次世代のB2Bセールス

ヒトとAIの協働による次世代の営業スタイルの実現に向けて【後編】

  • 2025-07-10

AIの学習データマネジメント

正確かつ有用な分析には、何のデータをどのように収集・管理すべきかについての検討が必要です。私たちは以下のデータの量と質がAIの精度を高めるポイントであると考えています。

  • ファクト:客観的・構造化された「事実」(数値、ログなど)
  • 文脈:ファクトの裏にある「背景・意図」(会話ログ、業務履歴など)
  • ナレッジ:再現性を加速させる「形式知」(ドキュメント、ノウハウなど)

世の中に存在しないものも含めて価値のある一次情報(ファクト、文脈)をどれだけ創出できるかが差別化の源泉となり、またそれらをどれだけ再現性のある二次情報(ナレッジ)に変換し、活用できるかが事業成長のドライバーになると考えています。

しかし、これらのデータを管理できていない、またはデータにすらなっていないなどの課題を抱えている企業が多いのが現状です。

例えば、「ファクト」や「文脈」は、営業担当者が日々の顧客との商談などを通じて得られる情報が中心となります。多くの企業はSFA(Sales Force Automation:営業支援ツール)やCRM(Customer Relationship Management:顧客情報管理機能)といった営業支援システムにこれらの情報を入力することを求めているものの、入力・活用の定着化に課題を抱える企業が大半です。

まずはいかに現場が情報をインプットしてくれるかが、成功の鍵となります。そのためには、入力の効率化・自動化を実現するテクノロジーの導入や、データの入力・活用を仕向ける評価制度やKPI管理の見直しといったハード面の対応が必要です。加えて、データを入力・活用することが当たり前であるといった意識付けや行動変容を促すソフト面の対応との両輪での変革が必要となります(図表2)。

図表2:データ入力・活用の変革フレームワーク

また、「ナレッジ」については、顧客向けの提案書やサービス提供時の成果物・納品物などが実例として挙げられます。これらについても、営業が顧客情報の漏えいなどを懸念して情報を出したがらない、あるいは、ナレッジ管理システムなどで収集した情報を検索、活用できるようになっているものの、情報が古すぎる、欲しい情報がすぐに見つけられない、などといった課題があります。

これら課題に対応するためには、「ナレッジ」の元となる情報の収集から加工(タグ付け)、更新保持、利活用に至るまでの一連のライフサイクルを「運用可能な業務」の中に組み込み、ナレッジの品質を担保する仕掛けにすることが重要です(図表3)。

具体的には、「収集」においては現場からナレッジを自然に引き出せる仕組みづくり、「加工(タグ付け)」ではタグ・分類体系の標準化、「更新・保持」では更新・保持ルールの策定と運用の確立、「利活用」では活用実績の可視化と評価が重要となります。

図表3:ナレッジのライフサイクルと業務への組み込み方法

「AIの学習データマネジメント」をより深く検討するためには下記をクリアにすることが重要です。

【検討のポイント】

  • 自社の差別化要素としてAIを活用するにあたり、どのようなデータが必要で、その中で自社が保有している有効なインプットデータは何か
  • 上記データが、AIにインプットできる状態の品質で管理できているか(量・質・鮮度の観点で十分なデータの管理状態になっているか)
  • データ品質に問題がある場合、何が課題か(現場がインプットしない、そもそもデータがない、データを管理する仕組みや体制がない、など)
  • 上記課題を解消するためにどのような打ち手が考えられるか(インプットの自動化や管理ツールの導入、データ入力活用に関する現場の意識改革、意識改革を促進する制度・ルール設計の見直し、など)

テクノロジー

AIエージェントの開発・運用にはどのようなテクノロジーが必要で何を活用すべきかの検討が求められます。

また、AIエージェントの開発・運用には非常に多くのテクノロジーが必要です(図表7)。

  1. ユーザーインターフェース層:営業または、顧客がAIエージェントにリクエストを行い、アウトプットを受け取る機能
  2. アクション層:タスクの実行に必要な外部システムへのアクション機能(他システム連携、メール・カレンダー連携、情報検索など)
  3. エージェントオーケストレーション層:複数のエージェントが、自律的・協調的に動作するための機能(リード検索エージェントと、ナーチャリングエージェントと、商談スケジュール調整エージェントの連携など)
  4. モデル層:リクエストを理解し、タスクの実行に必要なコンテンツ(会話・音声・画像)を生成する機能
  5. データナレッジ層:エージェントの動作やコンテンツ生成のインプットとなるデータを管理する機能
  6. トラスト(セキュリティガバナンス)層:AIエージェントを安全安心に利用するための機能
  7. クラウドインフラ層:上記テクノロジーを稼働させるサーバー・ストレージ等のインフラ

図表7:B2BセールスにおけるAIエージェントのテクノロジースタック例

各レイヤーにおいてさまざまな製品が存在し、また、それらレイヤー間の組み合わせとなるため、製品選定の難易度は高いです。基本的には、通常のシステムと同様、ビジネスニーズや業務・システム要件、性能やセキュリティなどの非機能要件を整理していくアプローチですが、取り扱う技術が、新規性が高くかつ日々進歩しているため、専門的な知見を持った人材による目利きが必要となります(図表8)。

図表8:各テクノロジー選定時の検討論点例

  レイヤー テクノロジー選定時の検討論点例
1. ユーザーインターフェース層
  • 利用者(社内ユーザー・顧客)のITリテラシーはどの程度か(高ければチャットやCRMへの埋め込み)
  • 即時性は必要か(即時性が求められる場合はチャットや音声)
  • 社内業務との統合の必要性はどの程度か(統合が必要な場合はCRMへの埋め込みが望ましい)
2. アクション層
  • どんな外部ツールにアクセスするか(メール送信、MA更新、CRM更新、ナレッジ検索など)
  • アクセス先の外部ツールに対するAPI接続や統合認証等の機能が充実しているか
3. エージェントオーケストレーション層
  • 開発容易性:GUIベースでフロー設計ができるか
  • エージェント制御:複数エージェント同士で複雑な役割分担が必要か
  • フロー設計要件:条件分岐・リカバリーフローが必要か
4. モデル層
  • モデル性能要件:精度・速度・コストどれを優先するか
  • 処理スケール:想定する同時処理数・リクエスト数
  • リアルタイム要件:秒単位の即応性が必要か
5.

データナレッジ層

  • ナレッジ統合要件:社内データ統合(RAG)が必要か。FAQやナレッジベースの組み込みが可能か
  • ナレッジの追加・更新要件:現場主導で簡単に行えるか
6. トラスト(セキュリティガバナンス)層
  • データアクセス権限制御ができるか
  • 応答履歴の記録・監査ができるか
  • なぜその回答を出したかの説明が確認できるか
7. クラウドインフラ層
  • 社内システムや他クラウド環境と柔軟に連携できるか
  • 社内のIT基準やセキュリティ基準を満たしているか
  • 安定性・耐障害性は問題ないか

なお、各業務アプリケーションベンダーは、自社アプリケーションと親和性の高いテクノロジーをプリセットしたAIエージェント基盤を提供しています。ユーザー企業は得意領域に応じ、複数のAIエージェント基盤を利用するケースが増えてきています。

今後、AIの業務活用が進んでいくと、複数のAIエージェント基盤を用いたユースケースがより多く発生することが予想されますが、AIエージェント基盤は、異なる基盤を連携することを想定した設計になっておらず、技術的に連携の難易度が高い状況です。そのため、AIエージェント基盤間を連携するエージェントOSといった技術を活用し、より簡単に複数の基盤連携を実現する取り組みも多くなると考えます。

図表9:複数のAIエージェント基盤間を連携するエージェントOSの必要性

「テクノロジー」をより深く検討するためには下記をクリアにすることが重要です。

【検討のポイント】

  • AIエージェントを実装する目的と業務課題は何か
  • どの機能が重要で、優先度は何か(言語モデル連携、外部ツール連携、RAG、ワークフロー制御、他ツールとのUI統合など)
  • 複数のAIエージェント基盤をどのように用いるか。また組み合わせる場合、どのようなAIエージェント基盤とエージェントOSを採用すべきか

次世代営業への変革に向けた3ステップ

私たちは、将来を見据えた青写真を描きつつも、小さく始めて成果を刈り取りながら、段階的に持続可能な仕掛けに変革していくアプローチが得策だと考えています。具体的には、以下の3ステップです(図表10)。

  • STEP1(Re:Design):ヒトとAIが協働するあるべき姿(青写真)を再設計する。具体的には、顧客の購買体験や顧客への付加価値増に向けて自社が何をすべきかを洗い出します。
  • STEP2(Quick win):早期効果創出に向けた取り組みの実践を行う。トライアンドエラーを繰り返しながら、ヒトとAIの協働のユースケースをアジャイルに試行しつつ、AI精度向上のためのデータ整備と学習データマネジメント構築を進めます。
  • STEP3(Sustainable structuring):持続可能なオペレーティングモデルとガバナンスを整備する。AIとの協働を前提に、既存のオペレーティングモデルを見直しつつ、安全・安心にAIを活用するためのガバナンス整備を行います。

図表10:今後何をすべきか(次世代営業への変革に向けた3ステップ)

営業領域でのAI活用は不可避であり、今後の企業競争力を左右する大きな変換点にあると考えます。この機会を逃さないためには、AIを単なる業務効率化・自動化の改善ツールではなく、事業成長のアクセラレーターとして位置付け、顧客体験(CX)向上を高める取り組みを中心に据えた改革を進めることが必要です。

執筆者

小髙 一慶

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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友谷 康一

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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杉本 和則

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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