森林破壊防止のためのデュー・ディリジェンス義務化に関する新EU規則案の概要

ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2023年1月)

近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定または制定の準備が急速に進められています。企業をはじめ様々なステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。

今回は、以下のトピックを紹介します。

対象製品が森林破壊を行っていないことについて企業にデュー・ディリジェンスを実施させるための新EU規則案の概要

欧州議会及び欧州理事会は2022年12月6日、森林破壊防止のためのデュー・ディリジェンス義務化に関する新EU規則について、欧州委員会が2021年11月に提案していた案1を修正した内容2で暫定的に合意しました3。今後、欧州議会及び欧州理事会による正式採択がなされた場合、新EU規則の施行日から12か月後には、一部の小規模企業を除く事業者4及び取引者5が新EU規則上のデュー・ディリジェンス実施等の義務の適用を受けることになります6。本ニュースレターでは、新EU規則案の概要について説明します。

I.  新EU規則案が暫定合意された経緯

EUにおける違法伐採規制の既存の法的枠組みとしては、EU木材規則(EU Timber Regulation: EUTR)7及びFLEGT(Forest, Law, Enforcement, Governance and Trade)規則8があげられますが、2021年11月にこれらの「適合性評価(fitness check)」の結果が報告され、EUTRは、貿易相手国にガバナンスの向上を促すことにより一定の成果を挙げたのに対して、FLEGT規則はVPA(Voluntary, Partnership and Agreement)締結国を広げることができず、違法伐採の削減にはつながらなかったと評価されました9。そこで、新EU規則案では、森林破壊防止への取り組みを推進すべく、FLEGT規則を前提にしつつ10、EUTRのデュー・ディリジェンスの仕組みを拡充して規制を強化しました11(新EU規則の施行によりEUTRは廃止されることになります12。)。

新EU規則では、EUの消費と生産によって引き起こされる森林減少・森林劣化が抑制され、結果的に温室効果ガスの排出量削減や生物多様性の喪失の抑制にもつながっていくことが期待されています。

II. 新EU規則案の概要

1. 対象品目13

新EU規則案は、牛、ココア、コーヒー、パーム油、大豆及び木材を「関連産品(relevant commodities)」、関連産品を含むか、給餌されるか、使用したものを「関連製品(relevant products)」14として定義し、規制対象としています。ここで関連産品として指定されている品目は、その生産のために農地の拡大を要し、森林破壊への影響が特に大きいとして、規制の対象とされています。

ただし、新EU規則の施行後2年以内に規制の対象範囲を森林以外の生態系や他の産品に拡大する可能性があり15、Annex-Ⅰの関連品目リストの定期的な見直しも予定されています16。それ故、今後、関連産品及び関連製品の範囲の拡大状況につき、タイムリーな注意を払っておく必要があります。

2. 事業者のデュー・ディリジェンス実施義務

事業者17(新EU規則案2条パラグラフ12)は、全ての関連産品・製品に対して、EU市場に導入する又はEU市場から輸出する前に、①「森林減少フリー」(deforestation-free)であること及び②生産国の関連法規に従って生産されたものであることを確保するためのデュー・ディリジェンスを実施し18、デュー・ディリジェンスステートメントを情報システム19に対して提出しなければなりません20。国内流通又は輸出のために導入される産品・製品については、通関申告で、デュー・ディリジェンスステートメントについて言及しなければならず、これにより、税関当局と執行当局との間で、密接な協力が可能となります。また、事業者は、デュー・ディリジェンスステートメントの作成によって、製品のコンプライアンスに対する責任を負うことになります21

「森林減少フリー」の意義について、新EU規則案2条パラグラフ8は以下のように定義しています22

  • 関連産品・関連製品が2020年12月31日以降の森林減少を伴わない土地から生産されたものであること

  • 木材が、同日以降の森林劣化を伴わない森林から伐採されたものであること

また、森林(新EU規則案2条パラグラフ2)、森林減少(同条パラグラフ1)及び森林劣化(同条パラグラフ6)については、以下のように定義しています。

  • 「森林」とは、5m以上の高さの樹木があり、かつ、10%を超える樹冠率のある、又は、元の状態でこれらの閾値に到達する樹木のある0.5ヘクタールを超える土地で、農業プランテーションや主に農業用又は都市用に使用されている土地を除く。

  • 「森林減少」とは、人為的か否かにかかわらず、森林の農業用地への転換をいう。

  • 「森林劣化」とは、持続可能でなく、かつ、森林生態系の生物学的又は経済的な生産性及び複雑性を減少又は喪失させ、結果として木材、生物多様性及びその他の製品又はサービスを含む森林からの恩恵の全体的な供給を長期的に減少させる伐採作業をいう。

3. 実施すべきデュー・ディリジェンスの手続

新EU規則案が定めるデュー・ディリジェンスの実施手続は以下の3つです23

①新EU規則案9条に定める要件を満たすために必要な情報・文書の収集

事業者は、関連産品・関連製品が、EU市場への導入又はEU市場からの輸出の要件(①「森林減少フリー」であること及び②生産国の関連法規に従って生産されたものであること)を充足することを証明するための情報・文書を収集しなければなりません24。収集が義務づけられている情報には、関連産品・関連製品が生産された全ての土地に関する地理座標(緯度と経度による地点情報)が含まれており、森林減少のモニタリングに資する厳格なトレーサビリティが要求されている点が特徴的です。この他にも、生産の時期や供給元及び供給先の名称、メールアドレス及び住所等が収集義務の対象になっています。

②新EU規則案10条に定めるリスク評価措置

事業者は、①で新EU規則案9条に基づき収集した情報・文書を検証、分析し、新EU規則案の要件に適合するか否かについてのリスク評価措置を実施しなければなりません25。リスク評価に際しては、生産国・地域、関連産品・関連製品の概要、サプライチェーンの全体像、新EU規則案9条の情報要件に適合する認証や第三者証明等の補完的情報が考慮されます26

③新EU規則案10条に定めるリスク軽減措置

事業者は、②のリスク評価措置で関連産品・関連製品が新EU規則案の要件に不適合であるリスクがない又は無視できるレベルであると確認された場合を除き、リスクがない又は無視できるレベルであるとするのに十分なリスク軽減措置を採用しなければなりません27。リスク軽減措置の例としては、追加情報、データ若しくは文書の要求、独立した調査若しくは監査の実施又は新EU規則案9条の情報要件(上記①)に関するその他の措置が挙げられます。

また、事業者は、毎年、デュー・ディリジェンスシステム及びデュー・ディリジェンス実施義務の履行のために講じた措置について、インターネット上を含め可能な限り広く公に報告しなければならず28、収集した情報・文書は少なくとも5年間保持しなければなりません29

4. EU市場への導入、EU市場からの輸出の制限

関連産品・関連製品は、以下の要件を全て充足する場合に限って、EU市場への導入・取引、EU市場からの輸出が許されます30

  • 関連産品・関連製品が「森林減少フリー」(deforestation-free)であること

  • 関連産品・関連製品が生産国の関連法規に従って生産されたものであること(合法性要件)

  • 関連産品・関連製品が新EU規則案4条パラグラフ2に定めるデュー・ディリジェンスステートメントにおいて検討されていること

また、事業者は、以下の場合に、関連産品・関連製品をEU市場に導入又はEU市場から輸出してはなりません31

  • デュー・ディリジェンスステートメントを事前に提出しない場合

  • 関連産品・関連製品が、「森林減少フリー」又は合法性要件を満たさない場合

  • デュー・ディリジェンスの結果、要件を満たさないリスクが無視できないと判明した場合
  • デュー・ディリジェンス手続が完結されなかった場合

5. 国別評価システム

欧州委員会は、「国別評価システム」(country benchmarking system)により、各国・地域が森林減少フリーではない産品・製品を生産するリスクの評価を実施し、各国・地域を「低リスク」「標準リスク」「高リスク」の3段階で評価します32。リスク評価に当たっては、森林減少・森林劣化の度合い、関連産品のための農地拡大の度合い、関連産品・関連製品の生産動向、各国の関連制度等の基準などが考慮されます33

事業者は、取り扱う関連産品・関連製品が「低リスク」の国・地域で生産されていることが確認できる場合、上記3に記載したデュー・ディリジェンス実施手続のうち、②リスク評価措置及び③リスク軽減措置は要求されず、①必要な情報・文書の収集のみが要求される点で、簡易化されたデュー・ディリジェンス実施義務を負うことになります34

一方、事業者は、取り扱う関連産品・関連製品が、「高リスク」の国・地域で生産された場合、又は当該国の関連産品・関連製品がサプライチェーンに含まれているリスクがある場合、執行当局がより厳しい基準で検査を行うことになります35

このように、国別評価システムを導入することで、森林保護とガバナンスの強化、貿易の円滑化、管轄当局が最も必要なところにリソースを集中させることで執行を最適化し、企業の遵守コストを削減する方向でインセンティブを与えることが期待されます。

6. 罰則

新EU規則案23条パラグラフ1は、加盟国に対して、新EU規則の違反に対する罰則のルールを各国別に設定することを義務づけています。また、同条パラグラフ2は、国別で設定すべき罰則のリストを提示しています。このリストには、罰金、関連産品・関連製品の没収、収入の没収、規則を違反した事業者・取引者の公共調達プロセスからの除外が含まれます。加盟国の法制は、規則に違反した事業者・取引者の年間売上額に従って、罰金の金額を変動させなければなりません。

III.新EU規則案の今後のスケジュール

今後、欧州議会及び欧州理事会は、2022年12月6日の暫定合意に基づいた内容で法案の正式採択を速やかに行うと予想されます。最終的に正式採択される規制内容がどのようなもので、いつ施行となるのかについて留意しておく必要があります。

1 欧州委員会が2021年11月に提案した新EU規則案の詳細 (https://environment.ec.europa.eu/system/files/2021-11/COM_2021_706_1_EN_ACT_part1_v6.pdf) をご参照ください(以下、この規則案を「新EU規則案」といいます)。

2 脚注3のプレスリリースを見る限り、欧州議会及び欧州理事会が2022年12月6日に暫定合意に至った内容は新EU規則案から少し修正されていると思われます(例えば、関連産品にゴムが追加されている等)ので注意が必要です。

3 EUのプレスリリース(https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_22_7444)をご参照ください。

4 新EU規則案における「事業者」とは、商業活動の過程において、関連産品及び関連製品をEU市場に導入し又はEU市場から輸出する自然人又は法人をいいます(新EU規則案2条パラグラフ12)。関連産品及び関連製品の定義については後述します。

5 新EU規則案における「取引者」とは、事業者以外のサプライチェーンにおける自然人又は法人で、商業活動の過程で、関連産品及び関連製品をEU市場で取引する者をいいます(新EU規則案2条パラグラフ13)。新EU規則案では、取引者の義務は事業者の義務を一部軽減したものとされている(新EU規則案6条パラグラフ2等参照)ため、本ニュースレターでは事業者の義務を中心に説明することとします。

6 新EU規則案36条。

7 EUTR(2013年施行)は、EU圏内で生産された又は同圏内に輸入された違法伐採木材・木材製品をEU市場に導入することを禁止し、違反した場合の罰則を設けるように加盟国に義務づけています。また、輸入事業者には、違法伐採木材がEU市場に入るリスクを最小限にするためのデュー・ディリジェンスを実施することを求めています。

8 FLEGT規則(2005年施行)では、VPA(Voluntary, Partnership and Agreement)というEUと木材生産国の間の協定を締結することにより、合法性を証明された木材にライセンスが付与され、ライセンス材のみがEUに輸入されるというシステムを構築することが目指されました。

9 適合性評価(fitness check)の詳細(https://environment.ec.europa.eu/system/files/2021-11/SWD_2021_328_1_EN_bilan_qualite_part1_v2.pdf)をご参照ください。

10 新EU規則案10条パラグラフ2では、FLEGT規則のライセンス制度によって合法性が証明された木材製品については新EU規則案3条(b)項に定める合法性要件を充足するものとみなされる旨規定されています。

11 新EU規則案では、デュー・ディリジェンスの対象品目を木材のみから、牛、ココア、コーヒー、パーム油、大豆とこれらを原料とする製品にも拡大しているほか、EU市場からの輸出も対象とするなど、EUTRと比較して規制が拡充されています。

12 新EU規則案35条。

13 新EU規則案1条。

14 関連製品の詳細はAnnex-Ⅰ(https://environment.ec.europa.eu/system/files/2021-11/COM_2021_706_1_EN_annexe_proposition_part1_v4.pdf)にリストアップされていますので、ご参照ください。

15 新EU規則案32条パラグラフ1。

16 新EU規則案32条パラグラフ3。

17 EU域外の自然人又は法人が関連産品・関連製品をEU市場に導入する場合、当該関連産品・関連製品を購入する又は入手する初めてのEU域内の自然人又は法人が「事業者」とみなされる(新EU規則案7条)ため、実務ではEUで設立された法人が「事業者」として義務を負うことになることが多いと考えられます。

18 新EU規則案4条パラグラフ1。

19 新EU規則案31条により、欧州委員会は、事業者・取引者が執行当局にデュー・ディリジェンスステートメントを提出するための(EU全域を対象とする)情報システムを導入・維持することになります。

20 新EU規則案4条パラグラフ2。

21 新EU規則案4条パラグラフ3。

22 「森林減少フリー」(deforestation-free)の定義の確立は新EU規則案の大きな特徴であり、合法的に森林破壊を行うという抜け道を防ぐことが期待されます。また、EUへの製品アクセスを容易にするために環境基準を下げるという誤ったインセンティブを生じさせない効果も期待されます。

23 新EU規則案8条パラグラフ2。

24 新EU規則案9条パラグラフ1。

25 新EU規則案10条パラグラフ1。

26 新EU規則案10条パラグラフ2。

27 新EU規則案10条パラグラフ4。

28 新EU規則案11条パラグラフ2

29 新EU規則案11条パラグラフ3。

30 新EU規則案3条。

31 新EU規則案4条パラグラフ4及びパラグラフ5。

32 新EU規則案27条パラグラフ1。なお、新EU規則制定時点では全ての国を「標準リスク」に認定します。

33 新EU規則案27条パラグラフ2。

34 新EU規則案12条パラグラフ1。

35 新EU規則案20条。

※記事の詳細については、以下よりPDFをダウンロードしてご覧ください。

主要メンバー

北村 導人

北村 導人

パートナー, PwC弁護士法人

山田 裕貴

山田 裕貴

パートナー, PwC弁護士法人

日比 慎

日比 慎

ディレクター, PwC弁護士法人

小林 裕輔

小林 裕輔

ディレクター, PwC弁護士法人

蓮輪 真紀子

蓮輪 真紀子

PwC弁護士法人

福井 悠

PwC弁護士法人