PwCコンサルティングでは、グリーントランスフォーメーション(GX)に関する多岐にわたる課題解決を推進するため、エネルギーの専門性と多様な業界知見を併せ持つGX人材を結集した横断組織を2023年11月に設立し、さまざまな活動を行っています。
今回は、エネルギートランジションの展望と課題について、同組織に携わるPwCメンバー4名と、GX領域におけるPwC Japanグループ顧問であり、岐阜大学 地方創生エネルギーシステム研究センター 特任教授で、内閣府事業の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」におけるスマートエネルギーマネジメントシステムの構築のプログラムディレクターを務める浅野浩志氏とともに、ディスカッションを行いました。
前編では、2025年2月に閣議決定された「第7次エネルギー基本計画」を俯瞰し、エネルギートランジションの現状と課題について議論します。
(左から)郷原 遼、岩崎 裕典、浅野 浩志氏、村松 久美子、竹内 大助
登壇者
PwC Japan グループ顧問
内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム スマートエネルギーマネジメントシステムの構築 プログラムディレクター
岐阜大学 地方創生エネルギーシステム研究センター 特任教授
浅野 浩志氏
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー
岩崎 裕典
PwC Japan有限責任監査法人 ディレクター
村松 久美子
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
竹内 大助
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー
郷原 遼
郷原:
私は、資源エネルギー庁での勤務経験も踏まえ、PwCコンサルティングでGX施策や電力システム改革といった政策トレンドを踏まえた事業戦略立案などの支援を行っています。
今回は、まず今年2月に閣議決定された「第7次エネルギー基本計画」のポイントを見ていきながら、エネルギートランジションを目指す上での課題などを議論していきます。
第7次エネルギー基本計画では、従来のエネルギー基本計画が、ともすれば「再生可能エネルギー(以下、再エネ)」と「原子力発電」の二項対立の下で、単一のシナリオに基づく議論を志向する傾向にあったのに対し、そうした構造を脱却し、さまざまな技術に対して全方位的に取り組む方針を採用しています。それ自体は、将来の不確実性を見据えると合理的だと考えますが、事業者の立場からすれば、投資戦略や事業戦略を策定する上では捉えどころが難しいようにも思えます。
そこで、私なりに今回の「第7次エネルギー基本計画」の特徴を整理すると、大きく3つの考え方と2つの政策的な方向性が挙げられます。
3つの考え方の1つ目は、エネルギー政策と産業政策の一体的展開です。「第7次エネルギー基本計画」と同時に閣議決定された「GXビジョン2040」と合わせて、脱炭素電源の活用やGX関連産業の育成支援を掲げています。2つ目は電力需要増加への対応です。これまでの電力需要減少トレンドから転換して、半導体工場やデータセンターといったDXの進展に伴う諸々の経済活動による電力の需要増を見込んでいます。3つ目に、将来像の不確実性を全面に打ち出しています。エネルギーミックスにおける将来的な技術の不確実性を前提として、複数のシナリオを並べています。
2つの政策的な方向性としては、まず脱炭素電源の最大限活用があります。これまで二項対立的に語られてきた再エネと原子力を「脱炭素電源」として一体的に活用する方向性を打ち出しています。2つ目はLNG(液化天然ガス)など、利用可能な技術の幅広い活用です。不確実な将来像を前提に、新技術だけでなく既存技術も活用し、安定供給を実現する方針が取られています。
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 郷原 遼
浅野:
複数シナリオを提示したという点は評価できると思います。第6次エネルギー基本計画までは単一シナリオで、エネルギーシステム工学の研究者からみると不自然にも感じていました。電力の需給計画は、前提条件が変われば結果も変わるわけで、複数シナリオや幅があるのが当然です。国の政策としては、不確実性やリスクが生じてもロバスト(堅牢)な運用体系やシステム構成に移行できる能力が重要です。そのため、さまざまなシナリオに対応できる体制やオプションを組み込むことは大きく、かつ良い変化だと思います。
ただ、原子力、再エネの2040年度のエネルギー需給見通し で掲げられた定量的な目標は野心的で、事業者からすると相当実現のハードルが高いものになっているとも思えます。
また、火力発電の具体的な削減の見通し、あるいは水素やアンモニアの割合が明示されていない点も課題と言えるでしょう。その理由は、燃料調達の交渉に影響を与える可能性があることや、ブルーアンモニアやブルー水素といった新エネルギーキャリアの供給見通しが不透明であることなどが推察できます。しかし、具体的なブルーアンモニアと石炭火力の代替コストや費用といった数字を出さなければ、事業者側も事業計画を立てられないはずです。
加えて、需給見通しの中に定量的なデマンドレスポンス(DR)リソースが含まれていない点も残念に感じました。今後のエネルギー基本計画では「今の系統需要の1割程度をDRが占めるべき」といった大きな目標を示すことも必要となるでしょう。フレキシビリティ資源計画や統合資源計画において、DRが重要な役割を果たすことを明確にすべきです。
PwC Japan グループ顧問 内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム スマートエネルギーマネジメントシステムの構築 プログラムディレクター 岐阜大学 地方創生エネルギーシステム研究センター 特任教授 浅野 浩志氏
村松:
脱炭素を進める上では安定した供給力・調整力を維持しなければならず、そのためには火力発電の維持も重要です。しかし、電力小売全面自由化の中では市場競争原理が働き、コスト回収が見込めない発電所は維持継続が難しくなります。そのため、発電事業者の事業予見可能性とコスト回収を担保する仕組みが必要とされています。
さらに、電力需要が増加する中で、地域間連系線の整備に加えて、大規模需要の立地誘導や先行的・計画的な系統整備の必要性も指摘されています。例えば、自治体と送配電事業者が連携して、比較的早期に電力の供給が可能となる「ウェルカムゾーン」を設ける取り組みが示されています。
PwC Japan有限責任監査法人 ディレクター 村松 久美子
竹内:
エネルギー領域のコンサルタントとして私が注目したのは、まさにエネルギー政策と産業政策の一体的展開として、供給側だけでなく需要家側のリソースの促進活用にもフォーカスが当てられた点です。具体的には、分散型エネルギーリソースを統合制御するため、第二世代スマートメーターで開設されるIoTルートの活用は重要でしょう。
今後、エネルギー供給の構造を供給者主導から需要家側にシフトしていく流れは不可避であり、そのための安価で安全なデータの流通は重要な施策となります。第二世代スマートメーターの普及が進む中で、このインフラを活用したエネルギーマネジメントが期待されています。
一方で、現状から一足飛びに分散化されたネットワークへ移行することは現実的ではなく、採算的にも厳しいはずです。特に、分散型エネルギーリソースを束ねるアグリゲーターのビジネスは現状、収益性の確保が難しい。大局観をもって、長期的にどのようにビジネスを組み立てるか、そのために短期的に対処することは何かを考えて対応することが必要となります。
また、分散化型電源ネットワークを実現するためには、自動車メーカーや家電メーカー、あるいは工場やビルの電源といった需要設備など、さまざまなプレイヤー、異なる需要家が協力する必要があります。一社単独ではなく、他社を巻き込むエコシステムを作って協調することが必要不可欠なのです。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 竹内 大助
岩崎:
私としては、2040年度の電源構成比の4〜5割が再エネで、3割弱をPV(太陽光発電)が占めるという目標が気になりました。PVで3割弱(約300TWh)の需要を賄うとすれば現状の設備利用率を想定すると200GW程度の設備が必要となります。現状の導入量が約70GWなので、約3倍の規模にまで拡大しなければなりません。
発電力を人為的にコントロールできないPVがここまで増加すれば、今以上に出力制御が発生する可能性は非常に高い。これは事業者にとって大きなリスクであり、投資回収の見通しが不透明になってしまいます。こうした課題に対して、制度的な対応や新しいビジネスモデルの開発が必要とされています。
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 岩崎 裕典
浅野:
2023年に策定された「広域連系系統のマスタープラン」で言及されるような広域連系整備や大規模設備投資で重要となるのはファイナンスのスキームです。HVDC(高圧直流送電)の海底ケーブルや変電所は30〜40年使うものであり、まとまった資金が必要となります。しかし現在、日本の送配電事業報酬率は1.5%程度と、国際的に見ても非常に低い水準です。これは20世紀前半から続く電力事業における公正報酬率規制が残った結果であり、これでは民間資金を呼び込むのは困難です。
2030年に10GW、2040年に30-45GWの案件形成が目標がとなっている洋上風力にしても、1GW当たり数千億円の投資が必要となる。適切なリターンが保証されない現状だと、本計画どおりに進むのは難しいでしょう。
長期投資が報われるファイナンスの仕組みが必要なのは、電力系統だけでなく、産業用需要設備のゼロエミッション化も同様です。電気事業など公益事業と違い、一般企業は投資回収の時間軸が短く、何らかの優遇措置がないと脱炭素投資に踏み切れません。
村松:
私はPwC有限責任監査法人に所属する公認会計士として、10年ほど電力・ガスエネルギー領域に携わる一方、資源エネルギー庁の電力・ガス基本政策小委員会ならびに電力・ガス取引監視等委員会の委員を務めています。審議会では金融機関の方からも「エネルギー事業はリスクに比べてリターンが低い」と意見されています。
例えば、マスタープランで示される海底直流送電線の整備計画は、非常に大規模な投資となる一方で、技術的にもこれまで経験したことのないような高度な設計が考えられ、工期の長期化も懸念されています。そのような状況で事業者が単独でリスクを取って投資するのは現実的ではなく、国の補助が必要との声も上がっています。根本的に報酬率を上げるのであれば、国民に対して丁寧に説明して理解を得なければなりません。
浅野:
現状のインフラや限界費用ゼロの太陽光だけで将来的なエネルギー全てを賄うことは不可能です。今のシステムのままでは、平均費用や限界費用も上がっていきます。なので、その上昇幅を反映しながら、化石燃料のボラティリティ(価格変動度合い)に耐えるゼロエミッション型のシステムに変えるべきでしょう。
GXを進めるための安定的な価格水準を設けて、国民にも広く理解を促さなければなりません。例えば1kWhあたりの電気料金が2倍になるのは許されないかもしれませんが、脱原子力や電力危機 によって電気料金が高騰したドイツや米国カリフォルニア州の電気料金を見れば、多くの人が一定の値上げについては理解してくれるのではないでしょうか。
村松:
電力の安定した価格水準という議論は、電力システム改革においても重要視されています。
日本のエネルギー政策はかねてより「S+3E」(安全性、安定供給、経済効率性、環境適合)という方針で進められてきました。今回のエネルギー基本計画の議論と並行して、電力システム改革における今後の方向性の検討が進められ、2025年3月に取りまとめが公表されました。そこでは今後目指すべき方向性として、①安定的な電力供給、②電力システムの脱炭素化、③安定的な価格水準で電気を供給できる環境整備、の3点が挙げられています。
注目すべきは③で、前回の方針では「できるだけ低廉な」という表現だったのが、今回は「安定的な価格水準」に変わりました。脱炭素を進めるには巨大な投資が必要で、電気料金により投資を支えるという現実を反映しています。
また再エネ電源は電力量とそれに伴う価格変動も大きいため、価格のボラティリティをヘッジする取り組みが今まで以上に重要となるでしょう。再エネ電源の拡大にあたっては、各電力事業者はリスクヘッジ取引やトレーディング事業者との取引などを進めることで、安定的な価格での供給と安定的な事業収益確保を目指すことになります。
岩崎:
電力システム改革や脱炭素化を行うためには、技術開発と制度設計の両輪で進めていかなければなりません。技術の面でいうと、例えばアンモニアや水素の大規模な専焼発電は技術的に確立しておらず、太陽光と蓄電池の組み合わせも経済的コストは依然として高い状況です。
こうした中で、日本としてどこまでコストを許容できるのか、どのような目標を目指すのか、制度やルールを随時見直しながら、試行錯誤しながら最適な方向を探っていかざるを得ません。
電力システムは20〜30年の長期計画が前提となりますが、その中で電気事業者がベースとなる収益を確保した上で、環境変化に耐えられるようリスクヘッジや柔軟性が持てるような制度であることが求められます。
郷原:
制度設計という観点だと、託送料金制度である「レベニューキャップ制度」の事業報酬率も、第2規制期間に向けて、今後、大きな論点になるでしょう。「レベニューキャップ制度」は現在、第1規制期間の最中ですが、事業報酬率の水準は導入前に相当な議論となりました。これまでの議論でも指摘されたように、GXや脱炭素投資を進めるため、事業者のファイナンスをどうサポートするかは、「レベニューキャップ制度」に限らず、電力システム改革の重要な政策アジェンダとなっています。
浅野:
GXとマーケットデザインを両輪で進めるにあたっては、電気料金もデザインし直すべきでしょう。電源のある地域は安く、需要だけの地域は高くするといった地点別の料金設定(ロケーショナルプライス)や太陽光が豊富な時間帯は安く、少ない時間帯は高くするといった時間帯別の料金設定(ダイナミックプライシング)を適用していくべきです。
例えば、大口需要家となるデータセンターであれば、最新のAIを使ってリアルタイム処理を求められる業務と、AI学習といった緊急性の低い業務を区別し、後者は電力が安い時間帯や地域で実行するといった運用が可能です。
ダイナミックプライシングやロケーショナルプライシングの導入は、理論的にはコストや需給バランスといった問題に対する最適解になると考えています。しかし現実には、制度変更への抵抗や収支バランスの懸念から、なかなか実現しません。
竹内:
需要家側に蓄電池やPV、エコキュート、EVといったエネルギー機器の普及が進むと、小売電気事業者のビジネスモデルは変革が必要とされます。実際に、蓄電池の放電・充電サービスをセットにした市場価格連動型のプランが出てきています。こういったサービスがより活発になると良いと思います。
浅野:
電気料金の議論をすると、どうしても安定的な価格を望む人がいます。しかし、常に安定した価格だと、電力が逼迫した状況でも構わず大量消費することにもつながり、電力システム全体で見るとマイナスでしかありません。
これまでの視点から変えて、電力システム全体の効率性向上を目指し、需要家の行動変容を促すような動きをすることが重要でしょう。
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