「Transact to Transform――M&Aを通じた変革の実現」について語る 第4回

エネルギー業界における変革と成長戦略(後編)

  • 2025-07-11

前編

脱炭素化、分散化、デジタル化の波が加速度的に押し寄せ、日本のエネルギー業界は、従来の延長線上で未来を描くことが困難な「構造的転換点」に立たされています。PBR(株価純資産倍率) 1倍割れ、電力・ガス自由化後の収益構造の再設計、地政学リスクを背景としたエネルギー危機――こうした複合的な圧力が、同業界に戦略の再定義を突きつけています。もはや部分的な改善では立ち行かず、全社的な変革と経営資源の再配分が、将来の「生存条件」となりつつあることが現実です。この危機感を背景に、PwC Japanグループのプロフェッショナルが、グローバルな潮流と先進企業の動向を踏まえ、日本企業が取るべき具体的なアクションについて議論しました。非エネルギー分野への進出、事業ポートフォリオの再構築、M&Aやガバナンス強化などまで、日本のエネルギー業界各社が競争力を再定義し、新たな成長軌道を描くための視座を提示します。

登場者

PwCコンサルティング合同会社 パートナー
片山 紀生

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー
吉田 英史

PwC Japan有限責任監査法人 パートナー
熊田 崇史

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

左から、熊田崇史、片山紀生、吉田英史

海外の先進企業の動向、事例

海外の再編・変革事例に学ぶ、日本企業の次なる一手

片山:次に、海外のエネルギー企業の事例を踏まえて、日本においてどこまで同様の取り組みが可能かという観点で、議論を深めていきたいと思います。

私は、エネルギー業界では今後、大規模な事業再編が起きる可能性があるのではないかと感じています。既に海外では、いくつか象徴的な事例が見られます。欧州のいくつかの企業が、従来型の発電事業(原子力、石炭、ガスなど)を分社化したり、売却したりし、風力や太陽光などの再エネ事業に経営資源を集中させ、 「事業構造の転換」に取り組んでいます。さらには、スタートアップ企業を買収し、小売・再エネ・テクノロジーの連携によって収益拡大を図るという戦略を取っている企業も存在します。

こうした事例はいずれも、M&Aを起点とした事業再編やビジネスモデルの転換によって、再エネを中核に据えた構造転換、トランスフォーメーションを行っている点が共通しています。このような取り組みは、日本のエネルギー会社においても可能なのか、それとも制度や市場構造の違いから、「apple to apple」には単純に比較できないのか。この点について、吉田さんはどう思いますか。

吉田:欧州(特にドイツ)の電力会社が大胆な石炭火力を含む化石燃料事業の分割、いわばコーポレートスプリットを実行できた背景には、明確な国家方針と投資家の強い要請があったと考えます。「石炭による発電を段階的に廃止していく」という強い政策的コミットメント(2020年に施行された石炭火力発電の削減・廃止に係る石炭廃止法<KVBG>)があり、その方針に沿って、石炭による火力発電所の「退役」を進めるための入札制度など、市場任せではない制度的な誘導策が整備されていました。こうした制度の後押しがあり、ドイツでは化石燃料由来の旧来型発電事業、とりわけ石炭火力を自社のポートフォリオから切り離し、再エネやスマートグリッドといった成長領域に経営資源を集中させるという意思決定が可能になったと考えられます。特に重要なのは、「成長領域(再エネ)」と「非成長領域(石炭火力)」を明確に資本分離まで踏み込み、それぞれの経営体として運営するという戦略的判断が、実際に市場(投資家)に受け入れられた点です。分割された旧来型発電会社は上場され、そこにも投資家が付いた。つまり、リスクのある資産にも投資する受け皿としての投資家層が存在したことが、政策的な制度の整備に加え、推進できた要因だったと思います。

このような動きを踏まえると、日本で同様の事業再編を行うには、いくつかの課題があります。第1に、ドイツのように石炭火力の段階的な廃止を明示した制度や、計画的な「退役」を支える仕組みが日本にはまだ整っていません。今後、カーボンプライシングとして炭素賦課金や排出権取引制度が導入されることにより変化する可能性はありますが、現時点では未整備です。第2に、事業分割を経た旧来型資産を「受け止める投資家」が、日本の市場にどれだけ存在しているかも懸念されます。このように考えると、欧州の先行事例は非常に示唆に富んでいるものの、日本においては制度面・市場構造の両面で、「すぐに同様の再編が可能か」というと、実際には難しさがあると思っています。

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 吉田 英史

片山:つまり、こうした大胆な事業再編を実現するには、第1に「国として明確な道筋を示す」こと、第2に「その方針に即した制度を適切に整備・適用する」こと、そして第3に「その変化を受け止める投資家が市場に存在すること」、この3つの要素が不可欠になるということですね。日本においては、いずれもまだ課題が残る領域で、チャレンジングな点が多々あると、私も感じます。

吉田:仮に、将来の収益や制度設計に対する予見性があるならば、短期的なリターンを求める投資家層が一定数参入する可能性はあると思います。ただし現状では、そもそも予見性が十分ではない中、石炭火力のような従来型資産を分社・分離するとして、その受け皿となる投資家が本当に存在するのか――そうした疑問を抱かざるを得ません。一方で、カーボンプライシングが導入されることで石炭火力のコスト競争力は劣ることになる中、経営としての方向性を示していくことは必要と思います。

熊田:海外では、石炭火力発電単体では資金調達が難しいものの、CCS(二酸化炭素回収・貯留)などの脱炭素技術とセットにすることで、資金調達の道を開いている国もあります。日本でも、自社単独で対応するのではなく、複数の事業者とアライアンスを組んで共通の課題に取り組んでいくといった手法はあり得ると思います。日本でも2028年から炭素賦課金制度が本格的に導入される予定であり、制度面も徐々に環境が整いつつあります。こうした流れを受けて、エネルギー会社としても脱炭素への取り組みをより加速させていけるタイミングに差し掛かっているかもしれません。

片山:もう一つ、少し異なる観点で議論したいと思います。例えば、英国市場ではこれまで数社の大手エネルギー会社が市場シェアの大半を占めていましたが、いわゆる“デジタルディスラプター”と呼ばれるようなテック系新興プレイヤーが参入して、かなりのシェアを獲得し、その競争構造が大きく変化しています。海外では、スタートアップ企業がスマートフォンやIoT、AIなどのテクノロジーを活用し、顧客とともにサービスや商品を開発するなど、従来の“安定供給中心”の価値提供から一歩踏み出し、生活者視点に立ったパーソナライズドなエネルギー体験を提供することで市場シェアを拡大する事例もあります。こうした潮流は日本にも入り始めており、海外プレイヤーが日本国内のエネルギー企業と提携し、日本市場に進出する動きも見られます。日本のエネルギー会社は今後、こうした「デジタルディスラプター」とどのように向き合っていくのか、その検討を迫られると思います。エネルギー会社の新規事業開発という観点では、本来なら日本国内から、こうした「エネルギー×テクノロジー」の革新的なプレイヤーが現れてくることが望ましいのですが、現実にはまだ難しいと、私は見ています。このあたりの背景も踏まえて、エネルギー会社の今後の方向性に向けて、熊田さんからコメントをいただければと思います。

熊田:2016年以降の電力ガス小売自由化に際しても、こうした新たなプレイヤーの台頭は、日本のエネルギー企業に大きなインパクトを与えてきたと思います。それに加えて、IT企業が本格的にエネルギー領域に参入してくることは、既存のエネルギー会社にとっては一種の脅威と考えられます。そのような脅威とどのように向き合っていくか――まず1つは、デジタル技術・デジタルスキルの活用に向けた自社従業員の育成(内製化)です。しかしそれだけでは十分でなく、外部からの調達(M&Aやアライアンス)も検討することが必要です。デジタル化への対応は、大きくこの2つしか道はないのではないかと考えます。ただし後者においては、「文化の異なる相手」と本当にアライアンスを組めるのか、あるいは組んだ後、それを日本の市場に求心力ある形で展開できるのかといった課題があります。例えば小売電力事業では、既存の大手地域電力(旧一般電気事業者:旧一電)と新興の小売事業者が正面から競合することとなるので、それに耐え得る態勢を旧一電が備えるかが試金石になるのではないでしょうか。なお、買収やアライアンスを成功させるには、自社に一定の技術的理解や戦略眼が備わっていることが前提となります。十分な知識を有していないと、適切なパートナーシップを組むこと自体危ぶまれます。 さらにデジタル化への対応は、単に小売マーケットの競争力強化という観点だけでなく、GX(グリーントランスフォーメーション)を実現していくうえでも不可欠な要素の1つです。したがって、自社内でのデジタル人材育成や技術理解の底上げは、今後ますます重要な経営テーマになっていくのではないでしょうか。

片山:PwCでも、収益を上げる方法を抜本的に変えるビジネスモデルの再発明=BMR(Business Model Reinvention)の視点でさまざまな支援に取り組んでいますが、まさに今求められているのは、従来型の延長ではない、新しい戦い方にあると思いました。これまでのビジネスモデルとは異なり、データやAIを活用して顧客との接点を強化し、市場シェアを獲得していくといった新しい競争軸が生まれてきているなかで、電力・ガス会社を含む多くの企業にとっても、これはもはや不可避のテーマです。私たちとしても、人材育成やM&A・アライアンスといったディールを通じて、企業のBMRをどのように実現していくかに取り組んでいくべきだと、再認識しました。

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 片山 紀生

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 片山 紀生

業界の課題と海外先進企業の動向を踏まえ、日本企業はどう考え、行動すべきか

エネルギー需要拡大と構造転換への戦略的な対応が不可欠

片山: 最後に、「Transact to Transform」(M&Aを通じた変革の実現)の観点で、特にエネルギー会社はどのような考え方やアクションを求められていくのかといった点について、それぞれメッセージをお願いします。

吉田:エネルギー会社を取り巻く環境は、かつてないほど複雑化しています。電力需要の増加に対応しつつ、競争力のある価格で安定供給を実現しなければならない。さらにGXの観点から、脱炭素という社会的要請にも応えていかなければなりません。ところが資材価格や人件費の高騰、人材不足といった制約が再エネの推進を困難にしており、現場はまさにジレンマの只中にあります。加えてPBR1倍問題を背景に、ROICやROEといった短期的な財務指標の改善も求められており、エネルギー会社は今、脱炭素・安定供給・財務健全性という「三重苦」に直面しています。だからこそ今後は、従来の発想にとらわれず、リスクを分かち合える「組み手=パートナー」を見つけて、戦略的に連携する力が問われていくと思います。また、デジタル技術を活用しながら、電力そのものの価値を高めていく発想も重要です。これらを実現していくには、戦略的な投資やM&Aを可能にする財務・組織基盤の整備も欠かせません。まさに「Transact to Transform」、取引・資本戦略を通じて変革へと踏み出す姿勢が、エネルギー会社に求められるでしょう。

熊田:日本のエネルギー企業が今後成長していく上では、「既存設備の転換に加えて、今までの中核事業以外の領域へ進出する」ことが重要なテーマの一つになると考えます。このためには、単に事業の幅を広げるだけでなく、資金調達力の強化や、多様なステークホルダーとの継続的なコミュニケーションが、これまで以上に大切です。また、その内容も従来のように「株主」に向けた情報発信や短期的な数値評価にとどまらず、サステナビリティの観点を踏まえた価値創造、すなわち、どのような社会的インパクトを持つ投資・事業なのかといった、中長期的な視点で幅広いステークホルダーに対して説明していく姿勢も大切になると考えます。今までの中核事業領域外で成長していくには、成長を促す「遠心力」と、企業としての統制を維持する「求心力」を、いかにバランスよく機能させるか――このジレンマに向き合い、両者のバランスに配慮しながら実効性あるガバナンスを構築していくこと、それが成長の鍵になると考えます。

PwC Japan有限責任監査法人 パートナー 熊田 崇史

PwC Japan有限責任監査法人 パートナー 熊田 崇史

片山:私自身、2020年頃は「人口減少により日本のエネルギー需要は下がっていく」と見ていました。しかし現実には、AIの急速な普及に伴うデータセンター需要の急増などにより、エネルギー需要はむしろ拡大基調にあります。こうした動きは、グローバルでも同様です。一方で、脱炭素政策の柱として世界中の巨額の投資対象となっていた洋上風力や水素(特に発電やモビリティ向け燃料としての活用)は、事業採算の悪化で直接的な需要が見込めず、経済性に疑義が生じて停滞モードとなっています。これらが示すとおり、エネルギー業界は短期的にも中長期的にも、極めて不確実性の高い市場です。だからこそエネルギープレイヤーは、複数のシナリオと柔軟なオプションを持ってポートフォリオを組み、企業価値を上げていくべきです。さきほど熊田さんが話したとおり、単に自社の企業価値だけでなく、ステークホルダー全体にとっての価値向上を行い、レジリエンスを高め続ける必要があると思います。

海外では、脱炭素、分散化、デジタル化を軸に、事業再編やM&A、継続的なイノベーションを大胆かつスピーディーに実行している企業の例が多数あります。日本のエネルギー企業も、こうした取り組みに学びつつ、複雑化する経営課題に対しては、自社単独ではなくリスクを分かち合えるパートナーを巻き込んだ共創によって、変化を乗り越えていくことが不可欠だと強く感じています。


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