
PwCが見据える生成AI×SAPの将来像とは?
日本企業が業務、IT部門それぞれで抱える課題に応えていくには生成AIの活用が有効になってきます。生成AIをどのように活用すればいいのか、PwCの考える生成AI活用戦略について、生成AI×SAPによるデジタルトランスフォーメーションを推進するET-ESのディレクター伊東 智が語ります。
経営層の意思決定の迅速化を支援するSAPは、日本企業における受注、出荷、請求、発注、入庫、支払、会計決算といった基幹業務の効率化や、注力事業の選定、生産能力向上のための生産設備の増設可否判断などをサポートするため、多様なクラウドサービスを展開しています。また、旧SAP製品であるECCからS/4 HANAへのバージョンアップの期限が2027年(一部2030年)に迫っており、SAPを導入している企業はその対応が求められています。
SAP導入における構想立案から、実行、運用までを25年にわたって支援してきたPwCコンサルティング合同会社の平尾隆明が、SAPの近年の動向や導入アプローチ、基盤領域(ベーシス)の観点から新たに提供できる価値、PwCならではの強みについて若手コンサルタントのD.G.と語り合いました。
登場者
PwCコンサルティング合同会社
Enterprise Transformation/パートナー
平尾 隆明
PwCコンサルティング合同会社
Enterprise Transformation/アソシエイト
D.G.
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
(左から)平尾 隆明、D.G.
D.G.:
本日の対談のテーマは「ベーシス×SAP導入プロジェクト」です。SAPの導入およびバージョンアップに対して、インフラ・基盤領域などを担当するSAPベーシスはどのように対応していくべきか、PwCのアプローチについて平尾さんにお話をお伺いしたいと思います。
まず、2021年にリリースされた「RISE with SAP」(以下、RISE)について、その登場の背景などを含めて解説をお願いできますか。
平尾:
RISEとは、SAP社が提供するSAPソリューションを包括的に提供するクラウドサービスの名称です。もともとSAP社はオンプレミスだけではなく、クラウド上でSAPを動かすサービスを提供してきましたが、RISEはERPだけでなく、SACやBTPといった他ソリューションも含めてパッケージで提供しているサービスです。
SAPは、グローバルで約40万社、日本で約3,000社が導入しており、従来の基幹業務だけでなく、さまざまな派生サービスを提供しており、現在の時流のなかでSaaSとして、クラウドでのソリューション展開を進めています。
SAP社としては、クラウド上のERPのバージョンアップや、クライアントなどの基盤環境の維持管理、パフォーマンスチューニングといったサービスを提供していましたが、それに加えてデータ分析ソリューションであるSACや、経費精算ソリューションであるConcurなど、自社グループで保持するソリューションを同じクラウドの中で包括的に提供するサービスをRISEでスタートさせています。
D.G.:
AWSなどのクラウドのプラットフォームサービスでSAPを動かす場合と、RISEを導入する場合ではどのような点が異なるのでしょうか。
平尾:
最も大きな違いは、SAP社が基盤環境に関する維持管理を実施してくれるか否かです。AWSなどを利用する場合、ERPのインストール、クライアント作成、パラメータなどの移送処理は全て、クライアントもしくは構築ベンダが対応する必要があります。一方でRISEの場合は、SAP社のオペレータが対応してくれます。
PwCコンサルティング合同会社 Enterprise Transformation/パートナー 平尾隆明
D.G.:
オンプレミス環境での構築に慣れているクライアントにとって、クラウドの利用には抵抗があると思います。メリットやデメリットなどを含め、平尾さんのご意見はいかがでしょうか。
平尾:
オンプレミスでは、利用者側がある程度自由に環境をいじることができますが、維持管理といった運用作業負荷があります。RISEを利用する場合、SAP社に依頼することが前提ですが、維持管理作業のほとんどをSAP社に任せることができます。
また、オンプレミスでは、ERPのインストールを私たちのような導入ベンダのベーシス担当が担ってきましたが、RISEではSAP側が行ってくれます。パフォーマンスに問題があった場合、オンプレミスでは上位サーバへの交換は難しいですが、クラウドでのスペック変更はSAP社に対応してもらえます。
D.G.:
SAPのERPパッケージである「ERP Central Component」(以下、ECC)を使用している企業が多いと聞いていますが、「SAP S/4HANA」(以下、S/4)へのバージョンアップの必要性や意義についてはどうお考えでしょうか。
平尾:
第一義的に、ECCは2027年で保守切れになりますので、バージョンアップは必須という認識です。単純に考えれば、保守期限が切れることで法対応や潜在的な処理のバグへの対応がなくなり、継続して利用することが難しくなるため、S/4化は必須です。
ちなみに日本では約3,000社がSAPを導入していますが、これまでにS/4化に対応したのは1,000社ほどと聞いており、まだ大部分がS/4化できていないようです。
そもそもS/4は、SAP社のインメモリーデータベース「SAP HANA」を標準プラットフォームとするERP製品であり、同社の「SAP R/3」および「SAP ERP」の後継です。
インメモリーデータベースを利用することで、これまで時間がかかっていた処理を短時間で完了するようになりました。設定にもよりますが、例えばMRPという所要量計算処理にはECCのときは3~4時間かかっていましたが、それが30分以下になるといったメリットがあります。
また、処理についてもECCよりもさらに多種多様な対応ができるようになっており、ECCでは標準機能になかったため、アドオン開発によって対応していたようなものがS/4では標準処理として対応可能といった点もあります。
ECCの導入については、基幹システムの刷新と合わせて業務改革を実施した企業がほとんどです。S/4化をきっかけに、近年の市場の変化や業界動向を踏まえ、改革を再度推進するといった活動は、企業にとって必要なことだと私は思っています。
D.G.:
S/4へのバージョンアップと関連して、PwCはクライアントからどのような相談を受けているのでしょうか。
平尾:
「バージョンアップの計画が立てられない」「そもそもバージョンアップをすべきなのか悩んでいる」「ゼロから作り直した方が良いのか検討したい」などの相談を受けるケースがあります。それぞれの状況を調査しながら、適切に対応しています。
直近では、クライアントの既存SAP環境を「テクニカルコンバージョン」により時間やコストを大幅に短縮させました。バージョンアップ後に新機能を利用し、業務を改善するアプローチを導入するなど、クライアントのメリットと、当社の人材育成を両立できる方法を模索しています。
PwCコンサルティング合同会社 Enterprise Transformation/アソシエイト D.G.
D.G.:
仮にクライアントがバージョンアップを希望する場合は、オンプレミスとクラウドのどちらの環境を薦めるのでしょうか。
平尾:
基本的にクラウドが前提となります。ただSAP以外のシステムとのつなぎ込みが煩雑になる可能性があるので、RISEにするかどうかは案件によって検討します。とはいえ、基本路線はRISEですね。
D.G.:
RISEを採用する場合、これまでベーシス担当が実施していたインストール作業は、SAP社が実施するため、ベーシスの役割が小さくなるという考え方もあると思います。RISEを導入する場合のベーシス領域における私たちの役割、必要とされるポイントについてはどうお考えでしょうか。またPwCが発揮できる強みがあれば教えてください。
平尾:
確かに単純にSAP環境を構築して維持・運用していくのであれば私たちのサポートは不要でしょう。しかしながら、企業における基幹システムには、SAP以外のシステムが必ず存在します。SAPを含めた全体のシステム構成を検討、設計し、さらに各システムのデータ連携をどのようにインターフェースするのか、セキュリティレベルやネットワークへどのように対応するのかなど、RISEにおけるSAP社への指示や調整を含め、私たちコンサルタントのサポートが不可欠な場面は多々あります。
また、ベーシスは一般的に、インフラベーシスとアプリベーシスに区分されます。前者のハードウェアやネットワークにだけ特化した部分はSAP社のサービスに含まれますが、アプリベーシスと言われる部分、例えば決算期のバッチ処理に関して、ジョブ管理ツールを用いて設定し、順番に処理し、エラー発生時にはリカバリ処理の実行をするといった構成設計をする場合には、業務に対する理解だけでなく、データに対する知見も必要になります。この領域においては、アプリについての基本的な理解や、業務処理の理解も必要ですし、SAPの業務モジュール間を整理し、つなげるといった役割も必要となるため、私たちコンサルタントが提供できる価値は高いです。
なお、実際のプロジェクトでは、インフラのタスクなのか、アプリのタスクなのかはっきりしているケースもあれば、グレーゾーンで判別できないケースもあります。グレーゾーンを理解してプロジェクトを進めるためには、コミュニケーションがとても重要です。クライアントやさまざまなベンダが関わってくる中で、円滑にコミュニケーションをとりながら、しっかりとプロジェクトを推進できるPwCの強みは引き続き活かせると思います。
D.G.:
運用保守についてはいかがでしょう。RISEやS/4化によって状況に変化は生じるのでしょうか。
平尾:
S/4においては、バージョンアップによる新機能が都度追加されていきます。この新機能を含め、旧バージョンと新バージョンの相違点を理解し、バージョンアップに関わる作業を管理するためには、業務モジュールとベーシス領域の双方を理解し、またSAP以外の全システムへの影響調査を実行するなど、横串でプロジェクトを管理できる人材を配置する必要があります。しかし、クライアントが自社内でそういった人材を用意するのは非常に難しいです。SAP導入プロジェクトとして、プロジェクトメンバーに選出されていた人であっても、元々所属する部署があり、プロジェクト終了後は、元の部署に戻るのが通例です。その場合、どうしても営業は営業、購買は購買、会計は会計という視点で動くことになります。そしてシステムの運用保守においては、システム全体や機能だけでなく、業務やデータについても理解している人材が求められます。その点、私たちのようなコンサルタントは運用・保守を行いながら、大規模な変更が発生しそうであればプロジェクト化するなど、計画を立てる役割も担えるのではないかと考えています。
またS/4においては、順次、新機能が追加されていく中で、コンサルタントの視点から要・不要を吟味して提案する、マネージドサービスのような支援も考えられるでしょう。なおこれまでのマネージドサービスは、SAPで給与計算や事務処理を行う場合、SAPのオペレーションを理解しているベンダに業務をアウトソースした方が良いというような発想でしたが、PwCが目指すのはそこではありません。
業務自体のプロセスを常にウォッチして無駄な業務を削減したり、業務としてコンプライアンス違反につながるような処理や業務操作があれば監査的な視点から改善を提案したりします。また、各国の税法改正などにより機能や業務修正が必要となる場合、TAXチームと連携・サポートするなどの動きも考えられます。いわば、付加価値をより高めたマネージドサービスを実現していくことを想定しています。
D.G.:
クライアントが抱える問題や課題をいち早く正確に認識し、解決策を提案するのは私たちの役割ですが、その観点からも運用保守に携わっておくメリットが大きいということですね。
平尾:
付加価値の高い分析業務を行うことができれば、課題を早く察知できますし、先んじた提案も可能になります。実際に欧州では監査部門が業務処理の記録をモニタリングし、問題を検出し、改善を提案するといったサービスを提供しています。
D.G.:
比較的大きな企業ですと、SAP導入に際し、各業務モジュールを段階的に導入する場合と、必要な機能を一括で導入・稼働させる「ビッグバン」のどちらが良いかという議論がありますが、当社はどのようなスタンスでしょうか。
平尾:
当社としてのスタンスは、明確にはありません。クライアントが希望するやり方に対し、現状を把握し、計画し、最も適した導入方法を選択することになります。
極端な話になりますが、会計データを集計するだけの、いわゆる総勘定元帳をつくるための大福帳システムと割り切り、そのためのシステム構成を設計できるのであれば、ビッグバンが適しているかもしれません。
一方で、本来基幹システムの導入においては、システムと業務の刷新が目的です。そのため、現場として業務改革が最も必要とされる領域が明確なのであれば、その業務モジュールから導入するというのもやり方としては間違っていません。
SAPは基幹システムです。企業活動の中核となる業務を担うシステムなので、SAPが対応する業務以外の他の業務プロセスと一体化させた形としていくこと、もしくは導入過程で一緒に業務プロセスを改善・整理していくことが重要であり、決め打ちで一括導入が良い、個別導入が良いとは言い切れないのです。
今後の流れとしては、時間をかけずにSAPの基本機能に集中して、まず稼働させること。その後に周辺の業務・システム、さらには拡張機能へ対応していくというアプローチになっていくと私は考えています。
いずれにせよ、SAPを導入する目的について、最初に認識を合わせることが大切です。初期の段階でクライアントにできるだけ具体的なゴールをイメージしてもらい、腹落ちしてもらうことができれば良いのですが、市場環境を含め、社会の変化が早い現代においてはクライアントの要望も絶えず変化するため、絶対的な正解は誰にも分からないことも多いです。プロジェクトの目的が業務改革なのか、システム導入なのか。まず、そこからですね。
D.G.:
最後に、今後SAP導入において、ベーシスはどのような価値を発揮すべきでしょうか。意見があればお聞かせください。
平尾:
個人的には、SAP導入におけるベーシス領域とは、「クライアントの基幹システムに関わる共通的な基盤をつくりあげるのがベーシスである」と定義しています。業務、インフラ、データ、インターフェースなど全体を横串で見ることが重要になるでしょう。これは、アプリ共通とベーシスの横串まで拡張させ、最終的にマネージドサービスの話にもつなげて行きたいと思っています。家づくりにおいても土台が重要であり、その土台がベーシスであり、その存在価値をより高めていくことを考えています。
D.G.:
本日はありがとうございました。
日本企業が業務、IT部門それぞれで抱える課題に応えていくには生成AIの活用が有効になってきます。生成AIをどのように活用すればいいのか、PwCの考える生成AI活用戦略について、生成AI×SAPによるデジタルトランスフォーメーションを推進するET-ESのディレクター伊東 智が語ります。
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