
データマネタイゼーション実態調査2025
日本企業のデータマネタイゼーションへの取り組みが加速しています。PwCの最新調査では、データマネタイゼーションの活動が国内企業に定着するなか、「始まりの壁」「生みの苦しみ」といった課題感が存在し、それらに対して社内プロセスやステージゲートの整備などが有効な施策となり得ることが明らかになりました。
2022-09-30
PwC Japanグループは2022年5月、「AI・データを活用したM&Aの高度化と価値創造を実現するアプローチ」と題した経営層向けオンラインセミナーを実施しました。これまで以上に地政学リスクが高まり、企業を取り巻く経営環境の不確実性がますます増大する中、企業にはデータアナリティクスおよびAI(人工知能)の活用により迅速に経営判断を行い、競争優位性を確立するトランスフォーメーション(変革)を実現することが求められています。
同セミナーでは、AIおよびデータアナリティクス、サプライチェーン改革などを専門とするPwC Japanグループのプロフェッショナルが、ディスカッションと事例分析を通じてトランスフォーメーションに向けたヒントを探りました。同セミナーの様子を前後編にわたってお伝えする本連載。後編では、PwCアドバイザリー合同会社パートナーの加藤靖之がM&Aの各プロセスにおけるAI・データ活用の現状と今後について、鈴木慎介がM&Aをきっかけとしたサプライチェーン変革の重要性についてそれぞれご紹介します。
PwCアドバイザリー合同会社
代表執行役・パートナー
吉田 あかね
PwCコンサルティング合同会社
上席執行役員・パートナー
PwC Japanグループ データアナリティクス/AI Labリーダー
中山 裕之
PwCアドバイザリー合同会社パートナー
Deals Digital リーダー
加藤 靖之
PwCアドバイザリー合同会社パートナー
Deals Strategy リーダー
鈴木 慎介
※役職は、セミナー開催時にものになります
吉田:
中山さんから「AI予測調査」で得られた示唆について解説いただきましたが、続いてM&AにおけるAI・データの活用事例と今後のオポチュニティ、またそれを実行する上でのチャレンジについて加藤さんに伺いたいと思います。
加藤:
M&A×AIというテーマを掲げると想像力が膨らむと思います。例えば、M&Aの成功率や、買収・統合後の企業がいかに成長するかまでAIが答えてくれる世界観が実現すれば素晴らしいでしょう。しかし現段階ではそこまで至っておらず、M&Aの各プラクティスの中に、分析の自動化やデータ活用が徐々に盛り込まれるステージにあります。
今回はM&Aのプロセスにおいて、データ活用・分析がどのように行われているのか、どのように自動化・高度化が進みつつあるかを、ご紹介します。
M&Aのプロセスは大きく3つに分けることができます。まず戦略策定や提携先を検討するオリジネーション、次に決まった提携先が適正か調査するデューデリジェンス(DD)、最後が最も重要なPMIなどバリュークリエーションです(図表1)。
オリジネーションのプロセスでは、膨大な量のリサーチを行います。例えば、年間でM&Aを10件成立させるためには、その10~20倍もプロジェクトが動いていることが通例であり、その前段として候補企業を絞る作業ではさらに10倍、およそ1,000社以上をリサーチすることもあり得ます。
グローバル市場の成長スピードについていくためには、毎日・毎時間、候補企業の成長度合いや自社戦略との適合性をチェックする体制を構築しておかなければなりません。そしてその作業をデジタル・AIで高度化することが、グローバル競争に勝つための必須条件になりつつあります。
私たちも注目すべき優先度の高い企業の業績や人事異動、株主の変化などあらゆる情報を数千社単位でリスト化・管理するために、情報を自動化して整理する仕組みやAIを使ってレコメンデーションするシステムを開発しています。
過去のトランザクションデータや案件をAIに読み込ませて、買収先や売却先をレコメンドすることも技術的に可能になっています。こちらの技術に関しても、PwC内でPoC(概念実証)は完了しており、人間が判断する部分と、AIを活用する部分を併存させてプラクティスを運用する段階にあります(図表2)。
M&Aのオリジネーションは、企業の成長力を加速するために重要な機能であり、今後はAIやデジタルの活用が不可欠になっていくでしょう。
加藤:
次にDDに関しては、短期間に兆円企業やグローバル数十カ国に及ぶ事業を調査するケースが増えてきます。このプロセスにおいては、ここ5年で、かなり目覚ましい変化が起きており、取得できるデータの量やバラエティが劇的に進化しています。
大きな進化の代表的な例として、地理空間分析と人流解析があります。小売業などの場合、DDのプロセスで、商業施設までの顧客の来訪経路、滞在時間、回遊プロセスなどを解析することで、それまで発見できなかったポテンシャルを見つけ出し、買収価値に反映させるということができる時代になってきました(図表3)。
また飲食業の場合は、顧客の購買行動のデータが細かく取れるようになってきました。ここには、顧客の訪問回数や利用金額、セット購入の詳細などが含まれます。データ取得が可能になった背景として、会員データを収集する仕組みが各社内に整ってきたという要因があります。現在、売上の6割は会員データで把握できるとされています。それら購買行動を分析することで新たなポテンシャルが見えてきます。
データ量が増えたことでDDフェースで分析できる範囲が広がり、近年では言語データや画像データも扱えるようになってきました。
例えば、飲食店において、ポテンシャルがあるはずなのに売上が上がってない際には、数字だけでなく、消費者の意見やコメントも解析することができます。結果、「評判は良いのだが、居心地が良すぎて回転率が悪い」というような、それまで気づけなかった因果関係を簡単に取り出すことが可能になっています。
また日本ではまだまだ規制がありますが、ドローンで画像データを取得するということも可能になっています。海外のPwCメンバーファームでは、全世界に工場がある企業の買収案件の際、ドローンで工場一帯を定点観測して、オペレーションや整理整頓の度合いから会社もしくは工場のケイパビリティを評価するソリューションを提供しています。このように、重要な資産がある現地に行かずとも、画像データをDDに活用するテクノロジーがすでに確立されてきています。
扱えるデータの範囲が増えたことで、従来1カ月半ぐらいのDD期間の中で諦めていたことがずいぶんとできるようになってきています。
吉田:
PMIなどバリュークリエーションのプロセスではいかがでしょうか。
加藤:
日本企業のM&Aの課題としてPMIが残されています。私自身この業界に20年ほど携わりながら、相当な量の分析を行い膨大な報告書を作成してきました。ただ残念ながら、作成した何百枚もの貴重な資料を半年後に活用できているケースは多くありません。分析のフレームワークや示唆が継続的に活用しきれず、とても無駄になっていると感じています。
グローバルでの競争に勝ち抜いていくためには、DDなど買収の意思決定のために行った分析資産を、スピード感を持って買収後の経営に移し、価値創造に活かしていくことが求められています。そのためには、収集したデータを成型して、恒久的に活用できる状態にすることが重要になります。つまり、DDの段階から経営に重要となるバリュードライバーを設計し、それに対応するデータをPMIでも分析・モニタリングできるよう、データモデルを設計し、継続的に半自動的にアップデートできる仕組みにしておくのです。そうすることで報告書や分析した資産は意思決定時のみに活かされるものではなく、M&A実施以降の価値創造を実現するための経営エンジンとなり得ます。
日本企業のAI導入が進んできたといえども、それが経営や意思決定の部分まで届いたかといえばまだそこまで至ってはないでしょう。まずは、データを株主の視点、経営の視点で整備・可視化することで、現場と経営が一体となったデータ中心の高速経営を実現していけば、次のステップであるデジタル経営、AI経営に進化していくことが可能となります。
吉田:
加藤さんには、PMIから親会社やグループ全体のAI経営に繋げていくことの重要性を指摘いただきました。M&Aによるグローバル経営のさらなる展開には、サプライチェーンも重要な論点になります。地政学リスクやグローバルでの経済安全保障などの問題を踏まえ、各企業のサプライチェーンの見直しが急務となっていますが、この点に関して鈴木さんに伺いたいと思います。
鈴木:
地政学リスク、自然災害リスク、デジタル化への対応、労務費の上昇、Eコマースの進展など複雑かつ多様なリスク要因がある中で、サプライチェーンのオペレーションについても悩みが大きいと思われます。
サプライチェーン・オペレーションは多くのアセットを保有する必要がありますし、結果としてコストに占める割合も大きい。オペレーション改革を如何に進めるかによって、企業のパフォーマンスは大きく変わってきます。
私が経験的に感じるのは、M&Aにおけるシナジー創出においては、オペレーション改革を通したバリューアップ効果の割合が非常に大きいということです。買う側と買われる側のアセット・およびオペレーションを適切に統合し、効率化することによって大幅なコストダウンを実現でき、顧客へのサービスレベルを改善することで売上アップも可能になります。
例えば、工場を日本に持つのか、中国に持つのか、その他の東南アジアに持つのか、はたまた欧米に持つのか。その選択によってサプライチェーンの流れは大きく変わります。加えて物流拠点や輸送方法など1つ1つ決めていかなければなりませんが、これらの意思決定が企業のパフォーマンスに大きく影響します。
私はM&Aや事業再生の中でオペレーション改革を実践していくお手伝いをさせていただいています。そこでは、バリューブリッジ、すなわち対象とするディールの中からどのような価値創造ができるのかを案件ごとに描くようにしています。さまざまなレバーを押すことによって価値創造を実現できますが、私が経験的に感じるのはオペレーションの改革がもたらす価値が非常に大きいということです(図表4)。
M&Aでは買われる側と買う側のアセットが重複する、もしくは似たようなアセットを持っているケースが往々にしてあります。そこをうまく効率化することによって大きくコストダウンが実現でき、場合によっては売上の上昇に繋げることもできます。M&Aを機会にそのようなオペレーション改革を実行していくことが重要になってきます。
鈴木:
サプライチェーン改革を実現するための日本企業の課題のひとつとして、DDの取り組み方を挙げることができるでしょう。DDには、ファイナンシャルDD、タックスDD、リーガルDDなど主にリスク面を精査するDDと、コマーシャルDDやオペレーションDDなどリスク面に加えてベネフィット面、つまり価値創造のポテンシャルを精査するDDがあります。
日系企業の場合、前者についてはアドバイザリーを使って念入りに行っている印象があります。一方、後者はあまり注力されていない傾向にあります(図表5)。特に社内のオペレーションデータを収集して、そこから価値創造できる機会を探したり、マグニチュードを計算したりといったことまでできている企業は非常に少ないです。
サプライチェーンマネジメントにおいては、調達・生産・物流・販売などファンクション軸でさまざまなデータがあります。SCMパフォーマンスを構成するQCDの観点でもさまざまな評価指標が設定されます(図表6)。
様々なオペレーション関連データを機械学習に流し込むことで最適化を図ることができますが、これらデータをDDプロセスで取得し分析している企業は限られていると思います。オペレーション領域の分析を精緻に行うことが、M&Aでシナジーを生み出し大きな価値創造を実現するために不可欠です。
また、近年、驚くほどさまざまな外部環境リスクが顕在化しています。企業はこれに機敏に対応すべきで、そのためには往々にしてオペレーション改革が必要になります。判断を回避することで企業の存立を危うくするリスクを認識しつつ、経営者は果断に意思決定を行う覚悟を持たないといけないでしょう。
オペレーション改革を立案するにあたっては、企業の内外に存在するデータを収集し、さまざまなシナリオ仮説を構築・検証することが求められます。そのためにはサプライチェーン戦略担当とデータアナリストがチームアップする必要があります。顧客に提供する高いサービスレベルとオペレーション効率の間のトレードオフの関係を理解しつつ、データ解析を実施するチームをDDおよびPMIの段階で組成することが、改革の計画・実行を進めていく上で重要になります。
吉田:
効率を高めるオペレーション統合が求められるということですが、一般論として米国や欧州企業に比べて、日本企業はオペレーションの統合があまり得意ではないと言われることが多いと思います。これについて鈴木さんのお考えはいかがですか。
鈴木:
おっしゃる通り、欧米企業と比べて日本企業はPMIフェーズにおいて大胆なオペレーション改革を計画・実行するケースが非常に少ないです。欧米の会社がM&Aを進める際には改革ありきで臨みますが、日本はどちらかというディールを先にやり、後から改善できる項目は何なのか考えようとする傾向があります。
日本企業の問題として、大胆にオペレーション改革の絵を描く人材が不在であることが挙げられます。日本の経営者・担当者は、概して、右肩上がりの環境の中で徐々に改善を進めるアプローチしか経験してきていないため、外部環境の大きな変化に対応して外科手術的な改革を構想できる人材が非常に少ないと感じています。つまり、オペレーション改革を主導するオペレーション・ストラテジストが日本企業に不足していることが本質的な問題だと考えています。
M&Aで何を実現しようとするのか、会社を統合することでどのような改革が可能なのかを構想できる人材を内部に抱えるべきでしょう。そしてその人材がデータアナリストとチームアップしてデータ活用に取り組むことが重要になると思います。
吉田:
サプライチェーンストラテジストなど人材の重要性について話が出ましたが、AI・データアナリティクス領域ではどのような人材が必要になるでしょうか。中山さんのご意見をお聞かせください。
中山:
鈴木さんから、オペレーションの課題を解決する人材が重要であり、アナリストと組むべきという指摘がありました。同様にAI領域でも、データサイエンティストだけでなく、データをうまく収集・活用するデータエンジニアや、そもそも課題をAIでどう解くかを考えるビジネス課題のトランスレーター、さらにAIを育てていく運用保守人材の4種類が必要になります。
ただPwCが行った今回のAI予測調査でも、欲する人材やスキルについて、データサイエンティストと回答する企業が多かったです。しかし、高度なデータサイエンティストに関しては、採用や評価が困難なだけでなく技術の進歩も日進月歩である為、私たちのような専門のコンサルティングファームをうまく活用する使うことを推奨します。むしろ企業が内部で育成すべきは、AIで課題を解く方法を見出せる人材(トランスレーター)および日々の業務からデータを活用して”AIを育てていく”保守人材だと考えます。
吉田:
加藤さんはこの人材面に関してどのような意見をお持ちでしょうか。
加藤:
M&Aという“場”は、人材が多様な経験を積むための重要な機会だと捉えています。日本企業の人事制度では、経営の重要アジェンダを鳥瞰しながら問題を解いていく経験をするまで時間がかかります。それゆえ対応する人材が質量ともに育ちにくい。しかし、M&Aをきっかけに大きな経営アジェンダにチャレンジすれば、優秀な人材はその経験をしっかりものにしていくでしょう。M&Aをチャンスにして、それをまたグループに還元していく仕組みが人材育成面でも大事になると思います。
吉田:
今回、AI・データを活用したM&Aの高度化と価値創造というテーマでセミナーを進めてきましたが、基本的にビジネスは人間を中心に回っているものです。PwC Japanグループでは、「こうあるべきだ」と言うだけでなく、日本企業やグローバルな企業と一緒に働きながら、人材育成にも取り組んでいきたいと考えています。グループ全体として、今回ご紹介した重要な課題についてますます取り組んでまいります。
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