
若手テクノロジーコンサルタントが考える未来社会 ヘルスケア編:ヘルステックはウェルビーイングをもたらすのか―未来を起点に考える、幸せのかたち【後編】
ヘルスケアの領域でテクノロジーを駆使した医療の推進・研究に取り組む安田和弘氏とPwCコンサルティング合同会社の山川義徳と共に、ウェルビーイングとテクノロジーの関係性や、50年後の医療像を考えます。
2021-06-30
人工知能(AI)、ロボティクス、IoT(Internet of Things)……。社会のあらゆる場面で、テクノロジーの存在感が高まっています。こうしたテクノロジーは今後、私たちの生活をどのように変えていくのか。PwCコンサルティング合同会社でテクノロジーコンサルティングに従事する若手社員(Jr. Board)が、最先端の研究や事業に取り組む有識者との対話をとおして、起こり得る未来を予想し、発信します。
第1回はヘルスケアの領域でテクノロジーを駆使した医療の推進・研究に取り組む早稲田大学理工学術院総合研究所客員主任研究員の安田和弘氏と、脳科学研究に長年従事し、産業応用支援を推進するPwCコンサルティング合同会社の山川義徳と共に、ウェルビーイングとテクノロジーの関係性や、50年後の医療像を考えます。
(本文中敬称略)
登場者
安田 和弘 氏(写真左から3番目)
早稲田大学理工学術院総合研究所客員主任研究員
山川 義徳(写真右から3番目)
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
齋地 健太(写真右から2番目)
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト(Jr. Board)
小笹 悠歩(写真左から2番目)
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト(Jr. Board)
齋地:
近年、心身共に健康で、かつ社会的にも満たされた状態である「ウェルビーイング」という概念が世界的に注目を集めています。この概念を経営に取り入れ、従業員をはじめとるするステークホルダーの健康や幸福を追求する企業も増えてきています。本日は、このウェルビーイングの推進をテクノロジーを用いて実現されようとしているお二人から、研究の現状と、今後の可能性を伺ってまいります。
安田:
本日はよろしくお願いします。私は、心身機能の回復といったリハビリテーション医療の視点からウェルビーイングに関わっています。現在は、主に脳卒中の患者さんを対象にした感覚障害を補填する装置や、空間認知障害の方のリハビリテーション(リハビリ)向けの仮想現実(VR)システムの開発を行っています。リハビリとは、身体機能を高めるためだけのものではなく、よりよい人生を送るための手段であると考えています。テクノロジーを駆使してリハビリをより効果的なものにし、患者さん一人ひとりのウェルビーイングを向上したい――。そんな思いで、研究開発に日々取り組んでいます。
山川:
私は脳科学を専門領域としています。健康な人の脳の状態や、加齢と共にその状態がどう変わっていくのかを主に研究しています。これまでに、脳の健康状態を客観的に表す指標としてBHQ(Brain Healthcare Quotient)と呼ばれる国際標準規格を策定しました。これまでの研究から、脳の健康がウェルビーイングと密接に関係していることは間違いないと考えていますが、BHQを活用しながら、その関係をさらに明らかにしていきたいです。
小笹:
本シリーズでは、50年後の望ましい世界を考え、それを実現するために今後10年の間に求められるアクションを考える、という、PwCコンサルティング独自のコンサルティング手法を用いながらディスカッションを展開していきます。
早速、ヘルスケアにおける望ましい未来を考えたいのですが、昨今の技術進歩に鑑みると、多くの病気が早期に発見できる未来が実現しているのではないかと考えます。
安田:
そうですね。病気は治療するものではなく予防するものとなり、さらに病気の進行を食い止める技術も発達していることでしょう。人々の平均寿命は伸び、何歳からでも新しいことややりたいことに挑戦できる。言ってみれば、自己実現の可能性が高まるのではないかと考えています。
小笹:
自己実現の可能性ですか。
安田:
はい。例えば身体面においては、障害や衰えがあってもロボットを使用して動けるようになるといった未来が実現すると思います。そして精神面では、ウェルビーイングを設計する要素の解明が進んでいると考えます。現在もそうした研究が心理学の知見を応用して進められつつありますが、人はどうすれば幸福を感じるのか、幸福にはどういったファクターが関与するのか、ウェルビーイングをテクノロジーでどう支援できるのかといった疑問への解が、徐々に導き出されていくのではないでしょうか。
山川:
安田先生のご専門であるリハビリテーション科学からも、人々の身体機能の回復・向上がウェルビーイングにいかにつながるかが解明されていくのでしょうね。
安田:
心理学の一分野であるポジティブ心理学においては、ポジティブな感情や物事に対する積極性、リレーションシップなどの要因が満たされると、人は幸福を感じるという考え方があります。リハビリは、そうした感情を生み出せる機会であると考えています。衰えた機能が回復することで得られる喜び、それを分かち合う仲間の存在……。まさしく、ウェルビーイング実現に向けて大きな可能性が秘められています。達成感を得られるプログラムの設計はもちろんのこと、機能の回復や維持・向上を促せるテクノロジーのさらなる開発が必要であると考えています。
早稲田大学理工学術院総合研究所客員主任研究員 安田 和弘 氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 山川 義徳
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト(Jr. Board)齋地 健太
齋地:
先ほど、達成感をはじめとするポジティブな感情や他者とのつながりがウェルビーイングにつながるとのお話がありましたが、心理的充足の度合いを診断する上では、脳の状態も判断の材料になるのですね。
山川:
はい。部分的にはそうした診断が可能になっていると考えます。例えばリハビリへの意欲があふれている時の脳の状態、モチベーションが下がっている時の脳の状態を調べ、データを蓄積していけば、その時、身体では何が起こっているのか、今後何が起こり得るのかといったことが、分かるようになるのではと期待しています。とはいえ、全てのニューロンを調べるのには膨大な時間が掛かります。そして、脳がどのような時にどのように機能するのかを体系化するには、さらに時間が掛かるでしょう。
小笹:
ただ、人が幸福を感じている時の脳の状態がデータとして蓄積されていけば、「ウェルビーイングとは脳が〇〇の状態にあることを指す」といったように、ある程度画一化された定義ができるのではないでしょうか。
山川:
面白いですね。脳の健康状態の指標であるBHQの研究では、BHQは加齢と共に下がっていく傾向にあり、これが認知機能や記憶力の低下などを引き起こすと考えられています。しかし、健康でポジティブな感情を抱いている脳の状態を理解し、その状態の維持に必要なことの研究が進めば、ある程度のウェルビーイングの定義と、それを維持するためのアプローチの考案は可能なのではないかと思います。
齋地:
ウェルビーイングへの注目が高まる昨今ですが、その定義は企業や人によってさまざまです。人々の命に直結するヘルスケアの現場においては、患者のウェルビーイングとは何なのか、真剣に議論する時が、そう遠くない将来に訪れるかもしれませんね。
安田:
難しいところですね。一元化したウェルビーイングであれば構成要素を提示できますが、難しいのは、個性やパーソナライズされたものに対してのアプローチです。理想の身体・精神状態は人によって異なります。そのような中で、そもそも固定の指標を作って整理していくべきなのかどうかから、まずは議論していくべきなのでしょう。人工知能(AI)技術を使い、個々のウェルビーイングにとっての重要なファクターは何か、追求する上でのふさわしい処置は何かを明らかにするといったアプローチも考えられますが、合意形成はそう簡単ではないでしょう。
山川:
あくまで脳科学の分野における話ですが、私は研究を「ある範囲」の段階までに留めておくべきと考えています。幸福の定義は人それぞれです。例えば、脳のある部分を刺激することで、一般的に考えられるウェルビーイングの状態を実現しやすくなると分かったとして、全員がそれによって幸福な気分になれるわけではないでしょう。一律に定義されたウェルビーイングの状態が、必ずしも全員のウェルビーイングとは限らない。ウェルビーイングとは、脳で言うとこういう状態である可能性が高い、という程度まで解明するに留めることが、倫理的な面から見てふさわしいと考えています。
安田:
山川さんのお話に非常に共感します。自分の努力で機能を回復することに重きを置く方にとっては、電気刺激でそれを実現してもウェルビーイングにはつながらないのです。一人ひとりの成功の定義や、ウェルビーイングに至るまでのストーリーは異なります。脳の状態がよくなった、リハビリで機能が回復したという客観的事実はもちろん大切ですが、当事者の「ライフストーリー」に照らして、その事実がどんな意味を持つかを考えることが、私たち研究者に求められていることと言えるかもしれませんね。
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト(Jr. Board)小笹 悠歩
PwCコンサルティング合同会社でテクノロジーコンサルティングに従事する若手社員で構成されるコミュニティ。組織風土のさらなる改善や現場からの情報発信の強化を行うべく、本インタビューシリーズの企画をはじめ、社内外においてさまざまな活動を実施している。
ヘルスケアの領域でテクノロジーを駆使した医療の推進・研究に取り組む安田和弘氏とPwCコンサルティング合同会社の山川義徳と共に、ウェルビーイングとテクノロジーの関係性や、50年後の医療像を考えます。
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