
PBR1倍超を目指す企業が実施すべきポイント
直近10年における日本企業とステークホルダーの考え方の変化や現状の課題を整理するとともに、PBR1倍超を目指す上で企業が何を実施すべきかについて、投資家コメント、東証要請等より抽出した4つのポイントに沿って説明します。
技術革新やグローバル化の進展、サスティナビリティへの関心の高まりなど経営環境が目まぐるしく変化し、不確実性が高まる昨今においては、経営の予測が困難な状況となっています。企業にはこのような経営環境の変化に「即時性」と「機動性」をもって対応することが求められていますが、定められた月次や四半期のPDCAサイクルを回すというマネジメントサイクルだけでは対応は難しいです。
経営環境の変化がある程度予測できるとしたら、オプションとしての計画をいくつか用意すれば対応可能かもしれません。しかし、場合によっては変化の方向性すら予測できないほど複雑性が高まっているケースもあります。企業によっては3~5年先の計画を数字の面も含めて精緻につくり込みすぎることで疲弊してしまったり、計画そのものの意味が薄れたりしていることから、中長期経営計画の策定を取りやめる企業も見受けられます。
多くの会社は中期経営計画・予算の編成を継続している状況ですが、編成直後の第1四半期の時点でそれらの前提条件を覆す事態が発生し、経営管理の担当者が頭を抱えるという状況もしばしば見られます。
仮にそのような事態が発生してしまうと、実績と経営計画・予算との差異分析も困難となり、改善につなげることも難しくなってしまいます。つまり、多くの会社が経営管理の基礎として活用してきた、「経営計画・予算を編成しPDCAサイクルを回す」というマネジメントサイクルの有効性が薄れてきているのです。
そのような中、不確実性が高い状況下において「即時性」と「機動性」を持った対応が可能になる考え方として、OODAループという概念が注目を集めています。
OODAループとは、米軍の軍事戦略家であるジョン・ボイド氏によって提唱された意思決定モデルです。1950年代の朝鮮戦争の際、ソ連軍戦闘機MiG-15には米軍戦闘機F-86とはほぼ同じ、もしくはやや上回る性能があったにもかかわらず、空中戦においては米空軍が圧倒しました。当時米空軍の大尉であったボイド氏がその要因を分析し、空中戦以外の領域でも活用できるように整理した考え方がOODAループです。
ボイド氏は当初、米空軍が勝てた理由について、F-86はMiG-15よりも早く旋回・加速できたという点により説明を試みました。しかしうまくいかず、思慮を重ねた結果、最終的にはF-86はMiG-15と違い、360°の視界を確保する水滴型風貌を装備していたことと、油圧制御がMiG-15よりも強かったことが要因であると突き止めます。F-86のパイロットの方がMiG-15のパイロットよりも敵機の状況をより広範に観察することができたため、油圧制御により操縦桿の操作が容易で優位性があったのです。
ボイド氏はこの優位性を、「非対照的高速遷移(asymmetric fast transients)」(ある状態から他の状態へ遷移する時間が一方の側と比較して早いことに起因する優位性)と名付け、理想的な「非対称高速遷移」とは、相手にとって突発的で予想外の変化であり、このような変化を敵側が理解しようとする合間に攻撃を繰り返すべきだと説いています。
その後ボイド氏は戦闘機の空中戦以外の領域でも研究を重ね、多くの思慮を加えたうえで、「非対照的高速遷移」を生み出すために必要な活動を4つに分類し、OODAループとして整理したのです。
OODAループは、Observe(観察)、Orient(情勢判断)、Decide(意思決定)、Act(行動)の4つの活動のループとなります(図1参照)。
Observe(観察):
情報を収集します。
Orient(情勢判断):
観察により収集した情報を整理し、何を意味するのかを解釈し、方向づけを行います。
Decision(決定):
情勢判断の結果を踏まえ、意思決定を行います。
Act(行動):
意思決定を実行に移します。
OODAループは「観察」「情勢判断」「決定」「行動」と順にループすることと理解されているケースがよくありますが、これは誤解です。理想的には「決定」の段階が省略され、「観察」「情勢判断」「行動」の3つの活動がほぼ同時並行に遂行されること(OOA)であると言われています。前提としてミッションなどが明確化され、「観察」「情勢判断」が十分に行われたとすれば、どう「行動」すべきかは、明示的ではなくとも暗黙的に明らかであるからです。「決定」を省略できれば、より「即時性」や「機動性」のある対応が可能となり、ボイド氏の提唱する「非対照的高速遷移」の実現に近づくのです。
OODAループが注目を集める中、PDCAサイクルがOODAループにとって変わるという極端な意見も聞かれますが、そういうことではありません。OODAループとPDCAサイクルのそれぞれの持つ特徴を理解し、状況に応じて使い分けるということが重要です。
(サイクルの起点となるのは計画か事実か)
PDCAサイクルはPlan(計画)を起点にスタートします。しかし、先に述べたように不確実性が高い環境下では、そもそもの経営計画・予算自体の編成が難しく、経営計画や予算を編成しても前提が覆る可能性があり、経営計画・予算自体があてにならないものとなってしまうこともあります。これに対してOODAループはObserve(観察)で把握した事実を起点とするため、計画自体の編成が必須ではなく、計画の前提が変わったとしても、支障なく運用することができるという特徴があります。
(意思決定を行うのは上位職か現場担当者か)
PDCAサイクルとOODAループは、意思決定者という点でも違いがあり、PDCAサイクルでは上位職、OODAループでは現場が主として意思決定を行います。PDCAサイクルの場合、一般に経営計画や予算については月次や四半期など一定の周期で実績との差をCheck(分析)し、現場が上位者へ報告した上で、その明示的な判断(承認)に基づいて確実なAction(改善)につなげていきます。これに対して、OODAループでは経営計画・予算に対しての実績を定期的に確認する必要はなく、意思決定は現場が適時に行うこととなります。この意思決定は先に説明したとおり暗黙的に行われることになります。ミッションなどが明確化され、Observe(観察)とOrient(情勢判断)が十分に行われたとすれば、どのようにAct(行動)すべきかは暗黙的に明らかであるからです。現場にて適時に暗黙的に決定される(省略される)ことで、「即時性」と「機動性」のある対応が可能となるのです。
(対応すべき事象が発生前の事前対応か、発生後の事後対応か)
PDCAサイクルでは事前にPlan(計画)を立案するため、予測可能な将来において発生し得る課題に対して、事前に対応策を検討することが可能となります。しかし、OODAループではObserve(観察)により把握した事実を起点とするため、何かしらの課題が発生した際には即時に対応できるものの、事後対応になってしまうという側面があります。
将来が予測可能な状況であるならば、それを踏まえてPlan(計画)を立案し、PDCAサイクルを用いて、事前対応を進めて行くことが有効と言えます。逆に将来が予測困難な状況であるならば、経営計画・予算を精緻化することに過度な工数や期間をかけず、OODAループで事後対応を進めて行くことが有効でしょう。
なお、OODAループを運用するにあたっては、中長期の経営視点が欠落しないよう留意する必要があります。Observe(観察)で把握した事実のみでは直近の事態の対応に集中してしまい、中長期にわたって取り組みが必要な経営環境の変化への対応が遅れてしまう恐れがあるからです。
PDCA | OODA | |
有効な場面 | 不確実性が低い場合に有効 | 不確実性が高い場合に有効 |
サイクルの起点 | 計画 | 事実 |
周期 | 週次、月次、四半期等の特定の周期 | 特定の周期は存在せず (事実の把握都度) |
意思決定主体 | 上位職 | 現場担当 |
意思決定プロセス | 報告・承認プロセスを通じた 明示的な意思決定 |
ミッションを前提とした 暗黙的な意思決定 |
対応のタイミング | 事前対応(事実発生前への対応) | 事後対応(事実発生後の対応) |
ここまでに述べてきたように、OODAループとPDCAサイクルには、それぞれに特徴(強み・弱み)があり、相互に補完し合う関係性と言えます。もしPDCAサイクルのみの運用では「即時性」や「機動性」のある対応が難しいというならば、OODAループを導入し、PDCAサイクルと併用することで課題に対応できるでしょう。ここからは、OODAループを導入するために必要な取り組みをいくつか紹介します。
①ミッションを規定し、実現に必要となる権限を付与する
OODAループを導入するためには、前提としてミッションと権限の設計が必要となります。それぞれの現場が何を実施するのか(タスクレベル)ではなく、何を使命や目的とするのか(ミッションレベル)を具体的に規定することが求められます。現場がそれぞれの使命や目的に基づいて、OODAループの各活動を通じて何を実施すべきかを決め、行動することで、経営環境の変化に対して「即時性」や「機動性」をもって対応することが可能となるのです。
また、OODAループでは現場が暗黙的に意思決定を行っていくことが理想とされていますが、その意思決定に対する権限が明確化されておらず、都度上位職への報告や承認が必要だとしたら、「即時性」や「機動性」をもって行動に移すことが難しくなります。何をミッションとするかを明確にした後は、各ミッションの達成に必要な権限を現場に付与していく必要があります。
現場が暗黙的に意思決定を行うことで「即時性」や「機動性」のある対応が実現しますが、この意思決定が部分最適となり、全社としての経営方針と異なっていては元も子もありません。そのため、現場にて意思決定できる範囲(意思決定できない範囲)についても明確に規定しておく必要があります。
ミッションや権限の付与の設定レベルについては、企業文化や、置かれている経営状況にも依拠することとなりますが、経営環境への変化に「即時性」や「機動性」のある対応が求められる現場部門と、「全体最適」をコントロールする経営企画・管理部門の間で、変革に向けて是々非々で協議を進めて行く必要があるでしょう。
②事実情報をタイムリーに取得できる仕組みを構築する
OODAループを有効に回すには、観察する事実が正確でタイムリーなものでなければ意味がありません。なぜなら、タイムリーな情報でなければ「即時性」や「機動性」を見出せないからです。必要な情報をタイムリーに取得できる情報基盤を構築する必要があるのですが、昨今のIoTやビックデータなどの技術革新やソーシャルメディアの発展に伴い、一昔前であれば取得が難しかった情報を含め、リアルタイムに取得できる情報量は爆発的に増加しています。
また情勢判断についても、これまでは取得したデータが多すぎて扱いきれないという課題がありましたが、AIの技術革新により利用可能な状況になってきています。これらの情報をダッシュボードとして経営管理のコクピットに配置し、観察することができれば、F-86が360°の視界を確保する水滴型風貌によりMiG-15を圧倒できたように、競争優位性を獲得できる可能性があるのです。
どの会社も経営課題としてDXに取り組んでいる状況ですが、新たに取得したデータをAIの力を借りながら活用することが、OODAループを高速で運用するために必要な取り組みと言えるのです。
③OODAループを運用する現場担当者のスキルを拡充する
現場担当者が「意思決定」するためのミッションおよび権限を規定し、外部の情報や状況の変化をタイムリーに「観察」できる仕組みを構築しただけでは、OODAループを適切に回すには十分ではありません。従来とは異なり、経験豊富な上位職ではなく、現場担当者が「情勢判断」「意思決定」を行うことになるからです。
OODAループを適切に回すためには、現場担当者が表2記載のスキルを新たに身に付ける必要があります。
OODA | 概要 | 現場担当者に必要となる主なスキル |
Orient (情勢判断) |
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Decision (決定) |
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Act (行動) |
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|
PDCAサイクルとOODAループにはそれぞれ強みと弱みがあり、相互に補完し合う関係性と言えます。現状、PDCAサイクルを運用するだけでは、経営環境の変化に「即時性」や「機動性」をもって対応できないというのであれば、OODAループを導入し、PDCAサイクルと併用することで課題に対応できると考えています。
そのような中で、OODAループを実効性の伴うものとして運用するためには、「ミッションを規定し、必要な権限を現場に付与すること」「情報をタイムリーに取得できる仕組みを構築すること」「現場担当者のスキルを拡充すること」に部分的にでも取り組み、成功体験を積み重ねていくことが重要だと考えています。
髙木 幹朗
ディレクター, PwCコンサルティング合同会社
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