億5,000万ユーロ超
    (b) EU域内に以下の子会社又は支店を有する企業:
    (i) 子会社:大企業又は上場企業(零細企業を除く)又は(ii)支店:純売上高が5,000万ユーロ超
(3) バリューチェーンにおける情報収集:バリューチェーンキャップによる中小企業等の負担軽減
従業員1000人以下のCSRD適用対象外の会社は、EFRAG(欧州財務報告諮問グループ)策定のVSME(任意の中小企業向けサステナビリティ報告基準)に基づき任意報告をすることができる。当該会社に対して、VSMEに基づく報告内容を超える情報を要求することは原則禁止
(4) ESRSの改定:データポイント削減による報告負担軽減
1000以上のデータポイント ESRSを再検討し、データポイントを減少させるための改定
(5) セクター別基準の導入なし:負担増加会費のため導入なし
欧州委員会にセクター別基準を導入する権限を授与 負担増加回避のため、セクター別基準を導入しない
(6) 合理的保証基準への移行なし:保証対応負担増加回避のため合理的保証基準への移行なし
欧州委員会に2028年10月1日までに合理的保証基準を採用する権限を授与 限定的保証から合理的保証基準への移行を行わない
(7) EUタクソノミー:開示内容の削減による報告負担軽減
CSRD適用対象となるすべての企業に義務付け
  • 純売上高が4億5,000万ユーロ以下の企業については、任意開示へ変更
  • 報告テンプレートを簡素化し、データポイントを減少

3. オムニバス法案におけるCSDDDの改正ポイント

オムニバス法案は、CSDDDの適用対象企業の負担の軽減と公平な競争条件を確保することを企図しており、最も重要なコスト削減策として、間接的な取引先で発生する負の影響に関するデューディリジェンスの義務を原則的対象から外し、定期的なモニタリングについても5年毎の頻度を減らすことなどを講じるものとされています。コスト削減額は、保守的に見積もっても、年間3億2000万ユーロとなるものと見込まれています。オムニバス法案で提案されているCSDDDの改正内容は以下のとおりです。なお、オムニバス法案では、CSRDと異なり、CSDDDの適用対象企業の要件の変更は提案されておりません。

現行 オムニバス法案
(1) 国内法移行期限及び適用開始時期の延期:1年間延期し、準備期間を付与

国内法への移行期限:2026年7月26日

第一段階の適用時期:2027年7月26日

国内法への移行期限:2027年7月26日

第一段階の適用時期:2028年7月26日

※ 適用会時期を3段階から2段階に変更

(2) デューディリジェンス・ガイドラインの発行時期の前倒し:適切な準備のためのガイダンス発行
2027年1月26日までに策定・公表 2026年7月26日までに策定・公表
(3) EUにおける規制の調和:上乗せ規制制限による調和の促進
EU加盟国でより統一的な規制内容とするため、負の影響の特定・評価、負の影響に対する防止・軽減・終了のための措置及び苦情処理メカニズムなどについては、上乗せ規制不可
(4) バリューチェーンにおける情報収集:バリューチェーンキャップによる中小企業等の負担軽減
従業員500人未満の中小企業等に対して、VSME(任意の中小企業向けサステナビリティ報告基準)に基づく報告内容を超える情報を要求することを原則禁止
(5) デューディリジェンスにおける詳細評価の対象範囲の見直し:原則的な詳細評価の対象範囲を縮小
自社、子会社及び活動の連鎖における(直接・間接の)ビジネスパートナーを広く対象とする

詳細評価(in-depth assessment)については、自社、子会社のほか、原則として、活動の連鎖における「直接の」ビジネスパートナーを対象とする。

間接のビジネスパートナーについては、当該パートナーの事業において人権・環境への負の影響が発生し、又は発生する可能性があることを示唆する信用性のある情報(plausible information)がある場合には対象とする。

※ なお、「活動の連鎖」の定義には変更なく、事業活動のマッピングの対象は、自社、子会社、直接・間接ビジネスパートナーを含む

(6) 是正に関する最後の手段としての取引関係終了:是正策の義務付け範囲の見直し
負の影響を防止又は十分に軽減することができない場合の最終手段(last resort)として、各加盟国の法令の許容する範囲で取引関係を一時停止したり、重大な負の影響である場合には取引関係を終了(terminate)させることが求められる

取引関係を終了(terminate)させる義務は撤廃

※ 負の影響を防止又は十分に軽減することができない場合は、取引関係を一時停止し、それにより増大した影響力を行使して取引先と解決に向け協働を継続する

(7) ステークホルダー・エンゲージメントを要する場面:ステークホルダー・エンゲージメントの見直し

ステークホルダーの定義に、企業及び子会社並びにビジネスパートナーの製品・サービス・運営により「直接的に」影響を受ける者であることを追加し、その範囲を制限

ステークホルダー・エンゲージメントを法令上要する場面を限定(取引関係の終了又は停止に関する決定、モニタリングのための量的・質的指標検討の場面を削除)

(8) モニタリング期間の見直し:モニタリング期間を見直し、負担軽減
デューディリジェンスの内容の適切性と有効性について、原則として、少なくとも12か月ごとにモニタリング 原則として、少なくとも5年ごとにモニタリング。但し、新たなリスクが生じた場合のみならず、既存の措置が適切又は効果的でない場合には実施しなければならない。
(9) 気候変動対策:気候変動緩和移行計画に関する義務の緩和
気候変動緩和のための移行計画策定・実施義務 気候変動緩和移行計画の実施義務を撤廃(但し、計画の中に実施するアクションを含める)
(10) 制裁:違反時の制裁の見直し
違反時の制裁として、全世界の年間純売上高の5%以上を上限とする罰金を定める 欧州委員会がEU加盟国と協力して、罰金のレベルに関するガイドラインを策定するが、具体的な罰則の内容は各加盟国に委ねる
(11) 民事責任:民事責任の枠組みの再検討

EU共通の民事責任追及の枠組みを構築

労働組合やNGOなどに代表訴訟提起を認める制度の整備

EU共通の民事責任追及の枠組みを構築する規定を削除する。民事責任に関しては、各加盟国の国内法に委ねる

労働組合やNGOなどによる代表訴訟提起に関する規定を削除

なお、上記のオムニバス法案が成立した場合、CSDDDとドイツのサプライチェーン・デューディリジェンス法(LkSG)*5とで、特に、リスクの詳細評価の対象範囲は類似することとなります。但し、依然として両者には、適用対象企業の範囲、活動の連鎖の範囲、環境リスクの範囲、気候変動緩和移行計画に関する義務、制裁等の点で相違点があるため、企業は、CSDDDの義務内容を踏まえた対応が必要となります。もっとも、リスクベースアプローチでのデューディリジェンスを遂行する点で両者は共通しているため、既にLkSGに対応している企業はそのノウハウをアセットとして応用・拡大して対応していくのも一案であると考えられます。

4. 日本企業への影響

まず、オムニバス法案のうち近く施行予定であるストップ・ザ・クロック指令によりCSRD及びCSDDDの適用開始時期が延期されることから、適用対象企業に当初想定していたスケジュールに更なる準備期間が付与されることになります。

しかしながら、CSRDとCSDDDのいずれの対応についても、グループ会社は勿論のこと、取引先を含めたバリューチェーン全体での体制構築、制度設計、運用、ガバナンス整備等が必要となるため、毎年の積み上げにより着実に高度化を図っていくことが必要です。そのため、日本企業としてもこれまで想定していたスケジュールを緩めることなく当初想定のとおり取組みを進めることを推奨します。たしかにオムニバス法の簡素化法案の内容次第では対応内容に変更が生じることも想定されますが、法令内容等に左右されることなく、人権・環境等に関するデューディリジェンス及びこれらに関する開示を遂行する目的に沿って、ひいてはこのような取組みが企業価値向上に繋がることを意識して、各企業のサステナビリティに関する方針に従い着実に取組みを進めていくことが重要です。

なお、簡素化法案の審議の動向によりますが、日本企業としては、CSRDについては、適用対象範囲が変更される可能性があるため、グループ内のどの企業の適用対象判定に影響が生じ得るのかを予め検討しておくことが考えられます。もっともCSRDの適用対象になるか否かに関わらず、企業が社会、環境、ガバナンスにどのように向き合っているのかはステークホルダーの重大な関心事であり、これを無視して企業のサステナブルな経営を実現することはできません。そのため、取組みの実体面を整備しつつ、ステークホルダーに積極的に開示し、効果的なエンゲージメントを図っていくことが必須と考えられます。

また、CSDDDについては、たしかに、デューディリジェンスにおける詳細評価の対象範囲の見直しなどが提案されていますが、リスベースアプローチによりリスクの高い領域等からデューディリジェンスを遂行していくことには変更ありません。直接のビジネスパートナーのみならず間接のビジネスパートナーを含むバリューチェーン全体のマッピング、リスク評価、リスクベースに基づくデューディリジェンスの計画的遂行などを実行していくことが重要です。日本企業としては、EUをはじめとする各国の法令の内容に左右されることなく、国連指導原則に基づくデューディリジェンスをベースに着実に高度化を図ることで、企業活動が社会・環境に与える影響をマネージしつつ、企業のサステナビリティ経営の実現に近づいていくものと考えられます。

*1 コーポレート・サステナビリティ報告指令(Corporate Sustainability Reporting Directive)(CSRD)は、2014年に導入された非財務情報開示指令(Non-Financial Reporting Directive)を改正して、環境権、社会権、人権、ガバナンス要因などのサステナビリティ情報に関する定期的な報告を義務付ける指令であり、2023年1月5日に発効しています。CSRDの詳細は、当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2023年2月)
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/legal-news/legal-20230224.html)を参照。

*2 コーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(Corporate Sustainability Due Diligence Directive)(CSDDD)は、一定の売上高等の要件を充足する対象企業(EU域外企業を含む)に、自社及び子会社の事業並びに活動の連鎖(Chain of activities)におけるビジネスパートナーの事業に関する人権及び環境のデューディリジェンスの実施や開示等を義務付ける指令であり、2024年7月25日に発効しています。CSDDDの詳細は、当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2024年9月)
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/legal-news/legal-20240926-1.html)などを参照。

*3 COM(2025) 80 final: 
https://commission.europa.eu/document/download/0affa9a8-2ac5-46a9-98f8-19205bf61eb5_en?filename=COM_2025_80_EN.pdf

*4 COM(2025) 81 final:
https://commission.europa.eu/document/download/892fa84e-d027-439b-8527-72669cc42844_en?filename=COM_2025_81_EN.pdf

*5 LkSGの詳細は、当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2021年10月)(https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/legal-news/legal-20211029-1.html)などを参照。

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執筆者

北村 導人

北村 導人

パートナー, PwC弁護士法人

山田 裕貴

山田 裕貴

パートナー, PwC弁護士法人

小林 裕輔

パートナー, PwC弁護士法人

日比 慎

日比 慎

ディレクター, PwC弁護士法人

蓮輪 真紀子

蓮輪 真紀子

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久保田 有紀

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湯澤 夏海

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山下 胡己

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