
財経部門の業務プロセスを変える生成AI活用実証実験の裏側――チャットボットの枠を超えて、真の生成AI変革を実現
業務プロセスの改革を目指す大手商社の三菱商事株式会社とPwC Japanグループは、共同で生成AIを用いた財務経理領域の業務自動化の実証実験を行いました。専門的な知見とテクノロジーを掛け合わせ、実験を成功に導いたプロジェクトメンバーの声を聞きました。
2022-12-12
DX(デジタルトランスフォーメーション)により新しいビジネスの創出が求められる中、ビジネスモデルや事業戦略の変革に対応するIT人材を増やすため、政府が今後5年間で1兆円を投じることが発表されるなど、「リスキリング(学び直し)」が注目されています。
業務上で必要とされる新しい知識やスキルを身に付けることが求められていますが、その一方で個人が自分のスキルの棚卸しを行うことや、これからのキャリアに必要なスキルを見極めることが難しいなどの課題が明らかになっています。2030年には日本国内全体で労働人口が最大644万人不足し※1、IT人材に関しては79万人不足する※2との推計がある中で、独力でリスキリングやアップスキリング(スキル向上)できる機会や気付きを継続的に提供することで、日本の人材不足を解決できないか。パーソルテクノロジースタッフ(以下、「パーソル」)とPwC コンサルティングはAIとデータアナリティクスを活用し、この課題に挑んでいます。
パーソルとPwCコンサルティングは、リスキリングの促進、雇用のミスマッチ解消、生産性の向上、人材不足の解消など、人材や組織を取り巻くさまざまな課題解決を目指す協業プロジェクトを開始しました。そして、自然言語処理技術を用いて「スキルの可視化」に取り組み、本人の自己申告だけでは発見できない自身のスキルや、そのレベルを提案するツール「はたらくモノサシ」※3を開発しました。本稿では、そのプロジェクト内容をご紹介します。(本文敬称略)
参加者
パーソルテクノロジースタッフ株式会社
事業統括本部 本部長
山川 飛鳥 氏
PwCコンサルティング合同会社
パートナー
石本 雄一
シニアマネージャー
木村 俊介
(左から)木村、山川氏、石本
パーソルテクノロジースタッフ株式会社 事業統括本部 本部長 山川 飛鳥 氏
木村:
人材不足は日本において、深刻な社会課題です。特にIT人材の不足は深刻です。IT人材に長年向き合ってきた企業として、今どのような課題を感じていますか。
山川:
当社は「はたらいて、笑おう。」をビジョンに掲げる、総合人材サービスグループであるパーソルグループの一員として、自動車、ロボット、金融など幅広い業種の企業へエンジニアの派遣サービスを行なっています。
テクノロジーの進展や働き方の変容が目まぐるしい中、働く人や企業を取り巻く課題は多く、解決すべきものは数多くあります。中でも、エンジニアの領域においては「学び続けなければならない」という課題があるため、私たちは仕事の紹介に留まらず、キャリア形成の支援にも力を入れています。
木村:
エンジニアにとっての武器は技術力です。長いキャリアにおいて、高度な知識やスキルを習得し続けることが求められていると思います。岸田文雄首相が今後5年間で1兆円を投じることを表明した「リスキリング」も話題ですね。
山川:
はい。私たちも「はたらいて、笑おう。」というビジョンを実現するため、エンジニアの皆さんがより良いキャリアを形成するために何が重要なのか、専門組織を作って議論を重ねてきました。
その結果、「働く人のスキルを可視化する」ことがエンジニアの自発的な学習を生み出すループの起点となると確信し、新サービス「はたらくモノサシ」のアイデアに辿り着きました。はたらくモノサシの目的は「従業員スキルの可視化と向上によって、人材不足を解決すること」です。
木村:
日本の人材不足という難問を一緒に解決するため、はたらくモノサシの開発には私も携わりましたので、サービスの説明をさせていただきます。
はたらくモノサシは、AIや機械学習などテクノロジーの力を使って、従業員のスキルを可視化するウェブアプリケーションです。職務経歴書などの「スキル」が記載されているシートをインプットすると、機械が現在の自分のスキルを判定し、レーダーチャートなどで可視化します。この際、インプットするシートのファイルの形式は問いません。そして、自分が目指すべき未来に対して、どのように歩むべきか、提案やコメントという形でアウトプットが得られます(図1)。
図1:「はたらくモノサシ」サービス概要
石本:
私は、はたらくモノサシが世の中でどのように活用されると、人材を取り巻く課題を解決できるかを、コンサルタントの立場から日々考えています。
世間でリスキリングが注目されている一方、PwC Japanグループが世界19カ国で実施した「デジタル環境変化に関する意識調査 2021年版」※4の調査結果を見てみると、日本は新しいスキルやテクノロジーに対する関心や意識が諸外国に比べて低いことが明らかになっています。
はたらくモノサシによって、自分のスキルの現在地と、今後の“なりたい自分”との距離感を測ることで学ぶ意欲が湧き、壁を乗り越えやすくなると思います。個人、企業、公的機関など、多くの方々に使っていただくことでリスキリングを加速させ、個人の生産性も向上させ、結果として人材不足問題の解決に寄与できると信じています。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 木村 俊介
木村:
はたらくモノサシは、人材派遣会社として大量に保有する「スキルデータ」を利活用することで生まれた新規ビジネスです。これは、企業が自社の保有するデータを資産として活用し、収益化する「データマネタイゼーション」の1つです。
例えば、クレジットカード会社が、顧客のカード決済情報を収集し、個人が特定できないように匿名化したうえで外部へ販売し、収益を拡大しているのはデータマネタイゼーションの分かりやすい例です。
私たちも、自社のデータを利活用することで新たな収益源を創出したいと考える企業から、「マネタイズのアイデアがない」とよく相談を受けます。はたらくモノサシは、どのようにしてアイデアが生まれたのでしょうか。
山川:
ある日突然、パッと思いついたわけではありません。そもそも、社内にあるデータを収益化するマネタイズを重要視して立ち上がったプロジェクトでもありませんでした。
エンジニアの皆様に対して、お仕事の紹介に留まらない、人生を豊かにする働き方を提供し、「はたらいて、笑おう。」を実現していただくために、私たちは何をすべきかを考え続けていた中で、AIなどの技術が進歩し、データの利活用ができる範囲が広がったからこそ、「今だったらこんなことできるのではないか」という思考プロセスにより生まれました。
石本:
今回のプロジェクトでPwCコンサルティングは、データアナリティクス領域における専門性と知見に基づいて、アイデアを出す議論から始まり、はたらくモノサシの構想の具現化、AIモデルの構築や機械学習の実装などの支援をさせていただきました。現在ははたらくモノサシをどのように世の中に広め、リスキリング・アップスキリングが促進する世界を実現できるか、サービスローンチについても一緒に考えています。
ご一緒して印象的だったのは、経営層の理解とスピード感のある推進力でした。データマネタイゼーションの成功には「CxOクラスによるトップダウンでの推進」と「実現に向けた専門組織の確立」が重要という調査結果※5もありますが、プロジェクトを進める上で、社内に困難な壁はありましたか。
山川:
コロナ禍で人々の働き方に「多様性」が求められることとなり、2021年に「はたらくモノサシ」チームが創設されたのですが、特に社内に壁はありませんでした。“働く”ことにまつわる課題は、一朝一夕に解決できるわけではなく、長期的に取り組む必要があるという思いが社内の共通認識としてあります。
そして、特に私たちが向き合うエンジニアのマーケットは、グローバルで見ると相対的に日本の価値は低いのが現状です。そんな中、トップが「この状況をなんとか打破したい」「働く個人に中長期で還元できる価値を作り出す使命が私たちにはある」との強い意志を持っていました。また、短期的なROI(投資利益率)を求めるプロジェクトではないことであることにも理解を示してくれました(図2)。
石本:
まさにそのような経営層のご理解がキーポイントだと思います。私たちも「自社に今あるデータを使って、すぐにマネタイズにつなげられないか」との相談をよくいただきます。データが手元にあるから何かやろう、とデータを直接販売する選択肢もありますが、今回のように何十年と“働く個人”と向き合ってきた企業として、「エンジニアの皆さんのために何ができるか」を考え抜き、ビジョンドリブンで生まれたアイデアの方が結果として成功することが多いと思います。
PwCコンサルティング合同会社 パートナー 石本 雄一
図2:「はたらくモノサシ」ユースケース
木村:
今後、はたらくモノサシにたくさんデータが集まることで、未来の働き方がどんどん広がりますね。例えば、エンジニアの採用面接で「人事担当が専門的な話についていけない」「保有スキルを理解する面接官のアサインができず、選考判断が難しい」という話も耳にします。応募者のスキルを可視化できれば、適切な面接官が分かり、雇用のミスマッチも防げるでしょう。従業員のスキルを可視化できれば、人材配置の最適化も可能となります。こうした人事担当の皆様の課題解決に寄り添った取り組みにしていきたいですね。
山川:
そうですね。日本を元気にするためには、働くことをより良くすることが必要不可欠と思います。「働く」ということは、人生の大半の時間を注ぐものです。しかし、日本人は謙虚なので、多くは自己評価がやや低いように感じます。はたらくモノサシがスキルを可視化することで、働く個人が「自信」を持つことにもつながればと願っています。
木村:
そうですね。プロジェクトの社内での評判はいかがでしょうか。
山川:
実は社内で期待値がとても高いプロジェクトなんです。人材業界が抱える課題は深刻であるため、最前線で人材派遣ビジネスに携わる営業やキャリアアドバイザーなどの中には、「何とかしたいのに自分の手だけでは難しい」との閉塞感を感じている社員もいます。しかし、「データの利活用」が自分の手ではできないこと、できなかったことを突破してくれるのではないか、という希望につながっているようにも感じています。
木村:
では、最後に今後の展望について教えてください。
石本:
データマネタイゼーション市場は2026年までに全世界で70億米ドル※6に到達する見込みと言われるなど、急成長しています。企業が保有するデータとテクノロジーの力を掛け合わせて、さまざまな社会課題を解決しながら、日本経済や産業の活性化につなげていきたいです。
山川:
私は「日曜の夜に、月曜からの仕事を憂鬱だと感じる人を減らしたい」と思っています。はたらくモノサシが、活力があふれる状態で仕事に向き合える日本人を増やし、日本を元気にする一助を担えればと思っています。
木村:
本日はありがとうございました。
※1:パーソル総合研究所・中央大学, 「労働市場の未来推計2030」
※2:経済産業省「IT人材需給に関する調査」
※3:「はたらくモノサシ」の名称は、パーソルテクノロジースタッフにて商標登録出願中
※4:PwC Japanグループ「デジタル環境変化に関する意識調査 2021年版」
※5:PwCコンサルティング合同会社「データマネタイゼーション実態調査 2022」
※6:Mordor Intelligence, GLOBAL DATA MONETIZATION MARKET , January 2021
※本稿は、株式会社ナノオプト・メディア主催「データ・マネタイゼーションカンファレンス 2022 秋」(2022年10月21日開催)における基調講演の採録を再構成し、加筆・修正を加えたものです。
業務プロセスの改革を目指す大手商社の三菱商事株式会社とPwC Japanグループは、共同で生成AIを用いた財務経理領域の業務自動化の実証実験を行いました。専門的な知見とテクノロジーを掛け合わせ、実験を成功に導いたプロジェクトメンバーの声を聞きました。
「心の豊かさを、もっと。」というグループパーパスを羅針盤とし、生成AIなどのテクノロジーを活用した日本たばこ産業の価値提供について、同社執行役員 IT担当の下林央氏とPwCコンサルティングのプロフェッショナルが語り合いました。
セキュリティリスクなどの観点から現場で使われなくなるケースも多い生成AIを、国内でいち早く社内システムとして導入した日本たばこ産業。同社 IT部の加藤正人氏、山形典孝氏とPwCコンサルティングのプロジェクトメンバーが議論しました。
一般財団法人行政管理研究センター(IAM)は「AIガバナンス自治体コンソーシアム」の活動を開始しました。同コンソーシアム設立の狙いや期待される成果について、IAM 公務部門ワークスタイル改革研究会 研究主幹の箕浦龍一氏、大阪市CIO ICT戦略室長の鶴見一裕氏、コンソーシアム事務局のPwCコンサルティング合同会社 林 泰弘が意見を交換しました。
日本企業のデータマネタイゼーションへの取り組みが加速しています。PwCの最新調査では、データマネタイゼーションの活動が国内企業に定着するなか、「始まりの壁」「生みの苦しみ」といった課題感が存在し、それらに対して社内プロセスやステージゲートの整備などが有効な施策となり得ることが明らかになりました。
メッシュアーキテクチャの導入について、人材育成に焦点を当て、昨今のビジネス環境で求められるデータ利活用人材の役割と教育方法について深掘りします。
日本企業が業務、IT部門それぞれで抱える課題に応えていくには生成AIの活用が有効になってきます。生成AIをどのように活用すればいいのか、PwCの考える生成AI活用戦略について、生成AI×SAPによるデジタルトランスフォーメーションを推進するET-ESのディレクター伊東 智が語ります。
PwC Japan有限責任監査法人は、大阪市とAIガバナンスのあり方の検討にかかる連携協力に関する協定を締結し、大阪市のAI利活用とリスクコントロール状況のアセスメントを開始しました。