PwCあらた基礎研究所だより 第4回 インベストメントチェーンの変化と進化── 投資家・アナリストの方々との対話からの学び

1 はじめに

「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクトの報告書(いわゆる「伊藤レポート」)が公表されたのは、今から約8年前の2014年8月でした。その後今日まで、スチュワードシップコードおよびコーポレートガバナンスコードの設定・改訂が行われ、今春(2022年4月)には東京証券取引所の新資本市場区分もスタートしました。まさに、インベストメントチェーン全体の改革が大きく進みつつあります。

資本市場の参加者の今を知り、未来を展望する上で、投資家の皆様との日頃の対話は非常に重要です。ここでの投資家とは、広く、アセットオーナー機関、アセットマネジメント機関、証券会社、銀行、格付機関などにおいて、企業が発行する株式・債券などの価値を客観的に分析する業務を担う方々を指すこととします。

2022年に15周年を迎えるPwCあらた基礎研究所は、将来の監査法人業務に影響をもたらすと思われる経済・社会の基礎的な流れに関して「独自の研究活動を行う常設機関」として設置されました。本連載「PwCあらた基礎研究所だより」では、PwCあらた基礎研究所の主任研究員が、日頃の活動・研究や思いをご紹介しています。今回は、資本市場におけるプレイヤーの一翼を担う投資家の皆様からわれわれが学ばせていただいたこと、そしてステークホルダーの皆様との協創に光を当てることにします。

なお、文中における意見は、すべて筆者たちの私見であることをあらかじめ申し添えておきます。

2 ステークホルダーの皆様との対話の全体像

PwCあらた有限責任監査法人では、PwCのPurpose(存在意義)である「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」を実現し、社会から必要とされる存在であり続けるために、私たちを取り巻く環境を概観し、ビジョンとして「デジタル社会に信頼を築くリーディングファーム」(Vision 2025)を掲げています※1

このビジョンでは、5つの戦略的領域を定めており、その1つがステークホルダーへの発信と対話です(図表1)。日頃の業務を通じて、多くの方々と対話をさせていただく機会がありますが、折に触れて、投資家の皆様からも多くのことをご教示いただいています。特に2021年度は、「監査上の主要な検討事項(KAM)」の全面適用がなされました。一連の制度改革に思いと魂を込める上でも、今まで以上に、投資家の皆様のご意見・ご懸念や期待を拝聴し、自らの活動を検証することは、監査品質の向上はもとより、トラストサービス全体の品質向上に不可欠であると認識しています。

図表1 ステークホルダーへの発信と対話

3 投資家の皆様との対話

筆者たちは、長年にわたり投資家の皆様との対話を大切にしてきました。Vision 2025の実行にあたり、ステークホルダー・エンゲージメント・オフィス(SEO)を設置し、当該組織における主たる業務の1つとして、投資家の皆様との対話を継続的に展開しています。また、そういった取り組みをそれぞれの国・地域で実施するInvestor Community Engagement(ICE)のチームをグローバルに組成し、お互いに連携しながら対話を進めています。以下、その活動の一端をご紹介します。

3.1 グローバル投資家意識調査

PwCでは、グローバルで連携し、投資家の皆様への意見ヒアリングを行い、企業報告制度の在り方に関する資本市場参加者の声や期待・懸念などをお聞きしています。

直近では、2021年9月に、「グローバル投資家意識調査2021」を行いました。今回の調査では、ESG情報の重要性についてのアンケート調査や個別ヒアリングを、グローバルのICEネットワークのメンバーとともに企画・実施しています。具体的には、日本を含む43の国・地域の325名の投資家の方々に対するオンラインアンケート調査、さらに11の国・地域の40名の投資家の皆様に対する詳細なインタビュー調査を実施し、その成果を公表しました※2

この調査によれば、ESGは投資判断の重要な要素になっています。例えば、「企業によるESGのリスクと機会への対処は投資判断の重要な要素である」に「そう思う」と回答した人の割合は79%、「潜在的な投資機会をスクリーニングする際には、企業のESGリスクの程度を検討する」に「そう思う」と回答した人の割合は76%となっています。

投資家が考える、企業が取り組むべきESGの最優先課題については、温室効果ガス(GHG)の削減を筆頭に、従業員の健康・安全の確保、従業員・役員のダイバーシティ・公平性・インクルージョンの向上、と続きました。

企業に求めるESGレポーティングに関しては、「広く認められている非財務情報フレームワークに則って作成することが重要である」に「そう思う」と回答した人の割合は73%、「企業が単一のESG報告基準を適用したほうが、より投資判断の参考になる」に「そう思う」と回答した人の割合は74%でした。投資家は投資判断が効率的にできるように、レポーティングの標準化、比較可能性、一貫性の実現を明確に求めています。

本調査から分かったことは、ESG情報開示の拡充に賛同する意見が多く、その内容は、企業のガバナンス(G)体制強化を基礎としつつ、企業経営者の意識の高まりを、環境課題(E)から社会課題(S)へと広げていく必要性が示されたということです。

もっとも、個別ヒアリングにおいては、職責に応じて、さまざまな視点が提供されました。すなわち、ESG情報開示の拡充において重視する視点として、比較可能性、客観性、企業独自の考え方など、そのプライオリティについては、多様な角度が提案されたという印象を持ちました。

日本語によるサーベイのサマリー情報も公表していますので、ぜひご参照ください※3

調査にご協力いただいた方々の職責は、アセットオーナー、アセットマネジャー、セルサイドアナリスト、格付機関アナリストなど、多岐にわたります。ご協力いただいた皆様には改めて厚く御礼申し上げます。今後もPwCでは、資本市場の皆様の声を拝聴し、グローバル投資家意識調査を継続していく予定です。

3.2 投資家コミュニティとの対話・支援

グローバル投資家意識調査に加えて、より良い資本市場の成長・発展に向け、PwCではグローバルレベル、各国・地域レベルで、さまざまな投資家コミュニティの皆様との、重層的な対話・支援などを行っています。

世界の投資家・アナリストの方が、個人として、企業開示情報の利用者の立場で議論し、意見発信をするコミュニティの1つに、「CRUF(Corporate Reporting Users' Forum)」があります※4

CRUFでは、資本市場の参加者間の対話を一層実りあるものとすることを主な目的として、メンバーが個人の立場で世界各国・地域とも連携して、企業の開示情報などについて、利用者視点から積極的に意見交換・発信を行っています。例えば、2021年には、IFRS財団によるサステナビリティ報告に関する市中協議文書、国際会計基準審議会(IASB)による公開草案「経営者による説明」や情報要請「第3次アジェンダ協議」、国際監査・保証基準審議会(IAASB)によるディスカッションペーパー「財務諸表監査における不正と継続企業の前提」など、さまざまな団体の発信物に対してコメントレターを提出し、意見発信を行っています。PwCは、このようなCRUFの活動をグローバルに支援しています。

日本では2009年に「CRUF Japan」が設立されました。現在では、20名程度の参加メンバーのもと、原則として月1回の定期的な会合(現在はウェブ会合)を開催しています。そこでは、前述のグローバルな活動に貢献しています。例えば、各種発信物に対するコメントレター作成にあたって、発信物の内容の理解に始まり、CRUF Japanとしての意見形成に向けた議論、最終コメントレターへの意見織り込みなど、1つのプロジェクトに対して、数カ月をかけて、検討を進めています。また、国内における制度変更や、開示や保証の在り方に関する議論なども、適宜行われています。

また日本では、月1回の定期的な会合と並行して、CRUF Japanのメンバーだけでなく、さらに多くの投資家・アナリストの皆様も参加できる「Open CRUF」と称する意見交換の場を年2回程度設けています。直近では、企業開示情報の利用者の視点から、「監査上の主要な検討事項(KAM)」の分析事例や、ESG情報開示に関する意見交換が展開されました。

日本には、日本証券アナリスト協会や日本CFA協会など、CRUF Japan以外にも多くの投資家コミュニティがあります。筆者たちを含め、PwCあらた基礎研究所やステークホルダー・エンゲージメント・オフィスのメンバーは、これらさまざまな投資家コミュニティの公開活動に参加・傍聴し、資本市場の変化を常時継続的に理解するように、努めています。

3.3  監査品質に関する発信と対話

PwCあらた有限責任監査法人では、年に1度、「監査品質に関する報告書」を作成し、ステークホルダーの皆様に公表しています※5。この報告書を素材にして、監査法人における監査品質の維持・向上に関する取り組みなどについて、投資家の皆様にご説明し、質問やフィードバックを頂戴する対話も継続的に進めています。法人のリーダーシップメンバーが、自分の言葉で日頃の自分たちの活動を説明し、幅広いご意見・ご指摘を頂戴することで、監査品質を向上するための新しい視点や方法を模索していく一助としています。

また、上記のような対話に直接参加したメンバーのみならず、役職員の全員が、より手触り感を持って資本市場の変化と進化を理解し、毎日の業務の改善につなげていくことも、非常に大切であると考えています。このため、投資家の方をゲストとしてお迎えし、「投資家との対話シリーズ」研修として、資本市場の「今」と「未来」を役職員が感じ取れるような、法人内での情報と学びの共有の場を設けています。

4 投資家の声を把握することの重要性

筆者たちは、昨今、日本における企業開示情報の制度設計を司る政府の審議会・研究会などに、投資家の方たちが参画するケースが増加しているように感じています。政府や基準設定主体も、企業開示情報の主たる受信者(利用者)である彼らの意見を、積極的に反映させる動きを見せているようです。これからも、企業開示情報の制度設計は、企業開示情報の発信者(上場企業や業界団体)の意見と企業開示情報の受信者(投資家の皆様をはじめとするさまざまなステークホルダー)の意見とを、バランスよく取り入れる形で展開されるものと、筆者たちは考えています。

また筆者たちは、企業に所属する皆様が、投資家の経験を有する方たちを積極的に受け入れる最近の動きにも注目しています。具体的には、投資家の経験を有する方が社外取締役に就任されたり、IR(インベスター・リレーションズ)や経営企画関連の部署に転任されたりするケースを見かけます。さらに、これまでの投資家の経験を活かして、独立したコンサルタントとして企業を支援される方たちの活躍も見られます。企業の経営者と投資家の双方が、建設的な対話にとどまらず、人的交流も盛んに進め、持続的な価値協創をブラッシュアップしていく流れは、マルチステークホルダー資本主義を考える上でも、重要な位置づけを担う、と筆者たちは考えます。

筆者たち自身も、独立した第三者の立場としての情報発信・対話はもとより、投資家コミュニティへの参加を通じた研鑽や、投資家と経営者の対話の促進などを通じて、国内外におけるインベストメントチェーン全体の進化に微力ながら貢献し、汗をかきつつサポートさせていただければと思っております。

5 おわりに

近年、経営者から開示される情報量や情報チャネルが急激に増え、それに伴いAIやテキストマイニングなどテクノロジーの活用に見られるように、開示ユーザーの情報分析の方法・手段も多角化・多様化しています。実りある開示や建設的な対話に向けて、経営者と投資家はそれぞれどのように行動を変えようとしているのか。その対話の下支えを務める監査人は、どのように市場の期待に応えることができるのか。資本市場は、日々、速いスピードで変容しています。

日にあらた、日々にあらた。私たちPwCあらた有限責任監査法人の中において日常的に使用している言葉や慣れ親しんだ慣行が社会からはどのように見えるのか、また、資本市場の重要なプレイヤーである経営者や投資家からは、どのような期待をいただき、どのように評価され得るのか、ということを常に念頭に置きつつ、これまでのやり方を是とするのではなく、たゆまず自己検証・自己変革を重ねてまいります。

多方面の投資家の方々からの日頃のご指導に感謝申し上げますとともに、今後も、こうした交流・対話を大切に継続していきたいと思います。


※1 PwCあらた有限責任監査法人「Vision 2025 デジタル社会に信頼を築くリーディングファーム」
https://www.pwc.com/jp/ja/about-us/member/assurance/vision2025.html

※2 PwC “PwC’s 2021 Global investor survey”
https://www.pwc.com/gx/en/services/audit-assurance/corporate-reporting/2021-esg-investor-survey.html

※3 PwC「グローバル投資家意識調査2021――ESGへの取り組みに対する投資家の評価」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/investor-survey.html

※4 CRUF
https://cruf.com/

※5 PwCあらた有限責任監査法人「監査品質に関する報告書」
https://www.pwc.com/jp/ja/about-us/member/assurance/transparency-report.html


執筆者

久禮 由敬

PwCあらた有限責任監査法人
ガバナンス・内部監査サービス部、システム・プロセス・アシュアランス部、
ステークホルダー・エンゲージメント・オフィス、兼 PwC あらた基礎研究所担当
パートナー 久禮 由敬

野村 嘉浩

PwCあらた有限責任監査法人
PwCあらた基礎研究所 主任研究員
野村 嘉浩