データアナリティクスによる原価改善

  • 2024-05-24

はじめに

製造業にとって原価改善は重要な課題ですが、昨今の人手不足により、原価改善に十分な工数を割けない企業が多くなっていると認識しています。本稿では、労働人口減少下でもデータアナリティクスにより効率的に原価改善の仕組みを構築する方法について解説します。

1. 労働人口減少下での原価改善活動

現在、多くの製造業企業が人手不足に陥っています。前回のコラム「データアナリティクスによる経営管理業務の負荷低減と分析の深化」でも掲載した数値ですが、2040年の労働人口は2020年と比較すると20%近く減少する見込みであり、この問題はより深刻化することが想定されます。

製造にとって従前からの課題である原価改善についても、一時期に比べると落ち着いてはいますが、図表2、3の通り昨今のエネルギーおよび輸入材の価格高騰に伴い、重要性が増しています。

仕入原価の上昇を価格に転嫁することが難しい中、今までと同じ生産活動を続けていれば、利益の減少を招きます。競争力を維持するためには、原価改善が必要となりますが、これを労働人口が減少している中でも達成しなければなりません。

より効率的に原価改善を実施するためには、金額影響の大きい工程・ラインに対し、具体的な改善ポイントを生産現場へフィードバックする必要があります。この改善効果の大きさは金額ベースで算出する必要があるため、このサイクルを構築するには経理的な視点が必要不可欠になります。

本稿ではデータアナリティクスを活用した原価改善の仕組み化(PDCAサイクルの構築)について、以下のステップで解説します。

  • 原価改善を実現するPDCAサイクルと、それが機能しない場合の理由は何か(第2章)
  • PDCAサイクルを機能させるのに、なぜデータアナリティクスが有効なのか(第3章)
  • PDCAサイクル構築後に起きるコミュニケーションの変化(第4章)

2. 原価改善PDCAサイクルとその問題点

原価管理を効率的に実現するPDCAサイクルは、図表4に示すフローになります。フロー①、②は、通常の生産活動と同様のため特段の説明は不要と考えますが、PDCAサイクルを構築するためには、③原価分析以降が重要となります。特に起点となる③原価分析が重要であり、④原価改善に繋がるための具体的な分析をする必要があります。

フロー

主体

対応事項

原価分析

経理

原価インパクトの大小から改善すべき品目・生産条件を特定し、生産現場に共有する。

品目アの歩留りが悪く、金額影響も大きい。品目アは特定ラインを通過した際に、歩留りが悪化している。

原価改善

生産
現場

影響が大きい改善ポイントの対応策立案・実施に注力する。

影響が大きい品目アの歩留り改善に注力する。生産ラインの構成変更が対応策として有効と判明した。構成を変更し、5%の効率改善を達成。

見える化による改善促進

経理

原価改善の効果を金額換算することで、生産現場の改善意欲を維持向上させ、経営層は事業計画に対する達成状況を確認する。

品目アの生産効率が5%改善したことで、1,000千円/月の原価改善が達成。他拠点と比較しても改善効果は大きい。また、事業計画と比較しても順調に推移している。

次計画への反映

経理

原価改善を踏まえ次製品または次期の目標/標準原価を立案

改善活動で培ったノウハウを生かし、品目アの次モデルは5%安価に設定する。これにより品目アの利益率が高くなる

各フローの主体を見ても分かる通り、原価改善のPDCAサイクルは生産現場だけで成立するものではなく、改善ポイント、効果、結果を金額ベースで計算する経理の役割が重要になります。

しかし実際は、改善の起点となるべき③原価分析に業務上の問題があるために、その後のフローでも問題を生じていると考えられます。

③原価分析の問題が発生する背景

  • 生産現場レベルの分析ができない
    生産現場の改善を促すためには、単なる数値のサマリーではなく、品目別、ライン別、原材料別等の生産現場のアクションを促す分析結果を提示する必要があります。このためには、データを品目、ライン別などで分析する必要がありますが、膨大なパターンを個別に分析するのは現実的ではありません。
  • タイムリーに分析できない
    改善活動を継続的に実施するためには、分析結果を生産現場が必要とするタイミングで提示しなければなりません。ただし、上記のような難易度の高い分析を、経理の限られた工数の中でタイムリーに提示していくことは容易ではありません。

もちろん各フロー特有の問題もありますが、フローとしての起点が③原価分析である限り、ここに問題があれば以降のフローにも影響してしまいます。おそらく各社各様の事情があると想定しますが、原価改善のPDCAサイクルが上手く機能しない会社の多くが、この③原価分析に改善余地があるのではないでしょうか。

3. データアナリティクスによる原価分析

ここからは、データアナリティクスにより、③原価分析の問題をどのように解決できるかを解説します。生産現場へ価値ある分析結果を提供するためには、図表6に示す3ステップで分析することが有効です。

フロー

分析上のポイント

③-1改善ポイントの検知

改善活動をする場合、改善できる可能性が大きい品目を特定する必要があります。仮に品質が安定している場合、その品目の改善余地は小さいと解釈できます。逆に同じ品目であっても、品質にバラつきが存在する場合、生産条件によっては品質が高かったということであり、改善余地が大きいと解釈できます。

③-2発生パターンの検知

改善ポイントを検知した後は、その品目の品質が高いケース、低いケースは、どのようなパターンであったかを分析します。バラつきがある場合、何かしらの原因があるはずであり、ライン、生産担当、原材料などの、いずれのパターンで発生するかを特定します。

③-3原価影響の試算

発生パターンを特定した後は、いずれのパターンを改善することが原価改善効果として高いかを試算します。発生パターンが高かったとしても、生産量が多くなければ、原価改善効果も限定的になります。なお、タイムリーに計算結果を提示する必要があるため、ここでは標準チャージレート等で簡易的に計算することを想定しています。

詳細なアルゴリズムの説明は避けますが、フロー③-1、③-2でデータアナリティクスを活用します。そして、この分析手法で前章に記載した③原価改善の問題を解決できます。

  • 生産現場レベルの分析を提示
    データアナリティクスでは、生産現場レベルの品目別、ライン別、原材料別などのさまざまな分析軸の組合せを自動で計算できます。その上で、バラつき、発生パターンなどの単純な数値集計では出せない結果を出力できます。
  • タイムリーな分析結果提示
    事前にアルゴリズムを設定しておけば、データを投入するだけで分析結果を算出できるため、生産現場の求めるタイミングで分析結果を共有できます(状況に応じてアルゴリズムの補正は必要)。

ただし、この分析に対し、下記のような不安を感じる人もいるかもしれません。

  • そもそも詳細な生産情報を把握できていない
  • データアナリティクスの知見がない

これらの不安に対しては、スモールスタートで推進することをお勧めします。仮に生産情報がシステム化されていなかったとしても、生産現場は表計算ソフト等で情報を管理していることが多いです。そうした情報の集計には時間を要するため、分析できる工程・ライン数は多くないと思いますが、データアナリティクスを活用することが初めてという方にとってもスモールスタートの方が取り掛かりやすいでしょう。

また、分析対象は多品種少量生産等の生産にバラつきが発生している工程・ラインの方が、有意な分析結果を出しやすいと考えられます。そのような工程・ラインは、現場としても改善ポイント検知の難しさを感じているはずであり、丁寧に目的を説明すれば情報の提供、意見交換などの協力体制も築きやすいはずです。

4. 原価分析によるコミュニケーションの変化

PDCAサイクルが回りだすと、経理と生産現場のコミュニケーション自体も変化します。

図表7の「想定される現状」は、原価低減と生産情報の分析結果のサマリーを連携するケースですが、このレベルであっても、財務開示はできますし、生産現場も改善活動は実施できます。ただし、サマリーレベルの分析結果では、生産現場は現場独自の基準で改善策を実施してしまい、原価改善に最も有効な施策が打たれるとは限りません。また経理もサマリーレベルの情報では品目別の原価低減を把握できず、該当品目の標準原価を改定できない可能性があります。

このコミュニケーションを、データアナリティクスを共通言語として活性化することができます。今までは詳細が把握できず、原価低減の効果について確認できなかった経理担当も、この情報を基に生産現場へヒアリングできます。また生産現場としても、改善活動の結果を原価低減として確認できるようになります。

この分析結果を双方で確認することで、2つの領域から意見を出し合うことが可能になり、効率的に原価低減を推進することができます。これまでの支援実績の中でも、経理から「ここの生産が安定しないことで原価低減が難しくなっている」旨を説明すると、「それについて生産技術サイドで案を持っている」等と原価低減が効率的に進むことがありました。

経理担当の中には、双方のコミュニケーションが必要と分かっていても、生産現場の領域に足を踏み入れることに躊躇する方も多いのではないでしょうか。おそらく、それは生産現場の担当者にとっても同様で、原価低減の内訳詳細を知りたいと思っていたとしても、経理の領域に踏み込んで詳細をヒアリングするのは難しいのではと推察しています。

データアナリティクスで導き出される分析結果を共通言語にすることで、原価改善に関する会議体・意思決定フローの変化も伴うはずです。このような変化が連鎖していけば、PDCAサイクルの回転速度が速くなり、会社として原価低減という成果を得ることができるようになります。

効率的な原価改善の実現に向けて

データアナリティクスを活用して原価分析を効果的に実施できること、またその分析により経理と生産現場の連携が深まり原価改善のPDCAサイクルが推進されることを解説しました。

繰り返しになりますが、生産現場は原価改善効果の大きいポイントに集中する必要があります。そして効果の大小は、経理のサポートなくして算出することはできません。労働人口が減少している中でも、原価改善は重要な課題であり、その原価改善における経理の役割は益々重要になると考えています。

執筆者

三吉 重隆

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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