AIのROIに関する課題を解決するのは容易ではない

人工知能(AI)には問題があります。AIを導入した企業の多くが、投資収益率(ROI)の低さに悩まされているということです。PwCが実施した最新のAIに関する調査では、企業がAIの恩恵を受け始めていることが示されましたが、実際には財務的なリターンが得られないことが多く、投資額の回収さえできていないこともあります。さらに、多くの企業がそもそもAIの投資対効果(ROI)を定義することに苦戦しているという課題もあります。

AIのROIとは何を意味するのか

多くの人はAIとは何か、何をするものかを理解していると思っているかもしれませんが、AIはさまざまな技術、プロセス、機能を包含する言葉であり、一概に定義するのは難しい分野です。そのため、そのROIを見極めるのも難しいのです。単純に捉えるのであれば、ROIは、投資のコストに対する利益または損失の財務比率です。つまり、AIに投資する際には、投資の利益がコストを上回っている必要があります。

通常、コストは現在または近い将来に発生し、利益は将来の不特定の時点で発生します。しかし、利益が発生する時期はコストが発生する時期よりも不確実性が大きいため、ROIの計算では、投資したお金の時間的価値と利益の不確実性の両方を考慮する必要があります。

これが教科書的なROIの定義で、「ハードROI」と呼ばれる金融用語が意味するところです。

「ソフトROI」では、従業員の満足度や定着率、スキルの習得、ブランド力の向上、企業に対する評価の上昇など、より幅広い効果を考慮する必要があります。

AIの場合、ハードROIに影響するリターンにはさまざまな種類があります。

  • 時間の節約:反復的な手作業や認識作業を自動化する自動知能(automated intelligence)は、作業の処理にかかる時間の短縮が可能です(例:AIを使った請求書処理)。
  • 生産性の向上:支援知能(assisted intelligence)は人間の意思決定を強化することで、従業員の生産性の向上を可能にします。こうした生産性の向上は、有効性や効率性(タスクのより迅速な実行)の改善、またはより良い意思決定(例:AIを用いたアンチマネーロンダリングのコンプライアンス対応)によって実現されます。
  • コスト削減:生産性の向上により、同じ量の仕事をするのに必要な従業員の数が減り、コストが下がることがあります(例:フォームのデジタル化に伴うデータ入力オペレーターの削減)。多くの組織では、AIの活用で節約した時間に対して、雇用者を減らすことで人件費の削減を目指しますが、必ずしも期待した結果になるとは限りません。ある従業員の作業時間を20%短縮したとしても、その従業員は短縮した時間を別の作業に充てる可能性があります。しかし、80%まで短縮できれば、人員削減につなげることは容易になるでしょう。
  • 収益の増加:支援知能および拡張知能(augmented intelligence)によって、サービスに対する顧客の支払意欲と顧客数の両方を向上させる新たなサービス提供が可能です(例: AIのキュレーションによりパーソナライズされた音楽、動画、ニュースのサブスクリプションサービスで顧客を獲得する)。

このようなハードなリターンに加えて、以下のようにAIはいくつものソフトなリターンをもたらします。

  • より良い体験:支援知能および拡張知能は、パーソナライゼーションによって、より良い顧客体験をもたらします。企業はパーソナライゼーションの仕組みを収益化できなくても、より良い体験を提供することは可能であり、それがやがて事業を継続するために必須のコストとなります。
  • スキルの保持:データサイエンスやAIに対応できる人材の獲得および維持、またそのニーズの高まりは、多くの組織にとって難しい課題となっていますが、めまぐるしく変化するAI技術をより良く活用していくためには、常に新しいアイデアやソリューションを探求するデータサイエンティストが必要となります。
  • アジリティ:AIプロジェクトの中には十分なリターンを得られないものもあるかもしれません。しかし、社内のデータサイエンスチームが多くのAIプロジェクトを経験することで、新たなスキルを身につけ、新たな機会や課題に対し俊敏に対応できるようになります。

ハードとソフトのAI投資を区別する

自社のAIに対する支出をハード投資とソフト投資のそれぞれの観点から見直してみましょう。ハード投資とはAIプロジェクトの構築に関わる資源の資産的価値のことですが、AI投資で高いリターンを得るためには以下のようなソフト投資という観点も考慮する必要があります。

  • データへの投資:ラベル付きデータの可用性、許容性、品質、アクセス性は、機械学習モデルを構築する上で重要な要素です。データに関する課題を過小評価しないように注意する必要があります。
  • コンピューティングとストレージへの投資:データサイエンスチームがAIプロジェクトに必要なコンピューティングリソースを適切に見積もらなかったり、そのための予算を確保していなかったりすると、想定外の莫大な費用がかかることになります。単純なAIモデルから、より洗練された複雑なディープラーニングモデルに移行するにつれて、コンピューティングリソースへの投資はより重要になります。
  • SMEへの投資:特定分野の専門家であるサブジェクト・マター・エキスパート(SME)は、AIプロジェクトの成功のために重要な役割です。SMEに対する投資は、AIプロジェクトのあらゆるフェーズ(スコーピング、構築、展開、モニタリングの各フェーズ)において必要です。SMEの必要性と確保可能性を十分考慮したうえで、AIプロジェクトの立ち上げを始めるべきです
  • データサイエンスのトレーニングへの投資:データサイエンスとAIの分野は、学術領域、オープンソース領域、産業領域の関係者たちのコミュニティによって急速に成長しています。データサイエンスとAIの人材育成に対して適切な環境を整備し、トレーニング、コーチング、メンタリングを提供しなければ、社員のスキルはすぐに古くなります。それだけでなく、全ての従業員がAIの機会、利点、課題を理解できるように、AIの基礎教育を受けさせることが重要です。

計画中のAIプロジェクトをよく理解するためには、投資のハード面とソフト面の両方をマッピングする必要があります。以下のような4象限のマッピングを実施することにより、想定される利益の一部を数値化することが可能です。

4象限 マッピング

ROI算出に関する3つの大きな間違い

企業がAIに関するROIを算出する際には、以下の3つの大きな間違いを犯しがちです。これらの間違いを回避するよう注意しましょう。

1. 利益に付随する不確実性の考慮が不足している

一部の企業では、AIプロジェクトごとにハード面での投資とリターンを見積もって単純なROIの計算を行うものの、利益の獲得に伴う不確実性を考慮できていないことがあります。

例えば、自由記述のテキスト形式で顧客からのクレームを受け取り、そのクレームの重要度を高、中、低と予測できるAIシステムの潜在的なROIを評価する場合、リターンを計算するためには、まず各予測の価値と、1年間に何件の予測が実行されるかを知る必要があります。ここでの価値とは、カスタマーサービス担当者(CSR)が手動での対応からAI支援のソリューション利用に移行することで節約できる時間に相当するでしょう。

ここで考慮すべき複雑な要素としては、AIモデルにはエラーがある可能性が高く、その精度はおそらく100%ではないということがあります。そのため、エラー率とミスによって発生するコストの両方を見積もらなければなりません。このエラー率を計算するためには、人間のパフォーマンスをベースラインとしてAIモデルのパフォーマンスと比較する必要があります。また、現実の世界にはトレーニング環境よりも不確定要素が多数存在するため、本番環境ではエラーがより顕著になる可能性があります。

ミスによるコストを計算する作業はさらに困難です。例えば、新人のCSRが、すぐに対応しなければならない重要度の高いクレームを、誤って重要度の低いクレームに分類したとします。その結果、企業にとって価値の高い顧客が離れていったのか、それとも顧客に不満は生じたものの企業の損失にはつながらなかったのかによって、ミスにより発生するコストは異なります。

また、別の課題として、企業がROIを計算するために必要なデータを揃えていない、あるいはそのデータを取得するためのプロセスがないということがあります。それだけでなく、AIのROIを計算するためにそもそも何が必要か考慮していないことも多々あります。

ハード面でのAI投資は、リソースの数と、各リソースが要する時間とコストを見積もることで把握できます。

ROI算出に関する 3つの大きな間違い

ソフト面でのAIの投資と効果を見積もるのは難しいですが、AIプロジェクトを開始する前に両方を検討し、ROIを計算する際にも考慮するべきです。

2. 特定の時点でのROIを算出してしまう

多くの企業が犯しがちな2つ目の間違いは、AIプロジェクトのROIを特定の時点(一般的にはAIシステムの導入から数カ月後)で計算してしまうことです。残念ながら、機械学習ベースのAIモデルは時間の経過とともにパフォーマンスが低下する可能性があります。そのため、AIモデルから得られる価値が減衰し、すでに得られた利益を食いつぶさないよう、継続的にAIのパフォーマンスを測定することが重要です。また、AIの長期的な価値を維持するためには、メンテナンスのための予算も考慮する必要があります。

3. 各AIプロジェクトを個別に扱ってしまう

3つ目の間違いは、AIプロジェクトをポートフォリオとして捉えるのではなく、各プロジェクトを単独で扱ってしまうことです。これはよりソフトなリターンと投資の検討に関連する間違いです。ROIを評価する際には、企業のAIプロジェクトのポートフォリオ全体を考慮するべきです。

このような潜在的な落とし穴があるものの、AIは企業に大きな利益をもたらすものであり、多くの企業がすでにAI技術への投資を強化しています。

※本コンテンツは、PwCが2021年7月21日に発表した「Solving AI’s ROI problem. It’s not that easy.」を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

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