
PBR1倍超を目指す企業が実施すべきポイント
直近10年における日本企業とステークホルダーの考え方の変化や現状の課題を整理するとともに、PBR1倍超を目指す上で企業が何を実施すべきかについて、投資家コメント、東証要請等より抽出した4つのポイントに沿って説明します。
「東南アジア」と聞いて、何が頭に浮かぶでしょうか。常夏のリゾートと活気あふれる市街地、豊かな食文化や独自の歴史もあり、日本から比較的近くてお手頃に楽しめる海外として実際に訪問された方も多くいらっしゃるかと思います。ビジネスに目を向けると、地理的に日本に近く、労働力のコスト競争力が高いことから、重要な生産拠点との位置づけで多くの日本企業が進出しているという印象が強いかもしれません。本稿は、「日系企業の海外拠点における経営管理」の「東南アジア編」として、経営管理におけるトレンドと検討ポイントについて昨今の東南アジア地域の外部環境の変化を踏まえてご紹介します。
東南アジア地域の人口は6億人を超え、その数は増加傾向にあります。特に若い世代の比率が高く、生産性の向上や消費力の増加が期待されています。PwCの調査レポート「Asia Pacific’s Time / アジア太平洋の時代」において触れられているとおり、昨今のパンデミックの影響や国際関係の緊張などによって不確実性が高まっているものの、他の先進諸国に比べてさまざまなレガシー要素(例:ビジネス、人材、インフラなど)が相対的に少ないことから、デジタル化の加速やニューノーマルな社会への変革にも対応しやすいと言われています。特にデジタル市場の急速な拡大は顕著で、オンラインショッピング、デジタル決済、オンデマンドサービスなどの発展は目覚ましく、さらなる成長が見込める地域として期待されています。
日系企業の東南アジア地域への進出の変遷を振り返ってみると、初期はマーケットへの参入が最優先事項であり、東南アジア各国のビジネス環境や法規制が異なることを踏まえ、拠点ごとに短期的な視点で販売や生産といった機能別のビジネスを展開することから始まりました。その後リーマンショックやチャイナ・プラス・ワン戦略などの外部環境の変化を受けて地域としての重要性が増す中で、地域内で複数の拠点や機能を束ねる統括機能を設置するなど、東南アジアという地域単位で長期的な視点で事業拡大を目指す流れが加速していきました。近年もその流れは継続しており、東南アジア地域でのさらなる成長の実現に向けて、地域単位で機能配置の再定義にまで踏み込んだ取り組みを推進している企業も多数あります。
東南アジア地域が極めて多様性に富んでいることや、日系企業が各拠点のマーケット参入を優先してビジネスを拡大してきた背景を踏まえると、日系企業が東南アジア地域において持続的な成長を実現していくためには、収益力強化を目指すだけでなく、東南アジア地域横断での業務生産性向上やガバナンス強化にも対応していく必要があります。
ここでは東南アジア地域横断で業務の生産性向上やガバナンス強化に取り組む際に、多くの日系企業が直面する代表的な課題を2つ紹介します。
ポイントは、東南アジアならではの、そして日系企業ならではの課題が存在するという点です。共通しているのは、多くの日系企業が各拠点でのマーケット参入・拡大という短期的かつ経済的な目標達成に主眼を置いて進出してきた結果として陥っている事象があり、それらが昨今の環境の変化に伴って顕著になっているという構造です。
短期的な財務成果に焦点を当て過ぎると外部環境の変化や将来のリスクを見落とし、持続的な成長という観点において会社をミスリードする懸念があります。外部環境としては、市場のトレンド、競争状況、景気変動や為替レートといった経済的要因だけでなく、法律や規制、政治的な変化やステークホルダーの価値観の変化といったさまざまな社会的要因も考慮する必要があります。日本本社の意向や日本を含む他地域での成功事例を考慮しながら、同時に現地の特徴や会社が辿ってきた過去の経緯も念頭に置き、長期的な視点を持って取り組みを推進することで東南アジア地域横断での業務の生産性向上やガバナンス強化がうまく機能し、その先の持続的な成長へとつなげていくことができます。
最大の課題は、日系企業がこれまで拠点別に組織体制やオペレーションを短期的な視点で構築してきたところに、後から地域横断の機能・観点を導入することの難しさにあります。また、日系企業の経営管理において東南アジア地域と比較されることが多い日本・北米・欧州・中国といった地域との大きな違いとして、東南アジア地域内の10数カ国において国ごとに独自のビジネス環境、法規制、文化的背景を抱えている点が挙げられます。
このような環境下で業務の生産性向上やガバナンス強化に係る取り組みを成功させるには、長期的な視点を持ち、最終的に目指す姿と段階的な到達点を明確にすることが特に重要になります。
最初に検討すべき点は、地域横断の経営管理を行う狙いや、期待する効果を長期的な視点で定義することです。その例としては、
などが挙げられます。
取り組みを成功に導くためには、単なる事業活動の拠点として捉えるのではなく、継続的に事業を行い、拡大していくことを前提に機能を設計する必要があります。また、地域全体で変革の動機づけを高めるためのマネジメントによるコミットメントや、変革への抵抗を克服して協力関係を醸成するために多岐にわたるステークホルダーを継続的に巻き込む仕掛けづくりも重要なポイントになります。
東南アジア地域での持続的な成長を支える優秀な人材を現地で獲得することも、日系企業にとって悩みの種になりがちです。その背景には、東南アジア地域の経済成長が著しく、多数の企業が現地に進出していることに起因して優秀な人材の獲得競争が起こっていることがあります。さらには東南アジア地域特有の特徴として、国境を越えた人材の流動性が高いということがあり、優秀な人材の流出が起こりやすいことにも留意が必要です。
日系企業の現地拠点に目を向けると、経営層や管理職のほとんどを日本人駐在員が占め、現地採用人材はトランザクション業務に従事しているという構図をよく見かけます。日本人駐在員の業務範囲は地域戦略から管理業務まで幅広いにも関わらず、日本本社からの多様なリクエストへの対応にも忙殺されており、目の前の管理業務だけで手一杯となっていることが多いように見受けられます。結果として、長期的な地域戦略の検討にまで手が回らないという声も耳にします。その一方で、現地採用人材はどんなに頑張っても管理職・経営層のポジションに着くことができないと感じ、モチベーションの高い優秀な人材ほど外部に流出してしまうという悪循環に陥るケースもあります。
また、日本人駐在員は数年間の駐在期間を経て入れ替わることがほとんどであるため、腰を据えて長期的な視点から地域独自の取り組みを最後までやり切るには、現地採用人材の巻き込みが欠かせません。またパンデミック後の労働環境においては、日本人駐在員を現地に送り込むことも以前と比べて困難になっており、現地採用人材の重要性が一層高まっています。
では、日系企業が現地で安定的に優秀な人材を確保するためには何が必要でしょうか。優先度の高いアクションとして、現地採用人材に管理職、さらには経営層といったポジションを与える機会の提供が必要です。現地採用人材が企業理念に共感し、高いコーポレートロイヤリティの元で事業に従事していくためには、日本人駐在員と同等以上の評価や対価を示すことがインセンティブとして重要な要素となります。
そのためには、マネジメントスタイルも併せて改革する必要があります。日系企業の海外拠点における日本人駐在員は、日本本社で培われた共通の価値観があることを前提に物事を進めたり、個人的つながりに影響を受けて仕事を進めたり、個人目標を曖昧にしたりしがちです。しかし、現地採用人材を経営層や管理職として迎えるためにはそれらを改善し、明示的な価値観の共有と各人への役割・ミッションを与えることが求められます。特に現地採用人材との価値観の共有は非常に重要であり、単なる一時的な働き口の1つではなく、その会社のファンとなり、同じ仲間として働くことに誇りを持てるようにすることで、真の意味で持続的な成長へとつながっていくと考えます。実際に、現地管理職に対してリーダーシップトレーニングの受講機会や、優秀な人材にはポジションとともに日本本社で勤務する機会を与えることで、企業文化や価値観を体得する場を提供している事例もあります。
ここからは前章でご紹介した課題への対応ポイントについて、具体的な取り組みの事例も交えながらご紹介します。
前述のような東南アジア地域の環境下でガバナンスの強化を目指し地域横断の標準化を推進する場合、現状を把握するだけでも多大な労力を要します。その先で標準ルール・プロセス・システムを構築するためには日本本社から求められるグローバルルールを遵守することに加えて、地域レベルで合わせるルールを定義することや、各拠点固有の事情をも考慮して各社のルールとして残すべき部分を整理することも必要となります。
各拠点からの個別要求を積み上げて調整することは非現実的であるため、この取り組みを成功させるには、まず変革の目的を定義し、その目的に照らして最低限合わせるべきことを明確にした上で各社に落とし込むアプローチを取ることがポイントとなります。また、東南アジア地域にいくつも存在する拠点を同時並行で進めるのは非常に難しいため、まずは成果が出やすい業務や特定の国・地域においてQuick Winを作り、その成功モデルを足掛かりにして集約業務の幅を広げたり、他の地域へ展開したりするなど、段階を踏んで「目指す姿」に近づけていくことも重要です。
事業別に設立した拠点や買収した拠点が乱立し、それぞれが独自で業務運用している状況を改善し、ガバナンス強化・データドリブン経営・業務の効率化の実現を目指すにあたっては、東南アジア地域に展開するグループ会社において標準化を進めることが考えられます。
例えば経費・旅費精算プロセスであれば、最初に着手すべきこととして、経費・旅費精算に係るルールを地域内で標準化することが挙げられます。その際、ルールのうち地域内で統一する部分と、各国の税制・商習慣・会社の規模などを踏まえて個別ルールを残すことを許容する部分を切り分け、基準を明確にすることがポイントとなります。ルールの標準化ができれば、統一システムを導入し、原則そのシステムを使うことでプロセスの標準化も実現可能となります。同じシステムを使うことでデータの集約も見込め、どの国でどの種類の経費・旅費がどの程度計上されているかを管理できるようになります。
この取り組みを推進する上では、全拠点並行でルールの標準化に取り組むことで、各国固有の事情の取りこぼしを防ぐことができます。その後に業務・システムの標準化を進めるには、地域内の拠点を重要性、導入のしやすさ、各拠点の希望などを踏まえて複数グループに分けて順に展開することが考えられます。先行して進めた主要拠点で作ったモデルを他拠点に展開するアプローチを取り、徐々に適用範囲を拡大すれば、大きな手戻りなく標準化を進めることができます。また、地域統括会社がリーダーシップを持って強力に推し進めることも、成功に向けての重要な要因となります。
地域単位で業務や知見の集約に取り組む日系企業も増えています。背景としては、会社設立が個別に検討されてきた結果、1つの国・地域に複数の拠点が乱立したという歴史があり、プロセスがサイロ化された状態で過去から続く非効率なマニュアル作業が多く、マネジメントの意思決定をサポートするような付加価値業務に時間が割けないなどの状況が見受けられます。他にも、人材の流動性が高いにも関わらず個人のスキル・経験に依存する属人的なモデルに対する危機感もあります。また、統制上の課題が発生する度に、日本本社が個別に対処することは非現実的です。
足元の目的として、業務オペレーションの標準化・集約化によるスケールメリットを活かしたコスト削減を目指す企業が多いですが、長期的な事業拡大を念頭に考えると、その先に標準化したプロセスに最新のテクノロジーを導入することや、キャパシティーを創出することを意識して業務を設計する必要があります。
例えば、集約化・標準化したプロセスに最新のテクノロジー(例:RPAなど)を活用してさらなる合理化を図ったり、データの利活用によって不正防止(例:経費・旅費データを分析することで不正兆候を検出)に取り組んだりする会社もあります。さらには、長期的な目線で業務集約先をCoE(センターオブエクセレンス)として専門家集団にまで育成することにより、各拠点の現地採用人材が属人的に業務を遂行することで発生していた品質面や統制上の課題解決を目指したり、東南アジア地域における将来的な拠点数の拡大や組織再編などを見越して、新組織へのスムーズな移行を後押しする成功モデルを構築するきっかけにしたりする会社もあります。
さまざまな取り組みを推進する中で、人材の確保に関する課題に直面する会社が多くあります。背景として、東南アジアには人材の流動性が高いという地域特性があることに加え、パンデミックを経て新たな駐在員を送り込むことが従来よりも容易ではなくなり、日本人駐在員に頼る体制がリスクになり得るという状況があります。また、もともと拠点として設立・運営してきたところに後から地域横断の統括機能を持たせようとしても、現地採用人材にそのスキルや経験が備わっていないというケースもあります。
今後、東南アジア地域での持続可能な成長を実現するための体制を構築するには、今いる人材を「育成」するとともに、足りない人材を「採用」する必要があります。
「育成」するためには、人材像やキャリアプランがポイントになります。そもそも定義が曖昧のままになっているケースや、統括機能を追加することで新たに定義し直すことが必要になるケースがあり、いずれにしても組織の戦略に沿った人材像やコンピテンシーの定義が求められます。そのような中で新しい人材像を目指したトレーニングに取り組んでいる会社もあります。トレーニングの例としては、ビジネス環境やマネジメントのニーズに合わせたレポーティング要件の理解とすり合わせ、ツールを活用したデータ分析などが挙げられます。
「採用」については、日本のように新卒採用で一定数を確保する(かつ長く在籍するという前提)といった文化がないので、ポジション・ミッション・キャリアパスを明確に打ち出し、会社が求める優秀な人材を獲得する必要があります。昨今ではエグゼクティブへの抜擢も増えてきており、例えば東南アジア地域を統括するリージョナルのCFOやCHOを現地採用人材に移管している日系企業も見受けられます。一方で、特定のポジションに関連した能力だけではマネジメントができないため、会社の価値観の共有やビジネスの理解を促進する取り組みも重要となります。マネジメント候補や有望なミドル層へのプログラムを設計し、一般的なリーダーシップトレーニングに加えて、価値観の共有やビジネスの理解をメニューに組み込んでいる事例があります。特に有望な人材には日本本社で数年間の勤務の機会を提供し、その会社のカルチャーを現場で体験させ、帰任後に地域のマネジメント層として抜擢している会社もあります。
こういった取り組みは、現地採用人材の大きなインセンティブになるとともに、会社としても企業理念に沿った価値創造のストーリーを共有する優秀な人材を長期的に確保できることにつながり、東南アジア地域における持続的な成長に大きく貢献すると考えます。
以上のように、東南アジアは国や地域ごとに特色が異なるだけでなく、日系企業が各拠点のマーケット参入を優先してビジネスを拡大してきた歴史的背景があるため、当地域でさらなる成長を実現するには、東南アジア地域ならではの観点を持って各施策を推進することが求められます。実際に取り組むとなると、日本本社の要求に応える必要がある一方で、必ずしも日本のやり方がそのまま機能しないという難しさに直面することも想定されます。重要なのは、短期的な成果だけを追い求めるのではなく、長期的な視点から当地域における特徴や環境の変化を視野に入れることです。私たちはPwCのグローバルネットワークとも連携し、東南アジア地域横断で改革を検討されている日系企業に対して、昨今の東南アジア地域における経営管理のトレンドや検討ポイントを押さえながら、日系企業ならではの課題への対応を支援します。
森井 佳奈子
シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社
直近10年における日本企業とステークホルダーの考え方の変化や現状の課題を整理するとともに、PBR1倍超を目指す上で企業が何を実施すべきかについて、投資家コメント、東証要請等より抽出した4つのポイントに沿って説明します。
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