DXけん引人材の育成
DXをけん引する人材は、高度な専門知識とリーダーシップスキルに加え、技術をビジネスに翻訳するスキルを持ち、企業のDXを推進する役割を担います。このような人材は市場にもなかなか存在せず、1人で全てのスキルを有することは難しいため、必要なスキルを因数分解し、役割を分割して育成することを推奨します。育成にあたっては、まずどの領域の人材を育成するかを明確にする必要があります。例えば、スクラムマスター、データサイエンティスト、システムアーキテクトなど、具体的な役割や求めるスキルレベルを設定することで、育成の目標が明確になります。
そして、その役割やスキルレベルに応じた具体的な研修コンテンツを作成し、業務部門およびIT部門と調整して、実際のDXプロジェクトを立ち上げます。伴走しながらプロジェクトを通じて実践的な経験を積ませることで、理論だけでは得られないスキルや洞察を身につけてもらいます。これを繰り返し、社内でのDXけん引人材育成を広げていきます。
内製化を進めながら人材を育成するにあたっては、高度なスキルが求められるため、外部の専門家を活用してスキル移転を行うのが現実的な方法です。具体的には、外部専門家によるワークショップやオンザジョブトレーニングを活用し、既存社員が実際のプロジェクトを通じて新しいスキルを習得する機会を提供します。また、メンタープログラムを設け、経験豊富な外部専門家が社員のスキルアップをサポートする仕組みを構築することも有効です。
DXを継続的に行うためには、これらのスキルを有する人材を社内で保持し、自社社員でプロジェクトが実施できるように内製化することが望ましいです。しかしながら、全ての領域で内製化することは現実的ではなく、アジャイル開発やクラウドネイティブ技術など新しい手法を活用するような領域に絞って内製化することを推奨します。例えば、消費者向けのモバイルアプリの開発や、工場のスマート化など、試行錯誤と高速かつ継続的な改善が必要な業務領域に特化して、内製化を進めると良いでしょう。第2章で述べたように、単にシステム開発を内製化するだけでなく、アジャイル開発やクラウドネイティブ技術を活用することによって、よりデジタル人材の育成成果はあがります。
一方で、育成した人材が退職してしまうという課題も顕在化してきました。どの企業もデジタル人材を必要としており、きちんとケアしないと、より魅力的な企業に転職してしまいます。このような状況を避けるためには、評価と報酬を見直すだけでなく、企業内でのキャリアパスやキャリアアップの機会を提供し、長期的な成長を支援する環境を整えることが重要です。
企業全体のリテラシー向上
企業全体のデジタルリテラシーを向上させるためには、人事部が主導する基本的なデジタルスキルやツールの使い方を学ぶ研修プログラムの提供は一定の効果があると考えます。例えば、生成AIの基礎、データ分析の基礎、基本的なプログラミングスキルなどを学ぶことが挙げられます。この際に、オンラインで提供されている研修コンテンツを最大限活用することを推奨します。日進月歩で進化するテクノロジーや新しい概念を踏まえた研修コンテンツを自社で作成することは、スキル的にも工数的にも厳しいと考えられるからです。
一方で、研修だけでは不十分で、実際に現場で活用する機会がなければ、スキルは定着しません。単なる座学に終わらず、実践で試せる場を提供することで、学んだスキルを業務に応用できるようになります。例えば、社内でデータの見える化を支援するBIツールや生成AIなどを導入し、社員が日常業務の中でスキルを磨く機会を提供することは、社員全体のスキル向上という観点では有効な施策です。
また、社員のモチベーションを向上させるためには、上司が社員の自己研鑽を推奨するとともに、評価の際に加点するなどの工夫が効果的です。例えば、期初の面談でスキル習得に関する目標を明確にするとともに、目標達成時にインセンティブを付与します。上司の指示と評価を連動させることにより、社員のスキル習得に関するモチベーションが向上すると考えられます。
人材育成は一朝一夕で実現できるものでなく、また確固たる正解がないため、早期に着手し、定期的に振り返りながら課題を洗い出して改善していくことを推奨します。また、企業のトップが自ら新たなスキルを習得することで、会社全体の変革気運が高まります。
DXの波は既に多くの業界に押し寄せており、これに対応するための人材育成は企業の競争力を左右する重要な要素です。未来を見据えた持続的な成長を実現するためには、組織全体で一丸となってDX人材の育成に取り組むことが不可欠です。