「営業秘密」の保護と利活用

第2回:営業秘密を取り巻く国際動向と日本企業が留意すべき事項

  • 2025-07-10

本インサイトシリーズでは、営業秘密の重要性と課題、そして効果的な対策、営業秘密の利活用などについて解説しています。今回は、日本における営業秘密保護に関する法的枠組みに加え、主要国・地域における営業秘密の定義や保護制度を比較し、日本企業が注目すべきポイントを解説します。

Section1:主要国・地域における営業秘密の定義の比較

営業秘密の定義は国や地域によって異なります。以下の図表に、日本、米国、EU、中国における営業秘密の定義を比較した表を紹介します。この理解は、各地域での適切な営業秘密管理を実現する基礎となります。

図表:営業秘密の定義比較

国/地域

営業秘密の定義

主な要件

根拠法令

日本

秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報であって、公然と知られていないもの

- 非公知性
- 有用性
- 秘密管理性

不正競争防止法

米国(連邦)

当該情報の所有者により当該情報を秘密に保持するための合理的な措置が講じられているものであって、当該情報の開示または使用から経済的価値を得ることができる他の者に一般的に知られておらず、かつ、それらの者によって正当な方法によって容易に解明できないことから、実際のまたは潜在的な経済的価値が生じる情報

- 非公知性
- 商業的価値
- 秘密管理性

連邦営業秘密防衛法
(DTSA)

EU

営業秘密指令に基づき、営業秘密は「公然と知られておらず、商業的価値があり、合理的な秘密管理措置が取られている情報」と定義(なお、加盟国の国内法により追加的な要件が存在)。

- 非公知性
- 商業的価値
- 秘密管理性

営業秘密指令
(2016/943)

中国

技術情報および営業情報で、公然と知られておらず、実用性を有し、秘密保持措置が講じられているもの。

- 非公知性
- 商業的価値
- 秘密管理性

反不正当競争法

なお、インドには、特に営業秘密の保護に関する特別な制定法は存在しません。判例法(コモン・ロー)に基づき、裁判所の判断および判例を根拠として保護がなされており、裁判所の過去の判例等に基づく判断が必要となります。

Section2:相違点と日本企業が留意すべきポイント

国際的な営業秘密保護には各国・地域の法制度に固有の特徴が存在します。日本企業が営業秘密のガバナンスをグローバル展開するうえで留意すべきポイントを以下にまとめます。

(1)主要国・地域における法制度の特性

米国・欧州・中国市場は多くの日本企業にとって主要な進出先ですが、それぞれの市場における法制度は複雑で注意が必要です。

【米国の法制度】

2016年に制定された「連邦営業秘密防衛法(DTSA)」により、州間取引または外国との商取引に使用されることが意図されている製品・サービスと関連する営業秘密についての訴訟が連邦裁判所で可能となりました。また、ニューヨーク州を除く全ての州が「統一営業秘密法(UTSA)」を基にした営業秘密保護に関する制定法を立法しているものの、州により保護の水準等が異なるため、日本企業は進出先の州法を個別に確認する必要があります。州間取引または外国との商取引との関連では、適用を受けられる州法がDTSAよりも強い保護を与えている場合には、当該州法に基づく請求を原告が行うことも認められています。また、判例法の重要性が高く、営業秘密保護基準が判例を通じて具体化されているため、企業は最新の判例を把握し対応することが求められます。

【EUの法制度】

EUでは、2016年施行の「営業秘密指令(EU Directive 2016/943)」に基づき、加盟国が営業秘密を統一基準で保護しています。各加盟国が「指令」に基づき、国内法を制定しているため、各加盟国における要件の詳細や実際の運用には差異が生じる場合があります。そのため、日本企業が欧州市場で活動する際には、進出先の国における具体的な法制度を理解し、適切に対応することが重要です。

【中国の法制度】

中国では、営業秘密保護の法制度が2019年の「反不正当競争法」改正以降、強化され続けており、営業秘密の定義の明確化、立証責任の緩和、懲罰的賠償制度の導入など、営業秘密保護が進展していると言えます。特に最近では、営業秘密保護に関する司法解釈の見直しが図られ、デジタルデータ保護との連携も議論されており、今後も法制度の改定の動きには注視しておく必要があります。

(2)「合理的な保護措置」の具体的内容の差異

秘密管理性の要件に関連して、営業秘密を保護するためにDTSAでは「合理的な措置(reasonable measures)」、EU営業秘密指令では「合理的な秘密管理措置(reasonable steps)」が明文化されています。日本企業はこれに対応し、営業秘密の管理が適切であることを証明できるよう、関連する記録を保持することが重要です。記録や実施内容を証明することが重要な理由は、法的な紛争が起きた際の証拠として機能させるためです。例えば、米国の多くの裁判例では、秘密保持契約の締結の重要性が指摘されており、秘密保持契約が締結されていない場合には、合理的な措置がなされていなかったと認定される可能性があります。将来の紛争に備える観点からも、秘密保持契約の締結と保管が重要となることが考えられます。また、EUにおいても、指令に基づく各加盟国の国内法および裁判例により、合理的な秘密管理措置の判断基準が示されています。一例としてドイツの裁判例では、契約の定めのほか、研究・開発費用や事業規模といった要素の考慮や、「Need to know」ベースでの情報開示に留めるかどうかといった点が重視される考え方が示されています。

日本における「秘密管理性」についても、経済産業省の「営業秘密管理指針」や裁判所の判断により考慮要素が示されています。例えば、営業秘密管理指針では、「秘密管理をする」という企業としての意思が秘密管理措置によって、「従業員・役員や取引相手先に明確に示され、秘密管理意思を容易に認識できる必要がある」とされています。また、従業員・役員向けと取引相手先向けの各々の状況に応じて、要求される秘密管理措置の程度・対応方法が例示されています。しかしながら、これらの対応も必ずしも米国やEUにおける判断基準、考慮要素と合致するとは限らないため、日本基準の管理方法だけでは、米国やEUなど海外での法的保護が不十分となるリスクがあります。

(3)商業的価値

米国、EUおよび中国では、営業秘密の要件として「商業的価値」が明記されています。日本の不正競争防止法における「有用性」という概念も、公序良俗に反する内容の情報を秘密の保護対象から除外した上で、商業的価値が認められる情報を保護するものとされており、「商業的価値」が要件とされる点においては、各国・地域の法制度に大きな違いはありません。

もっとも、「商業的価値」として、実際の金銭的価値が要件とされるか否かなど、国・地域によって具体的な要件に差異が見られます。この点、EU営業秘密指令では、「商業的価値」は実際の金銭的な価値に限定されず、潜在的に有益なものであれば要件は満たされるとされています。また、EU営業秘密指令を受けたドイツ国内法においても、商業的価値の有無は格別問題とはされていません。

これに対して米国では、「独立した経済的価値」として、保護の対象となる秘密から得られる価値が、商品・サービスなどから得られる価値自体から独立したものであることが求められます。また「少なくともその秘密によって得られる経済価値が些細なものである場合は、営業秘密としての保護対象にならない可能性がある」とも指摘されています。開発に費やした労力・金額も「独立した経済的価値」の考慮要素とする裁判例も見られます。

この点、上記のとおり日本の「有用性」も商業的価値が認められる情報の保護を意図したものとされますが、必ずしも具体的な金銭的価値まで要件とされるわけではありません。諸外国における要件も念頭に置いた場合には、日本独自の基準で営業秘密を管理していると、米国などにおける法的保護が十分でないリスクがあります。例えば、研究開発における投資額や市場シェアへの影響など、具体的な経済的価値を明示していない場合、諸外国において「商業的価値」の要件との関係で営業秘密として認められにくくなり、海外での裁判で不利になる可能性があります。

実務的には、営業秘密が企業の収益や競争力にどのように寄与しているかを明確にするため、次のような取り組みが重要です。

  • 営業秘密が事業に与える具体的な影響を定量的に評価する
    (例:代替技術の開発コストやライセンス収入の試算)
  • 価値の高い情報を優先的に保護対象とし、管理体制を強化する
  • 営業秘密の商業的価値を証明するために、関連情報を文書化し、必要に応じて専門家やコンサルタントによる評価を受ける

また、海外での法的保護を強化するためには、営業秘密保護に関するWIPO(世界知的所有権機関)、米国特許商標庁(USPTO)、欧州連合知的財産庁(EUIPO)などのガイドラインを活用することで、より実効性の高い保護措置を講じることができます。

(4)海外の営業秘密漏えいの潮流と対応策

近年、SNSやクラウド、生成AIの普及により、営業秘密の漏洩リスクが世界的に高まっています。特に、業務で使われるチャットアプリやSNSなどは利便性が高い一方で、私的利用される可能性もあり、誤送信や無意識な投稿、情報の持ち出しといったリスクを伴います。こうしたリスクへの対応力は国や地域によって差があり、情報セキュリティや知財保護に対するリテラシーが十分ではなく、管理体制や従業員教育などが不十分なケースも見られます。

例えば中国ではSNSを通じた社内チャットの誤送信や、投稿による漏洩が問題視されています。また、展示会やSNSで紹介した技術が第三者により「冒認出願」される事例も発生しています。

このような状況を踏まえ、海外進出を進める日本企業には、SNS利用に関する社内ルールの整備、秘密保持契約の徹底、アクセス管理の強化、早期の特許出願、現地法制度への対応体制の構築といった対策が求められます。

まとめ

営業秘密の保護に関する法制度は、WTOのTRIPS協定に基づく要請もあり、日本・欧米・中国において基本的な枠組みは概ね同様となります。しかしながら、各国の要件の具体的な内容や裁判実務における運用には独自の特徴があり、特に秘密管理性に関連した「合理的な保護措置」と認められるための対応や「商業的価値」の文書化や記録については慎重な対応が必要です。

営業秘密訴訟は、調査から判決確定まで平均して3〜5年程度を要し、その間の損害拡大や訴訟コストは企業経営に大きな負担となります。このようなリスクを軽減するためには、事前の予防策として組織的・人的・物理的・技術的対策およびサプライチェーン対策(第1回コラムを参照)を包括的に実行する必要があります。

PwCはグローバルネットワークを活かし、各国の法制度を踏まえた実効性の高い保護措置を支援し、クライアントの営業秘密管理体制の最適化をサポートします。複層的な対応策・アプローチによって、国際的な訴訟リスクを最小化し、企業がグローバル市場での競争力を高められる体制の構築を支援いたします。

執筆者

日比 慎

パートナー, PwC弁護士法人

柴田 英典

コンサルタント, PwC弁護士法人

 

藤田 恭史

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

 

橘 了道

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社


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