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レジティマシー(社会的正当性)の危機

本稿の元となる記事は、「strategy+business」の2019年秋号に掲載されたものです。

※一部のサイトへのリンク先は原文に則って英語のページとなっております。

今日の最も困難な世界的課題は、昨日までの成功がもたらした予期せぬ結果と言えます。現在の有力な諸機関がこれに対応できなければ、指導者としての権限を失うかもしれません。

世界は過去70年間にわたって目覚ましい発展を遂げてきました。世界銀行のデータによれば、世界の人口は1820年から現在までの間に7倍に増加したにもかかわらず、極度の貧困状態にある人々の数は減少しています。これはまさに快挙であり、経済的豊かさ、科学の発達、長寿、生活の質の全ての面でも同じように素晴らしい進歩を遂げています。

しかし、こうした偉業を達成した組織、すなわち第二次世界大戦後の最も有力な企業、各国政府、および多国間機関は、その暗黙の約束を果たせていません。その結果、現在指導的立場にある組織は、世界的にレジティマシー(社会的正当性)の危機に直面しています。この数十年で初めて、その影響力や存在意義までもが問われているのです。

企業はまた、周囲の地域社会と社会全体の人々の福祉、経済的豊かさ、健康に対し、以前とは違うかたちで責任を負っています。PwCのグローバルネットワークを構成する各ファームも例外ではありません。個々の企業への非難が正当なものであろうとなかろうと、その根底にあるより広い意味の否定的な感情を真摯に受けとめる必要があります。

このレジティマシーの危機の原因は、世界のあらゆる部分に影響を与える以下の5つの根本的課題と関係があります。

  • Asymmetry(非対称性)――貧富の差の拡大と中間層の衰退
  • Disruption(破壊的な変化)――テクノロジーの進展がもたらす急激な変化とその破壊的な影響
  • Age(人口動態)――平均寿命の延伸、出生率低下による人口動態の圧力
  • Populism(ポピュリズム)――ポピュリズムの台頭と現状の否定、それに伴うナショナリズムと世界の分断
  • Trust(信頼)――社会システムを支える有力な諸機関への信頼低下

(当社では、現代固有の変化と、諸機関が新たな考え方と行動によってこれに対応していく必要性を表す意味で、上記の一連の課題をADAPTという略語で称しています。※2020年に一部変更。参照:“Adapting to a new world”参照)

気候変動や人権問題など他のいくつかの課題も、同じように重要な問題として思い浮かぶかもしれません。今回それらをとり上げなかったのは、特にレジティマシーの危機という意味において最優先の課題ではないからです。しかしそうした問題にも、危機の影響は及びます。リーダーである企業や世界の諸機関が現在認められている価値を失えば、今日の世界に影響を与えている他のあらゆる問題への対処が困難になるからです。

レジティマシーの危機に気づかないふりをするという選択肢はありません。最大の責任を負う相手は株主だと考える企業の経営者も、その点では同じです。問題の解決をあまりに先延ばしにすると、後戻りできなくなる可能性があります。解決のコストが膨らみすぎてしまうのです。ブレグジットは一つのテストケースとなるかもしれません。離脱のもたらすコストと困難は、世界各地で別の政治的な機能停止のかたちで繰り返される可能性があります。現時点で広範な経済的・政治的混乱が起こりうることを信じられなければ、過去250年間に主として技術の変革と国民に広がった不満が原因で引き起こされた、革命や主権国家の突然かつ急激な変化を思い出してください。

では、世界に名だたる企業(およびその他の重要な国際機関)が信頼を回復し、ただ存続するのではなく世界の抱える喫緊の問題の解決に指導者として関与するにあたって十分なレジティマシーを維持するには、何が必要でしょうか。私たちはビジネスリーダーとして、こうした問題解決に寄与する自らの責務を引き受けなくてはなりません。その解決方法が容易でも明白でもないこと、解決には考え方の根本的な転換が必要であることを理解する必要があります。問題が生じた原因、それが経済的・政治的成功の予期せぬ結果として浮上した経緯、これほど長い間放置されてきた理由、そして問題の対処を受け入れる方法を認識しなくてはなりません。

現時点で広範な経済的・政治的混乱が起こりうることを信じられなければ、過去250年間に起きた革命を思い出してください。

Asymmetry(非対称性)――道を間違えた繁栄

カナダのオンタリオ州ハミルトンは、鉄鋼業により繁栄した都市です。1900年代初期に製鋼所が操業を開始して以降、工業労働者は十分な賃金を支払われてきました。彼らは近隣地区にささやかな住宅を購入し、子どもたちが大学に進学し親世代よりも豊かな生活を送るだろうと考えていました。ハミルトンに拠点を置く鉄鋼グローバル企業2社、ステルコとドファスコが地域の活況を支え、市内には名門大学(マクマスター大)と著名な医科大学もありました。

しかし、1990年にベルリンの壁が崩壊すると、国内の鉄鋼産業は低迷します。製鋼所の労働者はなかなか新しい職を見つけられず、転職できても賃金は多くの場合低くなりました。それ以降ハミルトンの街の人気は下がり、子ども世代の将来への期待も薄れていました。ところが現在、ハミルトンではIT業界の新興企業がかつてないほどの活況を呈し、地元のワイン産地も栄えています。

ハミルトンの例は、カナダなどの工業国だけでなく世界のどこにいても直面する、経済的課題の縮図です。貧富の差は広がりつつあります。全世界の資産は現在、限られた少人数の人々の手に握られています。格差が拡大すると、中間層のもつ平均的な資産額と購買力が低下します。この傾向は、中間所得層(世帯所得が国民所得の中央値の0.75~2倍である世帯)の規模が1988年以降一貫して減少しているOECD(経済協力開発機構)加盟国でより顕著だと言えるでしょう。しかしまた、都市部の中間層が最富裕層の成長スピードについていけずに転落するリスクを抱えている、中国やインドといった主要新興国にも当てはまります。(クラウドソーシングによる生活コスト情報データベース、Numbeoによれば、新興経済国の複数の都市において、平均住宅価格の平均年間所得に占める割合が特に高くなっています。例えばアルジェ、北京、カラカス、広州、カトマンズ、ムンバイ、プノンペン、上海、深圳、テヘランなどです。)世界全体では、成人の1%未満に相当する人数が富の45%以上を保有しており、資産10億米ドル以上のいわゆるビリオネアは、2008年から2018年までに1,125人から2,754人と2倍以上に増えています。

経済の非対称性を推し進めている要因は大きく2つあります。(グローバル化と自動化による)賃金の高い国から低い国への生産シフト、および生産性の向上により生み出され、従業員ではなく株主の手に渡ったものを含む富の増加です。どちらの要因も数々の2次的影響をもたらしてきましたが、その多くは資本家と賃金労働者の格差として顕在化しています。国際労働機関(ILO)[PDF 9,429KB]の分析では、所得の高い52カ国の平均労働生産性(通常イコール利益)は1999~2015年に17%近く上昇したにもかかわらず、実質賃金は約13%しか伸びなかったことが分かりました。

裕福な投資家は長きにわたってそのレバレッジを利用し、格差をさらに広げてきました。公開資本市場からプライベートエクイティ、ヘッジファンドおよびシンジケートへの移行もその例です。これらの金融商品は相対的に高いリターンを生む傾向がありますが、参加できるのは適格投資家だけです。一方で年金基金にも大きな変化が起きています。毎月の給付を特徴とする確定給付型から、退職後の生活を賄う一時給付金を従業員が積み立てる確定拠出型への移行です。移行後は多くの中間層の老後の生活が株式相場に左右されることになるため、高齢者にとっては不利になりサポート機能も低下します。

非対称性がもたらす他の影響もその傾向を強め、ダメージをさらに悪化させています。例えば住宅価格の上昇は、現在40歳未満の中間層の多くが生涯、住宅を購入できない要因となるでしょう。これにより、中間層が富を蓄積する代表的な手段の一つが失われることになります。オーストラリアではtheconversation.com(学術的調査に関する報告サイト)が、25~34歳の持ち家取得率が1981年の61%から2016年には44%まで下がったと伝えています。

貧富の格差はまた、多くの国で政府が税を徴収しサービスを提供する能力を阻害しています。個人税制で最も広く適用される3つの課税方式による税率は、最富裕層において過剰に低くなっています。最富裕層は受け取る報酬に占める給与の割合が低く(所得税)、資産に対してわずかしか消費せず(消費税)、会社の保有する住宅に住むことが多い(固定資産税)からです。さらに近年ではテクノロジーの進歩により、富裕層が資産を税率の低い国や地域に移しやすくなりました。このように貧富の差の拡大により、まさに財政出動の拡大が求められる今、利用できる税収が減っているのです。

最後に、経済的な非対称性のために、中間層はその他の脅威に対しても相対的に脆弱です。自動化によって中間層労働者の仕事が奪われた場合に、次の職を探し新しいスキルを習得する間、頼るべき余剰資金が相対的に少ないのです。また、気候変動に関連した暴風雨その他の極端な気象事象が住宅や生計を脅かした場合、保険金を受け取れる割合は低く、蓄えが底をつく可能性が高くなります。人間は感情面でも脆弱になります。中間層の生活の質が低下し永遠に続くように思われると、人々は希望を失います。例えば米国の農村地域では過去数年間に、過剰飲酒、薬物の過剰摂取、自殺の割合が増加した結果、米国全体の平均余命が短くなるまでに至っています。

非対称性の影響については多くの文献で論じられていますが、世界のビジネスリーダーはその価値に見合う関心を払っていません。これは一つには、経済的成功の基準がたいていの場合、企業にとっては株主価値、国にとってはGDPであるためです。これら2つの指標に依拠することは、経済的価値に対する私たちの理解を歪めてきました。それらは、高い水準の平均値による経済的豊かさの恩恵という図を描き、裏に隠された格差を見えなくしているのです。

Disruption(破壊的な変化)――解き放たれたテクノロジー

中国で数年前に起こった目覚ましいサクセスストーリーの一つは、上海郊外の中規模都市、昆山の経済的成功です。そこでは1970年代末まで多くの人々が小屋に住み、農業や漁業で生計を立てていました。その後、昆山は「リトル台湾」と呼ばれる製造業の拠点となりました。工場には中国中央部や西部から数多くの労働者が押し寄せ、小さな部品の組み立て技術に優れた女性労働者が主に採用されました。労働者は大きな共同住宅に住み、給与の大半を実家に仕送りしていました。

昆山は海外の名門大学と共同で新大学を設立し、ITを基盤とする多くのスタートアップ企業を輩出するまでになりました。現在、昆山は経済的に豊かな近代都市となり、文化的活動が盛んで、高水準のインフラが整備され、街には花と緑があふれ、グルメスポットとしても有名です。しかし、工場労働者の雇用はなくなりました。工場はロボットによる製造に移行しようとしています。昆山に移住してきた労働者の多くは、故郷に戻って昔と同じような生活をする以外に選択肢がほとんど残されていません。

テクノロジーによる破壊的な変化の影響は、今まさに明らかになりつつあります。この変化にきわめて有益な面があることは間違いありません。医療、材料科学、エネルギー生産および情報技術の進歩は、1900年代初期には想像できなかったかたちで生活を向上させました。起業家は古いビジネスモデルを捨て、多大な富と繁栄を生み出して生活の質を向上させる、有力な新興企業を設立しています。

しかし、破壊的な変化は深刻な影響ももたらしています。自動化によって職を失いかけている労働者や、数多くの新たな圧力に対処しなくてはならない各国政府、そしてとりわけ既存の企業が大きな影響を受けています。クレディ・スイスによれば、S&P500種企業の平均寿命は1950年代の60年超から、現在の20年未満まで短くなりました。同行の破壊的な変化に関する2018年報告書では、「(破壊的な変化それ自体は)新しいものではない。以前と変わったのはそのスピード、複雑さ、そしてグローバルな性質である」と指摘しています。

ほとんどの産業部門はこれに適応しつつあります。企業のリーダーは新たな方式のデジタルテクノロジー活用の必要性を理解しており、これを支援する新プラットフォームも登場しています。人工知能(AI)、自動化への挑戦、サイバー攻撃、知的財産の盗用、および消費者データの不正利用といった課題への解決策も見いだされつつあります。にもかかわらず、こうした問題があまりに蔓延し困難なことから、多くの主要機関は依然としてこれらを管理できておらず、ますます信頼を失う結果となっています。

最も深刻な影響を受けていると感じているのは、ある意味でその評判が国民の信頼の上に成り立っている、権威ある機関でしょう。例えば銀行や金融サービス会社、メディア、規制当局、学校、法制度、警察などです。こうした機関は一般に昔から存在しており、変化のスピードがゆっくりで社会に継続してサービスを提供することのできる、しっかりとした信頼できる主体となるよう設計されています。職業ジャーナリストはこれまで長い間、広告掲載と定期購読から収入を得られる安定性あるメディアに支えられてきましたが、読者が好む意見をソーシャルメディアのプラットフォーム上に発信して関心を引く、「クリックベイト(クリックを誘う)ベンダー」に取って代わられています。教育機関は、新たなスキルへの需要と人々が情報を入手する方法の大きな変化につねに対応していかなくてはなりません。警察は、新たな形態の犯罪を防止する任務に取り組んでいますが、一方で自らの行動がビデオに撮影され、その動画がインターネット上で拡散されています。規制当局や税務当局は、さまざまな国や業種をまたぐ常識を超えた新ビジネスに対応すべく努力しています。

テクノロジーのもたらす破壊的な変化の影響に対処するには、今よりはるかに多くの資金、時間、関心、知識を投入して、世界の労働者のスキルを育成する必要があります。例えば、企業や政府に求められる対応能力を特定する、これまであまり経験のない人も巻き込んだ生涯学習の文化を醸成するなどです。この課題は多くの場合、過去に例のない産官学の連携をもたらすでしょう。地球上の労働者全ての再訓練は途方もない課題ですが、それによって得られる成果は計り知れません。適切な人材がいなければ、世界中の機関がその目的を果たすことができなくなってしまうでしょう。

Age(人口動態)――解消されない人口動態の課題

日本の文部科学省では、幹部が悲惨な現状を述べています。学生の数が減少し、税収基盤の縮小から予算をめぐる競争が起こり、教師や大学教授のポストが不足していると言うのです。出生率の低下と平均余命の上昇から算出して、国民の平均年齢は2050年に53歳となる見込みです。予想外の大きな変化が起きないかぎり、将来待ち受けるのは疲弊した医療制度、年金および退職後の貯蓄の不足、そして膨大な退職者層を支える少ない労働力でしょう。

次にインドの教育当局の話です。その現状は、日本と同じ地球上にあるとは思えないほどです。当局は今後10年間に50万校の教育機関新設を申請しており、これには急増する若年人口を受け入れる1,000校以上の大学新設が含まれます。しかしこの案が承認されることはないでしょう。実行には国家予算の数倍の費用がかかるからです。代わりにインド政府は、コールセンターの従業員などテクノロジーの生んだ新たな仕事の多くがテクノロジーの進展による創造的破壊とAIによって脅かされているこの時期に、年間1000万~1800万人分の新規雇用を創出しようとしています。

現在、大部分の国々は、人口動態上の問題別に2つのグループに分類されます。一つは日本、中国、ロシア、および大半の西欧諸国といった高齢化社会で、現在の労働者政策と年金制度を維持できないほどの高齢者を抱えています。この問題は、長寿に伴う医療・ライフスタイル関連の課題によりさらに悪化しています。非常に健康な人でも65歳以上では医療費が増加し、慢性疾患や生涯型の肥満の増加がこれに拍車をかけます。世界の先進各国で1人当たり医療費が驚くほどのペースで上昇しているのも納得できます。

もう一つは人口動態上の対極にある、若年人口からなる社会です。インド、インドネシア、サウジアラビア、タイ、大部分のアフリカ諸国、多くの中南米諸国、その他多くの新興経済国が含まれます。こうした国々が今後10年にわたってそれぞれ年間数十万人分を超える雇用を創出しなければ、社会的基盤や保障のない膨大な数の人々を生み出すことになります。これらの国の大部分では、すでに若年層への教育と雇用の提供に支障が出ています。AIを搭載し自動化された製造システムを企業が採用するなか、この問題はさらに深刻化するでしょう。これらの国が韓国や中国の例に倣って製造業を一気に発展させ、低賃金の工場労働者を大量に雇用することは不可能です。そうした仕事はロボットに取って代わられるからです。

急増する高齢・若年人口により高まるこうした圧力は、従属人口指数という指標に集約されます。これは、働くことができないために経済的支援を必要とする人の割合です。この値は、1950年のすでに2倍近くに達しており、史上最高ペースで上昇しつつあります(「世界の従属人口指数(1950~2050年)」を参照)。

非対称性および破壊的な変化による悪影響に人口動態の問題が加わると、状況はさらに深刻です。効果的な対応の計画と資金調達の方法については明確な指針がなく、必要とされるスピードと創造性をもってこの困難に立ち向かっている機関はほとんどありません。高齢人口が多ければやがて財政が立ち行かなくなる可能性があり、若年人口の多い国は、生計を立てるためにあらゆる方法を模索する人々をコントロールできなくなるでしょう。

Populism(ポピュリズム)――コンセンサスの崩壊

ブレグジットに関する国民投票を翌週に控えた2016年5月、リバプールのあるタクシー運転手は米国人の乗客に、自分はEU離脱に賛成票を投じるつもりだと語りました。彼はリバプール育ちですが、街はすっかり変わってしまったと言います。友人のうち2人はEUの課した漁獲制限が原因で漁業を廃業し、凶悪犯罪は増え、お気に入りのパブやレストランは店をたたんでいます。こうした変化の原因は、全てEU本部の政策だと彼は言います。自分の生活が、名前も知らず、自分の意見を反映させることもできず、自分に対し何の責任も感じていない人々によって変えられていると語りました。

「今回の国民投票は、私の生涯で最も重要な判断だ」と彼は述べました。この問題を1年かけて調べた結果、EUにノーと言う結論に至ったと言います。「欧州連合は代表性のない課税・規制システムだ。米国も同じ理由で革命を始めたじゃないか」

離脱後の経済的な影響については承知しているかと尋ねると、彼は考えましたが、こう答えました。「第二次世界大戦当時よりも悪くなると思うかい?英国はあの状況を乗り切ったんだよ」

こうした不満は、世界中でポピュリズムを活気づけています。これを独裁主義への傾倒ととらえるべきではありません。これは単に、将来の不確実性への不安と社会の公正さへの不満が合わさった結果です。何年間も賃金が据え置かれ、生活の質が低下し、将来が見通せなければ、中間層の不安は増大します。人々は当然ながら自身の地位や能力の低下を実感し、子どもたちの暮らし向きが悪くなるのではと心配します。蓄積された巨大な富が一握りの人々に所有されていることが明らかなとき、人々は基本的な公正さが社会に欠けていると感じます。諸機関や政治的指導者が富裕層に加担していると考えるためです。現在の社会に不確実性や不公正さが蔓延しているように感じるとき、人々はポピュリストやナショナリスト寄りの候補者に投票する傾向があります。これらの候補者は人々が聞いてほしい話に耳を傾けてくれる、唯一の存在のように思えるからです。

ポピュリズムのムーブメントは往々にして無自覚に、政治家にビジネスを混乱させる政策を支持するよう促すことがあります。例えば、国際的な合意、ガバナンス体制および基準からの離脱などです。国境を越えたアイデア、モノおよび人の自由な流れに支えられた投資やイノベーションは、ポピュリストの支持する内向きの政策から逆風を受けます。また、保護主義的な関税は企業間の競争を阻害する傾向があります。さらに、グローバル企業を過去何十年間も支えてきた国際的なサプライチェーンオペレーションを企業が保護する(または維持する)ことは、ポピュリズムの影響でますます困難になるでしょう。

ナショナリストについての問題は、住む場所や仕事の内容を問わず目に見えるより良い将来に対する人々の切実な要求に応える能力があることを、世界的な諸機関が自ら証明する責任を負わせました。そのため、増加する気象関連災害、感情的な対立を生む移民政策、およびスキル育成の課題といったいくつかの重要な問題への継続的な解決策が必要となります。何よりも優先すべきは、解決策を提示することです。根本的な問題をしっかりと理解し対処していると受けとめられなければ、社会の諸機関への人々の信頼が戻ることはありません。

私たちはもはや、リベラルな民主主義と資本主義に向かう流れが当然とは思えない世界に生きています。どちらかと言えば単純な、グローバルな多国間秩序の世界に戻るとは思えません。いくつかの相反する政治的・経済的モデルが並立し、それぞれが限られた地域で力を行使する世界となるでしょう。最も影響力の大きい複数の大国は、経済競争の方法、(貿易、気候、金融規制などの)ルールを決定する国や機関、資源を共有する方法、相互運用可能なデジタルコマース・プラットフォームの構築方法について、意見が一致しないと思われます。各国のモデルが大きく異なっても、互いに共存して効果的に機能することが必要でしょう。比較的小さな国々は、こうした大国の間でうまくかじ取りをしつつ、その独立性を保つために努力することになります。結局のところ、ポピュリズムの引き起こす思想の対立は、不幸のように見えて幸いかもしれません。旧式のモデルはすでに公益を推進するとは思えず、運が良ければより効果的な新しいモデルが登場するでしょう。

Trust(信頼)――軽視される諸機関

2018年11月にアルゼンチンのブエノスアイレスで開催された20カ国・地域(G20)首脳会合の期間中、現地では汚職のスキャンダルがメディアを賑わせていました。クリスティーナ・キルチネル元アルゼンチン大統領が、国内企業トップの多くを巻き込んだ大がかりな贈収賄ネットワークの中心人物として正式に起訴されたためです。最近明らかになった同種の数多くの事件は、ブラジルから中南米全域へと舞台を広げましたが、これを数々のメディアが大々的に報じ、刑事司法制度改革がその捜査を容易にしました。一般の人々はこうした事件を、有害だが驚くほどではないととらえています。コメンテーターは無関心と「スキャンダル疲れ」が危険だと述べました。中南米地域の平均的な市民は長い間、汚職を日常茶飯事ととらえ、政府その他の関連機関をほとんど信頼せず、持続可能な解決策はありそうにないと考えています。

これは中南米に限った例ではありません。電子メディアがあふれ党派間の敵意があらわな時代にあって、電子メールのハッキングや政界の情報漏えいが次々と起きるなか、諸機関への不信は全世界的な潮流になりました。制度不信は、人々が実感するよりも大きな悪影響をもたらしています。エデルマン・トラストバロメーターは2001年以来、諸機関に対する信頼度の意識調査を行っていますが、その結果は驚くような現実を示しています。2019年の同調査では「情報に通じた一般市民」とそれ以外の市民との間で、信頼度の差が過去最大になったことが分かりました。最初のグループ(大学教育を受けた25~64歳の人々で、世帯所得が居住地域の市場の上位4分の1に所属)は、ニュースメディアの記事をかなり読んでいると回答し、社会の諸機関について肯定的な見方をする傾向がありましたが、その他の人々は総じて、これよりもはるかに懐疑的でした。全体では、社会のシステムが自分たちのために機能していると答えた割合は、全世界の回答者の約20%にすぎませんでした。

信頼を失っている機関とは、政府、企業、メディア、学校および大学、宗教団体です。さらに悪いことに、その理由のかなりの部分が諸機関の不正行為です。2008年の世界金融危機、諸機関の情報漏えい、さまざまな目に余る行為の発覚など全てが、不信を招きました。最終的に相当数の人々が、自分たちの将来の指針を示すべきあらゆる機関を信用していません。例えば、フランスでは2018年の秋に環境配慮型の燃料税への反対運動をきっかけに、黄色いベスト運動が起こりました。指導者のだれ一人として成果を出すだろうと見なされず、どの解決策も支持されなかったのです。信頼に足る機関がなければ、文明は十分に機能することはできません。

破壊的な変化そのものの源泉であるテクノロジーやソーシャルメディアも、ますます信用できない存在と考えられています。人々は個人情報やセキュリティに関する先入観にとらわれるようになっています。かつては安全だと考えていたサイトで個人データが盗まれると考え、ソーシャルメディアを通じた人々の操作について学び、最近の英国のテロ攻撃で使われたような、痕跡を残さずに爆発物の材料を購入可能にするアルゴリズムがあることを知っています。

幅広く信頼を回復する方法を理解するのは困難ですが、エデルマン・バロメーターのデータがヒントになります。調査では、世界全体の回答者の75%が勤務先の企業を信頼しているという結果が出ました。これはメディア(47%)、政府(48%)、企業全般(56%)、非政府組織(57%)よりもはるかに高い数字です。これらの回答者の多くは、企業を社会の変革の促進者ととらえています。例えば、「勤務先企業のCEOにとって困難な時代に対応することはきわめて重要である」という設問に対し、71%が当てはまると回答しています。

諸機関が信頼を取り戻すためには、機能を果たす能力を有し、公益のために働いていると認められる必要があります。学校、企業および政府は、徐々にそのことを理解しつつあります。それは自分たちとやり取りのある全ての人に価値をもたらすことだけでなく、相手に好ましいやり方で価値をもたらすことです。その結果、その機関とかかわり合う経験が好意的に受け入れられるのです。過去においてこうした努力の多くはおざなりで口先だけのものでした。今回失敗すれば失うものは大きく、中途半端な努力では不十分です。今日の組織に対する不信は、広い意味の社会的意義へのシフトなど、全面的な改革が求められていることの表れです。

変革の促進者

指導者たちが主要機関に対する信頼の回復を本気で目指すのであれば、レジティマシー(社会的正当性)とレバレッジについて改めて考え直す必要があります。多くの機関における日常的な慣行や思考方法は、今回の危機をもたらした一因です。信頼を構築するには、習慣化したしきたりの改革を、多くの場合大規模に実行する必要があります。21世紀の課題に効果的に対処するための新たなアイデアとは何でしょうか。私たちは以下がその出発点になると考えます。

  • 責任を負う――これまで挙げた問題はあまりに困難で、それに慣れてしまうのはたやすいことですが、企業のリーダーは結果にこだわらなくてはなりません。多額の個人負債を抱えて、与えられる機会の少ない大学卒業資格者を次々送り出す教育システムや、セーフティーネットがほとんど存在せず退職者の生活を破たんさせるシステム、そして自宅を購入し子ども世代の将来に希望をもつ中堅労働者がオートメーションに仕事を奪われていくシステムに代えて、別のシステムを創造する必要があります。世界中の中間層の空洞化を防ぐには、彼らに配慮しなくてはなりません。それはまた、最も貧しい地域、干ばつや洪水、ネグレクト(放置)のリスクを負う地域への配慮とのバランスに基づく必要があります。そのための資金を長期的な富の再分配によって調達したくないのであれば、当面の間は偽りのないコミットメント、より効果的なマネジメント、よりスマートな解決策によって取り組みを進めなくてはなりません。
  • よりスピーディーかつ大規模に行動する――私たちが対処すべき問題の緊急性と対象範囲を認識することが肝要です。行動を起こす前の議論や協議に時間をかけてはいられません。例えば今後10年間にアフリカ地域の4億4200万人のための教育と雇用を確保する目標は、既存の多国間機関による従来のペースの活動では実現できません。
  • 現地第一主義――民主主義のシステムでは、国内政策や対外政策に関する意見の隔たりがあまりに大きく、そのままでは必要な解決策を見いだせそうにありません。また、自分たちに固有の優先課題を掲げる独裁主義的システムも、完全には信頼できません。今後数年にわたる国際社会と国家政府の最も重要な役割は、現地のコミュニティが問題解決を通じて発展できる条件を、一歩下がって整備することではないでしょうか。試行し、結果を注視し、透明性を確保し、自らの経験と他のコミュニティの経験から学ぶための環境を整える必要があります。私たちの豊富な専門的ノウハウを導入して支援にあたれば、地域社会レベルでの社会的結束と包摂的な機会を創造する可能性が広がります。
  • 成功の意味を見直す――今日一般的な経済がGDP成長率と株主価値を重視する姿勢は、人々の経験する真のマイナス影響を覆い隠してきました。国や世界全体の平均値は、その実相を表すものではありません。各組織は、自らのより根本的な存在意義、すなわち経済面だけでなく人類にとっての世界の価値を向上させるという目的に即して意思決定を行う必要があります。また、その事業を展開する地域社会の発展に責任を負わなくてはなりません。各国は、GDP成長率に限定されない社会全体の「ウェルビーイング」に政策の軸足を移すことが求められます。
  • 人間性に基づくテクノロジー――デジタルツールやデジタルメディアは、特殊にプログラミングされた場合を除き、引き起こした結果に関心をもつことはありません。その影響が恩恵をもたらすようにするのは、人間の仕事です。ソーシャルメディアには正確なニュースを伝える能力があります。テクノロジーは記憶力や注意力を向上させ、気分の落ち込みや不安を和らげることができます。AIは人間の最も悪い面ではなく、最も良い面を再現することができます。これらを実現するために、より多くの人々がデジタルのスキルと意識を高め、より良い成果と包摂的なイノベーションを促進する能力を身に付ける必要があります。
  • 諸組織の改革――税制はより公正なものに改正することができます。資本市場はよりアクセスしやすく効果的なものに変更できます。教育システムは、社会のニーズに合う技能を教えられるよう、教授法とカリキュラムの両面から最新の状態に変更することが可能です。私たちは想像力を駆使して、組織慣行とガバナンスの新たなモデルを見いださなくてはなりません。こうした新モデルの大部分には、新たなレベルの透明性が備わっています。かつては隠しきれると思われた目に余る行為も、暴かれる可能性が高くなるでしょう。
  • リーダーシップの再考――これはおそらく最も重要なことですが、私たちはリーダーが今日乗り切らなくてはならない、内在する矛盾を理解する必要があります。テクノロジーに精通しながらも人間性の追求に邁進し、敢然と改革を推進しながらも自分たちの限界を認める謙虚さを忘れず、多様な構成メンバーの間でやり取りする政治的スキルをもちながらも誠実さを失わず、伝統を尊重しながらも大規模なイノベーションを推し進めるといった難題です。リーダーに続く、企業、組織および社会のメンバーは、それでもやはりリーダーに期待すべきです。あらゆる人がいつか近い将来、ささやかでもリーダーを任される機会があるだろうということを頭においておくべきです。

上記の内容はあまりにも高望みで非現実的な目標のように思えるかもしれません。しかしその達成は可能です。現実には、多くの人々の考え方は近年成熟し、かつての理想主義や楽観主義からより実用主義的な考え方に移行しています。しかしそれもまた、希望のもてる理由です。レジティマシー(社会的正当性)の危機にどのような解決策が最も有効なのか、現時点では分かっていません。しかし解決策を見いだす過程には、困難な課題と併存する大きなチャンスが存在することを私たちは知っています。

筆者紹介

  • Blair Sheppardは、PwCネットワークのストラテジー&リーダーシップ部門のグローバルリーダー。デューク大学フュークワ・スクール・オブ・ビジネスの名誉教授および名誉学部長。ノースカロライナ州ダーラム在住。
  • Ceri-Ann Droogは、ストラテジー&リーダーシップ部門のグローバルソートリーダー。ロンドン在住、PwC英国ディレクター。
  • その他、ストラテジー&リーダーシップ部門のグローバルディレクター、Thomas Minet(PwC米国)およびDaria Zarubina(PwCロシア)も本記事に寄稿。

※本コンテンツは、PwCが2019年6月に発刊したstrategy+businessの「A crisis of legitimacy」の一部を抜粋し翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

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