リスク&ガバナンス法務ニュースレター(2023年10月)

PwC弁護士法人のリスク&ガバナンス法務ニュースレターでは、企業において日々生起するリスク管理やガバナンスに関する課題の解決に有益と思われるトピックを取り上げて、情報を発信して参ります。

今回は、EUの外国補助金規則を概説します。

1. はじめに

EU域外国からの補助金に対する規制が施行されました。2022年11月28日に市場歪曲的な外国補助金に関する規則(Regulation (EU) 2022/2560 of the European Parliament and of the Council of 14 December 2022 on foreign subsidies distorting the internal market、「本規則」)が成立し、2023年1月12日に発効、2023年7月12日より適用が開始されています。また、これにあわせて、本年7月10日には、実施規則(Implementing Regulation(EU)2023/1441)が採択されており、後述の事前届出は本年10月12日から運用が開始されています。

元来、EUでは、EU加盟国による特定の企業への補助金を原則禁止してきましたが、EU域内市場で補助金を受けていないEU企業とEU域外国の補助金を受けた企業の間の公平な競争環境の確保の必要性が指摘されていました。

本規則は、EU域外国の補助金を受けた企業のEU域内市場での活動について、欧州委員会(「EC」)が審査する枠組みを設定することで、公正な競争環境を確保することを目的としています。本規則では、大規模な合併・買収等や公共調達手続で公平な競争条件を確保するため、企業に事前通知を求め、ECが承認を行うものとされています。また、基準に満たない合併・買収等や公共調達についても、外国補助金による歪曲的効果が疑われる場合、ECは、その職権によって対象企業に報告を求め、審査を実施することが認められています。

2. 本規則が企業に与える影響

本規則は、EU市場における合併・買収を含む経済活動を行う企業に広く影響を及ぼし得るものとなっており、次の諸点に留意が必要です。

(1)事前届出と情報開示の義務

EU域内で事業を行う企業のうち、EU域外国から補助金を受けている企業は、EU企業を対象とする合併・買収やEU企業とのジョイントベンチャーの設立、EUにおける公共調達への参加に際して、事前届出や情報開示の義務を課されます。

(2)「補助金」の広範な範囲

本規則の対象となる「補助金」は、EU域外国により提供される、「資金的貢献」が、EU域内で経済活動を行う事業者に「利益」をもたらし、かつ、当該「資金的貢献」が1つ又は複数の企業もしくは産業に限定されている場合に、存在するとみなされます1

そして、規制対象となる「資金的貢献」を提供する主体は、EU域外国の中央政府・地方公共団体に限られず、官民ファンドや政府系金融機関等も含まれる可能性があります2。また、「補助金」の内容も、出資、融資・債務保証、免税措置、製品又はサービスの提供又は購入も含まれるというように、包括的に定義されており、幅広い企業が影響を受けることが想定されます。

本規則の適用を受ける可能性がある企業は、過去に交付されたものも含め、日本を含むEU域外国の政府や政府系金融機関から供与された資金を予め把握したうえ、届出対象となるか否かについて検証することが必要となります。

3. 規制対象となる資金的貢献

上記2(2)のとおり、本規則の対象となる「資金的貢献」は、広範かつ包括的ですが、次のようなものが含まれます3

(1)資金や債務の移転を伴う措置

この類型には、出資、給付、融資、債務保証、DESなどが含まれます。

(2)公的な収入の放棄や免除

この類型には、免税措置、税額控除などが含まれます。

(3)物品の購入やサービスの提供

この類型では、一般的な製品又はサービスの提供又は購入も含まれます。

このように、一般的に補助金として認識されていない融資や物品購入等も本規則との関係では、「資金的貢献」に該当し得るものとされ、その結果「補助金」とみなされ得ることに留意が必要です。

4. 届出義務

本規則においては、事前の届出義務と事後規制が想定されています。事前の届出義務は、EU域内で合併・買収等を行う場合やEU加盟国の公共調達に参加する場合、EU域外国から補助金を受けている事業者に、一定の要件を満たす場合に、事前届出を義務付けるものです。これに対して、事後規制は、ECの職権による調査であり、ECには、対象無限定で広く補助金に関する調査を行う権限が与えられています。

事前届出の基準額は、EU域内市場を歪曲する可能性が高いと考えられるEU域外国による補助金を規制するために設定されています。基準額を超える補助金をEU域外国から受けている企業は、EU域内での合併・買収等や公共調達への入札参加前に、ECへの事前届出が義務付けられます。

(1)合併・買収等

合併・買収等のうち、本規則の適用対象となるのは、支配権(control)が変動する企業結合(concentration)であるとされており(本規則第20条第1項・第2項等)、例えば支配権が変動しないグループ内における合併や株式の移管等の取引には本規則は適用されません。なお、本規則における支配権(control)は、議決権以外の要素も考慮に含まれることから(本規則第20条第5項4)、支配権の変動があるか否かについては各事案において個別に検討する必要があります。

支配権が変動する合併・買収等において、事前届出が必要となる基準は次の2つです(本規則第20条第3項等)。

① 合併当事者のいずれか1社(合併の場合)、買収対象企業(買収の場合)、又は合弁会社(合弁会社の設立の場合)がEU域内において設立された事業者であり、かつ、当該事業者がEU域内において5億ユーロ以上の売上高を有すること。

② 合併・買収等の当事者が、過去3年間にEU域外国から合計5,000万ユーロを超える資金的貢献を受けていること。

この点、上記①における「EU域内において設立された事業者」には合併・買収等の直接の当事者のみならず当該当事者の子会社等が含まれるとされており5、また、上記①及び②それぞれの合計額を算定するにあたっても、直接の当事者のみならず子会社等も対象とする必要があることから、例えば、株式取得による買収の対象となる会社が日本等のEU域外の企業であったとしても、当該対象会社がEU域内に子会社を有している場合には、上記の基準を満たせば事前届出が必要となる点に留意が必要です。

なお、対象企業は、本規則第5条6に該当する、過去3年間にEU域外国より提供された1件当たり100万ユーロ以上の資金的貢献については、詳細な情報を事前通知に記載することが求められます。一方、同条が規定する類型に該当しないEU域外国からの資金的貢献については、過去3年間に4,500万ユーロ以上を提供されたEU域外国からの1件当たり100万ユーロ以上の資金的貢献に限り、かつ、その概要を記載するのみで足りるものとされています。

(2)公共調達

公共調達の場合、次の2つの要件を満たす場合に、EU域内における公共調達への入札参加に際して、事前届出が必要とされます。

① 公共調達の概算額が2億5,000万ユーロ以上であること。

② 事業者が過去3年間の間にEU域外国1カ国当たり400万ユーロ以上の資金的貢献を受けていること。

対象企業は、本規則第5条に該当する、過去3年間にEU域外国より提供された1件当たり100万ユーロ以上の資金的貢献については、詳細な情報を事前通知に記載することが求められます。一方、同条が規定する類型に該当しないEU域外国からの資金的貢献については、過去3年間に400万ユーロ以上を提供されたEU域外国からの1件当たり100万ユーロ以上の資金的貢献に限り、かつ、その概要を記載するのみで足りるものとされています。

5. 審査の実施~届出を端緒とする審査・届出基準に満たない場合の職権調査

上記4の届出に基づきECは審査を開始することができます。また、ECには、上記4の届出基準に満たない合併・買収等や公共調達についても、職権による調査が認められています。そして、外国補助金による歪曲的効果が疑われる場合7、ECは対象企業に報告を求め、審査を実施するものとされています。ここで、EU域内市場への歪曲的効果とは、ある企業がEU域外国の補助金を受けることにより、その企業が不当な競争優位を得て、市場の公平性が損なわれる状況を指します。具体的には、補助金を受けた企業が低価格で商品やサービスを提供したり、大規模な投資を行ったりすることで、他の企業が公平に競争することが困難となる状況等がこれに該当します。

ECは、外国補助金による歪曲的効果が疑われる場合、バランシングテストの手法により、外国補助金がもたらすプラスとマイナスの効果を評価します。評価の結果、補助金によるEU域内市場への歪曲的効果が投資による経済効果を上回ると判断する場合、合併・買収等あるいは公共調達への参加を不承認とし得るほか、EU域外国からの補助金の返済や歪曲的効果を解消するための措置8を企業に課す権限を与えられています。

6. おわりに

本ニュースレターでは、EUにおける補助金に対する規制の概要をご紹介しました。規制対象となる「補助金」等の範囲が広範にわたることに加え、EU域内に子会社を有する対象会社に対する買収であれば、当該対象会社自体が日本企業などEU域外国の法人である場合にも規制の対象になり得ることから、日本企業にとっても実務上の影響が大きいものと考えられます。また、本規則に基づき届出が必要な場合、M&Aのスケジュールにも影響が生じることから、本規則の適用の要否についてはなるべく初期の段階から検討(例えば、そもそも上記4(1)①の基準値であるEU域内において5億ユーロ以上の売上高があるか否か等の検討)を開始するとともに、買収者側における資金的貢献の有無・金額についても予めグループ内の情報を確認しておくことが望ましいと考えられます。

1 本規則第3条第1項。For the purposes of this Regulation, a foreign subsidy shall be deemed to exist where a third country provides, directly or indirectly, a financial contribution which confers a benefit on an undertaking engaging in an economic activity in the internal market and which is limited, in law or in fact, to one or more undertakings or industries.

「EU域外国」は、次のとおり3類型からなるものとされています(本規則第3条第2項)。
(a)the central government and public authorities at all other levels;
(b) a foreign public entity whose actions can be attributed to the third country, taking into account elements such as the characteristics of the entity and the legal and economic environment prevailing in the State in which the entity operates, including the government’s role in the economy; or
(c)a private entity whose actions can be attributed to the third country, taking into account all relevant circumstances.

3 「補助金」となり得る「資金的貢献」には、次の3類型が想定されています(本規則第3条第2項)。
(a)the transfer of funds or liabilities, such as capital injections, grants, loans, loan guarantees, fiscal incentives, the setting off of operating losses, compensation for financial burdens imposed by public authorities, debt forgiveness, debt to equity swaps or rescheduling;
(b)the foregoing of revenue that is otherwise due, such as tax exemptions or the granting of special or exclusive rights without adequate remuneration; or
(c)the provision of goods or services or the purchase of goods or services.

4 本規則第20条第5項は、controlについて以下のとおり規定しています。
Control shall be constituted by rights, contracts or any other means which, either separately or in combination and having regard to the considerations of fact or law involved, confer the possibility of exercising decisive influence on an undertaking, in particular by:
(a)ownership or the right to use all or part of the assets of an undertaking;(b)rights or contracts which confer decisive influence on the composition, voting or decisions of the organs of an undertaking.

5 実施規則(Implementing Regulation (EU)2023/1441)のANNEX Iのnote 7において「According to Article 20(3), point (a)of Regulation (EU) 2022/2560, it is necessary that at least one of the merging undertakings, the acquired undertaking or the joint venture is ‘established in the Union’. ‘Established in the Union’ must be understood in accordance with the case law of the Court of Justice and includes the incorporation of a subsidiary in the Union, as well as a permanent business establishment in the Union(see judgments in cases C-230/14 Weltimmo, paragraphs 29, 30; C-39/13, C-40/13 and C-41/13 SCA Group Holding and Others, paragraphs 24, 25, 26, 27; and C-196/87 Steymann, paragraph 16).」とされています。

本規則第5条は、歪曲的効果が最も高いとされる類型を次の通り列挙しています。
A foreign subsidy is most likely to distort the internal market where it falls under one of the following categories:
(a)a foreign subsidy granted to an ailing undertaking, namely an undertaking which will likely go out of business in the short or medium term in the absence of any subsidy, unless there is a restructuring plan that is capable of leading to the long-term viability of that undertaking and that plan includes a significant own contribution by the undertaking;
(b)a foreign subsidy in the form of an unlimited guarantee for the debts or liabilities of the undertaking, namely without any limitation as to the amount or the duration of such guarantee;
(c)an export financing measure that is not in line with the OECD Arrangement on officially supported export credits;
(d)a foreign subsidy directly facilitating a concentration;
(e)a foreign subsidy enabling an undertaking to submit an unduly advantageous tender on the basis of which the undertaking could be awarded the relevant contract.

歪曲的効果の有無は、諸般の事情に基づき認定されるものですが、本規則第5条第1項(前掲注5参照)に掲げられる補助金は歪曲的効果が最も高いとされています。

8 措置の具体的な例としては次のものが挙げられています(本規則第7条第4項)。
Commitments or redressive measures may consist, inter alia, of the following:
(a)offering access under fair, reasonable, and non-discriminatory conditions to infrastructure, including research facilities, production capabilities or essential facilities, that were acquired or supported by the foreign subsidies distorting the internal market unless such access is already provided for by Union legislation;
(b)reducing capacity or market presence, including by means of a temporary restriction on commercial activity;
(c)refraining from certain investments;
(d)the licensing on fair, reasonable and non-discriminatory terms of assets acquired or developed with the help of foreign subsidies;
(e)the publication of results of research and development;
(f)the divestment of certain assets;
(g)requiring the undertakings to dissolve the concentration concerned;
(h)the repayment of the foreign subsidy, including an appropriate interest rate, calculated in accordance with the method set out in Commission Regulation(EC)No 794/2004(20);
(i)requiring the undertakings concerned to adapt their governance structure.

※記事の詳細については、以下よりPDFをダウンロードしてご覧ください。

PDF版ダウンロードはこちら

執筆者

茂木 諭

パートナー, PwC弁護士法人

茂木 諭茂木 諭
小林 裕輔

小林 裕輔

ディレクター, PwC弁護士法人

岩崎 康幸

パートナー, PwC弁護士法人

日比 慎

ディレクター, PwC弁護士法人

本ページに関するお問い合わせ