新たな世界への適応

コロナ後の状況における課題に立ち向かう

本稿の元となる記事は、「strategy+business」に2020年5月に掲載されたものです。

※一部のサイトへのリンク先は原文に則って英語のページとなっております。
 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行は、個人、経済および社会に大きな被害をもたらしました。多くの人々の生活を一変させ、引き続くさまざまな混乱は悪化を極め、多くのビジネスモデルが立ち行かなくなることを明らかにしました。加えて、過去何十年にもわたって私たちの思考のよりどころであった一見すれば強固なビジネスや理念に、これまでにない深刻な打撃を与えました。現状を正確に把握することは極めて困難です。5月12日に分かっている時点で感染者420万人、死者28万7,000人を記録したCOVID-19は、予測不能で命を脅かす、過去100年間に例を見ない感染症といってよいでしょう。その影響は相反する様相を呈しています。COVID-19により需要サイドと供給サイドは共に打撃を受けました。徐々に回復に向かう国もあるとはいえ、今回の影響による景気後退の長さと程度は予測がつきません。多くの人々の、公共を優先した善意ある行動は称賛に値します。一方で、弱い立場の人につけ込み偽の治療薬を売りつけようとする詐欺行為の契機にもなりました。物資の供給を確保しようとする国家間の、また国内の地域間の競争が激化する一方で、国としての連帯感や地域内の協力関係が強まる機会も生んでいます。今回のパンデミックは主として公衆衛生の問題です。しかし、ビジネス、経済、財政および金融政策に直ちに深刻な影響を及ぼす問題でもあります。健康への脅威は、数カ月で去る可能性もある一方で数年間続く可能性は否めません。COVID-19は自動化や不平等といった現代社会の大きな流れを加速させる一方で、グローバリゼーションなどごく最近まで支配的だった潮流に急ブレーキをかける面も持っています。

COVID-19は降って湧いたように、政府、NGO、民間部門などあらゆる組織のリーダーが取り組むべき最優先課題となりました。(オンラインの)取締役会における中心的な議題は毎回、この短期にもたらされた恐るべき被害と闘う方法、すなわち、世界中の多くの人々が直面する健康面の問題と、経済および社会の効果的な活動休止です。しかし同時にリーダーとして、ウイルス検査や試薬、快復率についての議論を日常的に行う前に、人間の根源にかかわる問題――むしろ深刻化しつつある問題――を見過ごしてはなりません。

COVID-19のもたらす課題はその多面性により、物理的かつ実際的な問題であると同様に哲学的かつ理論的な問題でもあります。分かりやすくいえば、経済を再開し、壊れたものを修復し、さらに数多くの差し迫った社会的、環境的、人口動態上および経済的問題に私たちが対処できる態勢を整えるにはどうすべきかを問われているのです。

PwCではこうした問題を総合的にとらえるアプローチについて継続的に考察しています。2017年には、世界が直面する喫緊の、相互に依存する、また加速しつつある一連の課題を特定してADAPTフレームワークと名づけました。ADAPTはAsymmetry(非対称性)、Disruption(破壊的な変化)、Age(人口動態)、Polarization(分断)、Trust(信頼)の頭文字で、これらの要素によって多くの人々の生活や仕事のあり方が根底から変化する世界を表しています。すでに“コロナ以前”から、ADAPTから生じる圧力によって2025年までに世界の様相が一変すること、また組織が生存能力を維持するために自らを再設定しなくてはならないことは明らかでした。今回のパンデミックによりこうした変化は加速され、実際にはわれわれが考えていたより早く起こるかもしれません(「ADAPT + COVID-19」を参照)。近日発刊予定の書籍『Ten Years to Midnight』では、人類には「終末時計」まであと10年が残されているとわれわれは予測しています。現時点では、この運命の時刻までさらに近づいているかもしれません。また、社会システムが受けるこの種の打撃はCOVID-19が最後ではないでしょう。ADAPTが提起する問題に私たちが大規模かつ迅速に、将来に備えつつ目の前の危機に立ち向かうという方法で対処しなければ、次にくるショックからはるかに大きなダメージを受けることになるでしょう。以上は悪い知らせです。ではよい知らせは何でしょう。全ての分析結果と社会のあらゆるレベルにおいて、全ての人々が繁栄できるような、より持続可能で強靭な未来を築くチャンスがあることです。世界が抱える課題を理解し、今回のパンデミックの教訓を生かし、持てる手段とテクノロジーを駆使すれば、適応力に富んだ新たな道筋を描くことができるのです。

ADAPT+COVID-19

Asymmetry(非対称性)――個人間、国内および世界の地域間、さらに世代間での拡大する貧富の格差により、世界の分裂が進んでいます。COVID-19により貧富の差は加速度的に拡大するでしょう。国家間の不平等は悪化すると思われます。今回の危機を乗り切るために指導者が選択する施策や被害の程度が国によって異なり、立ち直ろうとする国々や地域の間で格差が広がるためです。小規模事業が倒産し、失業率が悪化し、景気後退時によくあるように富のピラミッドの最下層が過度の困難に陥ることにより、国内の格差も拡大するでしょう。また投資に回る資金が減少するにつれて、裕福な地域と資本不足に苦しむ地域にすでに存在する格差は悪化すると思われます。人口動態レベルでは、コロナ以前には3つの層がリスクにさらされていました。退職を控えたすでに資金不足の高齢者層、衰退する雇用市場でこれから就職する若年層、債務を抱え失業できない中堅労働者です。これらの集団に新たに第4の層が加わります。ぎりぎりの生活で踏みとどまっていたが、住居費、食費、その他基本的な生活費が払えなくなり貧困に陥る人々です。

Disruption(破壊的な変化)――テクノロジーと気候変動は極めて強力で、互いに結びつき破壊的な変化を起こす力です。そして、その兆候はCOVID-19によってさらに増幅されるでしょう。大手テクノロジー企業に代表されるようなプラットフォーム型事業モデルを擁する組織の勢力と影響力は、今後も拡大すると思われます。外出禁止や自粛生活の結果、私たちの多くは主にテクノロジーを介して人と接し、働かざるをえません。また、同じようにテクノロジーを介してエンターテインメントの配信コンテンツやオンラインショッピングを楽しみ、隔離生活のマイナス面を友人や家族とつながることで緩和しています。テレワーク、動画配信、eコマースのいずれであれ、その活動の大部分は最大手の企業に流れ、膨大な利益を生んでいます。例えばNetflixは、2020年第1四半期に1600万人の新規加入顧客を獲得しました。これは2019年第4四半期の2倍近くに上ります。パンデミックは、(社会的距離をとる必要のない)AIやロボティクスを利用した業務の自動化も加速すると思われます。ブルッキングス研究所は、収益の落ち込む時期は人件費が相対的に高くなるため、産業分野の自動化が一気に進む傾向があると指摘しています。気候変動は、人類および地球が直面する依然として最も重要な破壊的変化です。気候変動から生じる喫緊の課題とこれに伴う生物多様性の急激な喪失など複数の危機は、経済活動の停滞によりCO2排出量が一時的に減少したとしても長期的には緩和されないでしょう。一方では、COVID-19の影響で引き起こされた経済危機により、人々の関心が薄れ、温暖化対策に向かうはずの投資が他に配分されるおそれがあります。代替エネルギー源への投資は、政府や企業のリーダーが目の前の緊急事態を重視し、原油価格が過去最低水準に下落する中、減少すると見られます。しかし他方では、政府が自国経済の改革を進める中で、韓国の例に見られるように気候変動緩和の取り組みを政策の柱とする可能性もあります。また、自然災害の可能性に対する人々の共感が高まり、危険リスクの影響を緩和したいという声が強まるかもしれません。

Age(人口動態)――人口の高齢化が一部のセクターにもたらす課題、例えば医療制度の不備、が今回の危機により深刻さを増し、今や中心的課題となっています。COVID-19は年齢層に固有の悪影響を及ぼし、多くの人々の生活の見通しを変えるでしょう。世界には大きく2つのタイプの国に別れつつあります。人口の相当部分が退職年齢に近づき、その結果社会保障や医療制度に負荷が加わっている国々と、人口の大半が労働年齢にさしかかり、教育機関の整備と新規事業による大規模な雇用創出が必要な国々です。若年層の多い国で、増え続ける求職人口に対する雇用が景気後退によって減少し賃金が抑制されれば、危機的状況に陥るでしょう。例えばエジプトでは、18~29歳人口(1900万人、国内人口の4分の1)の失業率がコロナ前の時点で30パーセントを超えていました。人口動態上の対極にある国では年金基金や退職積立金、運用資産が目減りし、一部の人々はいつまでも退職できないか、政府の経済モデルによる現在の想定額以上の給付がなければ退職後の生活が成り立たない可能性があります。

Polarization(分断)――世界の分断は今回のパンデミックのかなり前から始まっていました。国の制度や指導者への信頼が崩れ、格差が拡大し、対立するグループ間で意思疎通が成立しないほどに対立が進み、多国間機関が指導力の維持に苦労する中での流れでした。COVID-19はこうした潮流を強めたにすぎません。世界保健機関(WHO)は、十分なリソースを持たない多くの国々がWHOやその他の機関を頼る状況にある中で、自らの力を発揮し資金援助を維持しようと苦慮しています。ワクチンや医療物資の需要が急増する中、各国は経済協力から手を引き、グローバルサプライチェーンの幅広い見直しを行っています。今回の危機から立ち直る経験を共有することで、人類は再び力を合わせ始めるかもしれません。しかし短期的には国内の問題の方が重要になり、国際的な協力関係は新たな困難にさらされるでしょう。

Trust(信頼)――私たちの社会機能を維持する政府、市民社会、企業、諸機関への信頼は、特に恵まれた立場にない人ではすでに大きく低下しています。諸機関へのこうした不信は、今回の危機に対処するための取り組みに悪影響を与えています。多くの地域でソーシャルディスタンシングの奨励に従わなかったり、ワクチンの有効性を疑問視したりする人々がいます。今回のパンデミックの今後の動向を人々が注視する中、指導者は信頼を構築するかさらに失墜させるかを決定する機会を与えられています。社会システムが自分たちを裏切るのではないかと感じ、今後の生活改善に希望をなくす人が増えるほど、すでにもろくなった信頼の絆が寸断される可能性も高まるでしょう。私たちが今生きている世界を正しく認識できる力を持った新たな指導者が、現在の状況には必要なのです。

COVID-19と経済

今回のパンデミックによりさらに緊急性を増した上記の問題への取り組みは、以下の4つの厳しい現実に直面しています。

第1に、国と企業の両方のレベルで財務状態がひっ迫することから、ADAPTフレームワークでとり上げた問題に財源を充てるには大幅な補強が必要です。国際金融協会(IIF)[PDF 473KB]は、「政府純債務残高が2019年の水準から倍増し、かつ世界の経済活動が3%縮小(名目)した場合、世界全体の債務残高は直近のGDP比322%から急増し、今年は同342%を超えるだろう」と述べています。各国の社会が、企業活動の再開、雇用の創出、さらに今回のパンデミックと国の措置により最も打撃を受けた人々への支援に関連した数多くの課題に注力することから、資金の獲得競争が激化するでしょう。企業レベルではサプライチェーンのダメージの修復、事業の再開、収益の立て直しおよび従業員の職場復帰のための資金が必要ですが、充当できる額は必然的に限られます。

第2に、小規模な企業は大企業と比べ、政策決定による影響をさらに大きく受けると思われます。今回の危機に対する各国政府の対応方法はさまざまであることから、その影響も国により異なるでしょう。しかしながら世界的に見れば、ほとんどの小規模企業は大企業のような内部留保を持っていません。JPモルガン・チェースの調査によれば、米国の平均的な小規模企業が保有する余剰資本はわずか27日分で、その後キャッシュフローがなければ破綻してしまいます。この問題はとりわけ厄介です。一般的に小規模企業は雇用の最大の受け皿であり、その規模に見合わず成長源としての大きな役割を果たしているからです。ただしこれは大企業にとっての問題でもあります。小規模企業は往々にして大企業にとっての主要顧客であり、サプライチェーンの3次、4次サプライヤーであるからです。小規模企業はまた、設備の保守点検や修理、歯科、および一部の国では日常の食料品など、生活に欠かせないサービスの担い手でもあります。

第3に、経済の各セクターや個々の企業によっても今回の危機の影響は大きく異なります。プラットフォーム型企業、食料品店および薬局の大部分は今のところ非常に好調です。しかしその他多くの企業(例:航空会社やホテル)はおおむね休業しています。最も大きな打撃を受けたものを除けば、全ての企業が雇用の維持に努めています。その結果現金を燃焼し、財務状況はますます悪化します。はっきりいえることは、バランスシートが比較的健全な企業は、比較的苦労せずに事業を立て直すか持ちこたえさせることができますが、そうでない多くの企業は苦境に立たされるでしょう。一部の国ではロックダウン(都市封鎖)の開始・解除時期の判断や緊急の経済支援が功を奏し、企業が今回の危機を乗り切りその後復興するための準備を整えることができるでしょう。こうした結果のばらつきは、その後の国際関係における各国の影響力と将来の国際舞台での競争力を大きく左右するかもしれません。

最後に、多くの市場で失業率が上昇しています。米国では4月末までに3000万人以上が失業手当を申請しました。国際労働機関(ILO)はCOVID-19が労働社会に与える影響に関する4月29日付のモニタリング資料の中で、「世界の労働者33億人のうち(労働市場で最も弱い立場を代表する)非公式経済の全労働者20億人中、16億人近くが生計を立てる能力に大きな打撃を受けた」と指摘しています。この数字からは甚大な人的被害と、すでに財政的に困難な国にさらなる負担がかかっていることが見てとれます。高い失業率は企業にとって、消費者の商品・サービス購入、賃料支払い、債務返済の能力が損なわれることを意味します。

効果的な対応

こうした問題は、あまりに困難で太刀打ちできないように思えるかもしれません。しかし、何もしないことの言い訳にはなりません。政府、企業および諸機関のとるべき質の高い対応に必須の要素は共通しています(下記の図を参照)。私たちは選びとろうとしている選択肢の内容を正しく認識する必要があります。それは、今後の対応に必要な行動を実行する私たちの能力を、大きく左右することになるからです。

Repair(修復)――短期的に見て最優先すべき作業は、壊れたものを修復することです。まずは、バランスシートから着手すべきでしょう。政府は人的・経済的被害を修復するにあたり、国家債務の増加、税収ベースの減少、短期の財政支出増加に対応しています。また、老後資金が大きく目減りした高齢者やぎりぎりの生活からさらなる困窮状態に陥った若年層など、ダメージを受けた国民一人ひとりのバランスシートも修復しなくてはならないでしょう。政府は財政負担を管理し、歳入を補填し、企業の成長とそれに関連した新たなスキルの育成を加速させる方法を見いだす必要があります。こうした修復努力が成功するか否かが、今回の危機の今後の影響の長さを左右するでしょう。そして、これは長く辛い道のりになるということを見誤ってはなりません。2007~2008年の世界金融危機から世界のほとんどが立ち直るまでに10年を要しており、一部の国や社会の一部分ではまだ回復にいたっていません。パンデミック初期の対応期間に繰り延べされた債務の水準は、世界金融危機時とその後の景気対策の支出総額をはるかに超えます。英国は3月だけで655億ポンド(816億米ドル)規模の経済対策法案を成立させました。世界金融危機の際の英国の財政出動は420億ポンド(523億米ドル)でした。穴が深ければ、埋めるのにも多くの労力と時間がかかります。

一方で企業は、悪化した財務状態と収益の急激な落ち込み、そして多くの場合、弱体化したサプライチェーンとストレスを抱え疲弊した従業員に対処する必要があります。これらの要素の緊急性を一つひとつふるいにかけなくてはなりません。組織の問題が長引くことにより、迅速な回復の芽を摘むようなことがないようにするためです。また多くの場合、問題の優先順位づけには長期にわたって注意を払いリソースを充当する必要があります。一部の企業は比較的よい状態で今回のパンデミックから立ち直ることができ、他の企業が抱える問題から生じた機会を利用できる立場に立つでしょう。しかし場合によっては、その企業の経営状態がもともと悪すぎた、または効果的な修復戦略を実行できなかったなどの理由から修復の努力が実らず、倒産や清算にいたることもあるでしょう。ここでも、コロナ後の世界に何が本当に必要かを理解し、それに基づく明確な意思決定と断固たる行動が肝要です。

Rethink(再考)――この項目は概念的なもので、修復努力に関する意思決定に必要な視点を提供します。世界中の人々が、困難や不安といった経験を共有しています。今回のパンデミックから立ち直ったとき、状況は一変しているでしょう。あらゆる国家や組織は将来の姿を、現実と概念の両方のレベルで描き直す必要があります。組織とそのリーダーは、大きな危機に立ち向かい日々の緊急事態に対応するにあたって、戦略的であることを自らに課さなくてはなりません。船底から水をくみ出しながら船を設計し直すことは大変な目標のように思われますが、それは必要なことであり、義務であるといってもよいでしょう。

再考は実用性から始まります。政府も企業も今回のパンデミックへの対応を事後評価し、ベストプラクティスを理解し、次に来るべき危機に備えなくてはなりません。私たちの社会システムが今回のパンデミック発生時と同じ脆弱なままである場合、次回の危機に対処することは不可能です。次に、コロナ後の世界に向けた戦略の見直しと修正を早急に開始することです。まだ着手していない企業は、ADAPTが生み出す破壊的な変化に対処できる頑健さを身に付けるために、自社の事業モデルを再考する必要があります。国際輸送が途絶しCO2排出量が制限された世界でも機能するサプライチェーンを構築するには、どうすればよいでしょうか。また、状況の変化に応じて進化できるだけの柔軟性を備えた事業モデルを、どのようにデザインすればよいでしょうか。

よい知らせは、全ての分析結果と社会のあらゆるレベルにおいて、より持続可能で強靭な未来を築くチャンスがあることです。

今回の危機によって各国および企業の状況は一変するでしょう。したがって、数カ月前に考えたものとは大きく異なる競争戦略や提携戦略が求められます。各国は国家安全保障、経済および危機管理の観点から、国内回帰に必要不可欠な要素を検討しなくてはなりません。さらに広い意味では、国家も組織も「成功」の意味を再考する必要があります。GDPと一株あたり利益は、過去何十年にもわたって私たちの成功の指針となってきました。しかし、私たちの取り組みを導くことのできる、物質的、社会的および環境面の進歩を測る新たな基準が明らかに求められています。最後に、ADAPTの圧力によって確実に浮上する予測しえない問題への対処に必要な、柔軟な適応能力をどうすれば生み出せるでしょうか。再考することにより、組織は将来についての考察を現在の視点にとり入れ、その結果レジリエンスを高めて成功を収められるようなかたちで修復を施すことができるでしょう。

Restart(再開)――多くの組織が、政府の要請によって閉鎖、あるいは経済的理由から休業せざるをえなかったため、変容した世界で活動を再開する必要があります。そのためには、事業を始める際の通常の手続きを踏まねばなりません。すなわち、事業計画の策定、開業資本の調達、サプライチェーンの構築、従業員の採用、および新規の顧客を惹きつけ既存の顧客を引き戻すためのカスタマーエクスペリエンスの見直し、そしてブランド構築です。ただし今回のプロセスには新たな困難が加わります。これらの妥協点を把握し、気候変動や新型ウイルスなど将来確実に起こる破壊的な変化を乗り切る能力を身に付けられるよう、注意を怠らず、上記の全てをこなさなくてはならないのです。

公立学校や一部の医療システム、さらに都市によっては公共交通機関を含む公共部門の一部で、再開に関する同じような課題を抱えています。他の行政分野における再開時のハードルはそれほど高くないものの、企業はそうではないため、企業支援の方法が各国の今後の成長能力と国家の財政状態に影響を与えるでしょう。こうしたエコシステムを順調に回復させるには、政府当局が再開プロセスに関与することが非常に重要となります。

この修復・再考・再設定のプロセスのどの段階でも、やり直しの必要性が生じる可能性があります。世界中で不確実性が高まる現在では、こうしたプロセスが新常態となります。次の危機が起こったとき、今回の経験の教訓から学ばなかった組織は修復モードからやり直すことになるのです。

Reconfigure(再設定)――各組織は、公的機関と民間機関の再設定により、システム全体を具体的に見直す必要があります。これは修復プロセスに伴う改革よりもはるかに抜本的な、各組織の再設定を意味します。今回の危機は、世界中の多くの機関で21世紀に向けた準備がまったくできていないという厄介な真実を浮き彫りにしました。医療、法律、教育、税制を含めた社会システムが再設定され、より効率的・効果的で、ADAPTの課題に有効に対処できるようになることが不可欠です。

具体的には何を意味するのでしょうか。グローバル経済に内在する非対称性に対処するには、政府が小規模企業の育成とその事業拡大を広い範囲で加速させる必要があります。気候変動のもたらす混乱に立ち向かうためには、政府と民間企業が共にエネルギー・気候関連政策を練り直し、カーボンフットプリントを低減するための投資を行わなくてはなりません。これには新規雇用を喚起する投資を呼び込むプラスの効果もあります。再設定は、パンデミックの対応により急速に普及したリモート診療、遠隔教育、リモートワークといった流れを活用するという側面も持っています。しかしその場しのぎの対応よりもむしろ、サプライチェーンの計画的な国内回帰といった問題解決手法の意味合いが強いのです。

ビジネスの取引と社会的活動の大部分をデジタルプラットフォームやデジタルフレームワークにより円滑化する、プラットフォーム型経済への備えができてない企業は、早急に準備をしなくてはなりません。組織に頑健性をもたらし、ローカライゼーションへの今後の非常に大きな圧力を認識するため、テクノロジー戦略、地理的拠点、事業モデルを再考する必要があります。変化した経済環境に必要な製品・サービスは何かという観点から、保有する事業を評価することが必要でしょう。政府と同じく各組織も、今回の危機から生じた機会を無駄にせず、さらによりよい将来に向けた体制をつくれるよう意義ある再設定に着手しなくてはなりません。

再設定は今までより比較的やりやすいかもしれません。COVID-19が、立ち止まって考える貴重な時間と、あまりに骨が折れるため以前はほとんど不可能と思われていた改革を実行に移す機会を生んだからです。問題は、各組織がより少ない経済的資源で構造改革を実行しており、いつなんどき別の大きな混乱が起こるか分からないことです。新たな法制定によって事業計画を見直さなくてはならなくなったり、自社のサプライチェーンに欠かせない国でCOVID-19の急激な感染拡大が起こったりする可能性もあります。再設定の段階で失敗する可能性も、修復段階より少ないものの依然として存在します。

Report(報告)―今回のパンデミックのさなかには、常に明確な答えを得ようとする動きが見られました。個人がとるべき対策は何か、検査は受けられるのか、あるいは今後の方針をどう立てるかといった問いへの答えです。不確実性が高く恐怖の対象が見えないとき、人々は受け取る情報が信頼できさえすれば日々の生活を落ち着いて過ごすことができます。投資家、規制当局およびステークホルダーも、キャッシュフローから従業員の健康にいたるまであらゆるリアルタイムの情報を求め、さらなる開示を要求するようになるでしょう。変革を促した今回の経験を共有し立ち直った人々は、より良心的で思慮深くなり、先に述べた変化を受け入れつつ自らが問題に備えコントロールする権利を手に入れるために、幅広い問題について透明性ある情報を得たいと考えるでしょう。分かりやすい例を挙げると、全ての企業は今後財務リスクを抱えます。投資家、規制当局、従業員、顧客、および一般の人々からは、政府や企業にとっての現実的リスクのはるかに詳細なデータや、そうしたリスクに対応するための具体的なプラン、およびそのプランの有用性についての情報を求められるでしょう。政府から特別な支援を受けた業界は、さらに厳しい目を向けられる可能性があります。ステークホルダーは目標の達成度に関する継続的な説明を要求するでしょう。

新たな世界への移行

政府や組織が新たな世界に向けて移行していく必要のあることは、コロナ以前からすでに明らかでした。今回のパンデミックとそれに対応する意思決定がもたらした経済的、組織的および個人的影響は、こうした移行へのニーズを高め、通常とは異なるかたちではあるものの、必要な変革への私たちの準備を促したにすぎません。私たちが目の前にある機会を利用しなかったとすれば、それは不運なことであり、悲惨な結果をもたらす可能性があります。

私たちが直面する2つの大きな課題、すなわちADAPTフレームワークで述べたような世界が抱える深い課題と、各国の対応が経済に与える短期的な結果を、世間の注目とあらゆる資源を奪い合う、相反する問題としてとらえないようにすることが肝要です。そうではなく、格差を縮め、気候変動やテクノロジーの進展による予期しない影響が私たちのウェルビーイング(健康で幸福な生活)にもたらす大きな脅威に対処し、若者世代と高齢世代の経済的困窮に対応し、社会的な結束を育み、社会を動かす諸機関への信頼を取り戻すと同時に、企業、労働および国民生活を再構築するための方法を見いださなくてはなりません。私たちは、だれもが現在思いを巡らし思索していることの潜在的な機会を失うべきではありません。かつて存在した世界を復元することにとどまらず、望む世界のかたちを創るためです。リーダーシップを発揮すべきときがあるとすれば、それは今なのです。

また、COVID-19への戦略的対応が新たな可能性の扉を開くことも期待できます。今回のパンデミックの目立った特徴は、他に類のないできごとに対する経験を全世界が共有したことです。個人の状況は大きく異なりますが、ほぼ全ての人が、急激に悪化する問題に対する不安な気持ちに共感できるでしょう。例えば、平和な時間と隣り合わせの不安な時間や、人としての幸福を意識するとき、愛する人と物理的に離れたときに心配する心の痛み、移動制限への対処、そしていつもの生活が破壊され雇用、企業、家族、あるいは友人を失った苦しみといった感情です。こうした経験の共有から、より力強い連帯感、目的意識、そして新たな世界に適応し成功する展望が生まれるとすれば、未来は明るいでしょう。希望は戦略ではありませんが、戦略は希望をもたらすことができるのです。

筆者紹介

  • Blair Sheppardは、PwCネットワークのストラテジー&リーダーシップ部門のグローバルリーダー。デューク大学フュークワ・スクール・オブ・ビジネス名誉教授および名誉学部長。ノースカロライナ州ダーラム在住。
  • Daria Zarubinaは、PwCストラテジー&リーダーシップ部門グローバルチームのメンバー。モスクワ在住、PwCロシア・ディレクター。
  • Alexis Jenkinsは、PwCストラテジー&リーダーシップ部門グローバルチームのチーフ・オブ・スタッフ(chief of staff)。ロンドン在住、PwC英国ディレクター。
  • Thomas Minetは、PwC米国ディレクター兼ストラテジー&リーダーシップ部門グローバルチームのメンバー。本記事にも寄与。

参考資料

  1. Colm Kelly and Blair Sheppard, “Common Purpose: Realigning Business, Economies, and Society,” strategy+business, May 25, 2017――今日の経済および政治の混乱は、企業と(一方では)経済との、(他方では)容認可能な社会的成果との継続的な不調和を反映しています。
  2. Blair Sheppard et al., Ten Years to Midnight: Four Urgent Global Crises and Their Strategic Solutions.(近刊)――本稿でも題材を引用したこの本では、21世紀の最も差し迫った問題の根本的原因を理解し解決するための、新たな包括的な枠組みを提供しています。
  3. Blair Sheppard and Ceri-Ann Droog, “A crisis of legitimacy,” strategy+business, June 5, 2019.(日本語版「レジティマシー(社会的正当性)の危機」)――今日の最も困難な世界的課題は、この間までの成功がもたらす予想外の結果です。現在有力な諸機関がこれに対応できなければ、指導者としての権限を失う可能性があります。
  4. 2020 Edelman Trust Barometer Special Report, “Trust and the Coronavirus”(日本語版「信頼とコロナウイルス」)」――多くの人々は国よりも雇用主の方が危機に備えていると考えている、COVID-19についての調査で政府およびジャーナリストが信頼できると答えた対象者は半数以下であったなど、興味深い動向を明らかにしています。

※本コンテンツは、PwCが2020年5月に発刊したstrategy+businessの「Adapting to a new world」の一部を抜粋し翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

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