2025年上半期最新情報

ヘルスケア業界における世界のM&A動向

Global M&A trends in health industries hero image
  • 2025-08-05

関税、薬価改定、承認期間の長期化が予想される中、2025年下半期におけるヘルスケア業界のディールメーカーは、その覚悟を試されることになるでしょう。

By Christian K. Moldt and Jaymal Patel

ヘルスケア業界のディールメーカーは、M&Aにおける3つの脅威にどのように備えているか

2025年下半期には、マクロ経済の逆風、規制の変化、地政学的緊張が重なり、ヘルスケア業界のディールメーカーのレジリエンスと適応力が試されることになります。

2025年の初めには、バイオ医薬品、メドテック、ヘルスケアサービス、ヘルステック全体でのディールメーキングに対して慎重ながらも楽観的な見方がありましたが、セクターの見通しはますます複雑になっています。特に、米国で大規模な事業を展開しているグローバル製薬企業は、以下の三重の変化により利益が減少する要因をはらむという不確実性に直面しています。

  • 関税:未発表の医薬品輸入関税や、医療・ライフサイエンス製品に対する長年の免税措置の撤廃の可能性が、企業価値評価(バリュエーション)やディールモデルの前提に影響を与えています。私たちの試算によると、これらの新たな措置により、業界の年間関税額は5億米ドルから630億米ドルに増加(英語)する可能性があります。
  • 薬価:米国の大統領令「最恵国待遇(MFN)(英語)薬価政策」の発令により、米国の薬価を反映して国際参照価格にも影響が出る可能性があります。
  • 規制:米国食品医薬品局(FDA)による規制改革が進むことにより、薬剤の承認期間が延長される可能性があります。

こうした業界特有の変化に加えて、債券利回りの上昇などの広範なマクロ経済要因も、ヘルスケア業界のディールメーカーにとっての障壁となっています。これらの要因は、投資収益率を低下させ得るためです。

このような複雑性の影で、2025年上半期のディール件数と金額は減少しています。1月上旬にJohnson & Johnsonが発表した146億米ドル規模の Intra-Cellular Therapies の買収は、100億米ドル以上の規模のディールにおける広範な回復への楽観論に火をともしたものの、この楽観論はほとんど消え去り、2025年後半にはそれに反して10億米ドルから100億米ドルの規模のディールが予想されています。急速に進化する医療業界の中で新たなビジネスチャンスを見出す必要性が、セクターのM&A活動を下支えし続けているのです。今年に入ってからのディール活動では、バイオ製薬企業が「真珠の首飾り」戦略を実行し、将来的な医薬品パイプラインの空白やケイパビリティのギャップを埋めるために、初期から中期のイノベーション企業を連続して買収する動きが連続しています。

トランプ政権による最近の関税引き上げを受けた戦略的見直しは、ディールメーカーやCEOにとって最優先事項であり、より広範な政策の不確実性はバリュエーションモデルの見直しにつながっています。高品質で知的財産に保護されたアセットと、価格構造が脆弱なアセットとの間で、バリュエーションギャップが拡大する可能性があります。一方で、サプライチェーンのリストラクチャリングは最重要課題となっており、多くの企業が関税調整後の製造原価、一株当たり利益、コンプライアンスのシナリオを検討しています。

このような予測不可能な状況の中、ストラテジックバイヤーもフィナンシャルバイヤーも同様に、デューデリジェンスの基準の高まり、バリュエーションの不確実性、リスク調整後の投資リターンなどの要素を反映しながらM&A戦略を評価し直しています。株式市場は依然として不安定ですが、コントロールできることに集中し、部門インサイトを活用し、綿密なシナリオプランニングを行い、アジリティを持って行動する大胆なディールメーキングを行う企業は、新たな機会を活用する上で優位に立つことができるでしょう。

「今日の不安定な市場で成功するためには、スピードと適応力が鍵となります。ヘルスケア業界のディールメーカーは、複数の価値創造シナリオを積極的にモデル化することで不確実性を乗り越え、確信を持って行動することで価値を獲得するために最適なポジションを得ることができるでしょう」

Jaymal Patel、PwC英国、グローバルヘルスケア業界ディールズリーダー

スポットライト M&Aを活用した「ヘルスケア業界」から「How we care」領域への移行

AIや気候変動などの世界的なメガトレンドは、医療システムを急速に変化させています。PwCの最近の調査レポート「Value in Motion」では新たな「How we care」領域を取り上げ、従来のヘルスケア企業が成功するためには、それぞれの分野で事業を展開する取引型のサービスプロバイダーから、包括的なケアを実現するイネーブラーへと、その役割を再構築する必要があることを強調しています。これには、予防、早期診断、患者の自己管理をサポートするデジタル機能と新しい科学的ブレークスルーを組み込むことが必要です。この新しい考え方では、ヘルステックは単に従来のプロセスをデジタル化するだけでなく、消費者中心のコネクテッドケアを当たり前にすることを図るものです。

最近のいくつかのディールは、このシフトを象徴しています。企業は、オートメーション、相互運用性、価値に基づくヘルスケアを可能にする拡張性のあるヘルステックプラットフォームを目指しています。ActiGraphによるBiofourmisのライフサイエンス部門の買収は、高度な遠隔患者モニタリングとウェアラブルデータを同社の分散型臨床試験群に統合し、デジタルバイオマーカー分野での役割を拡大するものです。TELUS Health は、遠隔ウェルネスおよび遠隔医療ソリューションの世界的プロバイダーである Workplace Optionsを5億米ドルで買収すると発表し、バーチャルケア分野でのカテゴリーリーダーを目指すという同社の野心をさらに実現へと進めています。 レンズメーカーの EssilorLuxotticaは、AIに特化した眼科プラットフォームを提供する Optegra を買収し、眼科診療、高度診断、医療的介入、外科治療を1つのプラットフォームに統合するというメドテック戦略を強調しました。

これらのディールやその他の取引は、セクターの融合、特にヘルスケアにおけるテクノロジーの役割の高まりを浮き彫りにしています。ディールメーカーにとって、ヘルスケア、テクノロジー、その他の業界をまたぐクロスセクターな取引は、今後数カ月から数年にわたって新たな焦点となるでしょう。

「AIや人口動態の変化といった世界的な力は、ヘルスケアの展望を根本的に再定義しつつあります。ディールメーカーにとって、これは従来の業界の枠を超え、サイエンス、テクノロジー、消費者中心のケアモデルを融合させたビジネスチャンスに目を向けることを意味します。M&Aの次の波は、動いている価値を見出し、それを獲得するために果断に行動できる人々によってもたらされ、グローバルヘルスの次の10年を形作る助けとなるでしょう」

Christian K. Moldt、PwCドイツ、パートナー、EMEAヘルスケア業界ディールズリーダー

ヘルスケア業界における2025年のM&Aの主なテーマ

次に、2025年下半期にヘルスケア業界でM&Aを促進し得る主なテーマについて概説します。 

大手バイオ医薬品企業は、パイプラインのギャップを埋め、パテントクリフに備え、ケイパビリティのギャップを埋めるために、初期から中期のイノベーション企業を買収する「真珠の首飾り」戦略を強化しています。

これまでのところ、10億米ドルから100億米ドルのディール金額帯が特に活発で、がん、免疫、希少疾患のアセットが活発な動きをリードしています。2025年上半期に発表されたディールの例としては、Sanofi による Blueprint Medicines の91億米ドルでの買収(商品化された医薬品と初期段階の免疫学パイプラインを取得)、GSK による最大11.5億米ドルでの臨床段階のバイオ医薬品企業 IDRx の買収、Novartis による心房細動患者向けの塞栓症を予防する後期治療薬を開発中の Anthos Therapeutics の30億米ドルでの買収、Eli Lilly による Scorpion Therapeutics の PI3Kα阻害剤プログラム STX-478 (開発中のプレシジョンオンコロジー:がんの精密治療)の25億米ドルでの買収などがあります。

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米政権が予定する医薬品輸入関税とMFNに基づく国際参照価格への転換は、価格実現だけでなく、支払者モデルや償還率にも影響を与えます。製薬企業が米国における利益への影響を軽減するための選択肢を検討する中で、世界、特に欧州の薬価を上昇させる可能性があります。クロスボーダーM&Aはより厳しい監視の目にさらされ、企業はサプライチェーン、価格帯、 地政学的影響を評価し直しています。米国FDAのリーダーの交代とリストラにより、承認スケジュールの予測が困難になり、対応力の低下や期限の遅れが発生して(英語)います。このような状況下でリスクプレミアムが上昇し、優良アセットでさえも価格が低下しています。

また貿易政策リスク、特に中国のライセンス供与や原薬の調達に関連するリスクは、現在デューデリジェンスに組み込まれており、アセット選定における知的財産と地理的な幅広さの重要性が高まっています。

特にバイオテクノロジーや診断薬の分野では、技術革新やプラットフォーム構築のための資金調達手段として、アーンアウト、ロイヤルティ、ライセンス契約、合弁事業といった代替的な取引構造が好まれるようになっています。バイオテクノロジーのバリュエーションが依然として不安定であり、医薬品の承認スケジュールや金利の方向性が不透明な中、多くの買収者が目標達成型のアーンアウトを活用しています。これは、医薬品候補やテクノロジーの開発、薬事承認、商業的成功に関連する具体的かつ測定可能な目標の達成に応じて、追加の支払いを行うものです。

医薬品開発には長期間を要し、開発から商業的な成功に至るまでにはリスクや規制上のハードルがあるため、こうしたアーンアウトの仕組みは製薬業界に特に適しています。アーンアウトは目新しいものではありませんが、今後6カ月の間に、リスク管理とディールの推進のために、より多くのアーンアウトが活用されると予想されます。2025年上半期の例としては、Novartis による Anthos Therapeutics の買収(総額31億米ドル、契約一時金9億2,500万米ドル)、BMS による BioNTech からの次世代がん治療薬のライセンス契約(最大111億米ドル、契約一時金15億米ドル)、Sanofi による Dren Bio の治験用二重特異性抗体 DR-0201 の買収(総額19億米ドル、契約一時金6億米ドル)などがあります。 

デジタルヘルス領域では、共同開発パートナーシップのような代替的な構造が規制や償還リスクの軽減に役立っています。このような構造は、政策的ショックを乗り越えようとする買い手と、IPO市場の回復を待とうとする売り手の双方に柔軟性を与えます。

戦略的なポートフォリオの見直しは2025年も継続しており、価格圧力、コスト上昇、規制リスクへの対応が背景にあります。米国およびグローバルプレーヤーには、低成長または戦略的な適合性が限定的なアセットを売却する動きが見られます。また、各社がポートフォリオ評価に基づく調整を続ける中、関税制度への影響が高いアセットも、今後数カ月のうちに売却候補となる可能性があります。注目すべき動きとしては、Becton Dickinson による事業のカーブアウトや、Teva による Teva API 事業の売却計画、最近完了したTeva Takedaによる日本での事業売却などがあります。これらの取引は、アクティビスト投資家によって促進される場合もありますが、多くは再投資のための資本確保や、貿易・償還の変動が長期化する局面に備えたサプライチェーンの合理化を目的としています。

プライベートエクイティ(PE)企業は、エグジットの遅れやIPO市場の冷え込みにより、投資先企業を長期保有せざるを得ない状況にさらされていますが、これは初期段階の製薬企業やライフサイエンス企業にとっては、さらなる開発に資金を調達する手段として好ましい出口戦略と見なされることもしばしばです。資金調達コストの上昇と公開市場でのバリュエーションの低迷により、エグジットの選択肢は限られています。その結果、セカンダリー取引やコンティニュエーションファンドの利用が増加しています。これは、継続的な成長を支援するために新たな資本を導入する一方で、既存の投資家がエグジットやロールオーバーすることで、流動性を生み出し、高収益資産の傾向を維持する方法です。例えば、Thoma BravoによるMadison Dearborn PartnersへのNextGen Healthcare株式の売却や、Inflexionによる23億ポンド(31億米ドル)のコンティニュエーションファンド(特殊医薬品事業とリキッド医薬品事業を主要アセットに含む)の組成などがあります。現在のM&A環境は、高利回りのスプレッドとMFNに伴う不確実性から、短期的な展開を抑制し、代わりに長期的なリターンを生み出すべく、スポンサーは事業価値の創造と戦略的な作業に集中する傾向です。

特にAIを活用した診断、デジタル治療、ケアコーディネーション事業など、ヘルステックや医療関連テクノロジープラットフォームの買収は、依然としてM&Aのホットスポットとなっています。これらのアセットは資本が軽く、拡張性が高いことが多く、償還エクスポージャーに対するリスク回避を提供することから、PEにとってとりわけ魅力的です。特にMFNや米国インフレ抑制法(IRA)連動政策が従来の製薬会社や医療提供者のモデルを複雑にする中、PEは戦略的プレーヤーと、ターゲットを巡って直接競合しています。PEディールの例としては、Bain による HealthEdge の買収(2025年4月発表)が挙げられます。HealthEdge は、医療保険プラン、プロバイダー、患者を一連のエンドツーエンドのデジタルソリューションでつなぐ次世代型 SaaS プラットフォームです。また、New Mountain Capital は、病院や医療システムの管理業務を自動化し、財務パフォーマンスを強化することを目的とした AI 主導の収益サイクル管理プラットフォームを構築するために、3つのヘルステック企業を統合する計画を2025年5月に発表しました。ストラテジックバイヤーの例としては、ムンバイを拠点とするInfinx によるi3 Verticals のヘルスケア収益サイクル管理事業の買収(2025年5月発表)が挙げられます。この分野では、2025年後半にさらに多くのディールが見込まれています。

630億米ドル

PwCが最新の通商政策提案に基づいて試算した、米国における年間の追加関税リスク額

ヘルスケア業界における世界のM&A動向

医薬・ライフサイエンス

バイオ医薬品のM&A件数は、パテントクリフを相殺し、外部からイノベーションを確保する必要性により、引き続き底堅く推移するとみられています。ただし、現在の政策の不確実性を踏まえると、100億米ドルを超えるディールの実現可能性は低いと考えられます。多くの活動は10億~100億米ドルの範囲で行われると予想されており、これは複数の大手企業が採用している「真珠の首飾り」戦略によって支えられています。しかし、MFN価格政策、IRAの実施、貿易や規制に関連する混乱により、見通しは複雑化しています。

米国の製薬企業は現在、国際参照価格と同額かそれ以下でなければならないというプレッシャーに直面しており、これが、ディールのモデルを複雑化させ、ビジネス予測の不確実性を高めています。一方、米国外の企業は、海外での価格引き上げ、市場撤退、米国による潜在的な規制強化とのトレードオフを慎重に検討する必要があります。同時に、中国とのライセンス契約(英語)は、中国がバイオ医薬品の主要プレーヤーとなる中で戦略的重要性を増しており、規制当局や議員が国家安全保障上のリスクを精査する中で、より厳しい監視の対象となっています。

こうした課題にもかかわらず、イノベーションサイクルは引き続き資本を引きつけており、特にがん、希少疾患、細胞・遺伝子治療の分野でその傾向が顕著です。バイオテクノロジーのバリュエーションは依然として低水準にあり、多くの上場企業がキャッシュを下回る水準で取引されています。前述のとおり、企業は関税リスクを見越して、知的財産の所在地変更や新たな関税バリュエーション戦略のシミュレーションも行っています。

ヘルスケアサービス

スポットライトで述べたように、バリューベースヘルスケア、デジタルエンゲージメント、パーソナライズされた予防医療を推進する医療サービス・テクノロジー企業は、機関投資家やPEディールメーカーから大きなM&Aへの関心を集めています。人件費圧力と償還の不透明感から、企業はコスト効率、現金回収の改善、患者エンゲージメントを可能にするM&Aターゲットを探しています。一方、ヘルスケア業界以外の企業も、ウェアラブル端末や遠隔による健康モニタリングソリューションを追求するハイテク企業など、ヘルスケアへ分野への進出を模索しています。これらの動きは全て、より包括的かつ効率的な医療提供アプローチを追求する流れの一環です。

ヘルスケアプロバイダーは、MFN、米国におけるメディケアとメディケイドの償還、関税関連のコスト転嫁に関する規制の不確実性といった課題を乗り越えようとしており、これによりデューデリジェンスと収益モデル化がより複雑になり、一部の取引が遅れています。 

ヘルスケア業界における2025年下半期のM&Aの見通し

2025年後半のディールメーキング環境は、「再調整」と「準備」が鍵となるでしょう。強力なバランスシートを持ち、明確な戦略的優先順位を持ち、しっかりとしたシナリオプランニングを行っているディールメーカーは、不確実性の中で行動するのに最適な立場にあります。貿易や関税のリスクから価格改革や資本コストに至るまで逆風は続いていますが、M&Aはイノベーション、レジリエンス、トランスフォーメーションを推進する上で不可欠なツールであることに変わりはありません。

M&A動向の解説は、業界で認知された情報源からのデータと当社独自の調査に基づいています。具体的には、本文で言及している金額と件数は、2025年5月31日時点でロンドン証券取引所グループ(LSEG)が提供し、2025年6月1日から4日の間にアクセスした、正式に発表されたディールに基づいています(噂や取り下げられた取引を除く)。過去の半期との比較を容易にするため、2025年上半期のLSEGディール件数および金額(図表ではH1'25eと表記)は、上半期の5カ月間に基づく予測であり、6カ月間を表すように調整され、報告ラグを考慮するように調整されています。これらの調整により、分析の一貫性が確保され、報告された期間にわたってより良い傾向分析が可能になります。H25e上半期はPwCの予測ではありません。本データは、S&P Capital IQ、各社提出書類および当社独自の調査による追加情報によって補完されています。PwCの業界マッピングに合わせるため、ソース情報に一定の調整が加えられています。メガディールは50億米ドル以上のディールと定義しています。

Christian K. Moldt
PwCドイツ、パートナー、EMEAヘルスケア業界ディールズリーダー

Jaymal Patel
PwC英国、グローバルヘルスケア業界ディールズリーダー

※本コンテンツは、PwC米国が2025年6月に公開した「2025 mid-year outlook Global M&A trends in health industries」を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

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