PwCコンサルティングではAI活用の営業改革を成功させるために、以下5点が重要と考えています(図表1)。
図表1:AI活用の営業改革を成功させる5つの論点
前編では、「ヒトとAI協働での付加価値提供」「営業オペレーションモデル」について解説しました。後編では、「学習データマネジメント」「トラスト」「テクノロジー」について解説します。
正確かつ有用な分析には、何のデータをどのように収集・管理すべきかについての検討が必要です。私たちは以下のデータの量と質がAIの精度を高めるポイントであると考えています。
世の中に存在しないものも含めて価値のある一次情報(ファクト、文脈)をどれだけ創出できるかが差別化の源泉となり、またそれらをどれだけ再現性のある二次情報(ナレッジ)に変換し、活用できるかが事業成長のドライバーになると考えています。
しかし、これらのデータを管理できていない、またはデータにすらなっていないなどの課題を抱えている企業が多いのが現状です。
例えば、「ファクト」や「文脈」は、営業担当者が日々の顧客との商談などを通じて得られる情報が中心となります。多くの企業はSFA(Sales Force Automation:営業支援ツール)やCRM(Customer Relationship Management:顧客情報管理機能)といった営業支援システムにこれらの情報を入力することを求めているものの、入力・活用の定着化に課題を抱える企業が大半です。
まずはいかに現場が情報をインプットしてくれるかが、成功の鍵となります。そのためには、入力の効率化・自動化を実現するテクノロジーの導入や、データの入力・活用を仕向ける評価制度やKPI管理の見直しといったハード面の対応が必要です。加えて、データを入力・活用することが当たり前であるといった意識付けや行動変容を促すソフト面の対応との両輪での変革が必要となります(図表2)。
図表2:データ入力・活用の変革フレームワーク
また、「ナレッジ」については、顧客向けの提案書やサービス提供時の成果物・納品物などが実例として挙げられます。これらについても、営業が顧客情報の漏えいなどを懸念して情報を出したがらない、あるいは、ナレッジ管理システムなどで収集した情報を検索、活用できるようになっているものの、情報が古すぎる、欲しい情報がすぐに見つけられない、などといった課題があります。
これら課題に対応するためには、「ナレッジ」の元となる情報の収集から加工(タグ付け)、更新保持、利活用に至るまでの一連のライフサイクルを「運用可能な業務」の中に組み込み、ナレッジの品質を担保する仕掛けにすることが重要です(図表3)。
具体的には、「収集」においては現場からナレッジを自然に引き出せる仕組みづくり、「加工(タグ付け)」ではタグ・分類体系の標準化、「更新・保持」では更新・保持ルールの策定と運用の確立、「利活用」では活用実績の可視化と評価が重要となります。
図表3:ナレッジのライフサイクルと業務への組み込み方法
「AIの学習データマネジメント」をより深く検討するためには下記をクリアにすることが重要です。
【検討のポイント】
どのようにリスクを評価し対策を講じるべきかの検討が必要となります。AIは、生産性向上や収益改善などへの劇的な効果がある一方、セキュリティ、プライバシーといった新たなリスクへの対応も不可欠です。具体的には、従前のITシステムでもある技術的、法的リスクに加えて、倫理的なリスクも発生します(図表4)。
図表4:営業業務でのAI活用で想定されるリスク例
| リスク | 内容 | 該当例 | |
| 1 | 顧客情報の漏えいリスク | AIが学習・処理するデータに顧客の機微情報が含まれるため、漏洩時のインパクトが大きい | CRM連携や生成AIによる文章作成中に、誤って個人情報や商談情報を外部に送信 |
| 2 | 意図しない情報共有・拡散 | AIが生成・提案した営業文書や資料に非公開情報を含むことがある | 自動生成された提案書に社内限定の価格戦略や開発情報が入り、そのまま外部共有される |
| 3 | 不正アクセス/データ改ざん | AIや営業支援システム(SFA・CRM)に対してサイバー攻撃が行われる | 攻撃者がAIを操作して見込み客情報を改ざんし、営業判断をミスリードさせる |
| 4 | 説明責任の不在 | AIの営業判断がブラックボックス化し、不適切判断の責任が不明確になる | 失注や不当な顧客選別が発生した際に、誰が意思決定したか説明できない |
| 5 | 利用ルール不徹底 | 営業メンバーがAIツールを独自の判断で使い、不適切な活用が広がる | 社外生成AIツールに営業資料をコピー&ペーストし、情報漏えいを引き起こす |
| 6 | バイアス・差別的提案のリスク | AIが過去データに基づいて、特定の属性に不公平な扱いをする | 「この業種には売れない」「この地域の顧客は低確度」などのAI判断が差別的になる |
| 7 | コンプライアンス逸脱リスク | AIによる自動化が業界規制や契約条件に抵触する可能性 | 医療・金融・公共分野など、営業活動に制限がある業界での誤対応 |
営業領域でのAI活用においては、個人情報や機密情報などを扱う機会が増える点にも注意が必要です。また、海外展開している企業の場合、サイバーセキュリティやプライバシーに関する各国・地域の法規制への対応が必須となります。特にプライバシーデータの越境には、法規制上の問題がないか厳しくチェックする必要があります。
こうしたリスクの対策例として、先進企業ではAIサービスのリスクを特定する「AIレッドチーム」の取り組みが進められています(図表5)。AIレッドチームは、AIサービスのインシデントを未然に防ぐために、リリース前や運用中に脅威を評価し、脆弱性・リスクの特定や、効果的なセキュリティ対策を講じることを目的としています。AIを利用したサービスに対して、リスク起因者(サイバー攻撃者、犯罪者、愉快犯など)の立場からエンジニアが高度な疑似攻撃を行うことで、脆弱性とそれに伴うビジネスリスクを特定していきます。
図表5:AIレッドチームとは
また、個別リスクへの対策も必要ではあるものの、対策に抜け漏れが生じることを防ぐために、包括的なAIガバナンス環境の整備も進めていく必要があります。具体的には、①AIガバナンスの現状把握、➁指針/ポリシー策定、③AIガバナンス体制構築、④モニタリングプロセス策定、⑤モニタリングツールの導入、⑥AIガバナンス人材育成、⑦開発/運用プロセスの改善の7つの取り組みが必要となります(図表6)。
図表6:AIの想定リスクへの個別対策例と包括的なAIガバナンス環境の整備に向けた7つの取り組み
安全にAIを利用するトラスト(セキュリティガバナンス)をより深く検討するためには下記をクリアにすることが重要です。
【検討のポイント】
AIエージェントの開発・運用にはどのようなテクノロジーが必要で何を活用すべきかの検討が求められます。
また、AIエージェントの開発・運用には非常に多くのテクノロジーが必要です(図表7)。
図表7:B2BセールスにおけるAIエージェントのテクノロジースタック例
各レイヤーにおいてさまざまな製品が存在し、また、それらレイヤー間の組み合わせとなるため、製品選定の難易度は高いです。基本的には、通常のシステムと同様、ビジネスニーズや業務・システム要件、性能やセキュリティなどの非機能要件を整理していくアプローチですが、取り扱う技術が、新規性が高くかつ日々進歩しているため、専門的な知見を持った人材による目利きが必要となります(図表8)。
図表8:各テクノロジー選定時の検討論点例
| レイヤー | テクノロジー選定時の検討論点例 | |
| 1. | ユーザーインターフェース層 |
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| 2. | アクション層 |
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| 3. | エージェントオーケストレーション層 |
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| 4. | モデル層 |
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| 5. | データナレッジ層 |
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| 6. | トラスト(セキュリティガバナンス)層 |
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| 7. | クラウドインフラ層 |
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なお、各業務アプリケーションベンダーは、自社アプリケーションと親和性の高いテクノロジーをプリセットしたAIエージェント基盤を提供しています。ユーザー企業は得意領域に応じ、複数のAIエージェント基盤を利用するケースが増えてきています。
今後、AIの業務活用が進んでいくと、複数のAIエージェント基盤を用いたユースケースがより多く発生することが予想されますが、AIエージェント基盤は、異なる基盤を連携することを想定した設計になっておらず、技術的に連携の難易度が高い状況です。そのため、AIエージェント基盤間を連携するエージェントOSといった技術を活用し、より簡単に複数の基盤連携を実現する取り組みも多くなると考えます。
図表9:複数のAIエージェント基盤間を連携するエージェントOSの必要性
「テクノロジー」をより深く検討するためには下記をクリアにすることが重要です。
【検討のポイント】
私たちは、将来を見据えた青写真を描きつつも、小さく始めて成果を刈り取りながら、段階的に持続可能な仕掛けに変革していくアプローチが得策だと考えています。具体的には、以下の3ステップです(図表10)。
図表10:今後何をすべきか(次世代営業への変革に向けた3ステップ)
営業領域でのAI活用は不可避であり、今後の企業競争力を左右する大きな変換点にあると考えます。この機会を逃さないためには、AIを単なる業務効率化・自動化の改善ツールではなく、事業成長のアクセラレーターとして位置付け、顧客体験(CX)向上を高める取り組みを中心に据えた改革を進めることが必要です。