PwCコンサルティングでは、グリーントランスフォーメーション(GX)に関する多岐にわたる課題解決を推進するため、エネルギーの専門性と多様な業界知見を併せ持つGX人材を結集した横断組織を2023年11月に設立し、さまざまな活動を行っています。
今回は、エネルギートランジションの展望と課題について、同組織に携わるPwCメンバー4名と、GX領域におけるPwC Japanグループ顧問であり、岐阜大学 地方創生エネルギーシステム研究センター 特任教授で、内閣府事業の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」におけるスマートエネルギーマネジメントシステムの構築のプログラムディレクターを務める浅野浩志氏とともに、ディスカッションを行いました。
後編では、浅野氏が携わるスマートエネルギーマネジメントシステムを中心に、エネルギー領域においてコンサルタントらが果たすべき役割について議論します。
(左から)郷原 遼、村松 久美子、岩崎 裕典、浅野 浩志氏、竹内 大助
登壇者
PwC Japan グループ顧問
内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム スマートエネルギーマネジメントシステムの構築 プログラムディレクター
岐阜大学 地方創生エネルギーシステム研究センター 特任教授
浅野 浩志氏
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー
岩崎 裕典
PwC Japan有限責任監査法人 ディレクター
村松 久美子
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
竹内 大助
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー
郷原 遼
岩崎:
浅野顧問が主導されている内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の「スマートエネルギーマネジメントシステム(スマートEMS)」について教えてください。
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 岩崎 裕典
浅野:
SIPのスマートエネルギーマネジメントシステムは「クロスボーダー・セクター横断での分散型スマートEMSのインフラ化」と「官民連携によるスマートEMS市場基盤の創出」をミッションとしています。エネルギーチェーン全体で再生可能エネルギー(以下、再エネ)を使いこなすためには情報の連携が必要であり、IoTプラットフォームを通じてデータを全てつなげることで、エネルギーを統合管理する構想です。日本政府が提唱するSociety5.0のエネルギーインフラ部分を担えれば、と考えています。
もともとエネルギーマネジメントシステム(EMS)は、系統運用者の中央給電指令所から始まり、その後、需要側のHEMS(家庭用エネルギーマネジメントシステム)やBEMS(ビル・エネルギーマネジメントシステム)へと発展してきました。しかし、個々の需要家レベルでのエネルギーマネジメントだけでは、再エネを最大限活用できません。
そのため、地域間をクロスオーバーしたり、需要セクター間でのエネルギー融通や変換を実現したりするような「セクターカップリング」を目指します。モビリティとエネルギーのセクターカップリングの典型的な例として、電気自動車と、太陽光などの電力系統をつなぐEVグリッド統合などが挙げられます。ここでは、再エネで生まれた電力を水素や熱に変換・貯蔵・利用するPower-to-X技術も使っています。
この構想を実現するためには、まず業界の壁を越えなければなりません。電力会社単体ではできませんし、自動車業界単体でもできない。間を仲介するアグリゲーターも必要ですし、安全規制とか社会的な規制といった規制改革をするためには、いくつもの省庁にも協力していただく必要があります。前編の話にもあったように、技術開発と同時に制度設計・ルール形成もSIPのアウトプットとなります。
このプロジェクトでは、8つのサブ課題が設けられています。「エネルギーとモビリティのセクターカップリング」もそのうちの1つです。現在は宇都宮市でLRT(次世代型路面電車交通システム)を展開し、実験車両として電気バスを走らせ、その走行データから電費を推定しています。バス事業者からは必要な充電量と時間の情報を受け取り、電気事業者からは営業所近隣のスマートメーターデータや太陽光発電(PV)の出力データを得て、エネルギーマネジメントとバスの運行スケジュールを同時に最適化しています。
PwC Japan グループ顧問 内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム スマートエネルギーマネジメントシステムの構築 プログラムディレクター 岐阜大学 地方創生エネルギーシステム研究センター 特任教授 浅野 浩志氏
また、「RE100を実現する農村型VPPの開発」では、温室や畜産など、農業用途に応じた電力・熱のエネルギー管理システムを開発しています。農業での最も大きな課題は、時間変動と季節性で需要が一定ではないため、VPP(Virtual Power Plant)やマイクログリッドが成立しにくい点です。そこで、食品加工工場や地元の学校、病院、公共施設と組み合わせて、VPPとさまざまなDRを組み合わせています。
この2つは、いずれも再エネの「生産」に関する領域です。「変換・貯蔵・輸送」領域では、「アンモニア・水素利用分散型エネルギーシステム」というテーマで、水素やアンモニアといったエネルギーキャリアの分散型利用システムを開発しています。具体的には、愛知県の碧南火力発電所にブルーアンモニアやブルー水素が陸揚げされる際、その一部を愛知県や岐阜県の自動車工場のゼロエミッション化に活用しています。自動車産業では塗装や乾燥など熱需要が大きく、電化が難しい領域でもあるのですが、水素やアンモニアを使ったボイラーで代替することを検討しています。これまでの天然ガス設備を比較的少ないコストで水素やアンモニアに転換できる可能性があります。
また、「利用」領域で扱っているテーマの1つとして、「エリアエネルギーマネジメントシステムのプラットフォーム開発と実装」があります。実は現在、国内のエネルギー統計は県レベルのデータしかないため、市町村レベルでのエネルギー使用実態を把握するための基礎的なデータと評価ツールを作成しています。例えば、この地域には1,000件の需要家がいて、PV設備を持つ世帯が100軒、EVを持つ世帯が50軒といったデータを把握できれば、太陽光を最大限活用するためにはあとどれくらいEVやPVを増やすべきかといったプランニングが出来るようになる。このデータ基盤構築の取り組みを自治体と一緒になって進めています。
このように、スマートエネルギーマネジメントシステムではきめ細かく実際の需要を測り、再エネを最大限活用するためのエネルギーマネジメントシステムの構築を目指しています。
村松:
なぜSIPのスマートエネルギーマネジメントシステムは精緻なデータを活用して推進できているのでしょうか。というのも、スマートメーターのデータは送配電事業者が保有しています。商用目的でそのデータを活用する取り組みは推進されているのですが、個人情報保護などの法的制約から難しいといった実情があります。
一方で、個人情報をマスクした統計データにしてしまうと具体的な活用が難しい。災害対応として自治体や消防、警察とのデータ連携は進みつつありますが、それ以外の目的での活用はまだ限定的です。特定のフィールドで実験的に展開しているということを踏まえても、このように固有データを活用した施策一定の規模で実現することはハードルが高い印象です。
PwC Japan有限責任監査法人 ディレクター 村松 久美子
浅野:
実は私たちにとっても、データ収集はボトルネックとなっています。実施区域のスマートデータは購入しており、研究費の大きな負担になっています。本来、CO2削減や防災、インフラ管理といったパブリック目的であれば、無償提供されるべきだと考え、私たちも働きかけをしています。
竹内:
今のお話は、EMS構築全体の課題にもつながってくる議論ですね。現在のEMS開発の大きな課題は、協調領域と競争領域の区分けだと考えています。というのも、現在、日本のEMSは実証実験ごとに複数の開発が新規に実施されているという話をよく聞きます。つまり、日本の中で、EMS開発に重複投資が行われている。これは企業にとっても社会にとっても無駄なコストになっていると考えられます。
より効率的にシステム開発を進めるためには、データ収集の基盤システムやAPI連携の標準規格など、競争領域でない共通化できる部分は協調して仕組みを作り、各社が相乗りできるようにするべきです。一方で、例えば、太陽光発電などの出力予測精度の向上や需要家の日々のDR供出量予測精度の向上など、各社が採用するアルゴリズムで収益性に差が出る部分は競争領域として各社が切磋琢磨する。そうすることで、新規で開発するEMSの投資コストが下がり、より高度なEMS開発に集中することができるはずです。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 竹内 大助
浅野:
同感です。理想としては、EMS向けのデータを数十年にもわたってメンテナンスしてくれる仕組みを国が構築し、EMS事業者はそこからデータを持ってきて、自分たちが使いやすいように加工してEMSで活用できるようにしてほしい。特に自治体向けのエネルギープラットフォームでは、データが直接入って、常に最新データに更新される仕組みを構築するのを究極の目標としています。
また、企業間でデータ連携をする上では、データの非識別化や暗号処理、トラスト通信といった最先端のIT技術が必要となります。SIPのプロジェクトでは、データ連携のための情報モデルの開発なども手がけています。
さらに、SIPは産学連携のチームを前提に、企業だけでなく、自治体や地域の協議会とも協力しています。国のプログラムとして実施することで、関係者の協力も得やすくなっています。
岩崎:
多様な業界が関わるエネルギー領域において、セクターカップリングがいかに重要かを感じました。異業種の専門家が計測データを元に議論を積み上げていけるSIPの連携モデルは、EMS構築やエネルギートランジションを実現する上で効果的なアプローチだと思います。
私たちPwCは、エネルギー領域でもそれぞれバックグラウンドや専門性が異なるメンバーが多く在籍し、業種横断の取り組みをしやすい土壌がある。それぞれの事業者の考えを理解し、足並みを揃えてプロジェクトを進めることを得意としているので、私たちも大変勉強になりました。
浅野:
SIPのプロジェクトには、ステージゲートと呼ばれる社会実装モデルの中間評価が設けられています。そこでは、当然ながら開発技術だけでなくビジネスモデルの構築が求められます。技術開発だけを行ってきた研究者にとって、ビジネスモデル構築は難しい部分があるので、ビジネスの知見を持つコンサルタントの支援は非常に有益です。
郷原:
今日のお話を聞いて、新しい制度やマーケットを作らないとマネタイズできない取り組みも多いと感じています。例えば、ローカルフレキシビリティマーケットなど、日本ではまだ立ち上がっていない市場の分野では、制度設計に関する提言も必要になるはずです。技術と制度の両面から検討することが重要で、複数にまたがる領域において、コンサルタントはハブとしての役割を果たしていければと思います。
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 郷原 遼
竹内:
PwCではGX組織を立ち上げ、従来のエネルギー事業者だけでなく他業界からのエネルギー参入者、需要家側でエネルギーを利用する立場でGXに取り組む事業者も支援しています。本日参加した監査法人、コンサルティング、アドバイザリーだけでなく、税理士法人や弁護士法人などのエネルギー領域の各専門家がPwC全体で連携しながらビジネスを推進しています。こうした従来のファームの枠を超えた取り組みにこそ世の中のニーズがあると信じています。
岩崎:
本日は浅野顧問と、第7次エネルギー基本計画の実行に向けた課題や取り組みの方向性、またセクターカップリングでの取り組みの重要性、またそのような課題にPwCとしてどのように対応していくべきかについて議論をしてきました。
今後も多様な視点を取り入れながら、PwCのパーパスである「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」を体現すべく、GX実現に向けて尽力していきたいと考えています。本日はありがとうございました。
前編『第7次エネルギー基本計画が拓く新たな可能性』はこちら