トップランナーと語る未来 第12回 一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 後藤宗明氏、株式会社Cキューブ・コンサルティング 西原立氏

リスキリング推進の課題とポイント

  • 2025-08-04

リスキリングという言葉が広く浸透してきました。変化のスピードが速く、個人の価値がコモディティ化しやすい環境の中では、個人が自分のスキルを高め、企業はそのための支援を拡充していくことが求められます。

第12回は、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤宗明氏と株式会社Cキューブ・コンサルティング代表取締役の西原立氏を迎え、PwCコンサルティング合同会社の代表執行役CEOである安井正樹と、個人が企業、地域、社会の成長に貢献できる人材となるうえで重要な視点、また、そのような人材を組織内に増やしていくための取り組み方についてディスカッションを行いました。

(左から)安井 正樹、後藤 宗明氏、西原 立氏

参加者

一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ
代表理事
後藤宗明氏

株式会社Cキューブ・コンサルティング
代表取締役
西原立氏

PwCコンサルティング合同会社
代表執行役CEO
安井正樹

※所属、役職およびインタビュー内容は掲載当時のものです。

日本のリスキリングの現在地

――日本企業のリスキリング推進についてどう見ていますか。

安井:
日本企業では終身雇用と年功序列の昇給が定着していましたが、この数年の変化として、キャリアが複線的になり、スキル基準の評価制度も確立されるなど、働き手が自分のスキルを磨いて自らの価値向上に取り組む流れが普及しました。ただ、企業のリスキリング推進が機能しているかというと、研修プログラムをつくるだけにとどまったり、リスキリングの施策を人事部門に任せきりにしたりしているケースがあります。また、生成AIの普及に合わせてリスキリングの取り組みも加速させていく必要がありますが、この点に関してもまだ際立った成果が生まれていない状況です。

後藤氏:
時系列で見てみると、リスキリングが注目される発端となったのは、2013年にオックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授らが米国の雇用の約47%の仕事が自動化されるという内容の論文を発表したことでした。これを機に、仕事がなくなるのであれば、新たなスキルの習得や学び直しが必要という議論が生まれたわけです。その後、2016年の世界経済フォーラムでもリスキリングの重要性が指摘され、2020年のレポート(Reskilling Revolution)は、2030年までに10億人をリスキリングするという壮大なテーマを掲げました。

日本でリスキリングという言葉が広がり始めたのはこの頃からです。政策の観点では、2022年に日本政府がリスキリング分野に5年間で1兆円の投資をすると表明しました。現在はその流れが進化し、全世代リスキリングや経営者リスキリングなどあらゆる方面に向けた取り組みが推奨されています。

西原氏:
地方でもリスキリングの重要性が認知され始めています。時代の変化に合わせて自分たちのケイパビリティを変化させなければならないと考える経営者が増え、そのような企業では従業員のリスキリングが自然と始まっています。次の段階としては、これら成功事例を体系化し、再現性の高いモデルとして地方の中小企業に浸透させていくことが重要だと考えています。

一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 代表理事 後藤 宗明氏

企業のビジョンと紐づけることが重要

――現状のリスキリングにはどのような課題がありますか。

後藤氏:
大企業では、リスキリングに「学び直し」という訳がついたことによって、新しいことを学んでいこうという機運が高まってきたと思います。ただ、欧米で定着しているリスキリングのスタイルと大きく違う点があります。それは組織の事業戦略に紐づいていないこと、そして就業時間内に新しいスキルを身につける仕組みになっていないことです。

日本企業では、リスキリングの機会となるオンライン学習講座などを福利厚生の一環として提供し、「好きなものを学んでください」としているケースが多いといえます。また、就業時間内ではなく、家に帰ってから、または週末に自分で勉強してくださいといったスタイルです。つまり個人が主体の生涯学習の延長線上にとどまっています。そのため、スキル習得に前向きな人は自分でテーマを探して学びますが、受け身の人は何をすれば良いのか分かりません。私が受けるリスキリングの相談も「何をやったらいいですか?」が多いのです。

――個人の主体性のみに任せるのではなく、リスキリングによる人材育成を企業視点で推進していくことが大事なのですね。

後藤氏:
そうです。リスキリングはチェンジマネジメントの一環であり、企業の事業戦略を出発点として、従業員にどのようなスキルを身につけてほしいのかを定義する必要があります。

西原氏:
リスキリングの施策を考える際に、「何を学ぶのか」や「どうやって学ぶのか」を起点にすると、Howを考えてしまいます。その結果、「オンライン講座で自由に学んでください」「好きなことを勉強してください」となってしまいます。これは企業の成長や変革に結びつきません。

重要なのは、ビジョンです。会社が目指す方向が理解されれば、従業員もベクトルを合わせて自分のスキルセットを変えていこうと考えます。リスキリングを推奨する企業は、自分たちがどこを目指すのか、そのためにはどのようなスキルが不足しているのか、従業員にどのスキルを習得してほしいのかを明らかにして、一貫したストーリーとして語れるようになることが大事です。

安井:
これは経営課題ですよね。ビジョンを描き、戦略をつくり、それを遂行するために人材の動的ポートフォリオと新しいケイパビリティを明らかにすると、現在のケイパビリティとの差分が見えます。そこをどう埋めるのかがリスキリングの議論だと思います。これは現場の人たちや人事部だけが考える話題ではなくて、経営者が企業戦略そのものと思って取り組まなければなりません。リスキリングがうまくいっている企業は、経営者がこの文脈を正しく理解しています。その上で、従業員にリスキリングする意味を伝え、会社と個人が一緒に変革していく必要性を啓蒙しています。

株式会社Cキューブ・コンサルティング 代表取締役 西原 立氏

現状認識と危機感が重要

――リスキリングに取り組み始める企業にはどのような背景があるのですか。

後藤氏:
リスキリングに取り組み始めるきっかけは3つあると思っています。

1つ目は、自社に大きく影響を与える外部環境の変化があった時です。直近ではコロナ禍が典型的な例です。既存事業を非対面、非接触型で継続していくために、デジタル分野のスキル習得が必須になりました。

2つ目は、自社の産業にディスラプションが起きる、または起きる可能性があると分かった時です。金融やヘルスケア業界がこのケースで、収益源として軸足を置いていた市場の構造が大きく変わり、新しい事業をつくり出すためのスキルが必要になりました。

3つ目は、次世代への経営交代です。バトンを受け取る経営者がデジタルトランスメーション(DX)やビジネスモデルの変革に着手し、それに伴って新しいスキルが必要になるケースです。

西原氏:
経営の代替わりがきっかけとなるケースは地方で多く見られます。事業内容や商品が長いこと変わっていない企業は、先代から受け継いでいる顧客層が高齢化し、若い顧客や新しい顧客の開拓ができていません。そのことに危機感を持った後継者が、SNSで集客に取り組んだり、従来とは違うアプローチで商品開発やブランディングに取り組んだりしています。その際に、デジタルやマーケティングといったスキルを新たに学び始めるわけです。先代と違うことをやろう、新しいことに挑戦しようと考える新たな経営者にとって、リスキリングは企業を成長させる要因になります。とくに昔ながらの事業で止まっている企業にはリスキリングが起爆剤となって大きな変革につながる可能性が期待できます。

安井:
社会の変化のスピードが速く、企業の寿命が年々短くなっている環境では、同じことを繰り返すだけでは企業は生き残れません。リスキリングをドライブするのは、経営者の正しい現状認識と、健全な危機感だと思います。

西原氏:
そう思います。売り上げが伸び悩んでいる時に、「人が減っているのだから仕方ない」「商品は良いのだから頑張れば売れる」と考える経営者がいます。一方には、人口動態やニーズの変化に合わせて戦略を変え、新しい方向に動き出す人もいます。従来型の努力ではどうにもできないと気づけるかどうか、岐路に立った時に変革に向かう道を選べるかどうかが、今後の企業の明暗を分けると思います。

PwCコンサルティング合同会社 代表執行役CEO 安井 正樹

鍵になるのは「問いを立てる力」

――これからの時代に重要性が増していくスキルはどのようなスキルですか。

後藤氏:
問いを立てる力が重要だと思います。また、これからの時代では生成AIを使いこなすスキルも求められるでしょうね。

安井:
そうですね。設問力が重要なのは、生成AI自体は設問してくれないからです。何が問題か、何を解決しなければならないのかといった問いが間違えていると、生成AIを使っても間違った答えしか得られず、間違った方に作業が進んでいきます。

生成AIが占める役割は大きくなっていきます。これは中小企業にとって大きな変化で、10人くらいの企業規模であれば、生成AIに詳しい人が1人いるだけで生産性が飛躍的に向上します。50人くらいの企業でも、一部署に1、2人いるだけで、営業日報をDX化する、法務チェックをAIに任せるといったことが可能になり、業務そのものが変わるはずです。

――効率良くリスキリングを推進するポイントを教えてください。

後藤氏:
既存の事業に必要なスキルは上司や先輩から習得できます。しかし、リスキリングは新しいスキルを習得するため、そのスキルを持っている人がいなければOJTが機能しません。そのような環境では、必要なスキルを持つ人を調達してくる必要があります。フルタイムでの雇用が難しいのであれば、週1日とか3日といった短期雇用で外部から人材を集める、またはベンダーなどパートナー企業の力を借りるのが良いと思います。そのような連携を通じて自社でもスキルを蓄積していくことができます。

西原氏:
地方は人材不足であるため、産官学金の連携が重要です。デジタルを例にすると、地域の大学に通う学生の中には動画アプリ用の動画編集ができる人がいるかもしれません。そういう人材を集めて地域のポートフォリオとして共有化することが大事なテーマだと思います。私の活動拠点である岡山県は自動車部品のサプライヤーが多く、大学が自動車クラスターで働く人たちを対象とする勉強会を行ったり、研修する組織を組んだりしています。

後藤氏:
企業側では習得したスキルを実践できる場も必要ですよね。新しいスキルを身につけても、仕事で使う機会がなければ忘れてしまいます。そのスキルを生かせる企業に転職してしまうこともあります。これを私は「学びっぱなし問題」と呼んでいます。仕事での実践機会をつくることがリスキリング推進では必須だと思います。

スキルの組み合わせで自分の価値をつくる

――新たなスキルはどのように特定し、習得するのが良いですか。

安井:スキルと人材の関係では、以前からI型(専門性を縦に掘り下げる)、T型(専門領域を横軸にしてスキルの幅を広げる)、H型(高度な専門性を持つ人をつなぐ)などがあり、今はπ型が注目されています。π型は、複数の専門性を持ち、それぞれの分野で下に伸びるヒゲを伸ばしていくダブルメジャータイプの人材です。

これは、理屈として非常に重宝される人材像だと思います。ただし、横と縦の両方を伸ばしていくのは簡単ではなく、今の仕事の近接領域で幅と深さを追求していくのが現実的な取り組み方でしょう。例えば、伝統的なマーケティングをやっていた人ならウェブメディアやSNSを学んでデジタルマーケティングのスキルを習得する、伝統的な会計業務をやっていた人は経営管理や管理会計のスキルを身につけるといったアプローチは確実性が高いと思います。

後藤氏:そうですね。新たなスキルを一から「学び直す」のではなく、今までの仕事で習得したスキルを軸としながら、そこに新しいスキルを組み合わせることが大事です。2つ以上の異なる分野の知識を統合し応用するスキルのことを「学際的スキル(IDスキル)」と呼びます。足し算でも掛け算でも良いので、組み合わせによってでき上がるスキルセットが1人1人の固有の価値になると思います。

私自身、これまでのキャリアでは、研修の講師、NPOでのステークホルダーマネジメント、テクノロジー分野のデジタルスキルの3つを習得してきました。これらを組み合わせたスキルセットを持つ人が少ないことが、今のリスキリングの仕事につながっていると思っています。これは私以外の人にも当てはまるはずです。

安井:スキルを組み合わせる考え方は、教育改革で著名な藤原和博さんが言う「100万人に1人の存在」が分かりやすいですよね。1つのことで「100万人に1人」になるのは難しいことです。しかし、100万は100の3乗ですので、100人に1人のスキルを3つ持てば、100万分の1の存在になれます。後藤さんが3つのスキルを組み合わせて今の仕事をしていることもまさにこの考え方だと思います。西原さんも同じで、数学、農業、地方創生といった分野で100人に1人となっていることが今の西原さんの価値を構成しているのだと思います。

西原私の場合は、自分が興味を持ったことを突き詰めた結果で、100万分の1を狙ったわけではありません。ただ、計画的偶発性で、今までの仕事で身につけたスキルが偶然の結果としてキャリア形成につながっていくことはあると思います。

近隣領域でスキルを広げていく際には、今の仕事の内容に近いところを探っていく方法もありますが、その内容を抽象化してみる方法も有効です。例えば、私はかつて、金利、株価、為替レートなどのデータを使い、数学的見地からマクロ経済モデルを構築したり値動きを予測したりする仕事をしていたことがあります。その話をある友人にした時に、金利、株、為替でモデルを組めるのであれば、それらを温度、湿度、CO2などに置き換えると農業ができるね、と言われました。「なるほどなあ」と思いました。全く業種が違う仕事でも、一枚めくってみるとその構造が似ていることがあり、同一視できることもあると気づいたのです。

このことを踏まえて、私は目の前の課題を構造化して考える時に、似たものを見つけることも重要なスキルだと考えるようになりました。とくに課題解決を生業とするコンサルタントとしては、同一視するスキルが重要で、コンサルタントとしての価値の源泉になると思います。

安井:コンサルタントの業務は左脳を主に使っています。しかし、そのバリュープロポジションだけに安住していると価値は高まらないと思っています。逆説的になりますが、左脳中心の業界だからこそ、右脳的なスキルを持つ人の価値が際立ってくると考えています。例えば、生成AIが「Aの選択が良い」と判断しても、経営者は頭のどこかで「Bも良いのではないか……」と考えるものです。現場では反対する人が現れます。その際にコンサルタントに求められるのは、彼らの感情を見抜き、理解し、その上で背中を押すことです。これは右脳的なエモーショナルなスキルです。

西原氏:地域でもよくあるケースです。人は論理だけで動きません。論理的に正しいと分かっていても、生成AIが論理的で確率的に正しい答えを出したとしても、それを実行していくためには「あの人が言うならやってみよう」「信じて協力しよう」と思わせる人間力が必要です。それが変革を実行する最後の一手になります。

安井:コンサルタントは、知識の習得と、それらにレバレッジをかけてクライアントの役に立つことが求められます。その点は今後も変わりません。しかし、経営者の背中を押す、営業担当者に伴走して一緒に価値を創出する、現場に入り込んでクライアントの風土を変えるなど、情理の観点にも立つことが新しい価値を生み出す源泉になっていくと思っています。今後は感情の理解についても科学のアプローチで分析が進んでいくでしょう。私たちはその研究結果をキャッチアップして、価値の源泉をスライドさせていく必要があります。

PwCコンサルティングは、企業支援の経験と実績があります。生成AI活用の取り組みも先行し、組織内ではスキルアップも推奨しています。これらをチェンジマネジメントやトランスフォーメーションの観点で世の中に発信し、成功例を参考にしてもらい、失敗を回避してもらうことによってクライアントに貢献することが私たちの責務だと思っています。

主要メンバー

安井 正樹

代表執行役CEO, PwCコンサルティング合同会社

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