Impact beyond profit

いま、製薬企業に求められる社会的インパクトとは

  • 2023-09-05

1. 製薬企業に求められる社会的インパクトの開示

近年、社会的インパクトは企業の価値を評価する上でのキーワードとなり、その重要性や評価方法について世界的に議論が進んでいます。社会的インパクトとは、企業がビジネス活動を通じて、社会に与える影響のことを指し、その評価方法や評価を通じた資金調達について国際的には先行した議論が進んでいます。社会的インパクトを創出する事業への資金提供は、グローバル金融市場で拡大し、2017年から2022年までに10倍以上に増加しています(図表1)

図表1: 世界のインパクト投資残高の推移

日本国内でも、社会的インパクト評価やその評価結果の開示を促進する動きが進んでいます。なかでも事業収益と健康増進等の社会的インパクトの相関性が高いヘルスケア業界は、インパクト投資家から最も注目されている業界の1つであり、社会的インパクト指標を積極的に開示することが重要な業界であると考えられています。

2. 製薬企業の開示状況調査

前述のように、国内で社会的インパクト指標の開示の機運は高まっているものの、明確な開示基準がないため、指標の設定内容や開示範囲に課題を抱えている企業も存在します。本稿では、製薬業界におけるグローバル先進企業と国内企業の状況を捉え、国内企業が参考にすべき開示の在り方を探るために各種ガイドラインや製薬各企業の調査を行いました。

(1)ガイドラインに関するリサーチ

ガイドラインリサーチでは、現在出されているガイドラインの指標群を調査し、構造化することにより、世界がヘルスケア業界に求める社会的インパクトの開示の全体像を明らかにしました。

地球レベルやコミュニティ単位の指標を取りまとめているガイドライン(SDGs、IRIS+、GRI)と企業活動単位の指標を取りまとめているガイドライン(SASB、インパクト指標(経団連)、WEF コアメトリックス)において、ヘルスケア業界に分類されている指標を調査し、製薬企業の観点から調査結果を整理・分類しました(図表2)

各ガイドラインにおいてヘルスケア業界に分類されている指標を調査し、製薬企業の観点から10個のインパクトテーマに分類しました(図表3)。また、それぞれのインパクトテーマについて具体的な指標を示します。それぞれの指標のインパクトの受益者を、生活者、患者、従業員のほか、事業者と分類することができます。

(2)製薬各企業に関するリサーチ

企業リサーチでは、現在製薬各企業がどのような指標を開示しているかを調査し、製薬企業における社会的インパクトの開示状況・傾向を明らかにしました。また、今後国内企業が参考にすべき開示の在り方を考察しました。

上述のガイドラインリサーチで示した10個のインパクトテーマの中から、社会的インパクトを創出するにあたり、特に製薬企業に求められるインパクトテーマを、患者に対してポジティブなインパクトが創出されるテーマと定義し、①医療へのアクセス、②患者のQOL・満足度、③製品デザイン・ライフサイクル管理、④データヘルスの推進の4つに特定し、それらを対象として調査しました(図表4)

図表4: 製薬企業特有のインパクトテーマ

調査結果

企業の開示指標は、ガイドラインで開示が推奨されており、また多くの企業で開示されている規定指標と、各社が自社独自の強みや矜持を示す自由指標の2つに分類することができます。規定指標は企業間の横比較が可能であるものの、自由指標は必ずしも横比較が必要なものではありません。本調査では、各インパクトテーマに紐づいている指標に関して、上述の規定指標と自由指標に分け、企業の開示状況の分析を実施しました。

(1)実績値 - 分析結果

「プログラムでの支援患者数」と「製品提供患者数」を含む、「どれほど多くの患者に対してアプローチできているか」が本インパクトテーマの規定指標です。グローバル先進企業は主にアウトカム指標を開示する一方で、国内企業はアウトプット・アクティビティ指標を開示する傾向にあります。

図表5-1: 「医療へのアクセス」における指標と、各指標の開示率

本インパクトテーマにおける規定指標は現状見られませんでした。しかし、近年製薬企業は「育成した医療従事者(HCP:Health Care Professional)の数」、「患者支援活動」等の、患者のQOL・満足度向上に向けた各社独自の取り組みを行っています。今後、それら取り組みに対する社会的インパクトの指標設定・開示について議論の活性化が期待されます。

図表5-2: 「患者のQPL・満足度」における指標と、各指標の開示率

「パイプライン数(全体)」が規定指標です。また、国内企業においては、多くの企業が特定の疾患領域別にパイプライン数を開示しており、自社の注力領域における強みを表現していると考えられます。

図表5-3: 「製品デザイン・ライフサイクル管理」における指標と、各指標の開示率

本インパクトテーマに該当する指標は「患者支援アプリの利用者数」であり、グローバル先進企業1社のみでしか開示が見られませんでした。今後は、製薬業界内でリアルワールドデータ活用等をはじめとするデータを活用した製品やサービスの提供が進み、本インパクトテーマに関連した指標を設定する企業の増加や指標の多様化が進むことが期待されます。

図表5-4: 「データヘルスの推進」における指標と、各指標の開示率

上記結果を受けて、国内企業は、ガイドラインで推奨される規定指標に関しては積極的に開示し、投資家等の第三者からの適切な評価を受けるようにすることが重要です。また、自社の自由指標を特定し、開示することで、自社の強みや注力領域における取り組みをメッセージとして打ち出すことが可能です。

(2)目標値 - 分析結果

実績値とは異なり、目標値は、企業の意図、方向性を分析する上では実績値よりも重要な位置づけと捉えられます。しかし、戦略に紐づいた目標値の設定は、企業の戦略、計画、施策、実績を踏まえた検討が必要であり、グローバル先進企業、国内企業ともに、実績値の開示に比べて目標値が開示されている指標は数少ないと言えます。

また、グローバル先進企業はアウトカム指標を中心に目標値を開示している一方、国内企業はアウトカム指標・アクティビティ指標・アウトプット指標に対して、それぞれ同じ割合で目標値を設定しています(図表6)

図表6: グローバル先進企業と国内企業における1社あたりの指標に対する目標値の内訳

外部環境の分析から、指標の設定までの繋がりが明確に分かる形で社会的インパクトの検討・開示を行うことは、継続的な社会的インパクトの創出に直結するだけでなく、持続可能な事業成長の要諦であり、多くの企業で実施されることが期待されています。

3. PwCからの提言

本調査により、国内企業の社会的インパクトの指標設定・開示は今後より進み、また多角化していくと考えられます。社会的インパクト指標を開示することにより、企業は自社本位に陥らずに、取り巻く環境の中で自社の経営を行っていること、また、パーパス経営を掲げているのみならず、実践していることを示すことができます。さらに、自社の事業活動が世界に与えるインパクトを対外的に示すことで、ステークホルダーとより良好な関係性を構築することが可能です。

まず、企業内部で指標を開示する目的を明確化し、戦略に紐づいた指標を検討することにより、有用性のある指標を開示することが重要です。有用性のある指標を開示できれば、社会的インパクトを軸に市場関係者やステークホルダーとエンゲージメントを深めることができ、自社のパーパスに根付いた事業展開ができるようになると考えられます。社会から求められ、パーパスにコミットする従業員が生き生きと働く企業を目指す上でも、戦略に紐づいた指標の開示は今後も求められていくことが予想されます。

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