SNSを活用したコロナ禍における人々の心理的変化の洞察ーテクノロジー最前線 データアナリティクス&AI編（3）

新型コロナウイルス感染症と人々の心理的変化

新型コロナウイルス感染症の世界的な流行は、私たちの生活を一変させました。自身が感染症に罹る不安、無症状病原体保有により周囲に感染させてしまう不安といった「感染症そのものに対する不安」。新しい生活様式による職場・学校でのオンライン化（非対面化）による不安、マスクなどの一部商品が品薄になることへの不安といった「生活における不安」。ワクチン供給や医療体制の不足、ワクチン接種による副反応等に対する「医療における不安」。著名人が罹患したとのニュースや、不正確な情報（デマ）などから生じる「社会における不安」。それらはいずれも、感染症の蔓延前には想定し得なかった新たなストレスとして、私たちの心理に少なからず影響を与えてきました。

一部メディアによって「コロナうつ」という言葉が取り沙汰されているように、コロナ禍における心の不調は社会問題となっています。OECD（経済協力開発機構）の調査によれば、日本国内のうつ病の有病率は新型コロナウイルス蔓延前の2013年に7.9%であったものが、2020年初頭には17.3%とおよそ2.2倍にまで増加し^*1、国内の2020年の自殺者数も著名人の死にも影響されてリーマンショック以降11年ぶりに増加に転じたと報じられています^*2。

以上のことから、コロナ禍におけるメンタルヘルスの把握・不調の早期発見とそのケアは非常に重要なテーマであり、それを実現できる技術の開発が望まれます。

コロナ禍における人々のメンタルヘルスの推移

このような東日本大震災におけるメンタルヘルスケア分析のスキームを利用して、コロナ禍前後におけるメンタルヘルスの状態を評価しました。

東日本大震災における分析でも、2020年頃にMFIが低下していますが（図1）、投稿内容を具体的に見ていくと、「コロナ」という単語とネガティブな単語が併記されており、コロナによる影響が見て取れます。

ただし、あくまで母集団が東日本大震災の分析の際に抽出したアカウントであり、「発災当時にアカウントを持っていた者」という前提のため、2020年にかけて投稿数が減少してくること等に鑑み、改めて母集団を抽出しなおして評価していく必要があります。

今回は以下の分析条件のもと、前述のOECDの調査を参考に、コロナ前後の1年間の投稿データを用いてそれぞれのMFIの平均値を比較しました。

• 前提条件
  心が極端に不健康な人は、そもそもSNSを使っていないと推察されます。そのため、SNSに投稿できる程度の健康状態のユーザーに限定した分析を行うことを前提としました。また、SNS利用者は若年層（20代以下）が多いことが知られています。したがって、若年層（20代以下）および壮年層（30代〜40代）をメインの分析対象としました。

• 利用データ
  2020年1月1日〜2022年2月28日の期間に投稿された投稿のうち、「コロナ」という単語が入っている約100件／1日、合計8万件の投稿データを取得しました。

分析イメージ図

• 分析手法
  自然言語処理を行い、MFI⁴の時系列変化を定量化・可視化しました。また、前パンデミックフェーズの健康状態からの変化を調べるため、以下の定義に従いコロナの流行中の各フェーズと2群間で有意差検定を行いました。

1. フェーズの定義
   コロナの流行に合わせて各流行のフェーズを以下のように定義しました。
   
   前パンデミックフェーズ：2020年1月～2020年3月
   第一波：2020年4月～2020年5月
   第二波：2020年7月～2020年8月
   第三波：2020年11月～2021年3月
   第四波：2021年4月～2021年6月
   第五波：2021年7月～2021年10月
   第六波：2022年1月～2022年2月
2. メンタルヘルスの定量化方法
   8万件のテキストデータの中にあらかじめ定義しておいた健康辞書^*5に当てはまる単語が含まれる場合、健康／不健康の状態に応じてそれぞれテキストを1投稿ごとに「健康」または「不健康」に分類しました。分類した投稿を週単位で集計し、MFI4を算出しました。
3. 回復の評価
   定義したフェーズごとにMFIの平均値を算出し、それぞれのMFI平均値に対して検定を行うことにより統計的有意差を評価しました。

さらに、人流や経済指数等のさまざまなデータとの相関を分析しました。特に就業においては、美容室の倒産が4倍になり^*6、また、ブライダル業界では1兆円規模の損失が見られたので^*7、MFIと相関があるのかを確認しました。
データソースは、簡易的に、内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局と内閣府地方創生推進室が提供しているV-RESA（https://v-resas.go.jp/）から抽出しました。

• 分析結果
  2020年1月頃は相対的に低かったMFIが、同年6月頃に０に漸近し、メンタルヘルスが健康と不健康の平衡を保つポジションに推移しました。同水準で20201年夏まで推移し、東京オリンピック期間中にMFIが上昇しました（図表2）。
  コロナ初期と比べて統計的有意差が認められたのは、第二波から第五派までの間で、オミクロン株流行による第六波では統計的な有意差はなく、再びメンタルヘルスが不健康になりました（図表3）。
  MFIの変動は他の変数と相関が見られませんでした（図表4）。

• 考察
  コロナ初期と第一波以降の各フェーズのMFIの比較から、メンタルヘルスの一次的な落ち込みは回復していることが示唆されます。国内における緊急事態宣言やさまざまなステークホルダーの対応による効果なのか、逆に惰性による自粛の限界を示しているのかは、ディープダイブによる追加分析が必要だと考えられます。
  第一波から第五波までは途中のオリンピック開催もあり、MFIは高水準を推移していましたが、時間の経過とともに再び健康と不健康の平衡状態に戻ったと考えられ、MFIの本質的な性質として弾性を持っている可能性があります。
  
  当初はMFIとコロナによる死者数や新規陽性者数等に相関があるという仮説を持っていましたが、今回利用したデータおよび分析手法では立証することができませんでした。地域別にデータを抽出したり、SNSのアカウント属性でセグメントしたりすることによって、さらに分析の精度を上げる試みにはチャレンジする価値があると言えます。