メタバースで保険は進化する―ユーザーエクスペリエンスとリスク補償の最先端

要旨

  • メタバースは、これまでにない顧客接点とリスク補償の機会を保険会社にもたらす。
  • メタバースの利用が拡大すると、イベントの中断・中止といった偶発的損失や詐欺、ハッキングなどのリスクが増大する。
  • デジタルアセットやイベントを対象とした補償サービスの提供が始まっている。
  • 自社にとって最適なメタバース活用の在り方を、テクノロジーやプラットフォーㇺの試行を通じて模索することが重要。

メタバースは保険会社に対し、顧客とつながり、新たなビジネス戦略とリスク戦略を立案し、これまでにない補償やサービスを提供する機会をもたらします。

企業によるメタバースの活用が進む今日、保険会社の補償・サービス内容も拡大しています。具体的には、メタバースは次に挙げる2つの機会を保険会社に提供すると考えられます。

1.従業員、顧客その他のステークホルダーとの次世代エンゲージメント

すでにさまざまな商業的用途でメタバースが試験的に導入されていますが、保険会社が特に注目すべきは、あらゆる業界が営業活動やビジネスの強化に没入型ツールを活用しようとしている点です。アバターを使用したカスタマーサポートや、メタバース空間上での保険金請求といった顧客対応のほか、補償や給付、顧客対応リスクに関する研修など、社内外のエンゲージメントにおいて大いに活用できると考えられます。

2.メタバース上で発生するリスクや損害への補償

メタバースの利用が増加するのに伴い、非代替性トークン(NFT)やバーチャル不動産、アバターなど、さまざまな形態のデジタルアセットの所有が拡大しています。その結果、商取引やアバター同士でのコミュニケーションの中でデータ改ざんや誹謗中傷といった新たなリスクが生まれつつあります。そのため、メタバース上の企業や投資家、クリエイターから、金銭的損失や賠償責任に対する補償のニーズが高まっています。

保険会社のビジネスリーダーの70%が「メタバース」という言葉を「よく理解している」または「詳しく理解している」と回答しています。多くの場合、彼らはメタバースを「他者と関わるための仮想空間」と捉えています。

出所:米国企業・消費者メタバース調査 2022

次世代エンゲージメントに向けたユースケース

保険会社のこうしたメタバース活用のイメージは、すでにいくつかの分野で現実になりつつあります。以下にユースケースを紹介します。

従業員エンゲージメントと顧客エンゲージメント 保険引受

損害査定

エクステンデッドリアリティ(XR)を使用して、従業員や代理店などを対象とする、多様な没入型シナリオを活用した対人関係スキルとソフトスキルの研修が始まっています。メタバース上のオフィスでのシミュレーションやアイデアの共有は、従業員のパフォーマンスのデータ化や管理をたやすくし、結果的に時間とリソースを節約することにつながると期待されています。

火災が発生した実際の物件とメタバース上のデジタルツインの双方を調査し、リアルタイムの状態を可視化してリスクを評価するという取り組みです。低リスク環境のメタバースを介して、被災物件の損害の検査方法に関する教育を従業員に施すことにより、より高度なリスク管理が可能になると考えられます。

仮想現実(VR)を使って、損害査定担当者向けに住宅損害評価研修を行うというユースケースです。担当者は、数百もの実際の没入型シナリオを通じて学ぶことで、適切な査定額の算定に役立てることができます。VRを用いた研修は研修速度や集中度をより高めるという調査結果が出ており、リスク評価や損害査定処理の正確化、さらには保険金支払いの迅速化に寄与することが期待されます。

顧客向けにメタバースコンシェルジュ(保険会社または代理店のオフィスをパーソナライズした没入型体験)を設置する例も見受けられます。顧客がウェブサイトやアプリを経由してチャットボットと接するのではなく、アバターと対話することにより、契約、保険金請求を、さながら「対面」で行うことができるのです。

現実世界の物件のデジタルツインをメタバース上にオーバーレイすれば、企業は、保険の申し込みを引き受けるべきか、将来的に改善や補修が必要となるか、保険金請求など受ける可能性があるかなどを、よりスピーディーに判断することができるようになるとも考えられます。

近い将来、詳細な3Dモデリングを通じて、損害査定人は事故現場を全方向からバーチャルで検証することで損害を判定したり、事故現場を再現して査定のシミュレーションをしたりすることも当たり前になるかもしれません。リアルタイムでのリスクの特定が、保険会社と顧客の双方に大きなメリットをもたらします。

このようにメタバースの活用は、保険会社の業務上の課題の解決や業務フローの改善に寄与する可能性があります。上記のような取り組みはまだ限定的ですが、メタバースが今以上に普及する前に競争上の優位性を手にすべく、一部の保険会社はすでに試行錯誤を開始しています。

回答した保険会社の27%が「少なくとも1つの有望な概念実証(PoC)が存在し、スケールアップを検討している」または「メタバース上の取引ですでに収益を上げている」と答えています。

出典:米国企業・消費者メタバース調査 2022

迫り来る新たなリスク

上述のとおり、メタバースの注目度が高まるにつれ、さまざまなリスクが生じるようになっています。これらのリスクは仮想空間に留まらず、現実世界で金銭的影響と人的影響をもたらす可能性があります。現在、メタバースにおけるリスクの中で補償されているものは一部に限られており、重大なプロテクションギャップが生じていると言えます。メタバース特有のリスクとしては次のようなものが考えられます。

偶発的損失

メタバースでイベントを開催する際、テクノロジーのキャパシティや制約によりネットワークが喪失したり、サービスが停止したりした場合、主催企業のみならず、ユーザーやプラットフォーマー、イベントプロモーターなどに経済的損失をもたらす可能性があります。

犯罪行為と悪意ある行為

  • 金融詐欺
    偽のバーチャル不動産、違法な資金調達、暗号資産を使った違法な活動で金銭的な損失をもたらすもの。
  • ハッキング
    VR機器内の個人情報や購買データなどを盗んだり破壊したりすることを目的とするハッキング。
  • 知的財産の窃盗
    アバターの窃盗(なりすまし)、個人・組織のブランドに損害を与えるディープフェイク、バーチャル不動産の乗っ取り、著作権侵害による金銭的損失、バイヤー・オーナー・クリエイター間の信頼の失墜など。
  • 肉体的・精神的な害
    心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神的・感情的苦痛をもたらすオンラインハラスメント。
  • プライバシー
    経済的混乱や情緒不安定を招くデータ漏えい。

プロテクションギャップ:保険会社の3つの現実的なエントリーポイント

上記のリスクの多くを適切に査定し、価格設定を行うには今後時間をかけて検討していく必要がありますが、保険会社には現在、3つの現実的なエントリーポイントがあります。

1.メタバース上のデジタルアセット

NFTやアバター、バーチャル不動産など、実体を伴わずとも金銭的な価値を持ち、所有者が損失に対する保護を必要としているデジタルアセットがあります。これらのアセットは認証にブロックチェーンを使用しており、一般的には従来の中央集権機関を通さないため、盗まれた場合は回収が困難です。実際にメタバース上でハッキングやユーザーアクセスの停止、詐欺が起きても、そのような公的機関が関与していない限り、救済措置は講じられないというのが現状の多くの見立てです。

バーチャル不動産は、窃盗やハッキングのリスクだけでなく、サイバースクワッティングやバンダリズム(破壊行為)のリスクも負っています。バイヤーが金銭的損害や風評被害を受ける可能性や、プラットフォーマーが収益を失う可能性、ユーザーが両者に賠償を求める可能性も考えられます。

2.イベントおよびエンターテインメント

大手企業や服飾ブランド、スポーツチーム、インフルエンサーなどが、メタバース上で就職説明会や音楽ライブ、ファッションショーなどのイベントを開催しています。イベントの開催回数や参加者数が増えていることから、イベントのキャンセルや延期、演出による参加者の健康・安全への影響といったリスクが発生する可能性が高まっています。具体的には以下が考えられます。

  • イベント中断・中止に際する賠償責任
    イベントプラットフォームに多数の来場者を参加させるだけの技術的キャパシティがなく、有料のイベントが主催者側の問題で中断または中止された場合、本来参加するはずだったユーザーはチケット代金の払い戻しをリクエストするはずです。そうした費用を負担する保険があれば、ユーザーにとっても主催者にとっても歓迎すべきことではないでしょうか。
  • ユーザーの安全を脅かす事象に起因する賠償責任
    メタバース上でバーチャルな痴漢行為や言葉によるハラスメントが行われ、PTSDを引き起こした事例が報告されています。ユーザーの安全性を考慮しきれていない空間を提供したとして、プラットフォーマーやイベント主催者が責任を問われる可能性は大いに考えられます。

3.知的財産とブランド

メタバース上で作成、購入、販売あるいは取引できるものを狙った窃盗が起こる可能性があります。また現実世界と同様に、コンテンツや商標、著作権が侵害、または悪用されるリスクも十分に考えられます。プラットフォーマーやプラットフォーム上でのサービス提供企業、それを利用するユーザー、さらには知的財産権を持つ人々まで、メタバースに関わるあらゆるステークホルダーに金銭的損失や風評被害が生じる可能性があります。

新たな保険商品の例

デジタルアセット補償。いくつかの保険会社が、取引所へのハッキングやサイバー攻撃、ランサムウェアなどに備えるため、NFTおよびNFTマーケットプレイスに対する補償を提供しています。ボラティリティやコストの関係で補償内容が限られているため、メタバースのニーズの拡大に伴い、バイヤーやセラー、トレーダー、ユーザーなど対象ごとに、補償の種類が増えることが見込まれます。

バーチャル不動産

現在のところ、メタバース上でバーチャル不動産を独自のエンティティとして補償している保険会社はありません。ただ今後は、保険会社がメタバースに特化したバーチャル不動産モーゲージ補償保険といった仮想空間用のバーチャル不動産保険契約を設けたり、著作権や商標、その他の知的財産関連の盗難・侵害を対象とする保険の補償範囲を拡大したりするといった対応が予想されます。現実世界で火災や洪水、地震といった災害に備えるように、バーチャル世界でハッキングやサイバースクワッティングに備え、保険に加入することが当たり前になるかもしれません。

イベントおよびエンターテインメントの補償

日本では、メタバースイベントを対象とした中止補償がサービスとして提供され始めています。通信障害が原因でイベントが中断または中止された場合に、開催費用や広告、チケット販売で生じた経費、あるいは収益に関するイベントプランナーの損失を補償するといった内容です。

イベントやエンターテインメントは不動産に比べて裾野が広いため、各ステークホルダーに対する補償が今後より充実する可能性があります。

  • 参加者
    本人の過失ではない中止や延期、金銭的損失その他の問題が発生した場合の補償
  • 主催者と出演者
    イベントに関連する風評被害や金銭的損失、または参加者による訴訟提起からの保護を目的とした補償
  • プラットフォーマー
    ホスティングの障害または遅延に関し、主催者、出演者、参加者が提起した訴訟からの保護を目的とした補償

こうした補償は既存の対面イベントやオンラインイベントに対して既に存在する補償と同じ内容であり、転用しやすいことも普及を後押しすると見られます。

知的財産補償

クリエイターとそのアイデアを保護するデジタル知的財産向け保険の誕生も待たれるところです。これは、従来のIP保険の補償対象をメタバース上のブランドや個人、プラットフォーマーに拡大するというものです。

保険会社が検討し得る6つのアクション

メタバースは、自社のビジネスの高度化と新たな補償ニーズの充足の両面で重要な機会を保険会社に提供します。最後に、自社でメタバースの活用を計画する際、リスクを理解する上で重要となるアクションを紹介します。

1.必要なテクノロジーと関連プロセスの整理

メタバースを活用する上で必要なテクノロジーや、それを導入する上で必要となる社内基盤と管理体制を検討しましょう。既存のメタバースプラットフォームを利用するのか、自社がプラットフォーマーになるのか、対話型AIを導入するのか否かなど、ビジネスの内容や顧客の嗜好に応じて適切な構成と管理体制を練り上げることが重要です。

2.ターゲットの選定とメタバース空間の開発テスト

特定のユーザー層をターゲットとした場合に起こり得るインタラクションをシナリオ化し、概念実証(PoC)を行います。そこで得られる示唆をもとに新しいユースケースを取り入れて、改善を繰り返します。

3.スキルを獲得できる体制の整備

米国企業・消費者メタバース調査 2022の結果、メタバース活用に必要なスキルを有する人材の雇用や関連技術への投資が、企業が直近で優先したい事項であることが分かりました。VR機器の使い方やメタバース上での振る舞い方など、実際に使用すれば基本的なスキルを身に付けることはできますが、空間のカスタマイズやデータ管理など、専門性の高い新たなスキルは簡単に手に入るわけではありません。自社のエンジニアを研修に派遣する、新規採用を行う、必要なスキルを有する第三者と連携するなどの方法が考えられます。

4.規制動向とセキュリティの注視

改正や変更が相次ぐ規制動向とセキュリティに特に注意を払うべきでしょう。同時に、法律の条文の範囲を超えて、メタバース運営全体を通じてステークホルダーと事前に信頼を築くことも重要です。自社サービス内で詐欺やセキュリティ・プライバシー侵害、あるいは追徴課税などが起これば、深刻なブランド棄損につながります。対応が後手にならないよう、専門チームまたは部門横断チームを組成するなどして、リスクを避けられる体制を整えることが重要です。

5.メタバースならではの商品の開発

メタバース上のリスクを補償する新商品、あるいは改良商品を開発します。既存のポートフォリオまたは専門に近いと思われる分野、または似ていると思われる分野でエントリーポイントを探すのが近道と考えられます。

6.リーンな開発体制を

上記の事項を実行に移す際には、その過程で得られた教訓を取り入れつつ、リスク選好度やターゲットとする市場・顧客を決定していくことが重要です。顧客視点でサービスや機能の要不要を柔軟に判断しながら、メタバースへの理解を深めていく――。こうしたサイクルを回すことで、全く新しい商品が誕生するかもしれません。

企業のためのメタバースビジネスインサイト

メタバースのビジネス動向や活用事例、活用する上での課題・アプローチなど、さまざまなトピックを連載で発信します。

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