
持続可能な化学物質製造への道筋
化学産業の脱化石化は、世界的なネットゼロを実現する上で最も重要な要素の1つといえます。本レポートでは、基礎化学物質の脱化石化に向けた具体的な道筋を示し、予想されるCO2排出削減効果や必要な投資について説明します。
劇的な変化と不確実性に満ちた現代社会において、未来を切り拓いてきたトップランナーは何を見据えているのか。本連載では、PwCコンサルティングのプロフェッショナルとさまざまな領域の第一人者との対話を通じて、私たちの進むべき道を探っていきます。
第4回は、環境経済学や財政学の専門家である京都大学大学院経済学研究科教授の諸富徹氏を迎え、PwCコンサルティング合同会社パートナーで、PwC Japanグループ エネルギー・資源・鉱業事業部のリーダーを務める片山紀生と、今後日本が再生エネルギーを促進するための課題や道筋について語ります。
※本取材は2022年2月に実施されました。
片山:まず、ロシアのウクライナ侵攻による影響についてうかがいます。もっとも大きく影響を受ける欧州について、EUでは天然ガス・石炭は約5割、原油は約3割をロシアに依存しているため、短期的には化石燃料に頼らざるを得ないと思われますが、中長期的にはどのように見られていますでしょうか。
諸富氏:短期的には脱炭素に逆走せざるを得ない状況に陥っていきますが、この状況が解消すると、フランスのように原発の急速な再開あるいは新規建設の動きが進むでしょう。また、ドイツのように脱原発を決めた国では、ガスが入ってこないとなると石炭に頼らざるを得ないと思われます。もしくはこれまでパイプラインで輸送していた天然ガスを、日本と同じように LNG(液化天然ガス)の形で海からの輸送で輸入するしかありません。
ただし、原発の場合は新規建設には非常に時間がかかりますし、安全規制が世界的に厳しくなっているので、決めたからといってすぐには供給力になりません。一方でドイツのように化石燃料で行くと決めた場合、LNG は輸入するための港湾の設備の建設から必要ですので、これまた時間がかかります。
供給が増えない中で需要が変わらなければ、価格高騰というショックに見舞われます。この価格高騰がもたらす中長期的な影響で見ると、省エネを加速せざるを得ないでしょう。また、化石燃料は価格が一気に高騰してきているので、再エネ投資が前倒しになっていきます。よって、短期的には CO2は増えるものの、中長期的には温暖化対策が加速されると考えられます。
片山:欧州と比較すると、日本は化石燃料のロシアからの依存率がそこまで高くありません。国としてもエネルギー安全保障の観点からロシアの資源開発から直ちに撤退しないという方針が出されましたが、日本への影響はどうお考えでしょうか。
諸富氏:米国は全て撤退したと思われますが、日本はロシアに権益を残すことにより、国際的に非難を受けてしまうかもしれません。ただし、ロシアから全て撤退する場合と比べたら、明らかにショックは和らぐことにはなると思います。とはいえ、グローバルにエネルギー価格の高騰が起きている点は全く同じなので、日本も非常に大きな影響を受けます。
片山:日本への影響も大きいということですが、日本では2021年10月に「第6次エネルギー基本計画」が閣議決定されています。この計画では、2050年カーボンニュートラルと2030年の温室効果ガス46%削減目標の実現に向けて、「火力発電は現行計画の56%から41%に引き下げ」「再生可能エネルギーは現行計画の22~24%から36~38%に引き上げ」「原子力発電を20~22%に据え置き」などの目標が掲げられています。
この内容について、諸富先生はどのように評価されていますでしょうか。
諸富氏:特に欧州では、「脱石炭」と「脱原発」で方針が分かれている傾向がありますよね。例えば、フランスは原発推進に舵をとり、英国も原発を建て替えながら新規も含めて活用していく方向です。逆に、ドイツは脱原発をしっかり掲げたうえで、それなりに石炭火力も使いながら再エネにも注力しています。
こうした中、日本はなるべく原発を使い続ける方針ですが、現行の安全規制の高さ、原子力規制委員会による審査の厳しさなどは依然として残っています。また、石炭もどういう方向でいくのかが定まっていません。日本のエネルギー政策は、数値目標を掲げているものの、曖昧というか、突き詰めて考えていない印象を受けます。
片山:原発に関しては新しい技術として「核融合」や「小型モジュール炉(Small Modular Reactor:SMR)」が注目を集めていますが、どうお考えでしょうか。
諸富氏:もし核融合ができるのであれば、素晴らしいイノベーションだと思います。ただ、私は青森県六ヶ所村にある核融合の研究所と国際研究機関に行ったことがあるのですが、印象としては「核融合にはまだ時間がかかる」という印象です。
そもそも小型原発はコストパフォーマンスが高くないため、商用化できるのかという課題もあります。コストダウン技術に対するイノベーションが起きない限り、今後も難しいのではというのが率直な感想です。
片山:再エネ目標の「36~38%」についてはいかがでしょうか。欧州の進んでいる国と比べると半分程度であるものの、日本では「野心的な目標」「実現性が乏しい」ともいわれています。日本が再エネを増やすためにどのような方法があるのでしょうか。
諸富氏: 太陽光エネルギーに関していうと、固定価格買取制度の導入によってメガソーラーのような大規模なスタイルは限界に達しています。各地で「迷惑施設」として扱われ、課税される自治体も出ているため、逆風が吹いています。
日本では今後、平地にメガソーラーを配置するスタイルではなく、ビル、個人宅、カーポート、工場などあらゆる屋根に太陽光発電を設置するほうが可能性を秘めていると感じます。
京都大学大学院経済学研究科教授 諸富徹氏
片山:日本では、「カーボンプライシング(気候変動問題の主因である炭素に価格をつける仕組み)」が制度として確立していないものの、すでに経済界を中心に「コスト増につながるのでは」という懸念の声も出ています。このあたり、今後はどのような方向に向かっていくとお考えでしょうか。
諸富氏:カーボンプライシングを導入しても、経済パフォーマンスが悪化するわけではありません。むしろカーボンプライスを導入している国のほうが成長し、「デカップリング」が起きています。デカップリングとは「GDPは成長しながらも、CO2排出量を削減していく」という状態のことで、いわば「ワニの口が開いている」イメージですね。
しかし日本は、残念ながら「ワニの口が閉じたまま」の状況です。「失われた30年」といわれるように経済成長はほぼしていないし、かといってCO2の排出量は減っていない、という不名誉なパフォーマンスになっています。
片山:「カーボンプライスを導入したら、経済的にマイナスになる」という固定観念を捨てる必要があるということですね。ちなみに、スウェーデンのようにデカップリングを実現するには、どんな取り組みが必要なのでしょうか。
諸富氏:大きく2つあると考えています。1つは、「再エネの切り替えなどによってCO2の排出量を減らす」こと。
もう1つは、「産業の新陳代謝を促すこと」です。1990年代以降、収益性や付加価値の高さからデジタル技術を使ったサービスに力を入れる企業が急増しました。ITサービスはデジタル上のビジネスになるので、当然、昔ながらの製造業よりもCO2の排出量を抑えられます。
つまり、デカップリングを実現した国は、産業構造を変化させたことで、“結果的に”脱炭素化も経済成長も実現できた、といえそうです。
片山:そういう意味では、産業構造の転換で遅れている日本で脱炭素化が進まないのは当然のことなのかもしれませんね。
諸富氏:おっしゃるとおりです。「売上が増えたらCO2も増える」というビジネスモデルは歓迎すべきことではありません。
「GDPは増えてもCO2は減っていく」という産業になっていなければ、今は儲からない時代です。歯を食いしばってでも産業構造を変えていくことが、これからの日本経済の成長には欠かせないと思います。
片山:私たちPwCコンサルティングのエネルギーチームでは「2050年の日本のエネルギー消費予測」を出しています(図表1)。
燃料でいうと、これまで石油・石炭が大半でしたが、水素やe-fuel(合成燃料)、合成メタンなどのグリーン燃料に置き換わっていくと予測しています。電力では、石炭やLNG(液化天然ガス)が減少し、再エネ、水素、アンモニア、原子力などに置き換わるという予測です。
セクター別に見ると、鉄鋼では水素、化学では合成燃料の活用が期待されますし、業務用では先生がおっしゃられたように個人宅や工場などの屋根に太陽光発電を設置する流れは強まるでしょう。
また、省エネでエネルギーの消費量は40%程度減ると予測しています。具体的には、年間のエネルギー消費ゼロを目指したビル、建物、住宅である「ZEB(ゼブ/ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)」や「ZEH(ゼッチ/ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)」などによって、省エネが進展すると考えています。
図表1:日本の最終エネルギー消費予測(2050年)
諸富氏:まさに私も同じイメージを持っていますし、さまざまな課題はあるにせよ、その方向に推し進めていかなければなりませんよね。
最近は「脱炭素化」について語られるとき、必ずといっていいほど「電化」というキーワードが出てきます。「ガソリン車を止めて電気自動車にしましょう」という動きはその代表例です。しかし、いくら電気自動車が普及してガソリン車によるCO2排出量が減ったとしても、電力を生み出すために化石燃料を燃やしていたら本末転倒です。
そこで必要になるのが、「電力構成の脱炭素化」です。つまり、原発や再エネに置き換えてなるべくクリーンに電力を生み出す方法を考えるということ。ただ、挙げていただいた鉄鋼産業や化学産業などでは、製造過程で高温の熱を加えていくような工程がどうしても残るため、そもそも電化プロセスに置き換えられない場合があります。
そこで有力視されているのが「水素」です。今後は水素をもっと活用していかなければ、日本の重厚長大な素材産業は生き残れないでしょう。それくらい水素は注目しています。
また日本の場合、エネルギーの全体量が大きく減っているのにもかかわらず、電気の消費量がほぼ減っていません。これは電化プロセスが進んで効率化していく一方、電気を必要とするセクターの割合も増えているからです。この状況も変えなければならないでしょう。
片山:「化石由来」というだけで製品を輸出できなくなるリスクも出てくることを考えると、「グリーン水素(再エネで水を電気分解して作る水素)」も重視されていくと思います。今後の日本のエネルギー施策では、やはり「水素をいかに安く調達できるか、作れるか」ということが焦点の一つになりそうですね。
PwCコンサルティング合同会社パートナー 片山紀生
片山:PwCコンサルティングでは「スマートシティ」を推進するため、社内外のネットワークを活用し、社会課題の抽出と解決施策・体制の設計・推進を支援しています。
直近では、スマートシティを官民連携で加速させるための取り組みとして、企業、大学・研究機関、地方公共団体、関係府省などから構成される「スマートシティ官民連携プラットフォーム」の中の分科会である「ネットゼロ・スマートシティ分科会」を立ち上げました。
産官学の約40の団体とともに意見交換を年4回行い、さまざまな課題が挙がりました。例えば、自治体なら「人材が不足している」「再エネのポテンシャルがわからない」など、民間企業なら「技術やソリューションを持っているけれど、自治体のニーズが開示されていないから分からない」「どこまで投資していいのか、費用対効果が見積もれない」などです。
国としては「スーパーシティ構想」や「デジタル田園都市国家構想」などで積極的にサポートしていく姿勢を見せていますが、自治体や企業の声を聞く限り、まだまだ難しい面が残っていると感じました。先生は脱炭素先行地域評価委員会の座長を務められていますが、今後のまちづくりはどのように進めるべきでしょうか。
諸富氏:国の支援の仕方はだいぶ変わりました。10年ほど前なら、脱炭素に対しては「どれくらい省エネ・再エネ設備(施設)を入れるか」という“設備充当主義”が支援の基準でしたからね。
もちろん省エネ・再エネ設備は重要ですが、それだけでは脱炭素は実現できません。例えば、「脱炭素先行地域」では、補助金が出る期間が5年間のため、その期間内で設備を導入するだけでなく、自走できるビジネスモデルを構築する必要があります。
具体的には、「人材マネジメントは機能しているのか」「設備や施設を導入する企業はあっても、肝心の動かす組織はつくられているのか」などです。
片山:ソフト面でのサポートも必要ということですね。
諸富氏:はい。あとは、「再エネによって売電して収益が出たら、その収益をどう使って地域を豊かにしていくのか」という視点も大切にしています。
対象地域には「地域経済社会の課題は何か」を言語化してもらっています。「人口減少や高齢化に伴う地域経済の縮小が起きている、このままの産業構造では先細る一方なので、この再エネ大量導入をきっかけにこう変えたい」というイメージですね。
経済・社会の改革とセットで脱炭素化や再エネを進めてもらう。これが最近の支援の考え方になっています。
「国の補助金がついたから、このお金で設備を導入しよう」で終わってしまうのは、非常に受動的な姿勢ですし、将来の展望を深く考えていないようにも感じます。そうではなくて、「このお金をどう使って何を実現したいのか」を地域側から積極的に提案してほしい。主体性をもって取り組んでいただければ、いろんな変化が起きてくると思っています。
片山:自治体の方々が中心となってリードしていくことで、脱炭素の取り組みが外貨獲得や企業誘致による都市自体の競争力強化につながっていくのですね。本日は大変興味深いお話をありがとうございました。
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