
FATF第4次相互審査の総括と第5次相互審査に向けた留意点
マネー・ローンダリングおよびテロ資金供与防止対応に関わる国家の体制整備状況を審査するFATFにより2014年から実施されてきた第4次相互審査の結果を総括し、第5次相互審査に向けた留意点を解説します。
政府が資産運用立国実現に向けたプランを打ち出し、資産運用への注目がかつてないほど高まっています。その中で、資産運用業界各社には、金融商品の品質管理を行うためのプロダクトガバナンスに関する原則の策定、運用対象の多様化、エンゲージメント活動の促進など、さまざまな取り組みに着手することが求められています。
資産運用業界は少数精鋭で実務をこなしつつ、業界に対しての新たな規制への対応や、クライアント企業からの説明・開示要望などに対応しています。業界としての注目度が高まり、また金融機関グループの中でも中枢機能として位置づけられることにより、適用される規制の幅が広がり、現在のメンバーで全てをこなすというフィージビリティの面で困難さは増すものと考えられます。一方、業界知識のある即戦力人材を外部から採用してくることは競争が激しく困難であることから、各社は必要な対応事項や施策に応じて機動的に人員配置をするとともに、デジタライゼーションにより必要な人的リソースを削減する工夫が不可欠となるでしょう。
デジタライゼーションには、基幹業務を担うシステムを刷新することで大幅に自動化を進めるものから、各種レポートを電子化するなど比較的対応がしやすいものまで、さまざまなものがあります。本稿では、資産運用業務において生成AIを活用することで、どのようにデータ収集・分析・レポート業務の工数を削減できるかを紹介します。
資産運用業務は、フロント、ミドル、バックの各業務に分けることができます。フロント業務はさらに、ファンドの運用業務を行う「運用フロント」と、販売会社や直販経由で個人投資家向けに投資信託のプロモーションや法人顧客の一任・私募投信ファンドの営業活動を行う「営業フロント」に大別することができます。
運用フロントは、アナリスト業務として多くのデータを収集し、分析を行っています。扱う情報の範囲は、各銘柄の財務状況からESG開示情報まで多岐にわたります。ファンドマネージャーはアナリストの分析結果やリスクとのバランスを勘案しながら、ファンドに最適な銘柄の選択やリバランスなどの意思決定を行っています。その中で、外部委託先運用ファンドのパフォーマンス、銘柄ごとの議決権行使における議案情報、その他ファンドの最終投資先となる各銘柄の動向など大量のデータをインプットとして、シミュレーションを繰り返しながら、スピーディに判断を下すことが求められています。
営業フロントは常に最新の市況情報、企業情報、ESG情報などを社内の各部署から収集した上で、新規クライアントへの提案書を作成したり、既存クライアントからの質問に対応したりするなど、クライアントの各種ニーズや問い合わせに対応しています。蓄積された過去の対応事例を基に、問い合わせに対する回答例を事前に用意することで効率化を図っているケースもありますが、クライアントからの要望や最新の市況および規制を踏まえて都度更新を図っていく必要があるため、大幅な効率化は困難な状況であると推察します。これはミドル業務の担当者が商品企画の際、投資信託用の販売資料を作成するケースでも同様と考えられます。
ミドルおよびバックの業務においては、顧客向けのディスクロージャー業務としてマンスリーレポートや運用報告書、ファンドの財務諸表など多くのレポートが作成され、投資家などに向けて開示されています。その際、最新の外部情報やファンドパフォーマンス情報を収集し、期中のファンドパフォーマンス増減理由を分析するだけでなく、顧客にとって重要な「分かりやすい説明」を行うことが求められています。分かりやすさを意識したレポートのフォーマットは投資信託においては標準化されている部分があるものの、法人向けレポートにおいては顧客向けにカスタマイズされており、多種多様なフォーマットの中で報告項目や粒度を調整しているケースも少なくない状況です。レポートの執筆自体にかかる工数はもちろんですが、そのレビューにも相応の時間を要していると推察されます。特に、新しい規制が適用されることで何が制限されるのか、最新のコンプライアンス要件を遵守できているのかといった事柄はクライアントにとって重要であり、各種報告書のコンプライアンスレビューは運用業務においても細心の注意が求められます。
もちろん運用会社の屋台骨であるコーポレート部門も企画・財務・総務などの部門と連携してさまざまな企画書や報告書を定常的に作成しており、必要な情報の収集および分析、資料への落とし込みといった作業は避けられません。
機関投資家の場合も同様に、運用会社を利用するだけでなく、自らも投資を実行していることから、長期的な投資を安定的に実施し続けるための各種業務が発生しています。特にマーケットの変動や突発事象が発生した際には、マーケット状況や将来にわたるリスク影響を勘案したうえで、社外から収集した情報だけでなく、社内の投資基準などに照らして広く市場を分析し、社内でさまざまなレポートを作成する必要があります。毎回異なるフォーマット、多様な角度で都度事象を報告しているため、相当に生産性を圧迫している状況です。
生成AIにはさまざまな機能がありますが、英語を日本語へ翻訳するなど元の文章とは異なる言語へと変換する「言語翻訳」、問い合わせに対して収集した情報をもとに返答する「情報提供」、長文を簡潔にまとめる「要約」といった機能は、資産運用業務関連の各種レポートを作成するにあたって役立ちます。
例えば運用フロント領域で実施するレポートを作成するケースでは、過去のレポートをもとに、レポートの基礎項目や定常的に行われている分析内容を学習させます。レポート作成時には生成AIに基礎項目に関係する最新の情報を収集させ、インプットデータを揃えたうえで分析を行い、要約された定性情報などと組み合わせてレポートとして生成させることで、当該作業にかかる担当者の工数を削減することが可能となります。担当者は工数が削減された分、定常分析に加え、ポートフォリオを俯瞰したより高度なリスクバランスの設定や、目標値に向けた個別のシナリオ分析などに時間を当てることができます。また、追加的分析結果で得た新たな気づきをもとに、エンゲージメント活動の強化やアロケーションの検討など、パフォーマンス向上への手立てを講じることも可能となるでしょう。
生成AIには、利用者の指示のもと表現の異なる文章の表現やアイデアを生成する「クリエイティブ生成」や、利用者との会話形式で質問に応答する「対話」の活用方法があります。既存のレポートを基に記述だけでは伝わりにくい情報をグラフやチャートを使ってビジュアル化することで、ユーザーとイメージを共有しやすくすることが可能となります。特に一般個人投資家ユーザーが多い投資信託の目論見書や運用報告書については、これまでも当局や販売会社からも「分かりやすさ」が求められており、運用会社や運用担当部署は試行錯誤しながら改善に取り組んできました。
その点、生成AIを活用すれば、過去の販売用資料に加えてさまざまな外部・内部事例を生成AIに読み込ませることで、「クリエイティブ生成」により販売用資料に必要な図や写真、文言などを挿入したドラフトの作成が可能となります。過去の事例や担当者の経験、感覚、スキルに頼ることの多い領域であり、これまでは改善アイデアが限定的になりがちという課題がありましたが、生成AIを活用すれば、新たな視点での改善アイデアが取り込めると考えられます。
また、クライアントからの各種問い合わせや社内および当局への報告に対しても、これまでの問い合わせ内容や回答、過去の報告書を読み込ませておくことにより、効率的かつ自然な表現で回答や報告内容のドラフトを生成することが可能となります。さらに、ロボアドバイザーツールと連動させることにより、フロント・ミドル・バックの業務や新人教育にかかる負荷を軽減させることも期待できます。加えて、チャットボットと連動させることで、クライアントが自身の都合の良いタイミングで気軽に問い合わせができ、利便性向上にもつながることも考えられます。
資産運用業務において生成AIの活用が期待できる業務例・案:
部署 | 対象業務例・案 | |
フロント | 企業調査 |
|
運用報告・議決権 |
|
|
トレーディング |
|
|
法人投資家営業 |
|
|
投資信託営業 |
|
|
各種報告業務 |
|
|
ミドル | リスク管理 |
|
運用企画 |
|
|
商品企画 |
|
|
ディスクロージャー |
|
|
バック・ コーポレート |
オペレーション |
|
計理・経理 |
|
|
CSR/ESG推進 |
|
|
コンプライアンス |
|
|
システム |
|
|
経営企画 |
|
生成AIを導入するにあたっては、導入基準を設定し、積極的に人的リソースの代替手段として各種ユースケースを策定する「攻め」の観点と、利用者・管理者・顧客のそれぞれの立場において法令遵守、社会的・技術的・倫理的事業リスクに対処する「守り」の観点のバランスを保ちつつ検討を進めることが鍵となります。
また、生成AIは今後も継続的に改善され、さらなる機能が追加されていくでしょう。生成AIのみでなく、他の新たなデジタルテクノロジーを採用したり、既存のテクノロジーと組み合わせたりすることで相乗効果を図っていくなど、継続的に効率化・高度化の余地を探り、改善を繰り返していくことになります。
生成AI導入効果によるクイックウィンで満足し、継続的なデジタルトランスフォーメーションを推進せず、一時的かつ部分的な改善に留めてしまっては、数年後には社会や業界の変化の波に対応しきれないでしょう。デジタルトランスフォーメーションは中長期的な目線から、全体最適の観点で検討する必要があります。継続的に改革が進めやすい社内風土をつくるためにも、社内・部内の人材のチェンジマネジメントに対する柔軟なマインドセットやデジタルリテラシーの醸成なども併せて行っていくことが肝要となります。
PwCでは生成AIのテクノロジーおよびリスク、資産運用業務のそれぞれを専門とするプロフェッショナル同士が協力することで、「攻め」と「守り」のバランスを保った生成AIの導入をサポートするとともに、資産運用を担う会社・部門が中長期でのデジタルトランスフォーメーションを実現するためのサポートに今後も注力していきます。
マネー・ローンダリングおよびテロ資金供与防止対応に関わる国家の体制整備状況を審査するFATFにより2014年から実施されてきた第4次相互審査の結果を総括し、第5次相互審査に向けた留意点を解説します。
企業会計基準委員会は、改正移管指針第9号「金融商品会計に関する実務指針」を公表しました。改正実務指針は、ベンチャーキャピタルファンドなどの投資ファンドの構成資産に含まれる市場価格のない株式を時価評価できることを定めています。出資者の会計処理および投資ファンドへの影響について解説します。
資産運用会社と機関投資家を対象に実施した本調査では、2028年までの運用資産残高の見通しに加え、生成AIなどの破壊的なテクノロジーの影響を分析しました。さらに、テクノロジーの活用にむけて求められる4つの行動原理について解説します。
証券監督者国際機構(IOSCO)が2024年11月に公表したプリヘッジ(Pre-hedging)に関するコンサルテーションレポートについて、概要と今後想定される課題を解説します。