国内・海外における開示基準の検討状況

はじめに

2021年10・11月に開催されたCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)において、IFRS財団は、国際的なサステナビリティ開示基準の開発を目的とする国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)を設立することを公表しました。国内においても、国際的な意見発信や国内基準の開発を行うための体制整備として、2021年12月に財務会計基準機構(FASF)がサステナビリティ基準委員会(SSBJ)の設立を公表しました。金融庁は金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」を立ち上げ、企業情報の開示の在り方について検討しており、経済産業省は経済産業政策局企業会計室に設置した「非財務情報の開示指針研究会」において、日本や世界における非財務情報の開示を実現する指針のあるべき方向性を検討するなど、サステナビリティ情報開示を取り巻く状況は大きく変化しています。

本稿では、サステナビリティ情報開示に関わる国内外の基準および最近の動向について詳しく見ていきます。

なお、文中の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをあらかじめお断りしておきます。

1 国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の設立

(1)これまでの動き

これまでは、さまざまな組織・団体が独自に開発してきたサステナビリティ開示に関する基準やフレームワークが混在し、それぞれの用語や開示項目の調整が行われていない状況にありました。そのため、開示の一貫性や比較可能性が担保できないといった問題点が指摘されていました。

このような状況の中、基準等の主要な設定団体に協調の動きが見られました。2021年6月には国際統合報告評議会(IIRC)とサステナビリティ会計基準審議会(SASB)が統合し、価値報告財団(VRF)が設立されました。そして、IFRS財団によりISSBの設立が公表されました。また、気候変動開示基準委員会(CDSB)は2022年1月にIFRS財団に統合されており、VRFも2022年6月までに統合される予定となっています。

新たなサステナビリティ基準を策定するにあたり、ISSBは、以下の戦略的方向性を目指しています。

  • 投資家の判断に重要な情報(短期、中期、長期における企業価値)にフォーカスする。
  • 当初は気候関連情報に関する報告基準の開発を優先するが、他のサステナビリティ開示も視野に入れる。
  • 金融安定理事会の「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」等の既存の枠組み・作業などをベースとした基準開発を行う。
  • ISSBがグローバルベースラインを提供し、各国において報告要件として組み込むかを検討する、ビルディングブロックアプローチを採用する。

(2)技術的準備ワーキンググループ(TRWG)によるプロトタイプ

ISSBが設立後すぐに具体的なサステナビリティ開示基準案の検討を開始できるように、2021年3月にIFRS財団によって技術的準備ワーキンググループ(TRWG)が設立されました。このTRWGは、投資家の情報ニーズを満たすことに焦点を当てたこれまでのイニシアチブの作業を統合・構築するように設計されており、CDSB、VRF、TCFD、国際会計基準審議会(IASB)および世界経済フォーラム(WEF)が参加しています。なお、証券監督者国際機構(IOSCO)もオブザーバーとして関与しています。

TRWGは2つのプロトタイプを公表しました。これは、情報提供を目的としており、ISSBはプロトタイプが示す事項を検討し、独立したデュー・プロセスに従って公開草案の発行などの次のステップを決定することになります。

1. 基準の構造

表示基準には最低限の要求事項が含まれており、テーマ別基準がないものについては、表示基準に定める開示を要求しています。テーマ別基準のうち、気候関連開示から開発を始めるとされています。また、業種別基準は11セクター68産業について設定され、基本的にSASBの産業別分類を踏襲しています。各要求事項は、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の観点から設定されていることが特徴です。図表1は、既存の組織・イニシアチブによるこれまでの取り組みを反映する形で、それぞれの基準が形成されていることを示しています。

図表1 TRWGが提案したIFRSサステナビリティ基準の構成

2. 全般的開示要求事項のプロトタイプ

ISSBによる公開草案としての「検討の基礎」を提供するため、全般的な開示要求事項のプロトタイプが策定されています。企業価値に関する投資家の評価に重大な影響を与えるサステナビリティ項目について、重要性のあるサステナビリティ関連情報を漏れなく提供することを、企業に要求しています。

【概念的要素】

マテリアリティの考え方は、IFRS会計基準における考え方と整合しており、「サステナビリティ関連の財務情報は、それを省略したり、誤表示したり覆い隠したりしたときに、一般目的財務諸表の主要な利用者が、当該財務諸表に基づいて行う意思決定に影響を与えると合理的に予想しうる場合には、重要性がある」※1としています。

報告企業の境界は、財務諸表とサステナビリティ関連財務開示とで同一とすべきであり、企業価値評価に影響を与えるサステナビリティ関連のリスクと機会は、報告企業の境界の外側にいる当事者との活動、相互作用、関係性からも生じる可能性があります。

財務諸表とサステナビリティ関連財務情報を含む一般目的財務報告内におけるコネクティビティが重要視されています。異なる情報間の関係性や、サステナビリティ関連のリスクと機会が別のサステナビリティ関連のリスクと機会をもたらす場合のトレードオフが課題となります。

【一般的特徴】

各サステナビリティ項目に係る開示要件は、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標が含まれています。企業は関連する全てのIFRSサステナビリティ開示基準を適用します。あるサステナビリティ項目に適用される具体的な基準がない場合には、その他の基準設定主体の直近の基準を参照することができます。その他、報告頻度や報告チャネルなどの要件が記載されています。

3. 気候関連開示要求事項のプロトタイプ

ISSBによる公開草案としての「検討の基礎」を提供するため、既存の資料に立脚した気候プロトタイプが策定されています。

提案されている開示事項は、TCFDの提案に整合して、ガバナンスおよびリスク管理についての開示を要求していますが、投資者に対する重要性を考慮し、「戦略」と「指標と目標」についての開示に焦点を当てています。戦略についての5つの主要な要素は、リスクと機会、事業モデルへの影響、戦略への影響、財務的影響、レジリエンスへの影響です。

  • リスクと機会:短期、中期、長期にわたって、企業の事業モデルと戦略における拡張、脅威、ならびに変更の可能性がある、気候関連のリスクと機会。
  • 事業モデルへの影響:気候関連のリスクおよび機会が企業の事業モデルに与える、現在および予想される影響。
  • 戦略への影響:現在および予想される気候関連のリスクと機会が企業の戦略や意思決定に与える影響。
  • 財務的影響:気候関連のリスクと機会が、報告期間末における財政状態、財務業績、キャッシュフローに対して、短期、中期、長期にわたって与えると予想される影響。
  • レジリエンスへの影響:気候関連のリスクに対する企業戦略の回復力。

プロトタイプにおける開示において、企業は、企業の業績と重大な気候関連のリスクと機会について利用者の理解を可能とするために、経営者によって設定された関連する目標とともに、業種横断的指標と業種固有の指標の双方の開示を要求しています。また、気候関連リスクの緩和および適応を図るため、ならびに気候関連の機会を最大化するため、経営者によって設定された目標と同様に、目標に対する進捗を測定することを目的として、取締役会または経営者により使用される主要な活動指標の開示が必要とされています。

これら2つのプロトタイプの構成は図表2のようになっています。

図表2 各プロトタイプの構成(網掛けの箇所は共通する項目)

4. ISSBが検討すべき他の項目

TRWGは上記の2つのプロトタイプの他に、ISSBが検討すべき項目として、以下の事項の検討を推奨しています。

  • 基準設定に係る概念指針:IASBによる財務報告の概念フレームワークと同様に、一貫した概念に基づいた基準の開発や、全ての関係者による基準の理解・解釈を支援する概念指針の整備を行うこと。適用する基準がない場合には、その他の基準設定機関の基準を参照してもよいとしています。
  • 準開発アジェンダを形成するその他の項目:必須プロジェクト(全般的開示要求事項に関する基準、気候関連開示要求事項に関する基準、IFRSサステナビリティ開示基準タクソノミー、ISSB概念フレームワーク)、推奨プロジェクト(経営者による説明、業種別の開示要求事項)の他、追加の可能性があるトピックス(人的資本、水、生物多様性、エコシステムなど)を検討すること。
  • デュー・プロセスの特徴:ISSBのデュー・プロセスの特徴を検討すること。
  • デジタル化戦略:ISSBタクソノミーの開発を含むデジタル財務報告戦略と、ステークホルダーのデジタルエクスペリエンスに関する戦略を検討すること。
  • コネクティビティ:会計基準とサステナビリティ開示基準間の一貫した関係を構築し、一般目的財務報告における主要な利用者のニーズを満たすための情報を提供するため、IASBとISSB間の作業範囲、概念や要件の整合性、共同プロジェクトの識別などを検討すること。

(3)ISSBの今後

すでにISSB議長および副議長は決定されていますが、それ以外のボードメンバーが今後指名されます。それらのボードメンバーによってISSBが提案する基準書案が決定され、公開草案として公表されます。公開草案はパブリックコンサルテーションが実施され、最終化されます。

また、IASBと同様に、サステナビリティ諮問委員会やサステナビリティ基準アドバイザリー・フォーラムなどのアドバイザリーグループが設立され、各グループのメンバーが専任される予定です。

2 サステナビリティ基準委員会(SSBJ)の設立と検討内容

(1)SSBJ(SSBJ設立準備委員会)の設立背景

国際的にISSBの設立に向けた動きが加速する中、日本においても、国際的な意見発信と、わが国におけるサステナビリティ開示基準の策定の両方を担う組織の必要性が認識され始めました。

このような背景から、IFRS財団(ISSBの母体組織)の日本におけるカウンターパートである財務会計基準機構(FASF)は、ISSBが設置された場合、FASFがサステナビリティ報告基準にも取り組むことが期待されるとして、2021年10月に定款の「目的」および「事業」にサステナビリティ報告基準に関する事項を追加しました※2

その後、日本経済団体連合会(経団連)は、2021年11月に、サステナビリティ基準委員会の設立を求める提言を公表しました※3。当該提言において、経団連は「国際的な意見発信、国内のサステナビリティ基準の策定の両方を担う民間組織を速やかに立ち上げるべきである」との見解を示し、FASFのもとにサステナビリティ基準委員会を新たに立ち上げ、わが国の意見の積極的な国際発信、透明性のある国内のサステナビリティ基準開発を行うことが適当であるとしました。

そして2021年12月、FASFは「サステナビリティ基準委員会(SSBJ)」を設立する旨、およびSSBJが2022年7月に設立される予定であるため、当面の対応として、2022年1月に「SSBJ設立準備委員会」を設置する旨を公表しました※4。両者の関係を図表3に示します。

図表3 SSBJとSSBJ設立準備委員会の関係

(2)SSBJ設立準備委員会における議論の状況

SSBJ設立準備委員会は、2022年1月から活動を開始しており、当面の間は2022年第1四半期にISSBからIFRSサステナビリティ開示基準の公開草案が公表されることを想定して、それに対するコメントを行う準備を進めています。主な議題は図表4に記載のとおりであり、2022年2月3日に開催された第1回SSBJ設立準備委員会を皮切りに、本稿執筆時点まで2週間に1回というペースで議論を重ねています。

図表4 SSBJ設立準備委員会の審議事項

SSBJ設立準備委員会では、事務局から予備的な分析が示され、当該分析に対して委員からさまざまな意見が述べられています。特に、IASBの概念フレームワークで使用された用語をそのままISSBのIFRSサステナビリティ開示基準に持ち込んだ場合に問題は生じないのか、会計基準における重要性(materiality)とサステナビリティ報告において使用されてきた「マテリアリティ」の意味の違い、報告企業の境界、財務情報とサステナビリティ関連財務情報のコネクティビティ、全般的要求事項に関する基準と気候関連基準における要求事項の重複、IFRSサステナビリティ開示基準からIFRS財団以外が作成したもの(「GHGプロトコル」など)を参照することの是非などが議論となりました。

SSBJ設立準備委員会は、ISSBからIFRSサステナビリティ開示基準の公開草案が公表され次第、公開草案に対するコメントについて審議を行うとしています。

3 その他国内における議論

非財務情報の開示に関しては、SSBJ設立準備委員会以外にも、さまざまな組織において議論が交わされています。そのうち、金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ(令和3年度)」については、本特集の「有価証券報告書における気候変動情報開示の動向」にて詳細に解説していますので、以下では、その他の取り組みについて解説します。

(1)経済産業省「非財務情報の開示指針研究会」

経済産業省では、非財務情報およびその指針に関する世界的な動向に関する情報の共有を行いながら、日本や世界において質の高い非財務情報の開示を実現する指針について、あるべき方向性の検討を実施することが重要との考えが示されています。その考えのもと、非財務情報の開示指針の方向性について認識の共有を行いながら、非財務情報の利用者との質の高い対話につながる開示、および開示媒体の在り方について検討するとともに、非財務情報の開示および指針に関する日本の立場を的確に発信し、わが国の非財務情報の開示に関する国際的な評価を高めることを目指すとして、「非財務情報の開示指針研究会」が設置されました。

同研究会では、2021年6月から2021年11月まで5回にわたって議論した内容を、2021年11月に中間報告として公表しました※5。当該中間報告の概要は以下のとおりです。

「非財務情報の開示指針研究会」による中間報告の概要

  • 質の高いサステナビリティ関連情報開示に向けた4つの提言
  1. サステナビリティ関連情報開示における価値関連性の重視
  2. サステナビリティ開示基準の適用におけるオーナーシップ(主体性)の発揮
  3. 企業価値とサステナビリティ情報の関連性に関する認識の深化
  4. 投資家・ステークホルダーとの「対話」につながるサステナビリティ関連情報開示の実施
  • サステナビリティ関連情報開示をめぐる3つの「揺らぎ」
  1. 「共通性」と「独自性」のバランスをめぐる揺らぎ
  2. マテリアリティをめぐる揺らぎ
  3. 財務情報、非財務情報、サステナビリティ情報の関係性をめぐる揺らぎ
  • 非財務情報をめぐる動向について
  • 個別分野におけるサステナビリティ情報の開示の在り方について
  1. 気候関連開示
  2. 人的資本情報の開示
  • 今後の検討について

同研究会は、中間報告の公表後も議論を重ねています。非財務情報の開示の在り方についての日本の考えがどのようにまとめられていくのかを理解する上でも、同研究会の今後の検討状況は参考になると考えられます。

(2)金融庁「記述情報の開示に関する勉強会」

金融庁では、投資家と企業との建設的な対話に資する充実した企業情報の開示を促すため、投資家・アナリストおよび企業による勉強会を開催し、現時点でどのような開示が投資判断にとって有用と考えられるかについて議論を行っています。この勉強会で議論された開示例については、毎年、「記述情報の開示の好事例集」として金融庁から公表されています。

2021年度版の好事例集は2022年2月に公表されており※6、有価証券報告書における事業の状況に関する開示例の他に、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報に関する開示例として、気候変動関連および経営・人的資本・多様性などの開示例が公表された点が、2021年版の特徴となっています。

好事例集では、具体的な開示例とともに、好事例として着目したポイントが記載されており、各企業が開示内容を検討する上で参考になるものと考えられます。

【補筆】

本稿執筆後、2022年3月31日にISSBからIFRSサステナビリティ開示基準の公開草案が公表され、120日間のパブリックコンサルテーションに付されています(コメント期限:2022年7月29日)。公開草案は、本稿で説明したTRWGのプロトタイプを基礎としているため、本稿を参考にすればより深く読み取れると思われます。

また、経済産業省の「非財務情報の開示指針研究会」は、プロトタイプに対する業界団体等からの意見・コメントをとりまとめ、2022年3月25日にTRWGのプロトタイプに対する基礎的見解をまとめた意見書を、和文と英文で公表しました。

SSBJ設立準備委員会においても、上述の経済産業省の取り組みが紹介されたり、ISSBの公開草案に対するコメントの審議が開始されたりしています。

サステナビリティ情報開示に関する国内外の動向は、今後も非常に速いスピードで進展していくと考えられるため、注視が必要と考えます。


※1 TRWG「Summary of the Technical Readiness Working Group’s Programme ofWork」

※2 財務会計基準機構「当財団の定款の変更について」
https://www.asb.or.jp/jp/wp-content/uploads/news_release_20211028.pdf(参照日:2022年3月11日)

※3 日本経済団体連合会「国際的な意見発信や国内基準の開発を担うサステナビリティ基準委員会(仮称)の設立を求める」
https://www.keidanren.or.jp/policy/2021/106.html(参照日:2022年3月11日)

※4 財務会計基準機構「当財団の定款の変更について」
https://www.asb.or.jp/jp/wp-content/uploads/news_release_20211028.pdf(参照日:2022年3月11日)

※5 非財務情報の開示指針研究会「サステナビリティ関連情報開示と企業価値創造の好循環に向けて-『非財務情報の開示指針研究会』中間報告-」経済産業省、
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/hizaimu_joho/20211112_report.html(参照日:2022年3月11日)

※6 金融庁「『記述情報の開示の好事例集2021』の更新」
https://www.fsa.go.jp/news/r3/singi/20220204.html(参照日:2022年3月11日)


執筆者

小西 健太郎

PwCあらた有限責任監査法人
銀行・証券アシュアランス部
ディレクター 小西 健太郎

鈴木 邦宜

PwCあらた有限責任監査法人
ESG戦略室
ディレクター 鈴木 邦宜