テクノロジーの社会実装を高速に検証するPwCの独自手法「Social Implementation Sprint Service」-テクノロジー最前線 エンジニアリング編(4)

2023-04-27

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「アジャイル開発」は計画から設計、実装、テストといった開発工程を機能単位という小さいサイクルで繰り返すことが最大の特徴となるものの、ビジネスアイディアの創出から実社会への実装まで定義されていません。本稿では、PwCコンサルティング(以下、「PwC」)が提唱する社会実装サービスである「Social Implementation Sprint Service(社会実装スプリント)」とアジャイル開発との違いや、社会実装スプリントにおけるエンジニアリング検証フィールド拠点の必要性、社会実装スプリントを活用した実例、社会実装スプリントにおける情報連携方法についてご紹介します。

社会実装スプリントとアジャイル開発の違い

社会実装スプリントはシステム開発などで主流となるアジャイル開発に類似していますが、いわゆる「アジャイル開発」は計画から設計、実装、テストといった開発工程を機能単位という小さいサイクルで繰り返すことが最大の特徴となるものの、下記3項目までは定義されていません。

  • ビジネスアイディアの創出
  • PoC
  • ビジネスプランの策定

社会実装スプリントはアジャイル開発で定義されていない上記3項目を補うためにPwCが考案した社会実装サービスであり、下図に準じた各メンバーがスクラムを組み、チームとして提供しています。

社会実装スプリントにおけるエンジニアリング検証フィールド拠点の必要性

PwCのエンジニアリング組織は、上図のTechnology Laboratoryに導入された最新機器を活用して社会実装スプリントにおけるMVPの開発を担います。3次元(3D)空間情報の研究施設であるTechnology Laboratoryには全体に3D点群やメッシュデータが存在するだけでなく、デジタルとリアルをつなぐためのデバイスが導入されたデジタルツインとなっており、下記のようなさまざまな環境を想定したデータの取得とMVPのユーザー検証が可能です。

  • 建物の1階に位置する拠点のエントランスを基点とした屋内外の3D空間情報の連携
  • 拠点に存在する鏡やガラス張りの部屋で正常に測位できないLiDAR SLAMなどの対応
  • 拠点内の階段を利用した立体的な避難シミュレーション

下記は拠点に導入されている機器の一例ですが、さまざまな社会課題解決のニーズに対応するため、多種多様な技術、デバイスを含む構成となっています。開発したMVPはエンジニアが社内外のあらゆる方とスキルや技術の実装に向けて、Technology Laboratoryの来訪者に対してデモンストレーションを行うとともに関係者と情報を共有しています。

  • 3D空間再現ディスプレイ
  • 半球面ディスプレイ/モーションベース
  • 屋外用/屋内用ドローン
  • 産業用/陸上ロボット
  • Mixed Reality(MR)ゴーグル
  • Virtual Reality(VR)ゴーグル
  • 産業用/個人用3Dプリンター
  • ハプティックデバイス

災害変容時の行動変容を促すデジタルツインの設計・実装パッケージ

災害変容時の行動変容を促すデジタルツインの設計・実装パッケージは、ユーザーが危機的な状況を仮想空間で「実体験」し、そのユーザー体験を現実社会にフィードバックすることで、災害発生時の効果的な対策に活かす事が可能です。本パッケージは前述の社会実装サービスである社会実装スプリントのアプローチを取り入れており、その内容について順を追って説明します。

  1. 危険度を認知する:ビジネスアイディアの創出
  2. 避難手段を習得する:MVPの開発、PoC
  3. 避難行動を先導する:ビジネスプランの策定・実施

危険度を認知する:ビジネスアイディアの創出

ビジネスアイディアはTechnology Laboratoryに導入された機器とゲームエンジンを活用したデジタルツインを短期間に連続的なシミュレーションにより構築することで創出しています。センサーが取得したデータをデジタルツイン上に反映させるだけではなく、災害を仮想的に発生させることも可能で、上記の動画の左手に映る火炎はデジタルツインの管理画面上で、Technology Laboratoryの床上をタップした箇所に発生させています。

避難手段を習得する:MVPの開発、PoC

PoCは技術の精度よりも体験を重視するため、MVPは2次元ではなく手触り感のある3次元データを採用しています。上記の動画の黄色の立体的な避難経路はシミュレーター上で発生した火災を避けるようにリアルタイムに自動計算されており、出口へ先導するドローンとともにMRゴーグルに表示することで、今までにない立体的な避難方法が習得可能です。

避難行動を先導する:ビジネスプランの策定

ビジネスプランは上記の2のデジタルツインのデータを元に策定、現実社会にフィードバックすることで社会実装を目指しています。上記の動画はドローンが対象ですが、陸上ロボットへの反映も可能です。

現在の災害変容時の行動変容を促すデジタルツインの設計・実装パッケージはクライアント先の環境で3Dスキャンしたデータを元に自動生成した避難経路や指示誘導を学ぶ避難訓練を実施するまでに成長しています。また、本パッケージは3D点群の取得からメッシュの生成、ラベリング、ルートの生成、実機との位置同期までの自動化を考案しており、特許出願済みです。

社会実装スプリントにおける情報連携方法

社会実装スプリントは文字どおり社会実装に焦点を当てており、各種の社会実装に係るアイディアや、ノウハウなどを社会実装スプリントに取り組むメンバー間で共有することが重要となります。このため、私たちは情報連携にも力を入れています。当社が取り組む情報連携の中から、PwCグローバルネットワークに所属する当社ならでは情報連携方法を3つご紹介します。

  1. エンジニアリング組織内のプレゼンテーション
  2. Global accelerator community
  3. Global newsletter

エンジニアリング組織内のプレゼンテーション

エンジニアリング組織内のプレゼンテーションでは、1名のエンジニアが1カ月に1回程度の頻度で自身の領域や興味に対する技術テーマを、エンジニアリング組織内に向けて発表しています。発表は社外向けのTechnology Blogへ進むためのレビューも兼ねており、聴講者によるフィードバックを踏まえてアップデートすることで、ビジネスプランや技術的な妥当性の改善を繰り返し図っています。また、発表者は日本を拠点とするエンジニアリング組織だけでなく、上海を拠点とする国外のエンジニアも含まれており、拠点間で密に連携をとっております。

Global accelerator community

Global Accelerator Communityは、各分野やプロジェクトごとに分かれたチャットスペースであり、PwCグローバルネットワーク内に所属する国内外メンバーと情報連携が可能な媒体です。私たちは主に下記の用途として活用しています。

  • 受信:各国のメンバーが発信する各分野に関する案件の相談を可能な限り対応して、案件獲得につなげています。詳細情報はチャットスペースではなく、メールやビデオチャットを利用することで、案件の秘匿性を担保しています。
  • 発信:空間情報に関する技術の国際標準化に向け、開発したMVPの情報を共有するとともに各国のニーズを伺っています。

Global newsletter

Global newsletterは、PwCのグローバルネットワーク内の各分野で活躍する国内外の有識者が、全世界の拠点にメールを発信する媒体です。メンバーが2022年10月にロンドンを訪問した際は、昨今話題のメタバース関連のメールがPwC Global Metaverse Newsとして発信されていたため、プロジェクトの担当者であったPwC英国のメンバーと連絡を取り、PwC英国のロンドンオフィスへの見学とその後のコラボレーションが叶いました。現在は発信側として、前述のGlobal Accelerator Communityと同じく海外の案件獲得や、空間情報に関する技術の国際標準化に向けて取り組んでいます。

以上が社会実装スプリントに沿って進められた実例の1つである「災害変容時の行動変容を促すデジタルツインの設計・実装パッケージ」と、社会実装スプリントの思想に則った当社ならではのユニークな情報連携方法です。当社はクライアントのニーズを満たすため、PwCグローバルネットワークの海外拠点メンバーとともに、研究施設の最新機器や技術を使用した手触り感のあるプロトタイプを開発しています。ご興味のある方はご連絡をいただけますよう、よろしくお願いいたします。

執筆者

S. Yanagisawa
マネージャー、PwCコンサルティング合同会社
専門分野・担当業界
AR(Augmented Reality)、VR(Virtual Reality)、XR(Extended Reality)、3D空間情報(空間ID)、メタバース

ARに特化したソリューション開発企業のAR App Developerや、メガベンチャー企業のXR Research Engineerを経て、PwCコンサルティング合同会社に入社。服飾学校の特別講師も務める。スマートグラスやVRデバイスを活用した企画から研究、概念実証、サービス開発まで一貫したXR分野に関する経験を豊富に有し、直近は3D空間情報やメタバースに関する研究開発に携わる。

T. Nagashima
ディレクター、PwCコンサルティング合同会社
専門分野・担当業界
エマージングテクノロジー


大手システムインテグレーション会社を経て、2012年にPwCコンサルティングに入社。十数年にわたりIT/デジタル領域のコンサルティング業務に従事しており、IT/デジタル戦略策定、データ戦略策定、ガバナンス策定、ロードマップ策定、システム開発、大規模システム構築におけるPgMO/PMO、PMI、BCP、業務改革など、IT/デジタル領域において幅広い専門性を有する。近年は主にメタバース、XR、IoT/デジタルツイン、ブロックチェーンなどの先端テクノロジーを活用した新規事業の計画策定や本格展開に係るコンサルティングサービスを提供している。

テクノロジー最前線―先端技術とエンジニアリングによる社会とビジネスの課題解決に向けて

データアナリティクス&AI編

(1):テック人材の採用と維持における企業の課題
(2):フィーチャーエンジニアリングとは?
(3):SNSを活用したコロナ禍における人々の心理的変化の洞察
(4):自然言語処理(NLP)の基礎
(5):今、データサイエンティストに求められるスキルは何か?データサイエンティスト求人動向分析
(6):コロナ禍における人流および不動産地価変化による実体経済への影響
(7):「匠」の減少―技能継承におけるAI活用の道しるべ
(8):開示された企業情報におけるESGリスクと財務インパクトの関係性の特定
(9):ビッグデータ分析で特に重要な「非構造化データ」における「コンピュータービジョン(画像解析)」とは
(10):自然言語処理・数理最適化による効率的なリスキリングの支援
(11):スポーツアナリティクスの黎明 サッカーにおけるデータ分析
(12):AIを活用した価格設定支援モデルの検討―外部環境変化に即座に対応可能な次世代型プライシング
(13):MLOps実現に向けて抑えるべきポイントー最前線
(14):合成データにより加速するデータ利活用

エマージングテクノロジー編

(1):ブロックチェーン技術の成熟度モデルとステーブルコインの最新動向について
(2):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」のデジタルツイン構築とデータの管理方法
(3):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」における共通ID「空間ID」と自律移動体の測位技術
(4):G7群馬高崎デジタル・技術大臣会合における空間IDによるドローン運航管理

エンジニアリング編

(1):COVID‐19パンデミック下のオンプレミス環境におけるMLOpsプラクティス
(2):機械学習を用いたデータ分析
(3):AWSで構築したIoTプラットフォームのPoC環境をGCPに移行する方法
(4):テクノロジーの社会実装を高速に検証するPwCの独自手法「Social Implementation Sprint Service」-テクノロジー最前線
(5):自動車業界におけるデジタルコックピットの擬人化とインパクト
(6):成熟度の高いバーチャルリアリティ(VR)システム構築理論の紹介
(7):イノベーションの実現を加速する「BXT Works」とは
(8):Power Platformの承認機能、AI Builderを活用して業務アプリを開発する方