創薬研究における生産性向上

後編ーパイプライン分析とKPIの最適化による包括的なアプローチ

  • 2023-12-13

概略

前編では、創薬研究の生産性の定義と生産性を規定する要素について議論しました。後編である本稿では、製薬業界における創薬研究の生産性向上を目指すための包括的なアプローチに焦点を当てています。
創薬研究の生産性を向上させるための具体的な手法として、パイプラインの可視化・分析、根本原因の特定、それらに基づく施策の実行までを網羅しています。また、組織重要業績評価指標(KPI)の最適化を通じて、長期的な視点から創薬研究の生産性向上に貢献する方法についても考察しています。

はじめに

「創薬研究における生産性向上 前編ー今、問い直す『生産性』の意味において、製薬業界における創薬研究の生産性は「ヒト臨床での予見性の確立までをいかに迅速化し、成功への自信を深められるかという信念」であり、より具体的には、創薬研究で見いだされた医薬品候補が特定の疾患または状態の治療に有効である可能性を示すこと(臨床におけるProof-of-Concept試験でポジティブな結果が得られること)と定義しました。

創薬研究の生産性を向上を実現させるには、戦略、組織構造、ビジネスの日常業務を行うプロセスと手順、価値観、リーダーシップスタイルを含む組織全体の包括的な見直しが必要となります。このため、どこから手をつけるべきかといった問題が発生します。研究施設の環境や設備、人材、ケイパビリティといった直接的な要素はもちろん、戦略、組織構造、ビジネスの進め方、管理スタイル、人事制度や給与体系といった間接的な要素の中に、研究開発を加速させる、または障害となる要因が潜んでいる可能性があり、相互に関連する多くの要因からなる複雑な問題です。問題の根本原因の特定や、関連する全ての要因に対処する効果的な仮説の立案が困難になることが予想されます。

一般的に、分析の手法には大きくトップダウンとボトムアップの2つのアプローチがあります。トップダウンによる分析は、課題を定義することから始め、連続的に小さな問題に分割し、簡単に解決できるセットになるまでこのプロセスを繰り返すことで可能な解決策を作り出す、構造化されたアプローチです。この手法は、体系的かつ徹底的な手順を必要とする複雑な問題に対処するときに使用されます。創薬研究は、ターゲットの特定、ヒットの特定、リードの最適化、前臨床開発など多くの段階を含む複雑で多面的なプロセスであるため、各工程で生産性の問題の根本原因を特定するためには効果的ですが、一連の小さな問題に分割できない、または問題を正確にとらえきれない可能性があります。

これに対して、ボトムアップによるアプローチでは、最小の問題を特定して解決し、それらを統合して大きな問題を解決することに重点が置かれます。このモデルでは、アプローチの初期段階でシステムの全体的な機能を特定することが困難です。しかしステークホルダーとのディスカッションやプロセスフローの分析を通じてデータを収集することから始めると、そこから問題の幅広い理解を深め、潜在的な解決策を見つけ出すことができます。組織の日常業務を深く理解する必要がある運用上またはプロセス指向の問題に対処するときは、このアプローチが選択されます。現在のプロセスの非効率性とボトルネックを特定し、改善のための推奨事項を作成することが可能です。

本稿では、パイプライン分析を通じて得られた問題や事象を手掛かりに、背後にある真の根本原因の特定を戦略から組織、制度、価値観に至るまでの包括的な視点で行い、生産性向上のカギを握るKPIの設定を通じて創薬研究活動を再構築していくプロセスについて議論します。

創薬研究生産性向上のための包括的なアプローチとは

図表1はパイプラインの分析を中心に据え、個々のプロジェクトやアセットのチーム、研究開発などの現場から観察するアプローチを取ることで、研究の生産性向上を目指す方法です。根底にあるのは、ユーザーと現場に焦点を当てたボトムアップの考えです。このアイデアでは、パイプラインと呼ばれる現場から観察を開始します。問題のさまざまな側面を探求し、解決策のアイデアを生み出すために、イノベーションの機会を構築することが可能です。このようなコラボレーションと創造性を重視するデザイン思考的なアプローチは、さまざまな分野からのインプットを必要とする創薬研究のような分野で親和性が高いと言えます。得られた手がかりをもとに根本原因とその要因の所在を突き止め、組織における課題の全体像を洗い出すことにより現行プロセスの非効率性とボトルネックを特定し、斬新で有用なソリューションを見つけることできます。このアプローチで特に重要なのは、各部門による重要業績評価指標(KPI)の設定です。適切なKPIは、目的と説明責任の明確化による動機づけを行い、進捗状況を追跡し改善すべき領域を特定してビジネス戦略の整合性を確認できるといった点で非常に重要であり、創薬研究の生産性を高めるために不可欠となります。

図表1:創薬研究生産性向上のアプローチ全体像

図表1: 創薬研究生産性向上のアプローチ全体像

1. パイプライン分析と評価

パイプラインの可視化(図表1-①)

問題解決は、まずプロセス自体を持つこと、物事を整理することが原則であり、私たちが管理できるプロセスがある事実を意識することから始まります。最初に取り組むべきことは、自分の組織で何が起きているかを客観的に観察し、理解することです。最良の手掛かりはパイプラインにあります。具体的な事象を分析可能にするため、パイプラインを定量的に可視化する必要があります。

可視化された創薬パイプラインは、医薬品開発に関与するさまざまな部門と利害関係者間のコラボレーション、コミュニケーションの促進に役立ちます。これにより、透明性や効率が向上し、全員が同じ目標に向かって作業できるようになります。

パイプラインの分析(図表1-②)

医薬品のパイプラインは、企業価値と将来の見通しについての重要な指標です。パイプラインは新薬の発見から始まり、現在開発段階にある薬だけでなく、新薬を発見する企業の能力についての情報を提供します。最も重要な視点は、「全体像を理解する」ことです。創薬である研究部分だけではなく、生産性で定義したとおり、開発初期段階(第二相におけるPoC試験1)プロセスまでを俯瞰します。全ての新薬と治療アプローチの厳しいテストの場が臨床試験であり、ヒト臨床での有用性が期待できるまでの過程を生産性と定義した場合、研究段階のコンセプトが成功しているかどうかを正しく分析するにはPoC試験までが最適なスパンなのです。

パイプライン分析から得られる代表的な見方を図表2にまとめました。通常、パイプライン内の化合物が多く、かつステージが進むほどパイプラインの価値が高くなると認識されています。この見方はおおむね正しいと言えますが、これから行う分析においてはバイアスをかけないよう留意しなければなりません。一つ一つを丹念に調べていくと途中で止まっているものが多数発見されることもあります。どこに時間と労力を要しているのか、うまくいっているものはどのような道筋を辿ってきたのか、どの過程で失敗が生じているのか、事象に関連する要因は何か、観察された影響は何かといった観点から、パイプラインの情報を分析していきます。

図表2:創薬研究パイプラインと代表的な見方

図表2:創薬研究パイプラインと代表的な見方

根本原因と要因の探求(図表1-③)

分析から得られた事象をもとに根本原因を探求していきます。このプロセスでは、そもそもなぜその事象が発生したのかを知るために問題の背後にある本当の原因を理解し、将来起こり得る問題を体系的に防止したり、成功を繰り返すために応用したりします。ステージゲートの組み方を変えることでパイプラインの短縮は可能となるか、意味のあるステージゲートとなっているか、どの段階のパイプラインを拡大させることが重要なのか、うまくいっているものに共通点や相関があるのかといった観点で、この段階ではできるだけ多くの潜在的な原因と要因をブレインストーミングし、問題の潜在的かつ根本的な原因と主な要因を絞り込みます。観察された事象により、根本原因と要因は戦略から組織、制度、価値観といった企業全体の活動まで多岐にわたる可能性があるため、研究開発部門の中だけで完結しないよう、多様な利害関係者とのディスカッションを通じて見ていく必要があります。

PoC(Proof of Concept)試験は、開発中の薬物の有効性を実証する臨床試験

2. 創薬生産性を向上させるためのアクション

施策の検討(図表1-④)

③のステップで特定された根本原因と要因の所在が必ずしも研究開発部門内にあるとは限りません。現場の裁量に重きを置く場合、組織の最重要課題はそれを担える現場づくりです。具体的に言うと、自治権を与えられるだけの人材を育成することです。研究から初期開発段階のプロセスとデータ、そして専門家集団であるメンバーをまとめて意思決定ができるリーダーを育成しなければなりません。さまざまな業務の知識と経験を蓄積する、成功と失敗を体験させるには、時間がかかります。このような長期的な育成計画、部門間の交流促進やキャリアパスの多様化といった施策には、人事部や経営陣とのコミュニケーションが必要になるかもしれません。また、新たなテクノロジーへの投資にはファイナンスとIT部門との連携が必要です。

このステップにおける重要な成功要因は3つあります。1つめは、できるだけ多くの人にインタビューすることです。意見の収集と施策の実行には、ステークホルダー全員の関与が必要です。同様に強化すべき要因への施策も効果的で、これが2つめになります。成功したプロジェクトと相関する要因が見つかった場合、別の分野での成功に変換できる可能性があります。3つめは、組織の文化的背景を考慮することです。新たな施策に心理的抵抗を示す人が多ければ、その施策は十分な効果を発揮できません。文化的な親和性を正確に評価するには、他者から意見を得ることで追加の視点を取り入れ、偏見に対するチェックとともに仮説にチャレンジしてもらえる機会を作ることです。

デザイン思考のアプローチは実現可能性を強調します。これは、技術、規制、および財政上の制約がしばしば存在する創薬研究において特に重要です。プロトタイピングとユーザーフィードバックを通じて潜在的な解決策をテストすることにより、研究者は望ましい解決策と実行可能な解決策を特定できます。

3. 組織KPI最適化と利活用

KPIの設定(図表1-⑤)

前ステップで絞り込まれた根本原因または要因には往々にしてKPIが含まれ、創薬の生産性を改善する重要なカギを握っています。最も注意しなくてはならないのが部分最適化と近視眼的発想に陥ることです。全体像を俯瞰することは現場のマネジメントをデザインしていく上でも大切になる一方、創薬研究、非臨床開発、臨床開発に求められる機能と専門性が大きく異なることから、3つの領域を分割してマネジメントするのは理にかなった考えであり、かつ多くの場合、実際にそのように運営されています(図表3)。

図表3:パイプラインの分割管理によって生じる典型的な問題

図表3:パイプラインの分割管理によって生じる典型的な問題

仮に部門目標として化合物数(開発候補品数)をKPIに設定したとします。化合物数は組織のゴールとしてとても分かりやすく、組織的動機づけを行うには最良の数値目標になるかもしれません。問題は、数値目標が真のパフォーマンスインデックスになっているか否かの視点を持つことです。数の豊富さが常に健全なパイプラインを意味するわけではありません。パイプラインの数が多いことは、各ステージにおける品質基準が低かったり、途中で頓挫して進まないプロジェクトがたくさんある状況だったりするかもしれないのです。開発候補品をいくつ出すか目標を経営管理としてではなく、単なるノルマとして設定した場合、往々にして数合わせそのものが目的化してしまうことがあります。例えば、年度終わりに多くの候補品数を達成した場合、年度の前半に提出された候補品と比較して、どちらがその後に進展したかを調べることが重要です。この場合、年度の前半に上がった化合物と年度の後半に上がった化合物を比較して、どちらが進捗しているかを調査すると、年度末のほうが成績が悪い、すなわち数合わせが発生している可能性があります。

また、研究段階ではKPIを達成して部門の業績達成となっても、開発段階で失敗となった場合、経営者の視点では失敗した結果だけが残ってしまうことになります。「研究では成功し開発で失敗する」考えは、そもそも成り立たないのです。

KPI設定するための2つの視点

1)より長期的なKPIを設定する

研究、非臨床、開発の3つの組織があり、それぞれ独自にKPIを設定すると、研究部門は候補化合物を作るところまで、非臨床部門は臨床ステージに持っていくことに焦点を当てすぎることが起こり得ます。このような最適化と近視眼的なアプローチを回避するために、組織の壁を越えて、より長期的なKPIの設定を検討することが重要です。

最も理想的なKPIの設定は、本稿での生産性の定義に沿うよう、創薬段階から開発初期であるPoC(臨床開発第二相試験で有用性がヒトで認められる段階)までを成功の指標とすることです。しかし、現在はPoCの可能性を評価するためのさまざまなバイオマーカーの測定ができ、可能な限りバイオマーカーを評価し、薬効と安全性を確認するFIH試験(ヒトに初めて投与する段階の試験)までを研究部門の責務と定義することもできます。

より長いスパンでの目標設定は、部分最適と近視眼的なアプローチを回避できるだけでなく、化合物の特性を最もよく理解している専門家が臨床開発初期まで関わることができ、一貫した科学的妥当性を維持しながらプロジェクトを推進することができます。

2)複数の責任を1カ所に担わせる

組織として長期的なKPIを設定したとしても、メリットを生かすためには、チームや人材の目標管理に落とし込んだときにその意図が反映されるよう、人材マネジメントの実態についても考慮する必要があります。KPIの責任を果たすために、途中で責任者(例えばプロジェクトリーダー)が交代した場合、個人レベルではプロジェクトの途中までが実質的な担当となり、長期的なKPIが意味を持たなくなります。したがって、KPIの責任所在が実質的に1カ所になるような人材配置やチーム体制づくりを行う必要があります。

また、部門KPIを配分するときに複数のKPI(例えば複数の化合物やプロジェクト)の責任所在を1カ所(例えばプロジェクトリーダーやチーム)に担わせるアイデアも検討する価値があります。

1つのプロジェクトのみに責任を持たせると、そのプロジェクトの良否にかかわらずプロジェクトを継続させようとする無意識的な意図が発生します。複数のプロジェクトに対して責任を負わせること、すなわちポートフォリオの一部に対する責任を負わせることで、限られた予算の中で成果を上げ、KPIを達成するには、質の低いプロジェクトを回避しようと無意識的な思考が働きます。

創薬研究において、予見性の評価は最も重要な課題です。もし研究段階で臨床段階までを視野に入れていたら、「このメカニズムのこの化合物はここにリスクがあるから、従前の研究段階でリスクを最小化しておこう」と力が働きます。また、こういった評価ができる人間の多くは、マネジメントではなく化合物やプロジェクトを担っている研究者です。

施策の実行(図表1-⑥)

創薬研究プロセスの根本原因を解決するソリューションを実装する前に、考慮すべき3つのアドバイスを以下に示します。

1)明確かつ効果的なコミュニケーション

効果的なコミュニケーションは、ソリューション実装の成功に不可欠です。エンドユーザーや管理者を含むステークホルダーが、提案された解決策、および実装プロセスにおける役割を理解していることを確認してください。ソリューションのメリットを明確かつ定期的に伝え、コミュニケーションプロセスに利害関係者を関与させます。これにより、ソリューションが全ての利害関係者のニーズと優先事項とに確実に適合し、実装が成功する可能性を高めるのに役立ちます。

2)進行のモニタリング

ソリューションの進行状況を長期的に監視し、目的の結果が得られているか否かを確認することが重要です。パイプラインとKPIの変化状況、そしてソリューションの効果を測定するためにあらかじめ定義された指標によって進捗状況を追跡し、必要に応じてソリューションを調整するための明確な指標とマイルストーンを確立します。ソリューションの有効性を最適化するために、臨機応変にソリューションを調整する準備をしてください。ソリューションの意図しない結果を予測することが不可欠です。ソリューションによって新たな問題や課題が発生しないこと、およびソリューションの利点が潜在的なリスクや欠点を上回ることを確認してください。

3)変化への抵抗に対処する

変化への抵抗は一般的であり、ソリューションの実装を成功させるための大きな障壁となる可能性があります。例えば、自ら新たに企画して予算を取得し、プロジェクトを実施すること自体が評価される「手上げ方式」を一部採用した場合や、年功序列から実力主義へと移行するシステムに変化させると、国や地域または組織文化の観点から抵抗の度合いが大きくなることが予想されます。したがって、抵抗の潜在的な原因を特定し、それらに対処するための戦略を策定します。これには、トレーニングの提供、ソリューション開発プロセスへの利害関係者の関与、採用を促すインセンティブの提供が含まれる場合があります。また、必要に応じて、小規模なソリューションのパイロットテストをすることをお勧めします。これは、発生する可能性のある潜在的な問題や課題を特定するのに役立ち、ソリューションのさらなる開発に役立つ貴重なフィードバックを提供できます。

おわりに

創薬研究の生産性を高めることは、体系的かつ全体的なアプローチを必要とする複雑で多面的な取り組みです。製薬会社は、パイプライン分析とKPI設定から始まり、会社全体の仕組みを見直すことで、「部門ごとに改善策を考える」といった部分的な解決策を回避でき、また人事や組織文化といった一見すると創薬研究から離れたところにある課題の発掘も可能となります。さらに、生産性に関する測定可能な目標を臨床でのPoC達成としてステークホルダー全体の意識統一を図ることにより、創薬パイプライン全体で生産性とイノベーションを推進できる可能性を秘めています。

人間の健康を促進し、最終目標である患者の転帰改善に集中し続けるため、製薬業界が直面する課題が進化し続けることは明らかです。それゆえ絶え間なく変化する状況に適応し、永続的な繁栄を可能にするには、創薬研究において生産性向上への包括的なアプローチを採用することが、これまで以上に重要になってくると考えます。

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前編ー今、問い直す『生産性』の意味

新薬を市場に投入するためのコストと時間が増加し続ける中で、創薬研究の生産性向上は重大なテーマです。前編では、そもそも創薬研究が高めるべき生産性とは何か、その定義と本質について新たな視点を提供するとともに、創薬研究を巡る急激な外部環境の変化を解説します。

執筆者

堀井 俊介

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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船渡 甲太郎

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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佐久間 仁朗

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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