現在、顧客要望の多様化・複雑化、競争環境の激化、人材不足などを背景に、営業におけるAI活用は不可避となっています。しかし、グローバル企業と比較すると、日本企業のAI活用は業務効率化が中心となっており、売り上げや収益性には十分寄与できていない状況です(図表1)。
図表1:生成AIの導入による業務や収益の変化
出所:PwC 「第28回世界CEO意識調査」
日本企業は、カイゼンを中心とした業務効率化を先行させ、余剰リソースを付加価値向上の活動へシフトする進め方が多いと言われます。しかし、実際には業務効率化で手一杯となってしまい、付加価値向上が出来るレベルまでAIを活用できていないことが多く、効果を感じにくい理由として挙げられています。
今後もこのような状況が続いてしまうのであれば、収益面でグローバル企業との差は開く一方であり、企業競争力の低下が懸念される状況になってしまうでしょう。
図表2:顧客接点AI化の進め方と顧客接点の付加価値向上へのAI活用
では、日本企業はどのようなアプローチでAI活用に取り組むと良いのでしょうか。PwC Japanグループが実施した「生成AIに関する実態調査2024 春 米国との比較」によると、生成AI活用の指標として日本では「社員生産性」の次に「工数・コスト」を重要な指標と捉えている一方で、米国では「顧客満足度」の指標を重要視しており、日本との乖離が顕著にみられるポイントです。
この先、日本企業がグローバル企業と戦っていくためには、顧客満足度向上につながる新たな顧客体験を社外も巻き込んで創出していくアプローチを推進していく必要があると考えます。
図表3:生成AI活用の指標
出所:PwC 「生成AIに関する実態調査2024春 米国との比較」
私たちは、「社員生産性」「工数・コスト」を重要視した業務効率化のアプローチではなく、顧客への提供価値向上、ひいては顧客体験(CX)の向上を起点としたアプローチにシフトしていくことを推奨しています。目指すべき顧客体験を提供するために、その対となるあるべき業務を定義し、その業務の実現方法としてAI活用を進めることで、社内に加えて、社外に向けた新たな顧客体験の提供(顧客提供価値向上)や、売上・収益貢献などの大きな効果が期待できると考えています。
図表4:業務効率化の改善アプローチとCX向上を起点とした「改革」アプローチ
AI活用を顧客体験(CX)向上の契機と捉え、改善ではなく「改革」を行っていくアプローチへのシフトが必要です。PwCコンサルティングではAI活用の営業改革を成功させるために以下の5点が重要だと考えています。前編では、「ヒトとAI協働での付加価値提供」および「営業オペレーションモデル」について解説します。
図表5:AIを活用した営業改革を成功させるための5つの論点
はじめに、ヒトとAIはどのように機能分担すべきかについての検討が必要です。ヒトとAIの協働によって、顧客に最適な体験を提供するためには、それぞれの特徴(強み・弱み)を正しく理解し、うまく組み合わせることが重要です。
ヒトの強みは、共感・感情理解・文脈判断・柔軟性・創造・直観・倫理観を通じた「意味付け」「信頼創造」の力にあり、AIの強みは処理速度・記憶力・定型業務・繰り返し作業・情報一貫性を通じた「最適化」「拡張」の力です(図表6)。
図表6:ヒトとAIの強みと弱み
こうした特徴を考慮した上で、実際の営業業務プロセスごとにそれぞれの役割の明確化を行います。
営業活動におけるヒトとAIの分担例を図表7に示します。ヒトは共感・感情理解・信頼創造と関係構築、AIはデータに基づく分析・加工処理などを主に担当します。
図表7:営業活動におけるヒトとAIの分担例
| 営業業務プロセス | AIの役割 | ヒトの役割 | |
| 1 | 顧客ターゲティング | 顧客属性や過去実績データから有望リードをスコアリング・抽出 | 業界動向や戦略視点から優先すべきターゲットを選定 |
| 2 | アプローチ・初期接点 | メール文面の生成、過去の商談履歴や類似顧客情報の提示 | 顧客との初回接触で信頼感を築く、背景・文脈を把握 |
| 3 | ヒアリング・課題抽出 | 顧客の発言・メモを自動記録・要約し、分析してヒントを提示 | 潜在ニーズや感情面を深堀りし、関係性を強化 |
| 4 | 提案設計・資料作成 | 提案資料のドラフト生成、過去の事例を検索・再利用 | ストーリー構成、顧客コンテキストに合わせたプレゼンの最終調整 |
| 5 | クロージング・契約 | 契約書ドラフトの作成支援、ステータス管理・リマインド | 最終判断に向けた関係者調整・交渉・信頼の担保 |
| 6 | フォローアップ・関係維持 | 定期フォローのタイミング提案、顧客の動向をモニタリング | 顧客との長期的な関係を構築し、次の機会を創出 |
「ヒトとAI協働での付加価値提供」をより深く検討するためには、下記をクリアにしていくことが重要です。
【検討のポイント】
次に、ヒトとAIの協働に適応した組織・業務・マネジメントのあり方を考えていきます。検討に際しては、AIの中でも進化の著しいAIエージェントの活用を前提に「組織」「人材」「マネジメント」がどう変わるかを予測し、新しいオペレーションモデルを定義することが必要です。以下、「組織」「人材」「マネジメント」の観点で今後想定される流れを説明します。
「組織」の観点では、現在主流となっている営業プロセスを機能別に分業し「効率化」を追求する営業分業型モデルから、1人の営業がAIエージェントの横断支援を受けて複数の役割を担い、「プロセス全体をカバー」する顧客起点垂直型モデルへシフトすると予想しています。これにより、より本格的に顧客に向き合うアカウント軸で営業活動を実施していくための組織構造のシフトが必要になってきます。
図表8:これまでの営業分業型モデルとこれからの顧客起点垂直型モデル
MKTG:マーケティング FS:フィールドセールス IS:インサイドセールス CS:カスタマーサクセス
「人材」の観点では、役割の兼務・統合に伴い、主にAIを「使う」人と、AIを「育てる」人に大別され、具体的には図表9に示したような役割が必要になってくると考えられます。そのため、新たな役割に応じた人材獲得や育成の検討が急務になるでしょう。
図表9:これから求められる役割(職種)
「マネジメント」の観点では、マネジメント指標が「短期的な売上貢献」から「顧客体験の向上」や「長期的な顧客価値創出」にシフトし、現場マネージャーの役割も、管理・指示から部下の支援・変革推進へシフトしていくことが予想されます。AIを活用した業務の最適化を推進することで、組織全体のパフォーマンス向上に寄与することがマネジメントに求められるようになります(図表10)。
図表10:これまでとこれからのKPIとマネジメント
同時に、営業組織のトップマネジメントは、従来の「営業本部長」だけでは対応できないAIやエクスペリエンスに関わる統括の要や役割(CAIO:Chief AI Officer/CXO: Chief Experience Officerなど)も不可欠となっていくと予想されます。
「ヒトとAI協働のための営業オペレーションモデル」をより深く検討するためには下記をクリアにすることが重要です。
【検討のポイント】