選択と集中、イノベーションを促すスピンオフと自社株対価M&A

PwC税理士法人 国際税務/M&Aタックスグループ パートナー 公認会計士、税理士、米国公認会計士(イリノイ州)

山岸 哲也

1999年PwC税理士法人に入所後、2004年~2007年までPwC米国シカゴ事務所へ出向。当法人M&Aタックス部門のヘッドとして培ったM&A及び国際税務に関する豊富な経験に基づき、ストラテジック・バイヤー、フィナンシャル・バイヤー双方にデューデリジェンスや買収ストラクチャリングを中心としたM&A税務サービスを提供。

PwC弁護士法人 パートナー 弁護士

茂木 諭

2000年に弁護士登録後、国内大手法律事務所にて主にM&A業務及びコーポレート業務に従事したのち、英国系大手法律事務所にて主にクロスボーダーのM&A業務に従事。国内外を問わずM&A取引全般・企業再編・合弁、コーポレートガバナンス/コンプライアンス業務を広く取り扱う。また、日系企業の海外進出案件にも多数関与している。

日本企業が激化するグローバル競争を勝ち抜いていくためには、選択と集中により大胆な事業ポートフォリオの転換を図り、革新的なイノベーションを促進しコア事業に自社の経営資源を集中投下していくことが求められている。このような日本企業の大胆な事業再編・M&Aを実現する手法として、スピンオフや自社株対価M&Aがある。米国では株主からの企業価値向上に対するプレッシャーも大きいことから、スピンオフや自社株を対価とするM&Aを通じた事業ポートフォリオの入れ替えやM&Aによるコア事業の強化が頻繁に実行されているところだ。日本でもこれからの取引が円滑に実施できるように法制面でも税制面でも手当てがなされつつあることから、競争力強化のために今後その活用が広がっていくことが期待される。ここでは、スピンオフと自社株対価M&Aの取引概要、法務および税務の観点から留意すべき事項を概括的に解説していく。

スピンオフで得られる効果と必要な手続き・要件

1)取引の概要

現行の会社法においてスピンオフを行う場合、図表1に示すとおり、(1)特定の事業部門をスピンオフする手法(分割型分割により切り出した子会社の株式を分割会社の株主に交付する方法)と(2)完全子会社をスピンオフする手法(既存子会社の株式を親会社の株主に現物分配する方法)がある。

スピンオフを用いて特定の事業・子会社を分離することにより、経営者としてはコア事業に経営資源を集中投下することができる。

また、分離された事業・子会社のみを対象とした第三者からの出資が可能となり、上場すれば当該事業のみに関心のある投資家を引き付けることができ、いわゆるコングロマリットディスカウントの解消にもつながると言われている。

2)法規制

スピンオフを行うために必要とされている法的手続きとしては、図表1の(1)(分割型分割)の場合は、いわゆる分割型分割を実現するために要求される会社分割+剰余金の配当(この場合、承継会社、つまり図表1におけるB社の株式の分配について分配可能額の規制は適用されない)を行うための会社法上の手続き(株主総会特別決議、債権者保護手続、反対株主の株式買取請求権、労働契約承継法の諸手続など)、許認可等の承継・再取得に関する手続きなどが必要となる(さらに上場会社等が分割型分割によるスピンオフを行う場合、原則として有価証券届出書の提出が求められる)。

また、図表1の(2)(現物分配)の場合は、金銭分配請求権のない現物配当であるため剰余金の配当に係る株主総会特別決議が必要であり、また(1)と異なり分配可能額の規制が適用されることになる。

また、上場会社においてスピンオフを行う場合、非上場会社の流動性の乏しい株式を交付される株主の不利益を回避し株式売却の機会を確保するために、実務上はスピンオフされた会社の上場を前提とすることが多くなるものと考えられる。この点、東証の上場規制では、スピンオフされた会社を上場しようとする際も通常の新規上場申請と同様の手段が必要だが、スピンオフの効力発生日と同日の上場を目指す場合など早期上場のための特例を設けている。本年(2018年)4月に経済産業省が公表した「『スピンオフ』の活用に関する手引」も、スピンオフにおける上場について同趣旨と見受けられる。

スピンオフを行うために必要とされている法的手続き

3)税務

税務上、スピンオフが税制適格となるためには、図表2に示す適格要件を充足する必要がある。適格要件を充足することができれば、スピンオフに関与する当事者に課税関係は生じない。スピンオフ税制は2017(平成29)年度税制改正で初めて導入されたが、2018(平成30)年度税制改正で、新設分割する場合に加えて、許認可等の関係で事前に100%子会社を設立した上で許認可取得後に吸収分割するケースにおいても適格分割となるよう手当てがされている。

スピンオフが税制適格となるためには

自社株対価M&Aで得られる効果と必要な手続き・要件

1)取引の概要

自社株対価M&Aは、対象会社の買収にあたり対象会社株式を譲り受けるのと引き換えに、買収会社が金銭ではなく自社の株式を対価として対象会社の株主に交付するM&Aをいう(図表3参照)。

現行の会社法の下では、(1)株式交換(買収会社が対象会社の完全親会社となり、対象会社の株主に対して買収会社の株式が交付され、以後は買収会社の株主となること)を用いる手法と(2)現物出資(対象会社の株主から対象会社株式の現物出資を受けて、これと引き換えに買収会社が新株発行または自己株式の処分を行うこと)を用いる手法の二つがある。

欧米では、大規模なM&Aを実現するために、現金のみならず自社株を対価として用いるケースが多いが、後述のとおり日本においては自社株を対価とするM&Aは活発には行われておらず、世界的な巨大買収案件に匹敵するような大規模M&Aの件数が少ないことの要因の一つとも見られている。

取引イメージ

2)法規制

上述のとおり、現行会社法において自社株を対価としてM&Aを実行するには二つの手法がある。しかし、(1)の株式交換の場合、(i)会社法上、株式交換による外国会社の子会社化はできないと解されているため、外国会社を対象としたM&Aには用いることができず、また(ii)完全子会社化を前提とする株式交換は、全株式を取得するM&Aに限定されるため、自社株対価M&Aの手法として柔軟に用いることが難しい側面がある。

次に(2)の現物出資の場合、(i)原則として、所要期間の予測が難しい検査役の調査が必要となるため、タイトなスケジュールにおいて実施されるM&A取引の手法として適しておらず、また(ii)現物出資の効力発生時に、給付した現物出資財産(対象会社の株式)の価額が出資価値に著しく不足する場合に、取締役等がその職務執行を行うことにつき注意を怠らなかったことを証明しなければ不足額の支払義務を負うことになるが、対象会社株式の価値下落リスクを取締役等個人が負担することは受け入れられないため、躊躇する経営陣も多いものと考えられる。

このような制約のため、後述する税務上の課題と相まって、現行法下においては自社株を用いたM&Aは活発には行われていない。

この点、本年2月に法制審議会の会社法制部会により公表された「会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する中間試案」において検討されている「株式交付」制度が実現した場合、株式会社である買収会社は、現行法上の上記制約に服することなく、株式会社またはこれと同種の外国会社である対象会社の株式の全部または一部(ただし、株式交付の結果、買収会社が直接または間接に所有する対象会社の議決権割合が50%を超え、対象会社が新たに買収会社の子会社となる場合に限る)を、自社株(現金等と合わせることも可能)を対価として株主らから譲り受け、新たに子会社化することが可能になる。同制度が導入された場合、検査役の調査を経ず、また取締役等は現物出資財産の不足額の支払義務を負わずに、自社株を対価として例えば外国会社などを対象とする大規模なM&Aを行うことができるようになり、これによって自社株を対価としたM&Aによる日本企業の成長の機会がさらに拡大することが期待される。

また会社法改正とは別に、産業競争力強化法の適用がある場合は、現物出資規制および有利発行規制等の適用を受けずに自社株を対価とする株式取得が可能である(2018年5月23日に公布された改正法では、改正前においても認められていた公開買付けに加えて、新たに株式取得一般に適用範囲を拡大している)。なお、産業競争力強化法に基づき主務大臣から認定を受けた株式取得の課税繰り延べ措置については次項において述べる。

3)税務

自社株を対価とする公開買付けは2011年に解禁されたものの、対象会社株主に対する課税の問題によりほとんど活用されてこなかった。

しかし、2018年度税制改正において、2018年5月23日に公布された産業競争力強化法の改正法の施行日(2018年7月9日)から2021年3月31日までの間に特別事業再編計画の認定を受けた事業者が行った特別事業再編により、対象会社株主が有する対象会社株式を譲渡し、その認定を受けた事業者の株式の交付を受けた場合には、その譲渡した対象会社株式の譲渡損益の計上は繰り延べられることとなった。計画認定の対象とされることが見込まれる事業活動は「新市場開拓事業活動」(「未来投資戦略2017」で示された戦略5分野において買収により獲得した革新的な技術を用いる事業活動)、「価値創出基盤構築事業活動」(買収により獲得した経営資源を用いて事業者に幅広く利用されるプラットフォームを提供する事業活動)、「中核的事業強化事業活動」(買収により事業ポートフォリオの転換を図る事業活動)の三類型のうち、大規模な買収原資が必要となるものである。

2018年7月9日より特別事業再編計画認定の申請の受付を開始しているが、計画認定を受けることができれば、取引時の株式譲渡益課税が繰り延べられるため、自社株を活用した買収、事業再編が円滑に実行できるようになり、大胆な事業ポートフォリオの転換、ひいては日本企業の競争力の強化につながることが期待されるところだ。

スピンオフや自社株を生かしたM&Aの可能性

日本でも、ここ数年でコーポレートガバナンスの強化が叫ばれ、株主からの経営陣に対する企業価値最大化に対するプレッシャーは年々高まってきている。また、現実問題として少子高齢化で日本市場が縮小の一途をたどる中、グローバルで欧米系企業との激しい競争に打ち勝ち企業として一層成長していかなければならない。

日本企業の経営陣には、スピンオフや自社株を活用したM&Aを積極的に活用して、業界を大きく転換する、あるいは、業界の垣根を超えた大胆な事業再編を自ら主導していく気概が不可欠である。