Value Talk 対談 芳井 敬一 氏 × 福谷 尚久

大和ハウス工業株式会社 代表取締役社長

芳井 敬一 氏

1958年生まれ、大阪府出身。中央大学卒業。神戸製鋼グループを経て1990年大和ハウス工業入社。2013年東京本店長、2016年取締役専務執行役員、2017年11月から現職。

芳井 敬一 氏

PwCアドバイザリー合同会社 M&Aアドバイザリー パートナー

福谷 尚久

1961年生まれ、東京都出身。国際基督教大学(ICU)、コロンビア大学(MBA)等卒業。三井住友銀行(NY)、大和証券SMBC(Singapore)、GCA(中国現法代表等)を経て、2015年PwCアドバイザリーパートナー。25年にわたりクロスボーダー、業界再編・MBOなど多様なM&Aをアドバイス。

※役職などは掲載当時のものです。

M&Aで海外展開に再挑戦 最も大事なのは理念の共有

福谷

本年初めにオーストラリアのローソングループを買収するなど、その前の米国案件から海外での大型の住宅会社買収が続いています。大和ハウス工業というとかつてはどちらかと言えばドメスティックなイメージでしたが、ここ数年の精力的な海外進出には長年一緒にお仕事をさせてもらってきた身からしても驚くべきものがあります。芳井さんが海外統括の担当となった2011年頃からこうした海外での事業やM&Aの動きが活発化している印象がありますが、いかがでしょうか。

芳井

あまり知られていませんが、実は当社の海外進出の歴史は意外と長いのです。さかのぼれば1972年の日中国交正常化に際して、創業者である石橋 信夫は、中国から資材の輸入を開始し、その後、日本人が中国でビジネスを行うための住環境を提供することが自分たちの役割だと考え、北京、上海、天津、それに大連に二カ所、合わせて五カ所に外国人向け賃貸住宅などを建設したのです。この他にも最大時には十四カ国に進出していたのですが、海外事業は赤字体質を克服できず中国以外はいったん撤退しました。

その後、樋口会長の時代になって、一度失敗した海外展開にもう一度チャレンジするにはどうすればいいのかを考え、まずは唯一残っている中国に目を向け、現地のパートナーと連携しながら分譲マンション事業を手掛けることにしました。それが軌道に乗り次々と他の分野へと派生していった結果、M&Aへつながる現在の海外事業に至っているわけです。

福谷

過去に一度失敗した経験があるからこそ、その経験が生きて現在の成功に結び付いたのですね。特に印象深いのが、初めて中国での事業を行うにあたっての創業者である石橋氏の考え方です。普通、海外展開やそれに伴う海外企業のM&Aは、まず利益ありきで動くことが多いと思うのですが、大和ハウス工業の場合は「自分たちは何をすべきか」という理念が先行したわけですよね。このような企業は、他にはほとんど例がないと思いますよ。

芳井

そのとおりです。当社におけるM&Aの精神は、相手を尊重しながらシナジー効果を発揮しつつお互いに成長していくというものです。例えて言えば「札束で相手の頬をたたく」ような真似は決してしませんし、事業成長の手段として“時間を買う”M&Aを優先することもありません。自分たちにできることは何か、そしてそれを行うにはどのような相手がふさわしいのかをまず考え、相手にも当社のマインドを大切にしてもらうことを重視しています。つまり一番大事なのは理念が共有できることであって、それができないのであれば、どんなに優れた会社であっても一緒になるということは決してありません。

公平・公正の理念のもと、グループの人材に等しくチャンスを

福谷

M&Aの相手と理念を共有することが大事だというのは、現在の大和ハウスグループを見ていてもよく分かります。例えばフジタやエネサーブなど、もともと会社の歴史も古く、バックグラウンドが大きく異なる企業も多いですが、全てグループに必要な会社として迎えられていますよね。そして買収によってグループに加わった企業ほど、新たな力を得ていきいきと輝き、顧客に付加価値を生むようなサービスを積極的に提供しています。長年さまざまなM&Aをサポートしてきた私からすると、これは驚愕の事実です。

そこで思い当たるのが、買収によって大和ハウスグループ入りした会社の経営陣の皆さんが、これは国内外を問わずですが、創業者である石橋氏の言葉で会社を“語っていた”ことです。創業者から引き継ぐ理念が大和ハウスのDNAとなってグループ内の全ての人たちに浸透しているのだと実感しました。

芳井

お話ししているように、理念の共有が何よりも大事です。例えば、コスモスイニシアはもともとリクルートグループを源流とする会社ですが、理念と合致しないように感じたときにははっきり「それは大和ハウスグループらしくない」と意見し続けてきました。彼らなりにそのDNAを吸収して業務に邁進してくれたおかげもあって、このほど同社は売上1,000億円を達成したのです。本当にありがたいことだと思っています。

福谷

コスモスイニシアだけでなく、フジタにせよ大和ライフネクストにせよ、M&Aでグループに迎えられた企業のトップは内部からのプロパー人材ですよね。このように、大和ハウスグループのDNAは必ず引き継いでもらいながらも買収先の人材を尊重し、登用するという姿勢は、グループに加わった会社の方々にとって大きなやる気につながっているのではないでしょうか。

芳井

会社は公器であるのだから、公平であり公正であることを第一にせよ、というのも当社の理念です。その人が過去どこに所属していたのかなどは一切関係ありません。大事なのはグループのDNAを引き継いで結果を出しているかどうかです。私自身も中途採用ですし、役員になる前はずいぶん回り道をしてきました。成績を残せるようになったからこそ重用してもらったわけで、中途採用かどうかなどは全く関係ないのです。つまり、グループ内の誰であろうと等しくチャンスがあるということです。もしそうでなければ、私たちの仲間入りをしてもらっても意味がないですからね。

福谷

その公平さとは、言うは易く行うは難し、だと思うのですが、それができている背景には何があるのでしょうか。

芳井

やはり、コミュニケーションがすごく活発で、発言の自由度と透明性が高いことでしょうね。当社には相手の役職など関係なく、はっきりとものが言える風土が根付いています。立場に関係なく全員が同じフィールドに立ち、お互いの役割を尊重し、別々の業務を遂行しながら同じゴールを目指しているのです。

「凡事徹底」─大和ハウスグループの理念を象徴する樋口会長のメッセージが、誰もが目にする場所に掲げられている。

「凡事徹底」─大和ハウスグループの理念を象徴する樋口会長のメッセージが、誰もが目にする場所に掲げられている。

福谷

究極の現場第一主義ですね。しかし、それは同時に現在の地位や立場に安住できないということで厳しい側面もあるのではないですか。

芳井

それは大いにありますよ。例えばその人が前年度にどれだけ優れた成績を残そうと、期が変われば全てリセットされてしまいますから。このような“リセットキー”があって、過去の栄光には決してすがれないことで、正直しんどい面もあります。逆に言えば、過去に失敗したとしても、それを引きずって文句を言われるようなこともありません。

売上高10兆円の目標に向けて

福谷

創業百周年の2055年度には、売上高10兆円を達成するという壮大な目標を掲げています。その実現に向けて“安全・安心、スピード・ストック、福祉、環境、健康、通信、農業”の頭文字を取った「アスフカケツノ」事業を展開するとしています。そうしたなかで、今後どのように国内外でのM&Aを進めていくのでしょうか。

芳井

10兆円という数字は、現在の事業の延長だけでは絶対に届かないことが明白ですから、目標を達成するには今とは全く違う事業も手掛けなければならないでしょう。併せて今後、少子高齢化などにより国内市場が縮小していくことを踏まえれば、海外進出の強化は避けて通れません。そこで私たちの武器となるのが、インフラから住まいやオフィス、店舗や物流など、全てを一気通貫で提供できる大和ハウスグループの提案力です。一つ一つのパーツだけならできるという会社はたくさんありますが、パッケージで提供できるのは当社ぐらいではないか、と自負しています。このように“総合的なライフスタイルづくり”のパッケージを海外に持っていく中で、自分たちには何が足りないのかを常に見つめながら、必要に応じてM&Aも行っていきます。もちろん、理念の共有を第一としながらです。

福谷

誰にでも意見を言える文化のもと、“失敗のリスクを恐れず挑戦しないリスクを恐れる”という大和ハウスグループのマインドは、グローバルでの厳しい競争に挑み続けなければならない全ての日本企業が抱くべきものだと思います。ありがとうございました。