成長への最適化を実現するM&A

PwCコンサルティング合同会社 ストラテジーコンサルティング(Strategy&) パートナー

井上 貴之

15年以上にわたり、多様な業種に対して、PMI、業務変革、ITトランスフォーメーション、全社組織変革、新規事業戦略などの支援を行う。特に大型の変革プログラムの立案と実行を多数手掛けてきた。日本における「Fit for Growth」リーダー。

2017年11月にダイヤモンド社より出版された「成長への企業変革―ケイパビリティに基づくコスト削減と経営資源の最適化」は、同年1月に米国で出版された「Fit for Growth」の日本語版である。戦略の実現や競争優位の確立に主眼を置き、会社全体やコスト構造の在り方をいかに最適化するかについて具体的な手法を解説する、経営者や管理職層に向けた実践的なガイドブックとなっている。

ここでは、その内容の一部を紹介するとともに、M&Aを行うにあたっての示唆について述べていきたい。

「ケイパビリティ」によるメリハリ

PwCネットワークのStrategy&は、その前身であるブーズ・アレン・ハミルトンおよびブーズ・アンド・カンパニーの時代から、「企業は同業他社にはない固有のケイパビリティ(組織能力)を活用することで、高業績を目指すことができる」という考えに基づいて、戦略策定と実行のコンサルティングを行ってきた。2014年にPwCとの経営統合を行ってからも、その考えをさらに推し進め、前著「なぜ良い戦略が利益に結びつかないのか―高収益企業になるための5つの実践法」(原題:Strategy that Works)を発表したのに続いて刊行したのが本書である。

日本の読者に向けて、まずは「Fit for Growth」という言葉を紹介しておきたい。この言葉はPwCの米国における登録商標であり、「いかに経営資源を確保し、成長戦略に振り向けていくか」を支援するPwCおよびStrategy&のコンサルティングサービスを表したものだ。「Fit」という言葉は企業が環境や戦略に「適合した」状態であるという意味で用いられているが、掛け言葉としていわゆるフィットネスという意味、つまり「贅肉がなく」「健康な」状態という意味も込められている。日本語版で「Fit for Growth」という言葉を訳出するにあたっては、前者の意味を尊重して「成長のための最適化」という言葉を当てることにした。

具体的に「成長のための最適化」の変革の要点を紹介すると、ここには下記三つの重要な論点が含まれている。

(1)自社の伸ばすべき事業領域を見定め、その成長戦略に基づいて、事業ポートフォリオの見直し(「枝葉を落とす」)を含む企業全体の変革を行い、コスト構造、組織の最適化によって成長をより力強く推進する

(2)伸ばすべき事業領域に十分な投資を行えるように、当該領域以外のコストを大胆に削減し、そこで捻出した資金や人材は成長分野に振り向ける

(3)コストを削減すべき分野においては、現状の延長線上としてのカイゼン活動だけではなく、業務の進め方そのものを前例にとらわれずに見直し(贅肉を落とし)、コスト構造そのものにメスを入れる

これらは、(1)全社変革、(2)成長原資の確保、(3)コスト削減、とそれぞれに主眼が異なるが、成長戦略とコストを結び付けることでより大きな成果を得るという一連のアプローチとして位置付けられている。

では、本アプローチが、従来のコスト削減手法や企業変革手法と何が違うのかというと、それは企業のケイパビリティ(組織能力)に着目し、企業の姿を再構築するところにある。企業を動かしていく能力として、どのケイパビリティが成長戦略を実現してくための差別化要因となるかを特定する。その上で、差別化するケイパビリティには積極的に投資を行い、その他の領域についてはコストを削減、ないしは最適化するというメリハリをつけるのである。

このようなケイパビリティによる企業の戦略への適合をいかに行うかについては、戦略を実行するために「何を」行うか、リーダー層の役割がより重要であり、かつ、実施される施策はより劇的で大きなものとなる。

一方、コスト構造の見直しを行うとともに、いかに効率的・効果的に業務を行うかについても「最適化」のためには必須の視点であり、「どこで」「いかに」行うかという二つの視点で整理をしている。

以上の「何を」「どこで」「いかに」の三つの視点については、前者になればなるほどより戦略への「適合」の志向が高まり、より抜本的な変革を伴い、後者についてはより「コスト効率化」の要素が高くなり、これらを全て組み合わせることで成長のためのコスト構造の「最適化」が実現される。列挙した一つ一つの手法を見ていくと、それぞれはさほど目新しいものではなく、ケイパビリティの視点を通じて最適化された姿を定義し、その実現のためにあらゆる手法を組み合わせるというところに特徴があり、仮に個別の手法によるコスト削減のみを行うケースにおいても、ケイパビリティの視点を持つことで同じ削減でもよりメリハリをつけつつ、より踏み込んだ削減を目指すことができる。

ケイパビリティに基づくコスト構造の変革

「成長のための最適化」とM&A

このような考え方に立脚して、M&Aは大きく三つの意味合いを持つと整理できる。

一つ目は、ケイパビリティを獲得する手段としてのM&Aである。すなわち、創薬力を差別化するケイパビリティと掲げる製薬企業がそのケイパビリティを強化するために、バイオベンチャーを買収する、といったケースが該当する。

二つ目は、ケイパビリティを注入する手段としてのM&Aである。これは、例えば特定の原材料の調達力を差別化するケイパビリティと定義付けた企業が当該原材料を活用できる事業領域の拡大を目指して買収を行う。つまり、差別化するケイパビリティにより大きなレバレッジをかける手段となる。

そして、最後は成長の原資を獲得する手段としての事業売却である。

このように、M&Aが戦略を実現する手段として見たときに、戦略に基づき「いかに戦うか」を定義し、それに必要な差別化するケイパビリティをいかに確保・活用すべきかのストーリーが明確であれば、その成功確率、成功した際の期待リターンは大きくなる。一方、例えば単なる新規マーケットへのエントリーチケットの域を出ないようなM&Aであれば、ただの買い物で終わりがちとなるのは言うまでもない。

ここまで見てきたように、本書が示す「成長のための最適化」は、戦略を実現するためにコストや人的リソースを最も有効に活用するためのアプローチである。資源(=ケイパビリティの原資)の最適配分という観点で、M&Aを考える上でも有効な視座となれば幸いである。

成長への企業変革―ケイパビリティに基づくコスト削減と経営資源の最適化

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