グローバル エンタテイメント&メディア アウトルック2023-2027の視点

期待の見直しと成長への備え

グローバル エンタテイメント&メディア アウトルック2023-2027の視点  期待の見直しと成長への備え
  • 2023-10-27

エンタテイメント&メディア(E&M)業界にとって、2022年は重要な転換点となった。2022年のエンタテイメント&メディア業界全体の収益は、前年比5.4%増の2兆3,200億米ドルとなった。その成長率は、世界各国の経済や産業が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックによる混乱から立ち直りつつあった2021年の成長率10.6%を大きく下回る。そして、成長率は今後5年間にわたり毎年低下し、2027年にはわずか2.8%にとどまる見通しだ。この水準は、国際通貨基金(IMF)が予想する2027年の世界経済成長率3.1%よりも低い。

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個人消費の低迷を主因とする市場成長の減速により、企業は期待の見直しと、社内に焦点を当てた成長への備えの模索を迫られている。既に各企業は、高い成長率が見込まれるさまざまな地域やセクターの有望分野への進出や、最新テクノロジーの活用を進めている。最新テクノロジーとしては、特に生成AIの研究が進められており、創造的なプロセスの生産性向上が期待される。

図表1 市場成長の減速

成長が減速した要因は数多くある。一部の主要セクターでは、パンデミック初期に収益が急増して関心が高まったが、その勢いは失速した。ポッドキャスト事業は、パンデミックの中で起きた業界の代表的なサクセスストーリーの1つであったが、2020年から2022年の間に配信数は80%減少したと推定される。

だが、2022年以降における最大の難題は個人消費だ。インフレによる負荷、長期化するパンデミックの影響による疲弊感、戦争や地政学的な不確実性に直面したことから、消費者の購買意欲は衰えている。これまでの歴史を見ると、本レポートの調査対象である3つの大きな調査指標(個人消費、広告、インターネットアクセス)の中で、個人消費は常に最も大きな割合を占めてきた。しかし、エンタテイメント&メディア業界における個人消費は、2022年から2027年までで総額9,032億米ドルとなり、5年間の年平均成長率はわずか2.4%にとどまると見込まれる。

eコマースやデジタルプラットフォームにおける滞在時間が増えるにしたがい、世界中の企業が、購入時点や購入決定時点の消費者へリーチするための投資額を大幅に増加させると見られる。2025年には広告が個人消費を上回り、最大のカテゴリーとなる見通しだ。中でも、インターネット広告への支出は2022年に8.1%増加し、成長の起爆剤となっている。全世界の広告収益は、2022年から2027年の間に7,637億米ドルから9,526億米ドルまで増加し、年平均成長率は4.5%となる見通しだ。この傾向が続けば、エンタテイメント&メディアの3つの調査指標の中で、広告は年間収益1兆米ドルを最初に達成すると見込まれる。3番目の主要カテゴリーであるインターネットアクセスは、2026年に消費者支出を上回ると見られる。

図表2 広告の市場規模が1兆米ドルに迫る

エンタテイメント&メディア業界において、アナログな商品が少なくなり、デジタル化された商品が増えていくにしたがって、制作や流通のコストは低下している。一方、コンテンツが既に世界中であふれているために、デジタルでコンテンツやサービスを提供する企業の間で競争が激化している。こうした2つのトレンドにより、私たちはもう1つの転換点を迎えている。デジタルなエンタテイメント&メディアの空間における人々の滞在時間は増える可能性があるものの、消費額そのものはこれ以上増えないということだ。結果として、エンタテイメント&メディアへの一人当たりの個人消費が支出全体に占める割合は低下し、2023年には平均個人所得における0.53%を占めたが、2027年には0.45%へ減少すると見込まれる。

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1. 期待の見直しによる事業の縮小

エンタテイメント&メディア業界の商品ならびにサービスに対する消費者支出の影響力が低下し広告の影響力が増加していることは、業界のリーダー達の責務を変え、また大がかりな事業の再評価や刷新を迫る大きな要因となっている。PwCの第26回世界CEO意識調査では、エンタテイメント&メディア業界のCEOの約40%が、10年後には現在のビジネスモデルは通用しなくなるであろうと回答した。私たちの持つデータは、現役のCEOが危機感を覚えていることを裏付けている。

2022年には、金利上昇と株式市場の急落というダブルパンチは、投資家、そして市場の圧力に対処する経営陣に対し、それまでのビジネスモデルの有効性について厳しい問いを投げかけた。企業の相次ぐ新規参入もあり、消費者の関心やそれに伴う収益獲得のための競争は激化している。中国では、スマートフォンからアクセス可能なショート動画コンテンツの大流行によって、長編動画配信プラットフォームの大手であるiQIYI、Tencent Video、Youkuが深刻な課題に直面し、ショート動画配信サービスであるDouyin(TikTokの運営会社であるByteDanceが運営)やKuaishouなどのアクセス数を押し上げている。

デジタル広告収入は世界中で増加しているものの、eコマースサイト、ビデオゲーム、ストリーミングプラットフォームなど、これまでになく多くの企業が市場シェアを獲得しているため、一企業あたりの収入額は小さくなっている。MetaとAlphabetという二大寡占企業の世界のデジタル広告収入に占める割合は、推定値ではあるものの2022年に5年連続で減少し、直近の記録では両社合わせて初めて50%を下回った。

近年、パンデミックの間に急成長したデジタル企業のリーダーの多くは、積極的な成長戦略を追求してきた。低金利環境の後押しを受け、彼らは想定される市場全体の潜在能力に着目し、随時採用を行い、できるだけ多くのコンテンツと顧客を獲得するために資金を投下していた。そして現在、期待が大幅に見直され、収益性や採算、投資規律に注目が集まる中、各社は消極的な姿勢を見せている。

Metaは2023年を「効率化の年」と呼んでいる。ほぼ全ての大手企業が人員削減を進める中、テクノロジー業界におけるレイオフは2023年の最初の4カ月で16万8,000人を超えた。Netflixは利用者によるパスワードの共有を禁止した。Netflix、Apple TV+、Amazon Prime、Paramount+、Disney+、Maxなど世界的な動画配信各社のコンテンツ収入総額は2021年から2022年の1年間に45%も急増し232億米ドルに達したが、2023年は265億米ドルと、14%の増加にとどまると予測されている。Warner Bros. DiscoveryはBatgirlなどの映画の公開を中止し、CNN+をサービス開始からわずか数週間で打ち切った

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2. 成長への新たな備え

企業各社は社内事業の合理化を図る中でも、成長の境界線を見極める必要がある。本調査の予測期間において、エンタテイメント&メディア業界全体の収益は毎年増加する見通しである。例年同様、その増加ペースはセクターによって異なり、低迷するセクターもあれば、急増するセクターもある。本調査では、成長機会が見込める多くの有望な分野へのロードマップを示している。そのうちのいくつかを以下に詳述する。

成長が見込まれる有望分野:広告

台頭しているのは広告である。前述のように、広告は年間収益1兆米ドルを達成する最初のカテゴリーとなる勢いだ。従来型テレビの最大の市場である米国では、広告収益がケーブルテレビや他のサブスクリプションサービスによる収益を追い抜くなど、2023年が重要な転換点になると見られる。オーストラリアと英国では、これら2つの収益は既に逆転している。

詳細を見ると、最も急成長している分野が分かる。今後5年間、AVODの収益はほぼ倍増すると見込まれる。実際に、ストリーミング業界はサブスクリプションサービスの利用者が広告を視聴せずに済む形態から、広告を主要な収益の柱とする形態に転換した。そして、消費者は動画内の広告を徐々に受け入れつつある

無料の広告型動画配信テレビサービスであるFAST(Free, ad-supported streaming TV)はユーザーを特定できる集約型チャネルのデジタルネットワークであるため、ターゲティング広告に最適なサービスである。現在、Paramount傘下にあるPlutoTVは、早くからそうしたサービスを取り入れた企業の1つである。Roku、Samsung、LGなどのデバイスメーカーは成長するコネクテッドTV市場に参入しており、中核事業に並ぶ新たな収益源としてストリーミングチャネルを活用している。なお日本では、コングロマリットである楽天が独自のプラットフォームを運営しており、サードパーティチャネルを提供している。FASTの視聴者は、他のオンラインサービスや有料テレビサービスの視聴者よりも若い傾向がある。Omdiaによれば、2022年に実施した調査で、米国のFASTサービスを利用していると回答した人の45%が35歳未満であった。

Netflixは当初25年間にわたり広告なしでサービスを提供してきたが、2022年に広告なしのサービスの価格を少しずつ値上げする一方、一部の地域で広告付きサービスの提供をより低い価格で始めた。2023年5月、Netflixは同社の広告付きサービスの利用者が500万人近くになったと発表した。英国では、無料の民間放送局ITVが2022年12月に新しいITVX配信サービスを開始し、「最近の番組や過去に放送された番組に米国ボックスセットを加えて広告付きで提供する無料サービス」と、「広告なしの配信にStudioCanal PresentsとBritBoxのコンテンツを追加したサブスクリプションモデル」のいずれかを視聴者が選択できるようにした

図表3 デジタル収益

成長が見込まれる有望分野:アジア

成長の重要な原動力の1つであるOTT(オーバー・ザ・トップ:インターネット回線を通じてコンテンツを配信するストリーミングサービス)は、新興市場で最も急速に拡大している。この市場では、これまでサービスが十分行き届いていなかった地方の人口がおおいこと、モバイルブロードバンドが普及したこと、ローカルコンテンツやスポーツコンテンツへの需要が旺盛であることなどの条件が重なっているため大きなチャンスがある。2022年にインドネシアがアナログの地上波放送を終了したとき、同国は東南アジアでOTTビデオ消費の割合が最も高く、インドネシア人のほぼ3人に1人がストリーミングサービスを利用しており、視聴時間が年率40%増加していると推定される。

Netflix、Amazon Prime、Disney+ Hotstar、HBO Goなどのサービスを提供する巨大グローバル企業は、WeTV、GoPlay、Mola TV、Vidioといったインドネシアの地元および地域の急成長企業と同国のストリーミング市場で競争している。多くの島からなるこの国全体で高速ブロードバンドを利用できるようにする海底ケーブル建設が、長期的な成長の見通しを後押ししている。

下のチャートが示すように、インドネシアは中国やインドと並んで、既存の市場規模、および今後予想される消費者支出や広告の急成長など極めて好ましい条件が揃っているアジアの国の1つである(予測対象期間を通じて最大の市場は引き続き米国であり、その収益は2022年の6,090億米ドルから2027年には6,920億米ドルまで増加するが、年平均成長率は2.6%にとどまる見通し)。二番目に大きいエンタテイメント&メディア市場である中国では、予測対象期間の総収益が2,260億米ドルから3,050億米ドルまで拡大し、年平均成長率は6.1%になると見込まれる。これは米国の2倍以上の水準である。中国の成長はインターネット広告収益の年平均9.1%もの大幅な成長率によって拍車がかかっている。

インドネシアは収益が130億米ドルと、現在15番目に大きい市場であり、既にブラジル、メキシコ、スペインと肩を並べている。総収益は2027年まで年平均成長率7.7%のペースで増加すると予想される。

図表4 世界の市場規模と範囲

成長が見込まれる有望分野:ゲーム

ゲームセクターは世界のエンタテイメント&メディア業界における主要セクターの1つである。この拡大を続けるセクターがあらゆる層の人々、特に若者の注目を集めるにしたがい、ゲームは創造性、消費者支出、広告の媒体としてその真価を発揮してきている。

ゲームの総収益は2023年の2,270億米ドルから2027年には3,120億米ドルまで増加し、年平均成長率は7.9%になると見込まれる。ゲームセクターの成長に対する確信が高まっているため、広告収益は2022年から2027年までほぼ倍増し、2025年には1,000億米ドルに達すると見込まれる。

図表5 ゲームに投じる莫大なお金

ゲームがエンタテイメント&メディア体験の中心的セクターとなりつつある中で、ビデオゲームは非常に人気の高い映画の重要な素材となっている。ゲームの知的財産(IP)を原作とする映画は、Paramountの『Sonic the Hedgehog 2』やSonyの『Uncharted』の大ヒットにより、2022年の北米で記録的な興行収入を記録した。2023年には『The Super Mario Bros. Movie』がゲームIPを原作とした映画として初めて、全世界での興行収入が10億米ドルを突破し、歴代興行収入ベスト20にランクインした映画となった。Netflixは少なくとも5本のゲームIPを基にした映画を企画中あるいは制作中である。一方、高い評価を得て称賛されたHBO Maxシリーズの『The Last of Us 』は、同名のビデオゲームをベースとしており、資産としてのゲームの力をさらに揺るぎないものとした。

成長が見込まれる有望分野:あらゆるセクターのライブ

エンタテイメント&メディアを直接体験する機会が大幅に制限された長い期間を経て、ライブセクターは再び成長軌道に乗り、エンタテイメント&メディア業界全体の成長率を上回って成長する勢いである。消費者市場のあらゆるライブイベントのサブセクターを加味すると、総収益は2024年にパンデミック前の水準に達し、2019年の666億米ドルから、687億米ドルに増加すると見られる。2027年まで、ライブ体験の収益の年平均成長率は9.6%となり、消費者収益全体の予想である年平均成長率2.4%の4倍の水準となる。

図表6 外出の復活

世界の映画の観客動員数が年々増加する中、興行収入は2025年までにパンデミック前の水準に達し、2019年の394億米ドルから430億米ドルまで増加する見通しだ。中国では、パンデミック規制の解除により、1月下旬の旧正月前後の興行収入が急増した。大きく成功を収めたのはZhang Yimouの歴史的大ヒット作である『Full River Red』であり、同作品は瞬く間にそのシーズンの国内興行収入トップの映画となった。

世界のeスポーツのチケット販売収益は、2021年に倍増し、2022年に147.8%増加して同年にパンデミック前の水準まで回復した。Dota 2のThe International championshipは2022年10月にシンガポールにおいて収容人数が10,000人以上の2会場で開催され、即時完売した。eスポーツの参加者向けチケット販売収益はエンタテイメント&メディア業界で急成長する上位10のサブセクターの1つであり、今後5年間の年平均成長率は13.8%と予測されている。

ライブ音楽や文化イベントの収益は、2019年のパンデミック前のピークを今年上回ると見られる。東京では、2023年4月だけでBob Dylan、Eric Claptonといった著名なアーティストのコンサートイベントが開催された。インドでは同月に、画期的な複合文化施設であるNita Mukesh Ambani Cultural Centreがムンバイにオープンした。3日間にわたるオープニングイベントには、国内外の大物スーパースターやファッションリーダー、著名なアーティストらが参加した。

特に非常に多くの視聴者を獲得できるライブイベント、スポーツも成長の主要な要因だ。活気あふれるインドネシアのOTT市場では、国内ストリーミング企業であるVidioが、サッカーのイングランドのプレミアリーグなどプレミアム・スポーツコンテンツを提供することで世界の巨大企業と競っている。Vidioは2022年に、国内で最も急成長したストリーミングサービス企業となり、月間アクティブユーザーは約6,000万人に上った。ブラジルではGloboのSporTVが、多彩なスポーツのライブ中継が奏功して、同国で最も視聴される有料TVチャネルとなった。2022年10月、SporTVはブラジルのNBA放映権パッケージを保有するBudweiserとサブライセンス契約を結び、NBAの試合の放映権を取り戻した

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3. 成長に向けた新たな原動力:テクノロジー

エンタテイメント&メディア業界は、人間が主体となってテクノロジーを駆使するという特徴が非常に際立っている業界である。ここ何年もの間、この業界のテクノロジーに関する議論は、アナログからデジタルへの移行と、固定からワイヤレスへの移行に集中していた。昨年大きな注目を集めたメタバースは、そのハイプ・サイクルにおいて新たなフェーズに入りつつある。PwCのスペシャリストであるAlexandra Rühlによれば、多様な様相を呈するインターネットを象徴するメタバースは、新たなソーシャルネットワークとしてではなく、ゲーム、エンタテイメント、仕事、商取引における、より豊かで没入感が強いデジタルプラットフォームとして存在感を増している。

現在、成長に向けたシナリオにおいて可能性があるのは、既存のテクノロジーと新たなテクノロジーの融合、特にAI(具体的には生成AI)である。私たちは皆、SpotifyやNetflixのようなプラットフォーム上におけるパーソナライズされたレコメンド機能のアルゴリズムや、インターネット検索や広告配信におけるAIの使用に馴染んでいる。しかし、さらに先に目を向ければ、来るべき未来は急速に近づいている。

生成AIはニューラルネットワーク、高度なディープラーニング(深層学習)モデル、その他のAIテクノロジーを用いて、リメリック(五行戯詩)、脚本、メモに至るまで、学習したデータを合成し新しいアウトプットを生成するAIである。生成AIの新しい波を引き起こしたのは、とあるスタートアップ企業であった。Microsoftが支援し、2022年11月にリリースされたOpenAIのChatGPTによって、生成AIが誰でもアクセス可能となり、2カ月の間に世界中で1億人ものユーザーを獲得した。間もなくしてGoogleのBardが市場に参入した。さらに、Meta、Nvidia、Baiduなどの大手テクノロジー企業もAIセクターの成長を後押ししている。

図表7 異例のペースで普及

生成AIは、ますますデジタル化が進むエンタテイメント&メディア業界にとって、おあつらえ向きと言えるだろう。タスクやワークフロー、中でも単調な作業や労働集約的な日常業務(編集など)に関しては、自動化によって生産性の向上が可能になり、人々はより価値の高い業務により多くの時間を割くことができるようになる。ユースケースとしては、さまざまな種類のコンテンツの自動生成、クラウドサポートによるバーチャルプロダクション、通信会社などのBtoCビジネスにおけるエンドユーザーと直接やり取りするカスタマーサービス担当として機能する精度の高いチャットボットなどが挙げられる。

生成AIによって、企業や個人は既に、コンテンツの制作方法について、以前とは異なる考え方ができるようになっている。AIはコンテンツ制作の能力、スピード、量を劇的に向上させられるということが、これまでの実例によって示されている。たとえば、脚本、ナレーション、翻訳、画像を同時に生成することにより、これまでよりも極めて少ないコストや時間で、映像やゲームの世界全体を作り上げることが可能になる。AIを活用した作曲の爆発的な増加(あまりに絶大な規模のため、Spotifyは対応を余儀なくされた)や、AIが作り出すアート作品の急速な台頭により、その可能性にはさらに注目が集まっている。

デジタル広告にAIを活用しようと模索する企業は増えている。最近の例としては、Nikeの50周年記念キャンペーン「Never Done Evolving」があり、そこではSerena Williams(セリーナ・ウィリアムズ)がキャリアを通して自分自身に挑戦し続けてきた様子が描かれている。インドでは、異なる地域に適応およびカスタマイズできる現地向けメッセージの汎用的なテンプレートを用いることによって、各ブランドがAIを通じてその国のさまざまな言語や地域で顧客にリーチすることが可能になっている。

今後数年間で生成AIの利用や改良が進むにしたがい、エンタテイメント&メディア業界は社会の最先端を走ることになるだろう。生成AIは反復や進化のスピードが速いため、ビジネスモデルの基本的な構造を揺るがすだけでなく、プライバシー、知的財産、セキュリティおよびデータプライバシー、環境破壊、倫理を巡る問題も提起する。2023年春にストライキを起こしたハリウッドの脚本家らが懸念を示したように、生成AIが作り出す高品質の文章や画像のアウトプットは、従来のアーティストや脚本家の役割や生活を脅かしたり、出典や著作権を認識せずにオリジナルのコンテンツを利用したりすることになりかねない。また、生成AIのアウトプットは、整合性がない、正確性に欠ける、あるいはデータプライバシーを侵害する可能性もあり、これは責任あるAIのフレームワークを構築する重要性を浮き彫りにしている。

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4. 大きく落ち込むM&A

この1年間、世界のエンタテイメント&メディア業界におけるM&Aは比較的低調であった。2021年および2022年には、BuzzFeedやAnghamiなどのメディア企業が特別目的会社(SPAC)を利用し、株式市場に上場したように、エンタテイメント&メディア業界への投資は加速していた。しかし、このバブルは崩壊し、株式市場の下落は非上場企業の価値を大きく押し下げ、ベンチャーキャピタルによる投資は縮小した。また、金利の上昇もレバレッジ取引の低迷を招いている。マルチメディアのスタートアップ企業であるVICEの事例は、こうした状況を如実に表している。VICEはかつてベンチャー企業支援により急成長を遂げ、その評価額は57億米ドルにまで上ったが、2023年5月に破産申請を行い、2億2,500万米ドルという破格の安値で売却された。

この売却取引と対照的な大規模取引として、Microsoftが2023年1月に行ったChatGPTの開発企業であるOpenAIへの追加投資が挙げられる。追加投資額は100億米ドル相当と報じられており、このことからも将来の市場成長の牽引役としてのAIの重要性が際立っている。

効率性の向上と規模の拡大は、変わらずM&Aを実施する強い動機となっている。Warner BrothersとDiscoveryの430億米ドルに上る合併は2022年4月に完了した後、成長に向けて再編、再配置、再集中の一連の取り組みが行われてきた。この統合後、Warner Brothers Discoveryは中核となるストリーミングのブランド名をMaxとした。2023年5月、Warner Brothers Discoveryはストリーミング事業が予定よりも1年前倒しで黒字化すると発表した。

M&Aが規模を拡大する手段の1つであることに変わりはない。2023年2月、インド競争委員会は条件付きでZee EntertainmentとSony Pictures Entertainmentの100億米ドル規模の合併を承認し、テレビチャネル、デジタルプラットフォーム、コンテンツ制作にまたがるインド最大級のコングロマリットが設立された。日本では、この1年間におけるエンタテイメント&メディア業界における大規模M&Aとして、動画ストリーミング会社のU-NextとOTTプラットフォームParaviの運営会社であるPremium Platform Japanの合併があった。2023年2月に発表されたこの合併は、370万人以上の有料会員を擁する動画配信プラットフォームを生み出し、OTTの巨大グローバル企業に対抗する一段と強力な基盤となるだろう。

現在、非常に大規模なM&A案件が1つ進行しており、このM&A案件の結果が、今後のゲーム市場における成長ベクトルの向かう先を浮き彫りにするだろう。2022年1月に発表されたMicrosoftによるActivision Blizzardの687億米ドルの買収案は、ソフトウェア会社とゲーム会社を統合し、Activision Blizzardの技術力を活用してメタバースを構築するというMicrosoftの戦略を象徴したものだ。本レポート執筆時点で、EUの競争規制当局はこの案件を承認しているが、英国と米国の規制当局は依然としてこの買収案の阻止を試みている(2023.8.9時点では米国は控訴棄却済、英国は継続中)。英国規制当局はクラウドゲーム市場への影響を最も懸念しており、米国規制当局はコンソールゲーム市場への影響を懸念している。

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5. パーソナライゼーションとプライバシーの両立、規制と地政学の折り合い

新しく力強いテクノロジーがもたらす影響は不確実かつ徐々に進化するものである。世界各国の政府はそうしたテクノロジーがもたらす影響と格闘しており、これまでも新しい商品やサービスに対する封じ込めや規制、さらには禁止するといった取り組みが目の当たりにされてきた。エンタテイメント&メディア業界がデジタル商品やデジタルサービスへの依存度を高めるにつれ、デジタルビジネスやアルゴリズムを規制あるいは自主規制するような取り組みは、その重要性を増している。

2021年にAppleが行ったトラッキング制限の変更に伴い、ユーザーはアプリによるデータ収集を無効化(オプトアウト)できるようになり、Facebookを運営するMetaのような大手企業の広告収益に影響を与えた。しかし、待望されていたクッキーの廃止は再び延期されたため、Googleは2022年7月、同社のChromeにおけるサードパーティのクッキーに対するサポートを2024年まで続けると発表した。

図表8 異例のペースで普及

ユーザーのトラッキングがより困難となる中、商品やサービスの購入時点ではなく、意思決定時点で消費者へリーチすることが重要となる。そのため、消費者の匿名性を担保しつつ、ターゲットを絞ってパーソナライズされた広告や、メッセージ、コンテンツを、消費者に提供する方法を探る競争が始まっている。そうした活動の多くは、データクリーンルームの整備に着目している。データクリーンルームとは、ユーザーの個人情報を効率的に匿名化し、安全なデータ保管や情報処理を行う環境である。これにより、消費者のデータを同意なく共有することを禁じるEU一般データ保護規則(GDPR)の要件を満たしつつ、クッキーを使用しないパーソナライズされた広告が使用可能になった。

その他にも、ユーザーを匿名化する多くの技術が、特に自社で収集した膨大なファーストパーティデータにアクセスするD to C 企業によって導入されている。これらの技術には、リバースエンジニアリングができないように一部のデータ要素を隠したり書き換えたりするデータマスキングや、データセットをより高度なレベルで捉えるデータの一般化、メールアドレスなど一部の要素を異なる識別子に置き換えるデータの仮名化などが含まれる。

規制の段階的強化

EU一般データ保護規則(GDPR)が世界中のデータプライバシー制度に影響を与え続ける中、EUはデジタルサービス法とデジタル市場法を新たに採択し、デジタルサービスに対する法令を改正した。2022年後半に施行されたこれらの法令はいずれも、EUのデジタル主権の確立や、安全で公正かつオープンなデジタルサービスの実現を目指すものである。一方、米国はGDPRの自国版である米国データプライバシー保護法(ADPPA)の成立に向けた動きを続けている。この法律が制定されると、米国初の包括的な連邦プライバシー法となり、消費者が自身の個人データやその商業的な利用に対し細かく管理できるようになる。またオーストラリアでは、同国政府が個人情報保護法の時代に即した改正を提起しており、そこには消費者がターゲティング広告をオプトアウトする権利や、データプライバシー侵害に対し告訴する権利、個人データを消去させる権利などが盛り込まれている。

デジタル規制で次に直面する課題として急浮上しているのがAIである。イタリアのデータ保護機関は、2023年4月にChatGPTの使用を一時的に禁止した。また、EU議会は現在AI規制案に取り組んでいるが、これは急成長中のテクノロジーを取り囲むように規制を整備しようとする初めての大きな試みである。

地政学的な問題もデジタル規制に影響を及ぼしている。米国や一部の西欧諸国では、中国政府がユーザーデータへアクセスできることに対する安全保障上の懸念から、TikTokに対する取り締まり法案を提出する動きが広がっている。2023年5月には米国のモンタナ州が米国内で初めてTikTok利用の全面禁止を発表した。

中国では、デジタル規制が比較的厳しいものの、この1年間はいくつかの点で総じて逆向きの動きがあった。中国政府はK-POPスターを含む韓国人アーティストの中国国内での活動を事実上禁止していたが、2023年3月、国外からの商業講演の申請受付を再開すると発表し、規制緩和の動きを見せた。また、同国政府は2021年7月から2022年4月まで新作ゲームのライセンス発行を禁じていたが、2022年12月から2023年1月にかけてゲーム開発企業に対し200件を超えるライセンスの認可を発表した。その中にはゲーム市場の大手企業であるTencentに対する複数のライセンスも含まれている。さらに、2023年1月には、ほぼ4年間にわたり禁止していたMarvel映画の解禁を示唆し、2月上旬にはBlack Panther: Wakanda Forever(邦題:「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」)の映画館での興行開始を許可した。

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6. 結論:不可欠なのは創造性

今後を見据えると、大局を見極めることが重要である。今後数年間は広告およびデジタル技術が継続的に成長し、その先には多くの転換点が待ち受けているだろう。転換点の一つとして、2025年には5Gの世界的な普及率が4Gを上回ることになると見られる。

だが、売上の成長が鈍化する中、さらなる停滞を避けるために、企業は継続的に戦略の練り直しと中核事業への再注力を迫られている。こうした市場参加者は、これまで以上に常に機敏かつ柔軟に変化に対応することが求められている。今後を見据えると、進化し続ける消費者行動や変化する規制環境、そして新しいテクノロジーがもたらす変革により、新たな緊張が生まれ、これまでになかったさまざまな可能性が生み出されるであろう。データ保護への取り組みは、AIを用いて広告をパーソナライズ化する動きに歯止めをかけるのだろうか。バーチャルリアリティ(VR)の新たな発展はこのセクターの急成長の足掛かりとなるのだろうか。高度にネットワーク化されたスマートスタジアムは、対面によるイベントとデジタルサービスを融合させた新たなプラットフォームとなるのだろうか。

どのような未来が待ち受けていようとも、革新的な思考を受け入れることが不可欠である。エンタテイメント&メディア業界は、常にその根底には創造的な努力を行ってきた。しかし現在、その創造性は多面的に発揮される必要があり、目的を実現するために活用されなければならない。今後、リーダーたちには高性能なテクノロジーを武器に、商品やサービスを開発、流通、収益化する方法をめぐって、これまで以上に創造性を発揮することが求められる。そして、現在行っている大規模な投資に対してリターンをどのように生み出し、どのように評価するかという点に関して真剣に考える必要があるだろう。また、どのように成長を追い求めて実現するかについても創造的であることが求められる。

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※本コンテンツは、Perspectives and insights: Global Entertainment and Media Outlook 2023–2027を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

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