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2020-10-12
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大が、ロボットをはじめとするエマージングテクノロジーの普及を加速させています。
社会システムが変化したことで、エマージングテクノロジーに対する期待値や、その適用範囲は大きく変わっています。では今後、そうした新しい技術を社会にさらに取り入れ、社会課題の解決に役立てるために、技術を取り扱う人間には何が求められるのか。国立研究開発法人 産業技術総合研究所の柏センターデザインスクール(以下、産総研デザインスクール)事務局長で、元ロボットイノベーション研究センター 副研究センター長 大場 光太郎氏と、PwCコンサルティング合同会社でテクノロジーコンサルティングを担当し、テクノロジーを活用した社会課題解決に向けた産官学連携を支援するTechnology Laboratoryの所長を務める三治 信一朗が語り合いました。(本文中敬称略)
(左から)大場 光太郎氏、三治 信一朗
対談者
大場 光太郎氏(写真左)
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 イノベーション人材部 産総研デザインスクール事務局長
三治 信一朗(写真右)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
三治:
COVID-19の感染拡大で、社会生活やコミュニケーションの在り方は大きく変化しました。直接会って話す機会は激減し、オンラインでのリモートミーティングがスタンダードになっています。大場さんの生活にも変化はありましたか。
大場:
はい、私自身も働き方を変えた一人です。私が事務局長を務める産総研デザインスクールではこれまで、Face to Faceでのワークショップを基本としていたのですが、2月の時点で2020年末までの講義をリモートで実施すると決定しました。リモート環境でもこれまでと同じ内容でどこまで開催可能なのか、またリモート環境で人のマインドセットを変えることが可能なのかをチャレンジするよい機会になりました。
三治:
リモート講義ではどのような発見がありましたか。
大場:
リモート講義でよく言われるのは、生徒は先生一人を見ることで講義に集中できる反面、生徒間のコミュニケーションが不足します。そこで産総研デザインスクールではグループ分け機能を多用して、チームでの議論を活性化しています。同時にリモート講義では、全てのコミュニケーションがデジタル化されます。チャットツールやオンラインホワイトボードに議論の記録が残り、オンラインミーティングの画面越しに学生の反応をダイレクトに見るだけではなく、休日や深夜の情報のやりとりすら可視化されます。このデータを分析することで、このチームは議論が深まっているが、こちらのチームは講師が介入しないと議論の活性化が進まないな、と気付くことが可能となります。これまで100人規模のFace to Faceの講義では、全ての学生の反応を把握することは不可能でしたから。
三治:
デジタル化によって、講義で交わされる議論の全体像をより把握でき、その過程を時系列で確認できるメリットは大きいですね。こうした取り組みに早くから一歩を踏み出されたことで、「次はこういう風にデジタルを活用してみよう」といったように、その先のステップも大きく変わると思います。学生たちはリモート講義に抵抗を感じていませんでしたか。
大場:
当初からデジタルネイティブ層は受け入れていました。これからの時代は、デジタルとアナログ両方のよい面を生かした世界が存在するようになります。言い換えれば、アナログにデジタルが加わって「パイ」が広がったのです。パイはこれからも拡大を続けるでしょうから、人間がアナログの世界に固執することなく、新しいハイブリッドなことに挑戦していければと思います。
三治:
ここ10年ほどで、アナログの世界にデジタルの世界が一気に加わりました。これによって、新たな知見や価値観、コミュニケーションの方法が誕生しました。さらに今回、COVID-19が社会全体に強制的なデジタル移行をもたらしました。こうしたタイミングは、社会や人々の生活にエマージングテクノロジー、つまり新たな技術が受け入れられるよいチャンスとも言えます。
このような状況で普及が進んだエマージングテクノロジーとして、ロボットが挙げられますね。飲食店で食事を運搬したり、宅配を行ったり、さらには在宅勤務(リモートワーク)や在宅教育におけるアバターとして活用されたりと、遠隔操作で動くロボットが、社会で一気に活躍の場を広げています。2020年は「リモートロボット元年」として歴史に刻まれる年になると考えています。
大場:
これまでもロボットを遠隔操作するさまざまな技術が存在していましたが、「なぜそれが必要なのか」を考えた時、腑に落ちていなかった方が少なくないのではないでしょうか。しかし、今回のように物理的な制約を受けて、私たちの中でリモート技術の利便性と必要性がはっきりしました。今では「リモートでアクションする」という考え方は当たり前のことと捉えられているように思います。これは日本だけでなく、米国や中国などでも同じです。こうした新技術の活用は、今後も世界的に進んでいくと考えられます。デジタル化もそれを後押しするでしょう。
三治:
トレンドを取り込みつつ、新技術の社会実装を推進する上で、デジタル化は切っても切り離せません。むしろこのタイミングでデジタル化や新技術が受け入れられなかったら、次のタイミングは10年以上先になるのではないでしょうか。
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー 三治 信一朗
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 イノベーション人材部 産総研デザインスクール事務局長 大場 光太郎氏
三治:
ロボットをはじめとする新技術は私たちの仕事や生活をさらに快適なものにし、社会課題の解決をも実現する可能性を秘めています。特に自然災害や少子高齢化による人手不足といった社会課題を解決する上では、レスキューロボットや労働用ロボットなどが大いに力を発揮することでしょう。こうした未来を実現するためには、安全性の確立や人々の心理的な抵抗など、乗り越えるべき課題は少なくないですが、新技術の社会実装を目指すにあたり、特に重要なことは何でしょうか。
大場:
「目指すゴールは何か」「どういう目的で新技術を実装するのか」「それは使う人や社会を幸せにするか」を考えることです。
一例を挙げましょう。
とある農園で、リンゴの収穫ロボットを開発しています。ロボット実装の目的は、人手不足や高齢化を背景とした作業負担の軽減です。ここで一番手間のかかる作業は、葉が生い茂った木から摘果(リンゴのもぎ取り)をすることでした。ですから当初は、複雑な動きができるロボットアームの開発を考えていました。しかし途中で、農薬散布効率のよいわい化栽培などが普及することで、木そのものが摘果しやすい樹形に改良され始めたため、期せずして摘果自体の自動化が容易となりました。
しかしながら、この農家と議論を進めていくと、自分たちが汗水流して育てた果実を自分の手でもぎ取る摘果作業自体が農家の幸せであり、摘果の自動化は、本当の農家の要求ではないと言うことを聞き出せました。
また選果(リンゴの等級を見極め、選別すること)について、顧客がいくらで買ってくれるか、流通形態をも考慮しながら単価を決める必要があることから、人工知能(AI)を活用して単価決定を単純に自動化することを提案したところ、農家の方からは反対されました。
そこで現在は、人が摘果・選果をしたリンゴを所定の場所に自動運搬するだけのロボットの開発を進めています。ヒアリングの結果、運搬を自動化すれば、農家は選果作業の手を止めることなく、人が行うべき作業に集中できることが分かったからです。
この事例から学べるのは、前提条件を何度も変更しながらも、「どの部分を自動化すれば作業負担を軽減でき、かつ労働者が幸せに働けるか」を追求しながら、現場の方も課題として気付いていない問題を聞き出す能力が、新技術を実装する上で大切であるということです。
三治:
非常に重要な示唆ですね。効率優先で考えれば、摘果や選果も自動化すればよいのかもしれませんが、それでは働く人の価値観が踏みにじられてしまう。「誰のための自動化なのか」を考え、現場の意向を尊重しながら新技術を実装して、本当に求められているところで作業効率を上げる。効率性や経済性を最優先にすると、「個人の価値観を尊重する」ことのプライオリティは低くなりがちですが、「利用者が幸せにならない新技術」は、すぐに利用されなくなってしまいます。
三治:
先ほども申し上げましたが、新技術を実装するには、社会に対して安全性を訴求し、理解してもらうことが不可欠です。では、新技術の安全性を利用者である一般の方々に理解してもらうためには、どのような対応が必要でしょうか。
大場:
もちろん安全は大事ですが、前提として、リスクはゼロにはならないことを認識しておく必要があります。例えば、自動車は移動を楽にする便利な技術ですが、使い方によっては人を傷つける道具にもなります。技術は、利用する人のリテラシー(理解能力/判断能力)に依存しますし、個々人のリテラシーを外部からコントロールすることは不可能です。
したがって安全を担保するためには、技術を提供する側が、その技術をどの程度コントロール可能な状態で世に送り出すか、利用する側の技術利用がどの範囲まで許容されるのかを考える必要があります。例えば、開発者と安全評価者であれば、「どのように使用されるか」を、自分たちがどのようなコンセプトで作ったかを確認しながら安全性を評価します。しかしリスクを回避し過ぎて技術の利便性が落ちてしまっては、いくら安全性が高くても社会全体に受け入れられることは難しいでしょう。提供する側のコンセプトを使う側が理解し、双方が納得の上で利用できるようなコンセンサス作りが必要になると思います。三治さんはどのようなことが必要だと思われますか。
三治:
私は、新技術が実装される早い段階でさまざまな分野の専門家が議論できる「場」を作り、そこで交わされた議論を発信していくことが大切だと考えます。私が所長を務めるTechnology Laboratoryも、そのような議論を活発化するための場として設立されました。新技術にとって一番不幸なのは、断片的な情報だけで「危ないのでは」と騒がれてしまうことです。真偽に関係なく、それが分かりやすい言葉で発信されることで世論が流されることを危惧しています。産官学の専門家が最新の正確な情報に基づいて現状を整理して議論し、その内容を共有できる仕組みが重要だと思います。
三治:
大場さんが事務局長を務められる産総研デザインスクールでは、人間拡張技術の研究やデザイン思考の習得など、テクノロジーを活用したイノベーションをけん引する人材の育成に取り組まれていますね。生徒に特に伝えられているメッセージを教えてください。
大場:
産総研デザインスクールでは、講師も生徒も同じ学ぶ立場であることからCREWと呼び合っていますが、CREWに伝えているのは「自分起点が基本」であるということです。授業ではよく議論を行います。他者の考えを聞き出し素直に聞き入れるためには、自分のスタンスを持つことが大事です。スタンスは持つべきだけれども、自分の意見を相手に押し付けることとは異なります。イノベーションを起こそうとするのであれば、自分と相手とで最もよい解決策を引き出し合うという目的を見失ってはいけないということです。自分のスタンスを持つことで、相手とよりよい解決策を共創した後、自分のスタンスに戻ることで自己を確立することの重要性を説いています。これこそ、技術を活用して未来を切り拓くために身に付けておくべき能力だと思っています。
欧州では思考力を鍛える教育が定着しています。産総研は、デンマークのビジネスデザインスクールである「KAOSPILOT(カオスパイロット)」と連携しています。同スクールはリーダーシップと起業家育成の教育を目的に1991年に設立されたのですが、創立者であるウッへ・エルベク(Uffe Elbaek)氏は、「今後世の中は『カオス』になる。小国デンマークに必要なのは、カオスな状態をパイロット(操縦)できるようなリーダーシップのある人材だ」と考えたそうです。
三治:
欧州の教育で感じるのは、「議論」を大切にしていることです。相反する意見があることが大前提で、それらを包含してよいものを生み出していく文化が成熟しています。翻って日本は議論が苦手で、賛成か反対かの多数決で決めてしまいがちです。グローバル化によって多種多様な人材が入り混じり、またロボット技術の発達によって、人間以外のモノとの共存も求められるかもしれない今後の新たな社会と都市においては、ファシリテーション能力やカオスな状態をまとめ上げるリーダーシップが求められると思います。
大場:
異なる意見や環境、生活様式を認め合うことは、都市開発モデルにとって最も重要です。それぞれの都市によって抱えている社会課題は異なります。決まったフォーマットに全ての都市を当てはめるような課題解決の方法ではなじまず、必ず失敗してしまうでしょう。
つまり、各地域の課題の解決には「一般解」ではなく「特殊解」を用いなければなりません。一般解はあくまでも平均値ですから、一般解を地域に当てはめようとしても「かゆいところに手が届かない」のです。
三治:
おっしゃる通りです。国や地域、さらに言えば人によって課題と特殊解は異なります。標準的な技術(ロボットやシステム)になればなるほど利用されることが多いので汎用性があると思いがちなのですが、実は特殊解からは遠ざかっており、それを各現場に押し付けようとすると、相手の価値基準と合わなくなって失敗してしまう。相手の求めに応じて複数の特殊解を同時多発的にスピーディーに立ち上げられるような環境でこそ、イノベーションが生まれるのではないでしょうか。
大場:
お仕着せの技術は実装されずに終わってしまいます。大切なのは「そこに住んでいる人や技術を利用する人が何を求めているか」を一緒に考えて一歩を踏み出し、その後も繰り返し改善していくことです。こうしたアプローチをもって、テクノロジーでよりよい未来社会を創造できる人材を育てていきたいと思っています。
三治:
繰り返しの改善に加えて、その前段階の設計も重要ですよね。技術の社会実装の過去の例を見ると、成功事例をもとにしながら横展開し、その中でデータを取得してさらなる改良を積み重ねるのを繰り返してきました。しかしこれだけ環境変化が大きい状況では、過去の成功体験が生き残り戦略として今なお正しいとは言い切れません。大場さんがお話しされたように、個々の現場に合わせる形で技術実装のあるべき姿を設計し、改善を積み重ねていかなければならないと、思いを新たにしました。Technology Laboratoryでの活動を通じて、技術の社会実装による社会課題の解決をこれからも目指していきます。本日はありがとうございました。
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