
若手テクノロジーコンサルタントが考える未来社会 ヘルスケア編:ヘルステックはウェルビーイングをもたらすのか―未来を起点に考える、幸せのかたち【後編】
ヘルスケアの領域でテクノロジーを駆使した医療の推進・研究に取り組む安田和弘氏とPwCコンサルティング合同会社の山川義徳と共に、ウェルビーイングとテクノロジーの関係性や、50年後の医療像を考えます。
2021-07-13
人工知能(AI)、ロボティクス、IoT(Internet of Things)……。社会のあらゆる場面で、テクノロジーの存在感が高まっています。こうしたテクノロジーは今後、私たちの生活をどのように変えていくのか。PwCコンサルティング合同会社でテクノロジーコンサルティングに従事する若手社員(Jr. Board)が、最先端の研究や事業に取り組む有識者との対話をとおして、起こり得る未来を予想し、発信します。
第1回はヘルスケアの領域でテクノロジーを駆使した医療の推進・研究に取り組む早稲田大学理工学術院総合研究所客員主任研究員の安田和弘氏と、脳科学研究に長年従事し、産業応用支援を推進するPwCコンサルティング合同会社ディレクターの山川義徳と共に、ウェルビーイングとテクノロジーの関係性や、50年後の医療像を考えます。
(本文中敬称略)
登場者
安田 和弘 氏(写真右から3番目)
早稲田大学理工学術院総合研究所客員主任研究員
山川 義徳(写真左から3番目)
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
齋地 健太(写真左から2番目)
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト(Jr. Board)
小笹 悠歩(写真右から2番目)
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト(Jr. Board)
早稲田大学理工学術院総合研究所客員主任研究員 安田 和弘 氏
齋地:
50年後のヘルスケアにおいては、どこまでテクノロジーが高度化しているでしょうか。ウェアラブルデバイスの発展が著しい昨今ですが、今後はリアルタイムかつさらに高精度なモニタリングが実現されるのではないかと予想します。これに伴い、病気の予兆検知がメジャーになるのではないでしょうか。
山川:
50年あれば、モニタリングの精度は大いに上がると思います。脳科学においては今も研究が進んでいますが、頭の中にチップを埋め込むことで、ストレスを感じた時の脳の状態を可視化し、病気の予防に役立てるといったことが可能になるのではないでしょうか。
小笹:
人々が生活している中でデータが自動で病院に送られ、モニタリングされるといった時代は、そう遠くないのかもしれませんね。
前編では安田さんがロボットの発達を予想されましたが、治療の領域においても、ロボットが医者を模倣して手術をしているなんてこともあるかもしれませんね。ロボットのほうが再現性が高く、正確だと判断される可能性はあるのではないでしょうか。
安田:
安全性や倫理的側面から社会でどこまで受け入れられるかが問題になるため、現状、私の中には答えがないのが実情です。しかし、医療従事者の視点から、病院に多くのロボットが導入された世界はどうなるのかをしばしば考えることがあります。つまり、人間の医療従事者の仕事をロボットが完全に代替する世界はあり得るのか、という問いです。将来的に医療従事者は①治療や診断ができるシステムを構築する役割、②現場でシステムを運用しつつ患者と接する役割に分化されるのではないかと思います。しかし、ロボットによる治療に対する患者の心理面をケアするために、医療従事者のサポートは必ず必要になってくるでしょう。たとえ治療はロボットに任せるとしても、システムを構築する側と運用する側など、テクノロジーの進歩に合わせて医療従事者の役割も変わっていくのではないでしょうか。
山川:
人がロボットに対して抵抗感を持つ理由として「味気ないから」「冷たい感じがするから」といった声をよく耳にしますが、逆にロボットのよいところは、生身の人間では、時に「冷たい」と感じてしまう印象を弱め、ニュートラルにできることにあると思います。感情の起伏がないため気を遣う必要がなく、質問をすれば一定の情報量を持った回答を即時に出してくれます。捉え方によっては、ポジティブなリレーションを築ける間柄だと思うのです。
齋地:
ロボットと人間のよさを生かし合い、適材適所な医療を提供していく。そんな世界になるとよいですね。
小笹:
先ほどウェアラブルデバイスが病気の予防に役立つという話がありましたが、これは治療にも生かせるのではないでしょうか。フィットネス代わりにテレビゲームで体を動かす人が増えていますが、テクノロジーの発達に伴い、将来的には仮想現実(VR)ゴーグルを使用して家の中でリハビリをするといったことも日常になる可能性があるのかなと思います。自分にとって居心地のよい空間で楽しく体を動かせることは、ウェルビーイングの向上にもつながりますよね。
山川:
私は運動が嫌いなので、発達したテクノロジーが運動を日常生活に無意識に組み込んでくれるのというのは理想的ですね。治療と聞くと「つらい」「厳しい」といったネガティブな印象を抱きがちですが、ゲーム感覚で楽しみながら取り組める時代が来たら、回復も早まる気がします。
齋地:
治療のためにゲームをするのではなく、ゲームをしていたら勝手によくなっていた――。夢のような話ですが、依存症といったリスクはないのでしょうか。
山川:
リスクは存在します。特にテクノロジーを提供する側に適切な倫理観が求められると考えています。ゲーミフィケーションは没入させる力が強いため、使用する本人に気付かれることなくマインドをコントロールできてしまうリスクがあります。これは医療に限った話ではありませんが、発達したテクノロジーを人間が適切に扱えるのかどうかが焦点になると、私は考えています。
例えば、病気の治療のために脳に電極を埋め込む手法が一般化したとして、それを「人間拡張のために埋め込みたい」と希望する人が出てきた場合、私たちはどう対処するべきでしょうか。法的な問題とは別に、高度化するテクノロジーを倫理的な観点から適切に扱う能力が、今以上に求められる時代になると思うのです。
安田:
山川さんの考えに同意します。医療・介護の世界におけるモニタリングの対象は、主に2つあります。一つはライフログで、人間がどこで何をやっているかをデータ化するものです。もう一つはメディカルデータで、CTやMRの結果や、体内の組成成分などが挙げられます。問題は、これらをどのように取り扱うかです。取得できる情報が多くなればなるほど、データを扱う側には判断力が問われます。つまり、倫理面やプライバシーの観点から、取得するべき情報とそうでない情報をあらかじめ決める力です。複数の企業や組織の間でデータを共有して利活用する場合が多くなるでしょうから、越えてはならない一線を、エコシステム全体で合意形成を図る必要が出てくると考えます。
山川:
もう一つ忘れてはならないのが、診断と治療のギャップです。50年後、病気の診断の精度は確実に向上しているでしょうが、それを治せるかどうかは別の問題です。もちろん治療法も発達していると考えますが、分かれば分かるほど、分からないことが増えるのが医療の世界です。患者の病気を治せないことが分かっていてなお、それを患者に知らせるべきなのか。治癒のための適切なアドバイスがない時に、どう振る舞うべきなのか。医療従事者は、新たな問題に直面するのではないかと思います。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 山川 義徳
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト(Jr. Board)齋地 健太
齋地:
お話を伺って、テクノロジーを享受する側でありデータを提供する側、サービスを受ける側である私たち自身の価値観が、テクノロジーの在り方を大きく左右するのではないかと思いました。例えば、脳に電極を付けることで身体能力を向上させたいというスポーツ選手が増えれば、そうした手段が普及する可能性が出てくるのではないか、と。
安田:
そのとおりです。ものすごく速く走ることに一番の価値を置く人がいたら、そうした手段を選ぶ可能性は十分にあります。身体能力を向上することが個人の幸福につながるのであれば、人間拡張はウェルビーイングの一手段と見なすこともできます。しかし、例えば100mを2秒で走れるようになっても、「技術頼み」であることにより、いつかは自己効力感が喪失すると思うのです。
山川:
自動運転にも同じことが言えますね。運転は事故のもとになるからしたくないと全ての人が願えば、将来はあらゆる自動車が自動運転になる可能性があります。無事故社会が訪れるのに越したことはありませんが、運転をしないようになることは、脳科学的な観点では脳の衰えを加速させると考えられています。運転という行為はこれまで、非常によい「認知テスト」を兼ねていたのです。便利だからという理由でテクノロジーを全面的に受け入れた時、ウェルビーイングは実現するのか。答えは人それぞれでしょう。確かなのは、ウェルビーイングとはテクノロジーが作り出すのではなく、内発的にもたらされるものであるということです。
齋地:
最後に、50年後によき世界を実現するために、これからの10年でなすべきことはどのようなことかをお聞きします。
安田:
先ほども申し上げましたが、倫理面での合意形成です。例えば、AIの診断ミスは誰の責任か、AIの指示をどこまで受け入れるべきか、といったことが挙げられます。AさんとBさんという2人の患者がいて、AIはAさんのほうが回復する確率が高いと分析しているが、Aさんの治療を優先するべきなのか。法的な部分も含め、整備しなければならない課題は少なくありません。産官学が連携して、議論を着実に進めていくことが重要だと思います。
山川:
50年後の世界で病気は治療するものではなく予防するものとするには、ここ10年で人々の健康に対する意識をさらに上げる必要があります。健康は、なくならないと大事さが分からないものです。こうした意識を変革するのはとても難しいですが、健康であってこそウェルビーイングは実現できる。脳の健康の状態を定義し、分かりやすい指標や枠組みを示すことで、誰もが幸福を追求できる社会作りに貢献したいと考えています。
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト(Jr. Board)小笹 悠歩
技術起点で未来を創造する際には、技術の華やかさがフィーチャーされがちですが、本対談では技術を扱う私たち自身の倫理観・価値観の変化にも踏み込んだお話を伺って、未来をより具体的に、時に生々しく思い描くことができました。
誰もが思い描く理想の自分を実現でき、幸福を感じられる未来を創造していくために、テクノロジーコンサルタントとして、人と技術の架け橋となっていきたいと思います。
齋地 健太
小笹 悠歩
PwCコンサルティング合同会社でテクノロジーコンサルティングに従事する若手社員で構成されるコミュニティ。組織風土のさらなる改善や現場からの情報発信の強化を行うべく、本インタビューシリーズの企画をはじめ、社内外においてさまざまな活動を実施している。
ヘルスケアの領域でテクノロジーを駆使した医療の推進・研究に取り組む安田和弘氏とPwCコンサルティング合同会社の山川義徳と共に、ウェルビーイングとテクノロジーの関係性や、50年後の医療像を考えます。
ヘルスケアの領域でテクノロジーを駆使した医療の推進・研究に取り組む安田和弘氏とPwCコンサルティング合同会社の山川義徳と共に、ウェルビーイングとテクノロジーの関係性や、50年後の医療像を考えます。
ドローンの自動・自律化に伴い、農業、点検、土木・建築などのサービス分野でのドローン活用が広がる見込みです。自動・自律化したドローンが取得したデータを業務で活用し効果を発揮した先進的な事例を紹介し、取り組みにおける課題や今後の展望を考察します。
ブロックチェーンは幅広い領域での応用が期待される一方で、そのテクノロジー的優位性を生かすためにはガバナンスやマネジメントの視点が欠かせません。本稿では暗号資産販売所を例に、ビジネスの各フェーズにおいて考慮すべきガバナンスについて概説します。
IT環境が劇的に変化する中で、情報の信頼性の確保が一層重要となっています。企業はITガバナンスの枠組みを活用し、ITのリスク管理や統制を強化する必要があります。本レポートでは、IT環境における主要なリスクを考察し、求められる対応策を体系的に整理します。
サイバーセキュリティに関する財務報告リスクが高まっています。本レポートでは、実際に企業が財務報告リスクを識別しているのか、また識別したリスクに対してどのように取り組んでいるのかを調査し、リスクの識別・評価を推進する際の留意点を解説します。