連載コラム 地政学リスクの今を読み解く

自国第一主義がもたらすグローバル産業政策競争

  • 2023-08-28

ポイント

  • バイデン政権は、貿易自由化が米国産業の空洞化や供給網の脆弱化、中国など非市場的経済の台頭などに寄与したとし、「現代版の産業戦略」を通じた自国産業の強化、供給網の強靭化、対中競争の勝利などを掲げている。
  • 「新ワシントンコンセンサス」と呼ばれるこの経済戦略は、CHIPSおよび科学法やインフレ削減法といった産業政策として実行に移されており、保護主義や補助金競争につながるとの懸念がある。
  • 経済安全保障の重要性が高まるなか、今後も戦略的分野における各国の産業政策は拡大する見込みで、企業においてはこれらの施策を十分に理解した上でのサプライチェーン戦略や投資計画の策定が求められる。

「今、(経済戦略に関して)新たなコンセンサスを構築する必要があります」。米国のジェイク・サリバン大統領補佐官(安全保障担当)は今年4月、ブルッキングス研究所で演説を行い、米国の新しい経済戦略「新ワシントンコンセンサス」を発表しました*1

市場原理や新自由主義に基づいた「旧ワシントンコンセンサス」に対して、この新戦略は政府介入や産業政策を通じた国内産業の強化や供給網の強靭化、対中競争の勝利を掲げています。既に同戦略は半導体やクリーンエネルギーの分野などで実行に移されており、過度な自国優遇や国家間の補助金競争につながるとの懸念を生んでいます。

本コラムでは、「新ワシントンコンセンサス」の背景と概要、産業政策競争の現状を議論した上で、中長期的な国際経済秩序の変化と、日本企業における影響と対応を解説します。

新ワシントンコンセンサスとは

「新ワシントンコンセンサス」を論じる上で、その前身である「旧ワシントンコンセンサス」の内容を振り返ります。

旧ワシントンコンセンサス

1990年代に米国政府や国際通貨基金(IMF)、世界銀行によって形成された「旧ワシントンコンセンサス」は、市場原理や新自由主義に基づく経済成長を掲げていました。具体的に、財政規律の維持、費用対効果の高い公的支出、税制改革など10項目の政策をパッケージとして推進していました(図表1左参照)*2

図表1: 新旧ワシントンコンセンサスの比較

冷戦終結後のグローバライゼーションの基盤となった「旧ワシントンコンセンサス」ですが、サリバン大統領補佐官は4つの課題を生み出したとしています。

1つ目が産業基盤の空洞化で、経済効率性を求めた製造業のオフショアリングや、大企業を優遇する減税や規制緩和によって米国産業が弱体化し、戦略物資の供給網の対外依存が拡大したと指摘しています。2つ目が非市場経済国との地政学的競争で、世界貿易機構(WTO)加盟などにもかかわらず中国は国内経済を自由化せず、補助金などによる自国産業の優遇で経済的に台頭し、軍事的にも米国やその同盟国を脅かしていると述べています。

3つ目が気候変動で、市場原理に任せた経済活動では気候変動対策が不十分となるため、政府によるエネルギー転換への投資と雇用の創出が必要だとしています。4つ目が格差の拡大と民主主義への損害で、輸出主導や小さな政府による経済成長が経済的弱者を生み出し、これが米国社会の分断や民主主義の弱体化につながっていると論じています。

新ワシントンコンセンサス

これらの課題に対処するため、バイデン政権は「新ワシントンコンセンサス」の必要性を説いています。サリバン大統領補佐官によると、この新経済戦略は5つの柱に基づいています(図表1右参照)

1つ目は現代版の産業戦略で、経済成長の基盤となり安全保障上重要なセクターにおいては、政府主導で的を絞った公的支出を行い、産業育成やイノベーション推進を行うとしています。2つ目は同盟国との連携で、重要物資の供給網強化や気候変動対策の推進において同盟国や友好国と協力すると述べています。

3つ目は革新的な貿易協定で、関税撤廃に基づく自由貿易協定(FTA)に代わり、供給網強化や労働権・環境保護などに焦点を当てた新たな協定の締結を通じて、より強靭で持続可能な貿易を推進すると主張しています。4つ目は発展途上国に対する支援で、主要7カ国(G7)が主導するグローバルインフラ投資パートナーシップなどを通じて、透明性が高く持続可能な融資を行い国際開発に貢献するとしています。

5つ目は中国に対する輸出・投資規制で、「スモール・ヤード、ハイ・フェンス(小さな庭、高い柵)」の方針の下、安全保障上重要な技術の流出を防ぐため的を絞って対中規制を強化すると述べています。米中経済の「デカップリング(分断)」ではなく「デリスキング(リスク低減)」を目的とした施策を行うとしています。

新経済戦略をめぐっては、米国産業の復興につながるとの期待の声がある一方、米国企業優遇となり他国企業に不利な事業環境が生まれる、米国の補助金目当てで企業が投資先を米国に移し他国で産業空洞化が起こる、米国の補助金に対抗して他国が産業政策を打ち出し補助金競争が繰り広げられるなど、多くの懸念を生んでいます*3

どのような産業政策競争が繰り広げられているのか

こうした政策動向の真っ只中にあるのが半導体とクリーンエネルギーの分野です。

半導体分野

半導体分野では、米国で2022年8月、CHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)が成立しました。総額2,800億米ドルの公的投資を行う同法は、半導体開発・製造の強化に総額527億米ドルを計上しており、米国内に工場を建設・拡張する企業に設備投資の25%の税額控除を適用するなど、多くの施策を含んでいます。米国半導体工業会(SIA)の試算によると、CHIPSプラス法の原案が連邦議会に提出された2020年5月から2023年4月までの間に、50以上の半導体エコシステムに関する事業が発表され、総額は2,100億米ドル以上に上っています*4

一方で、CHIPSプラス法の補助金を受ける事業者は、中国など懸念国において製造機能を一定以上拡大してはいけない制約や、中国企業など懸念ある外国事業体との共同研究や技術ライセンスをしてはいけない制約が課せられ、実質的に中国排除を迫られています。同規制をめぐり、韓国や台湾などの半導体メーカーは懸念を示しており、当該政府・企業間で協議が継続中です。

また、米国に対抗して欧州や日本も大型の産業政策を打ち出しており、半導体開発や企業誘致をめぐる補助金競争の様相を呈しています。実際、EUは今年4月、総額430億ユーロ(470億米ドル)に上るChips法を可決しています。2030年までにEUが半導体市場で占めるシェアを現状の9%から20%まで拡大する目標を掲げ、域内の半導体生産量を4倍にするとしています。EU政府関係者によると、Chips法案発表以後、既に1,000億ユーロの投資がコミットされており、EU域内での半導体産業強化が加速しています*5

日本も、国内の半導体生産強化に向けて2021年度補正予算で7,740億円、2022年度補正予算で1.3兆円ほど計上しています。数世代前の技術水準のロジック・メモリー半導体の工場建設に加えて、2ナノメートルの最先端半導体の開発やパワー・アナログ半導体の国内生産強化に向けて補助金を打ち出しています。2022年5月に成立した経済安全保障推進法は、特定重要物資のサプライチェーン強化を図っており、一部の半導体支援は同枠組みを通じて行われます*6

クリーンエネルギー分野

産業政策競争はクリーンエネルギー分野でも繰り広げられています。米国では、気候変動対策に総額3,910億米ドルを計上するインフレ削減法(IRA)が2022年8月に成立しました。太陽光パネルといったクリーンエネルギー導入における税額控除に加えて、電気自動車(EV)購入時の最大7,500米ドルの税額控除などの措置を含んでいます*7

EV補助金の適用においては、北米における車両の最終組立、米国ないしは米国とFTAを締結する国からのバッテリー用重要鉱物の調達(コバルト、リチウム、ニッケルなど)、北米におけるバッテリー用部品の製造・組立(正極材、負極材など)、中国など懸念国エンティティからの調達禁止といった要件が設けられており、その保護主義的性質から他国と貿易摩擦に発展しています。

重要鉱物の調達要件に関しては、日本やEUが米国とFTAを締結しておらず同補助金の対象外となることから、これらの政府から懸念が噴出しました。バイデン政権は今年3月、日本と重要鉱物協定を締結し、それをFTAと見なすことで補助金対象とすることとしており、EUや英国とも同様な協定を協議しています*8。北米での最終組立要件に関しては、リース車が対象外となったため、同要件を満たしていなかった韓国や欧州のメーカーもリース車販売で補助金を受けられるようになりました*9

貿易摩擦解消に向けた進展がある一方、インドネシアやフィリピンなどその他国々との重要鉱物協定の協議は進んでいません。また、中国企業排除などその他要件に関しても、自動車業界や専門家から対応が難しいとの指摘が出ています*10。実際、今年4月時点で補助金条件を満たす車種は米国系メーカーの22モデルに限られています*11

そんな中、米国補助金により欧州企業がEU域内ではなく米国で投資を拡大しているとの懸念が広がっており、EUは対抗策として今年2月にグリーンディール産業計画、今年3月にネットゼロ産業法案と重要資源法案を発表しています。同計画は、域内産業のネットゼロ化に向けた税額控除措置などに2,500億ユーロ(2,720億米ドル)のEU財源を出動する提案を含んでいます*12。ネットゼロ産業法案は、再エネやバッテリーなど「戦略的ネットゼロ技術」について、2030年までにEU域内で年間に必要な分の4割を域内生産することを努力目標とし、EU域内における投資を拡大するために環境整備を行うとしています*13。また、欧州委員会は3月、国家補助に関する規則を緩和し、バッテリーや太陽光パネルなど6分野における加盟国の補助金承認のプロセスを簡素化しました*14

これら対応措置を受けて、グリーン投資拡大による気候変動対策の進展を期待する声がある一方、財政的制約のため欧州諸国は米国との補助金競争に勝てないとの指摘もあります。各国の補助金を承認するとドイツやフランスなど財政的に体力のある加盟国にのみにグリーン産業が偏る、加盟国間の事業環境に格差が生まれEU統一市場が阻害されるといった問題点も浮上しています*15

このように補助金競争は過熱しており、企業もサプライチェーン戦略や投資計画の変更を迫られています。補助金を通じた国内産業振興はもともと中国が先行してきたことで、2019年における産業政策の額は2,480億米ドル(GDP比1.73%)と、米国の840億米ドル(GDP比0.39%)を大きく上回っていました(図表2参照)。しかし、米欧などが産業政策拡大に動くことで、世界的に事業環境が変化しています。2019年の米国の産業政策の金額とCHIPSプラス法による投資総額2,800億米ドル、IRAによる投資総額3,910億米ドルを比べると、これら施策の規模の大きさが見て取れます*16

図表2: 主要国の産業政策支出額(2019年)

国際経済秩序はどのように変わっていくのか

「新ワシントンコンセンサス」の下で米国の産業政策が拡大し、他国が対抗策を打ち出す現状は今後どう発展していくのでしょうか。市場原理や貿易自由化に基づいた冷戦終結後の国際経済秩序はどう変化していくのでしょうか。主な変化として、国際的な自由貿易体制の弱体化、補助金競争の他分野への拡大、戦略的分野における世界経済のブロック化が懸念されます。

国際的な自由貿易体制の弱体化

補助金を規制する国際的ルールにはWTOの補助金および相殺措置に関する協定などが存在していますが、IRAなどの補助金政策はこうしたルールを無視する形で打ち出されています*17。EU内にはWTOの紛争解決パネルで米国を訴訟するべきとの声もあるほどです*18。しかし、仮に訴訟が行われた場合、米政府が政策修正に応じる見込みはなく、また、米国による上級委員会メンバーの選定拒否によりWTOが機能不全に陥っており、調停による解決は期待できません。

補助金競争に歯止めがかからない中、米国や中国など大型産業政策を実施する財政的余裕がある国々が自国有利な措置を打ち出し、余裕のない国々が不利な環境が生まれることが危惧されます。実際、IMF、経済協力開発機構(OECD)、世界銀行、WTOは2022年4月発表の報告書において、「『戦略的』セクター振興に向けた新たな産業政策拡大の動きは国際競争を歪曲化し、特に財政的制約を受ける発展途上国に対して不利に働く」と警鐘を鳴らしています*19

新興国の台頭などにより全会一致が必要なWTOでの意思決定は滞り、機能不全に陥っているとの指摘がこれまでもありました*20。補助金競争の抑制が効かなければ、国際経済ルールの執行の面でもWTOへの信頼はさらに低下し、幅広い分野でのルールの形成・執行の停滞や貿易の予見可能性の低下が懸念されます。

また、貿易自由化に否定的な米国の姿勢はバイデン政権に始まったものではなく、冷戦終結後のグローバル化における米国製造業の空洞化や、同問題を政治争点化したトランプ政権の誕生など根が深い問題です。2024年の大統領選挙でバイデン大統領が再選した場合はもちろん、共和党候補が勝利した場合も、米政府の貿易自由化に対する懐疑的な態度は変わらないことが想定されます。バイデン氏やトランプ氏が再選すれば各政権下の保護主義的政策が継続し、トランプ氏以外の候補者の場合も、共和党支持基盤の労働階級における反自由貿易の姿勢から大幅な政策変更は見込めないとの見方もあります*21

結果、米国の環太平洋パートナーシップ(TPP)復帰は期待できず、米国を中心とした貿易自由化の取り組みは望めないと思われます。むしろ、自国産業保護に向けた産業政策や関税障壁などの拡大で、保護主義の流れがさらに強まることが懸念されます。

補助金競争の他分野への拡大

米国の「新ワシントンコンセンサス」への転換は一過性の現象ではなく、産業政策の対象が今後拡大する可能性にも注意が必要です。

米国内では、対中競争や経済安全保障の観点から戦略的分野で産業政策を行うことに関して超党派の合意が存在しています。2024年の大統領選挙においても、各党の候補者が米国産業の振興と対中競争の勝利を訴えて選挙戦を繰り広げることが予想され、選挙の結果に関係なく産業政策が拡大していくでしょう*22

バイデン政権は、コンピューティング(半導体、人工知能(AI)など)、クリーンエネルギー(バッテリー、再生エネルギーなど)、バイオ技術・製造(遺伝子技術を用いた医薬品や農作物、素材など)を最重要分野として掲げています。前者2分野に関してはCHIPSプラス法とインフレ削減法が既に成立しているため、現在バイオ分野での法案策定が進んでいます。

バイデン政権は2022年9月にバイオ技術・製造に関する大統領令を発布し、2023年3月には各省庁がバイオ分野における戦略目標を設定しています。それを背景に、民主党幹部は対中競争法案第2弾の一環としてバイオ分野の大型法案を策定しています*23。また、共和党有力議員は中国からの医薬品や有効成分の購入を制限し、米国内での医薬品や医療機器の製造を支援する法案を議会に提出しています*24。選挙戦を背景とした党派対立から、2024年までの大型法案成立は難しいと思われますが、議会動向に注意が必要です。

戦略的分野における世界経済のブロック化

重要分野で自国優遇や対立国排除の産業政策が拡大し、世界経済がブロック化する恐れもあります。上記で述べた各種施策は、輸出管理や投資規制などデカップリング措置と同時に行われており、両者によって経済分断が進むことが考えられます*25

対中投資規制を含むCHIPSプラス法が施行され、米国の対中輸出規制が拡大する半導体分野におけるブロック化が最も懸念される一方、太陽光パネルやEVバッテリーなど対中依存が高いクリーンエネルギー分野での自国産業強化の動きも拡大しており、今後の動向が懸念されます。

欧州中央銀行のラガルド総裁は、サプライチェーン強靭化に向けた産業政策拡大などの動きは世界経済を断片化させ、インフレや経済減速につながると警告しています*26。供給網の国内化・多角化には膨大な費用と時間が必要で、経済効率性ではなく経済安全保障を優先した調達先や生産拠点の移管は企業にとってコスト増を意味します。実際、米国工場における半導体製造コストは台湾工場の5割高と言われています*27。米国がFTAに代わり推進する労働権・環境保護措置を含む貿易協定も、企業が中国など懸念国から調達することを制約し、更なるコスト増や供給網分断に寄与するとの指摘もあります*28

日本企業に求められる備えとは

日本企業は産業政策競争による事業環境の変化にどう対応すべきなのでしょうか。主な対応として、産業政策を活用した経営戦略の策定、政府や議会に対するアドボカシー活動、長期的なシナリオプランニングが考えられます。

産業政策を活用した経営戦略の策定

まず、各国が打ち出す補助金などを活用した生産拠点や事業展開の拡大が考えられます。実際、CHIPSプラス法やインフレ削減法の成立を受けて、既に多くの企業が米国での投資拡大を発表しています。

一方で、多くの補助金にはローカルコンテンツ規則や中国など懸念国の排除措置など制約が設けられていることにも注意が必要です。インフレ削減法のEV税額控除のように、補助金要件が厳格で遵守が難しいものも存在し、要件対応のコストと補助金のメリットを天秤にかけた検討が求められます。また、自社が補助金を活用せずとも競合企業が補助を受け事業拡大や新技術開発などを進める可能性など、競争環境の観点から検討することも重要でしょう。

政府や議会に対するアドボカシー活動

政策策定や運営に関して政府や議会に働きかけることも求められます。米国の場合、CHIPSプラス法成立までに約2年の歳月を要しましたが、その間には半導体産業などによる積極的なロビイング活動がありました。同法成立後も、対中投資規制など各種制約をめぐり、半導体メーカーは産業団体などを通じて米国政府に規制緩和を求めています*29。バイオの分野では、医薬品関連の産業団体などがバイデン政権に早期の法案策定を要請しています*30

「新ワシントンコンセンサス」自体に対しても産業界から多くの意見が出されています。米国商工会議所などの経済団体は、多くの米国企業は貿易拡大を通じた輸出事業の恩恵を受けているとし、貿易自由化を推進しないバイデン政権の方針を批判しています。安全保障上重要な技術をめぐる対中デリスキングの必要性には理解を示しつつ、年間1兆米ドルに上る米中貿易全体を制限することには反対し、友好国との貿易自由化を通じた対中依存度の低減を訴えています*31

こうした動きを踏まえ、日本企業としても米国市場でのレベル・プレイング・フィールド確保に向けたアドボカシー活動が重要になってきます。米国政治に詳しい現地人材を活用し、政権や議会の目標や利害を理解した上で、その文脈に沿ったメッセージで意見表明を行うことが求められます。米国以外でも産業振興や経済安全保障の各種政策が打ち出されていることから、欧州などその他市場においても同様な取り組みが必要でしょう。

長期的なシナリオプランニング

足元の政策対応に加えて、長期トレンドを見据えた戦略策定も求められます。支援対象の企業においては、工場誘致や販売推進の補助金が拡大するにつれて供給網や市場の構造が長期的にどう変化するかを分析し、見通しに基づいた事業戦略を策定することが考えられます。国際的な物資輸送を担う企業においては、こうした長期的な変化に伴い貿易や物流のフローがどう変わるかを見極め、地域戦略を見直すことも検討に値するでしょう。

以前のコラムで述べた通り、地政学リスクマネジメントでは法規制対応など足元のリスク管理に加えて、長期トレンドを見据えた経営戦略の見直しも求められます。「新ワシントンコンセンサス」と産業政策競争が潮流として定着することが予想される中、日本企業においても両面の対応が必要でしょう。

*1 The White House, “Remarks by National Security Advisor Jake Sullivan on Renewing American Economic Leadership at the Brookings Institution,” April 27, 2023,
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2023/04/27/remarks-by-national-security-advisor-jake-sullivan-on-renewing-american-economic-leadership-at-the-brookings-institution/.

*2 Douglas A. Irwin and Oliver Ward, “What Is the ‘Washington Consensus?’”” September 8, 2021,
https://www.piie.com/blogs/realtime-economic-issues-watch/what-washington-consensus.

*3 Adam Posen, “America’s Zero-Sum Economics Doesn’t Add Up,” Foreign Policy, March 24, 2023,
https://foreignpolicy.com/2023/03/24/economy-trade-united-states-china-industry-manufacturing-supply-chains-biden/.
Robert Zoellick, “Welcome to Biden’s Tale of WOE,” The Wall Street Journal, June 7, 2023,
https://www.wsj.com/articles/welcome-to-bidens-tale-of-woe-industrial-planning-economics-subsidies-1d94cf2d.

*4 Semiconductor Industry Association, “The CHIPS Act Has Already Sparked $200 Billion in Private Investments for U.S. Semiconductor Production,” December 14, 2022,
https://www.semiconductors.org/the-chips-act-has-already-sparked-200-billion-in-private-investments-for-u-s-semiconductor-production/.

*5 European Commission, “European Chips Act,”
https://commission.europa.eu/strategy-and-policy/priorities-2019-2024/europe-fit-digital-age/european-chips-act_en.
European Commission, “EU Chips Act Triggers Further €7.4bn Investment in Advanced Semiconductor Manufacturing in Europe - Statement by Commissioner Thierry Breton,” April 28, 2023,
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/statement_23_2505.

*6 経済産業省「半導体・デジタル産業戦略」(2023年6月6日)
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/joho/conference/semicon_digital.html
経済産業省「経済安全保障推進法 半導体」(2023年7月28日)
https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/semicon/index.html

*7 JETRO「インフレ削減法は、気候変動対策に軸足」(2022年10月6日)
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2022/2faeb20d767ea136.html

*8 JETRO「日米政府、重要鉱物サプライチェーン強化の協定締結、インフレ削減法のEV税額控除要件に影響か」(2023年3月29日)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/03/d8238c42ef2162f2.html

*9 U.S. Department of the Treasury, “Treasury Releases Additional Information on Clean Vehicle Provisions of Inflation Reduction Act,” December 29, 2022,
https://home.treasury.gov/news/press-releases/jy1179.

*10 EVバッテリーのサプライチェーン製造過程の多くに中国企業が関与しており、米欧などでのレアアースなどの採掘には時間を要することから、中国抜きの調達網構築は難しいとの指摘が存在。
“A Battery Supply Chain That Excludes China Looks Impossible,” The Economist, July 17, 2023,
https://www.economist.com/asia/2023/07/17/a-battery-supply-chain-that-excludes-china-looks-impossible.

*11 JETRO「米EV税額控除、対象車両は米系メーカーの22モデルのみ」(2023年4月18日)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/04/4053d76a95d8fb58.html

*12 European Commission, “The Green Deal Industrial Plan,”
https://commission.europa.eu/strategy-and-policy/priorities-2019-2024/european-green-deal/green-deal-industrial-plan_en.

*13 European Commission, “Net-Zero Industry Act: Making the EU the Home of Clean Technologies Manufacturing and Green Jobs,” March 16, 2023,
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_23_1665.
JETRO「欧州委、グリーン・ディール産業計画の規制緩和策のネットゼロ産業法案を発表」(2023年3月20日)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/03/ec1b743971c623b9.html

*14 European Commission, “Temporary Crisis and Transition Framework,”
https://competition-policy.ec.europa.eu/state-aid/temporary-crisis-and-transition-framework_en.

*15 Samuel Stolton and Pieter Haeck, “Europe Embarks on Subsidy Race It Can’t Win,” Politico, February 1, 2023,
https://www.politico.eu/article/europe-subsidy-green-deal-industrial-plan-state-aid/.

*16 Gerard DiPippo, et. al., “Red Ink: Estimating Chinese Industrial Policy Spending in Comparative Perspective,” Center for Strategic and International Studies, May 23, 2023,
https://www.csis.org/analysis/red-ink-estimating-chinese-industrial-policy-spending-comparative-perspective.

*17 Lydia Murray, “The Inflation Reduction Act’s Climate Provisions Face Likely Incompatibility with WTO Rules,” Columbia Journal of Transnational Law, February 20, 2023,
https://www.jtl.columbia.edu/bulletin-blog/xkyps10lipetdq4aaom6faycw5xz9b#:~:text=However%2C%20the%20incompatibility%20between%20the,Measures%20Agreement%20(SCM%20Agreement).

*18 “Lawmaker Says EU Should Complain to WTO over U.S. Inflation Reduction Act,” Reuters, December 4, 2022,
https://www.reuters.com/business/lawmaker-says-eu-should-complain-wto-over-us-inflation-reduction-act-2022-12-04/.

*19 IMF, OECD, World Bank, and WTO, “Subsidies, Trade, and International Cooperation,” April 2022,
https://www.wto.org/english/res_e/publications_e/sub_trade_coop_e.htm.

*20 Uri Dadush and William Shaw, “The Rise of Emerging Markets Requires a New WTO,” Carnegie Endowment for International Peace, July 1, 2011,
https://carnegieendowment.org/2011/07/01/rise-of-emerging-markets-requires-new-wto-pub-45500.

*21 Sheri Berman, “Why the U.S. Right Doesn’t Like Free Markets Anymore,” Foreign Policy, April 3, 2023,
https://foreignpolicy.com/2023/04/03/us-right-economic-policy-gop-free-markets/.

*22 気候変動分野では、共和党に根強い反対があり、共和党が勝利した場合に環境規制の緩和やIRAの見直しがされる可能性はある。ただし、クリーンエネルギー関連の事業投資の多くが共和党寄りの州(ジョージア、ユタ、サウスカロライナなど)ないしは中道派の州(ミシガン、アリゾナ、ノースカロライナなど)に集中しており、IRAの施策を覆すのは難しいと思われる。
Lachlan Carey, “Green Industrial Strategy,” Phenomenal World, May 20, 2023,
https://www.phenomenalworld.org/analysis/green-industrial-strategy/.

*23 JETRO「米上院の民主党幹部、対中競争法案第2弾の作成に向けたイニシアチブを発表」(2023年5月8日)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/05/17e920fc9ae7290e.html

*24 “Gallagher, Colleagues Introduce Bill to End US Dependence on Chinese-Manufactured Pharmaceuticals,” March 17, 2022,
https://gallagher.house.gov/media/press-releases/gallagher-colleagues-introduce-bill-end-us-dependence-chinese-manufactured.

*25 John Edwards, “Chips, Subsidies, Security, and Great Power Competition,” Lowy Institute, May 28, 2023,
https://www.lowyinstitute.org/publications/chips-subsidies-security-great-power-competition.

*26 Christine Lagarde, “Central Banks in a Fragmenting World,” European Central Bank, April 17, 2023,
https://www.ecb.europa.eu/press/key/date/2023/html/ecb.sp230417~9f8d34fbd6.en.html.

*27 日本経済新聞「米、半導体で巻き返せるか 補助金テコに中国と競争」(2022年8月3日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB156FE0V10C22A7000000/

*28 Abhijit Das, “Decoding IPEF,” Third World Network, June 2023,
https://twn.my/title2/briefing_papers/twn/IPEF%20TWNBP%20Jun%202023%20Das.pdf.

*29 JETRO「始動したCHIPSプログラム、サプライチェーンに与える影響は」(2023年5月8日)
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2023/0501/f620adcf8aefb0df.html

*30 Jamie Smyth, “Big Pharma Lobbies for ‘Chips Act’ Style Tax Breaks,” Financial Times, March 20, 2023,
https://www.ft.com/content/e93ab47b-e357-409d-8a47-f881954e5ff9.

*31 Suzanne Clark, “Trade Keeps Delivering for America,” U.S. Chamber of Commerce, July 17, 2023,
https://www.uschamber.com/improving-government/trade-keeps-delivering-for-america-2.

自国第一主義がもたらすグローバル産業政策競争

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

執筆者

南 大祐

マネージャー, PwC Japan合同会社

Email

本ページに関するお問い合わせ