「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方(案)」の概要

ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2023年3月)

近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定または制定の準備が急速に進められています。企業をはじめ様々なステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。

今回は、公正取引委員会が公表した「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方(案)」の概要を紹介します。

I. はじめに

公正取引委員会は、2023年1月13日、「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方(案)1」(以下「本ガイドライン案」といいます。)を公表しました。本ガイドライン案は、同年2 月13日までを期限とするパブリックコメントに付されていました。

気候変動問題への取組が国際社会にて急務となっている中、日本においても、2021年10月に「地球温暖化対策計画」が閣議決定され、2050年のカーボンニュートラルの実現が目標として掲げられています。かかる中、温室効果ガスの削減目標を達成するためには、環境負荷の低減と経済成長の両立する「グリーン社会」を実現する必要があり、そのためには、事業者において、他の事業者との提携等を通じた様々な取組が求められます。

しかし、独占禁止法上の考え方が十分明確にされていないと、事業者がこうした取組を模索する中で、自らの取組が独占禁止法上問題にならないかとの懸念を生じさせる可能性があります。

本ガイドライン案は、主に温室効果ガスの削減に向けた事業者の様々な取組を念頭に、「独占禁止法上問題とならない行為」と「独占禁止法上問題となる行為」の想定例を示す2ことで、独占禁止法の適用及び執行に係る透明性及び事業者等の予見可能性を確保し、こうした取組を促進することを目的として策定されました。

本稿では、本ガイドライン案のうち、共同の取組、取引先事業者の事業活動に対する制限・取引先の選択に係る行為及び優越的地位の濫用行為に関する概要について紹介します3

II. 本ガイドライン案の概要

1. 共同の取組

事業者において、グリーン社会の実現に向け、迅速な事業遂行やコスト削減、不足する業務や技術等の相互補完を可能にすること等を通じて事業活動の効率化を図るべく、自主基準の設定や共同研究開発等、他の事業者との共同の取組を実施することが想定されています。こうした共同の取組について、以下の基本的な考え方が示されています(5~9頁)。

競争制限効果が見込まれない行為(価格等の重要な競争手段である事項に影響を及ぼさない、新たな事業者の参入を制限しない、既存の事業者を排除しない等の場合)である場合には独占禁止法上問題とならない。

競争制限効果のみが見込まれる行為(価格等の重要な競争手段である事項について制限する行為、新たな事業者の参入を制限する行為、既存の事業者を排除する行為等)については、独占禁止法違反となる。

競争制限効果と競争促進効果が認められる行為については、目的の合理性及び手段の相当性(より制限的でない他の代替的手段があるか等)を勘案しつつ両効果について総合考慮して問題の有無を判断する。

共同の取組について、以下の想定例及び判断要素となる事実が示されています(6~30頁)。

独占禁止法上問題とならない行為の例
  • 業界として行う啓蒙活動
  • ある製品の製造販売業者により構成される事業者団体による、法令上義務付けられたリサイクル率達成の目標値の設定
  • 価格等の重要な競争手段である事項を対象としない情報交換(温室効果ガス削減に関するベストプラクティスの情報交換等)
  • 温室効果ガス削減に際して推奨される一般的な活動指針の策定
  • 温室効果ガス削減に向けた(他に代替品がない状況下における)特定の原材料を使用した商品・役務の規格の設定
  • 単独の研究開発が困難な温室効果ガス削減技術に関する共同研究開発
  • 温室効果ガス削減に向けた(単独での調達等が困難な状況下での)燃料の共同購入
  • 温室効果ガス削減に向けた取組のために必要な(匿名化・抽象化された)データの共同収集・利用

独占禁止法上問題となる行為の例

  • 温室効果ガス削減のための新技術の開発競争を避けるための技術開発の制限
  • 温室効果ガス削減のための生産設備の転換に伴う、既存生産設備の廃棄時期・廃棄設備の共同決定
  • 温室効果ガス削減に向けた自主基準の設定に伴う価格等(商品価格に転嫁すべきコストの目安等)の制限行為
  • 事業者団体により設定された温室効果ガス削減目標を達成できない場合における、同団体が管理する生産設備の利用制限
  • 代替的な技術を排除する共同研究開発
  • 価格等の制限を伴う共同研究開発
  • ある商品の製造販売市場における有力事業者による競争を制限する原材料の共同購入
  • 温室効果ガス削減に向けた取組のために必要なデータの共同収集・利用(価格・数量等の取引条件も併せて収集・共有する場合)

2. 取引先事業者の事業活動に対する制限・取引先の選択に係る行為

事業者が、温室効果ガス削減を目的として、取引先事業者の販売商品、販売地域、販売先、販売方法等を制限する行為や、取引先事業者との取引を打ち切る行為を行うことがあります。これらの行為については、結果として、商品の販売方法が統一されて消費者の利便性が高まる、取引先事業者が必要な投資を行い市場が拡大する、温室効果ガス削減に関して積極的に取り組む取引先事業者が増えること等による競争促進効果が生じる場合もあるなど、必ずしも独占禁止法上問題となるものではありません。他方で、競争制限効果と競争促進効果の双方が認められる行為については、1で上述した共同の取組と同様に、目的の合理性及び手段の相当性(より制限的でない他の代替的手段があるか等)を勘案しつつ両効果について総合考慮して問題の有無を判断する4考え方が示されています(31-32頁)。

取引先事業者に対する諸行為について、以下の想定例及び判断要素となる事実が示されています(32~34頁)。

独占禁止法上問題とならない行為の例

  • 設備投資が必要な商品を供給する条件としての(投資コスト回収のための)継続的な購入等の義務付け
  • 温室効果ガス削減に係る一定の基準を満たした流通業者のみに対する商品の供給(選択的流通5
  • 温室効果ガス削減に係る一定の基準を満たさない取引先事業者との取引の打ち切り

独占禁止法上問題となる行為の例

  • (市場における有力な製造販売事業者による)小売業者に対する競争品の取扱い禁止
  • 安売り業者への販売禁止を目的とした選択的流通(一定の卸売価格以上で販売する条件を受諾した流通業者のみに販売することとした場合)
  • 排他条件付取引の実効性を確保するための手段としての流通業者との取引の打ち切り
  • 競争者の排除を達成するための手段としての当該事業者との取引の打ち切り
  • 事業活動において必要不可欠なデータへの競争者によるアクセス拒否

3. 優越的地位の濫用行為

事業者が、温室効果ガス削減を目的として、取引の相手方に対して、取引対象となる商品・役務の品質等に関して従前と異なる条件(製造過程における温室効果ガス排出の削減等を仕様に盛り込む等)を設定したり、温室効果ガス削減に向けた取組の実施を要請したりすることがあります。取引条件の設定は基本的には事業者の判断によって自主的に行われるものであり、直ちに独占禁止法上の問題となるものではありません。また、温室効果ガス削減に向けた取組の実施によって相手方にコストが生じたとしても、当該上昇を踏まえて価格の変更について交渉・合意する場合には、独占禁止法上問題にはなりません。

他方、事業者が、自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、例えば、取引の相手方におけるコスト上昇を考慮することなく、既存の価格条件のまま温室効果ガス削減を目的とした要請を一方的に行う行為や、温室効果ガス削減を理由として経済上の利益を無償で提供させる行為は、正常な商慣習に照らして不当なものであると認められる場合には、不公正な取引方法の一つである優越的地位の濫用として独占禁止法上問題となります。

優越的地位の濫用行為について、以下の想定例及び判断要素となる事実が示されています。

独占禁止法上問題とならない行為の例
  • 取引の相手方に対する協賛金の提供の要請(相手方による自由意思による提供の場合)
  • 取引の相手方にとって直接の利益となるデータ共有(サプライチェーンの各段階における温室効果削減ガスの排出量データ)
  • 取引先のコスト上昇を反映した対価の設定

独占禁止法上問題となる行為の例

  • 温室効果ガス削減等を名目とした金銭の負担要請(金銭の使途が明確にされず、また、相手方の直接の利益となる活動に用いられない場合)
  • 取引の相手方から取得したデータの一方的な自己への帰属(相手方に適切な対価を支払わず、かつ当該データを集約したデータベースへの相手方のアクセスも拒否する場合)
  • 従来品より温室効果ガスを削減した仕様に基づく発注における対価の一方的決定

III. 今後の展望

本ガイドライン案では、事業者がグリーン社会の実現に向けた取組に際して直面し得る様々な場面における独占禁止法の適用及び執行に関する考え方が、豊富な想定例を通じて示されています。また、これらの考え方は、グリーン社会の実現に向けた取組に留まらず、人権関連など他のSDGs領域における取組にも妥当し得るものと考えられます。したがって、本ガイドライン案は、事業者が各種の取組を具体化・活発化を推進していく際に、独占禁止法違反に係るリスクを検証・把握する上で、有意義な指針となるものであり、今後、パブリックコメントの結果を踏まえた最終版も含めて、今後の動向に注意する必要があります。

1 
日本語版:https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2023/jan/230113_publiccomment.html
英語版:https://www.jftc.go.jp/en/pressreleases/yearly-2023/January/230118.html


2 これらの想定例は、独占禁止法上の考え方をわかりやすく示すために類型化・抽象化されたものであり、事業者の具体的な行為が違反となるか否かについては、独占禁止法の規定に照らして、個々の事案毎に判断されます。

3 本ガイドライン案では、企業結合における基本的な考え方(51~64頁)と公正取引委員会への相談要領(65~67頁)も示されています。

4 取引先事業者に対する自己の競争者との取引や競争品の取扱いの制限に係る独占禁止法違反の有無に関しては、行為の態様のほか、次の各要素が総合的に勘案されるとしています。また、競争制限効果及び競争促進効果を考慮する際は、各取引段階における潜在的競争者への影響も踏まえる必要があるとしています(34頁)。
① ブランド間競争の状況(市場集中度、商品特性、製品差別化の程度、流通経路、新規参入の難易性等)
② ブランド内競争の状況(価格のバラツキの状況、当該商品を取り扱っている流通業者等の業態等)
③ 当該行為を行う事業者の市場における地位(市場シェア、順位、ブランド力等)
④ 当該行為の対象となる取引先事業者の事業活動に及ぼす影響(制限の程度・態様等)
⑤ 当該行為の対象となる取引先事業者の数及び市場における地位

5 事業者が、自社の商品を取り扱う流通業者に関して一定の基準を設定し、当該基準を満たす流通業者に限定して商品を取り扱わせようとする場合、当該流通業者に対し、自社の商品の取扱いを認めた流通業者以外の流通業者への転売を禁止することがあります。こうした行為は選択的流通と呼ばれています(36頁)。選択的流通に係る独占禁止法違反の有無についても、脚注4の記載と同様の要素が勘案されるとしています(37頁)。

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主要メンバー

北村 導人

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パートナー, PwC弁護士法人

山田 裕貴

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パートナー, PwC弁護士法人

日比 慎

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ディレクター, PwC弁護士法人

小林 裕輔

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ディレクター, PwC弁護士法人

蓮輪 真紀子

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PwC弁護士法人

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