Fracturing World

役員報酬とESG目標の連動

世論の圧力と規範の変化により、企業リーダーの報酬は新たな基準へ

企業は現在、「Doing well by doing good(良き行動で良き成果を)」という考え方を取り入れるよう求める、社会の声の高まりに応えようとしています(企業への要求事項はますます増加しています)。サステナビリティに関する成果は、今や従来の重要業績評価指標(KPI)と並ぶ評価事項と言えます。これには「企業の評判を高めるため」という側面もあるかもしれませんが、学術論文などでも明らかにされているように、サステナビリティに関する取り組みが実際に純利益や株主価値にプラスの影響をもたらすことを示すエビデンス(英語)が増えています。現在、FTSE100社のうち約半数が、CEOに対して測定可能なESG(環境・社会・ガバナンス)目標を課し、役員報酬の算定基準にESG目標達成度を織り込み始めています。また、Willis Towers Watson社が最近実施したグローバル調査によると、取締役会メンバーと経営幹部の75%以上が、「ESGパフォーマンスの向上が財務パフォーマンスの重要な貢献要因となる」と回答しています。

現在、業界を問わず上場企業が競争力を維持し、存在感を保ち、社内外の尊敬を得るためには、「ESGアジェンダの確立が不可欠である」と言って差し支えないでしょう。今後、金融規制当局が銀行やアセットマネージャー、保険会社に対して気候変動問題に真摯に取り組んでいるかどうかを評価する場合、役員報酬制度の在り方がひとつの判断材料になるかもしれません。

ESG指標を役員報酬の算定基準に盛り込むことで、企業に懐疑的な視線を向ける人々に対して、企業として言行一致していることを分かりやすく示すことができます。しかし、課題がないわけではありません。まず、「目標を目指しているが、的外れな行動をしてしまう」というリスクがあります。例えば、ある銀行では、CO2排出企業への融資方針を変更することが排出削減に最も効果があるにもかかわらず、そちらに目を向けず、自社のCO2排出量の削減にばかり注力してしまっている、というケースが挙げられます。また、「インセンティブの意義が歪んでしまう」というリスクがあります。社会的目標にインセンティブを設けると、内発的なモチベーションが損なわれてしまうという研究結果がJournal of Economic Perspectives誌で報告(英語)されています。

金銭的インセンティブはESGアジェンダの推進に有用

パフォーマンス向上のモチベーションとしてのESG

45%

FTSE100社のうち、ESG指標を役員報酬に織り込んでいる企業の割合

78%

ESGパフォーマンスの向上が組織の価値および/または財務パフォーマンスに貢献している、という意見に同意する役員および経営幹部の割合

あるいは、あるESG課題の細かな側面(例えば、取締役会のダイバーシティ)にこだわりすぎて、より大きな目標(インクルーシブな文化)から道を外してしまう可能性もあります。

最後に、「適切な調整(calibration)」に係るリスクが挙げられます。企業は達成可能な戦略的目標を設定する傾向があります。そのため、ESG目標を達成した際に、より客観的な財務指標を達成した場合よりも平均10~15%高い報酬が支払われています。また、報酬にESG目標を反映させることで、CEOたちに対し、インセンティブがなければ取り組まないような社会貢献活動に取り組むように促すことができるようになる、という考え方がよく見られます。しかし、これは役員会のガバナンスの仕組みを誤解しています。報酬はあくまで戦略ありきであって、戦略を動かすものではありません。しかし、一旦ESG要素を戦略に組み込むことが決まったら、ネクストステップとしてESGを報酬と連動させること(特に新たな優先順位の下、組織を動かすツールとして用いること)は自然な流れと言えるでしょう。

ここからは、報酬委員会が支援方法を決定する際に考慮すべき4つの重要な側面(内部および外部の目標設定、目標に対する進捗状況のトラッキングおよび測定方法、時間的枠組み、成功の判断方法)について見ていきます。では、これまでの経緯を振り返ってみましょう。

ESGの進化

企業は品質と安全、健康とウェルネス、リサイクル、エネルギーの保全、地域コミュニティへの貢献などについてのさまざまな理想を追求すべく、何十年も前から社内での取り組みを推進してきました。そしてそれが企業の社会的責任(CSR)へと発展し、良き企業市民を定義する要素として環境サステナビリティ、倫理、平等(特にジェンダー平等やダイバーシティに関する目標)が加えられました。そしてCSRプログラムは最終的に、カスタマーロイヤルティ、従業員エンゲージメント、収益パフォーマンスといったさまざまな側面に確かなプラス効果をもたらしたのです。つまり、良き行動がビジネスに貢献するということが証明(英語)されたのです。しかし、こうしたプラスの効果は、報酬面に明確に反映されることはありませんでした。というのも、その効果を測定することが難しかったためと考えられます。

しかし、このような状況も変わりつつあります。ESG関連指標の多くは標準化が進んでおり、投資家はさらなる透明性を求めるようになりました。また、規制当局もこうした流れに乗り遅れまいとしています。世界経済フォーラムは、4大会計事務所の協力を得て、短期的および長期的ESGゴールおよびターゲットをトラッキングし、開示するための国際的に合意された指標(英語)に関するガイダンスを発表しました。2019年、米国上場企業181社のCEOはビジネス・ラウンドテーブルの「企業の目的に関する声明(Statement on the Purpose of a Corporation)」改訂版(英語)に署名し、株主だけでなく、全てのステークホルダーに対して価値を提供することを約束しました。署名者は、サステナブルな慣行を取り入れることで環境を保護すること、また従業員のダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を促進し、透明性向上と株主との効果的なエンゲージメントに取り組むことを約束しました。

そしてEUは2021年4月、アセットマネージャーおよび中規模以上の企業に対するESG情報開示義務を正式にまとめました。米国証券取引委員会(SEC)も、「気候関連リスク、取締役およびリーダーシップの多様性、企業の政治献金に関する情報開示などに対して投資家の要求が高まっている」と指摘しています。またSECは最近、ESG関連の不正行為を積極的に特定すべく、「気候とESGのタスクフォース」(英語)を立ち上げました。一方、英国健全性監督機構(PRA)はCEOに対して、ビジネスモデルやガバナンス全体に気候変動リスクを組み込むことの重要性を訴える文書を送達しました。この勧告を強化するために、英国政府は大半の上場企業や金融機関に対して、気候リスクの詳細な報告を義務付けています。

ESGと連動した報酬―4つの側面

ESG指標を報酬算定に織り込み、適切に調整するためには、企業の取締役会はオペレーションチームや、サステナビリティ部門、財務部門から知見を集約し、従来とは異なる視点で(時には心地よくなく感じられるかもしれませんが)将来を見据えていく必要があります。そして、企業はPurpose(存在意義)と報酬指標にESGを加えることの実用性を理解しなければなりません。実際に多くの企業が断固たる姿勢でこれに取り組んでいます。

例えば、Apple、McDonald's、Rio Tinto、Royal Dutch Shell、Unileverなどの大手企業がすでにESG指標の達成度を役員報酬に連動させることを発表しています。Appleはアクセシビリティ、教育、環境、D&I、プライバシー、サプライヤー責任などの「Appleの価値観」に関するパフォーマンスに応じて、役員報酬額を最大10%上乗せ調整する制度を導入しました。2018年に石油大手として初めてESGと報酬を連動させたShellは、2021年にカーボンフットプリント削減に関する長期目標のウェイトを10%から20%に引き上げました。また、メルボルンに本社を置くRio Tintoは先日、短期インセンティブプラン(STIP)の再調整を行うと発表しました。これは個人パフォーマンスの要素を30%から15%に減らし、残りの15%をESGに割り当てる、というプランです。すでに「安全性」に割り当てられている20%分と合わせて、STIPの35%がより広範なESG指標をカバーすることになります。また、ESG目標を含めることを求める投資家も増加しています。

ここからは、リーダーとその報酬委員会が、報酬の一部にESG指標を織り込む際に留意すべき、その制度設計に関する4つの重要な点を紹介します。

内部・外部目標設定:「インプット指標」とは、企業が自らの活動状況を評価する際に用いる内部目標を指し、ダイバーシティ関連取り組みの進捗度や、グリーンテクノロジーへの投資などがこれに含まれます。また、これらは結果自体ではなく、ステークホルダーへの成果につながる活動によって評価されます。一方、「アウトプット指標」は、CO2総排出量や従業員エンゲージメントスコアなど、ステークホルダーへの影響を示す指標に基づく外部目標を指します。どちらの指標も有効性に違いはありません。しかし、どちらも会社の戦略的優先順位に沿ったものであること、また目標が達成されたかどうか評価するのに必要なデータを収集、分析、報告可能であることが必要です。インプット指標は客観性に欠けるおそれがあることもあり、アウトプット指標に焦点を当てた報酬を求める投資家の圧力が高まっています。

例えば、Royal Dutch Shellの長期インセンティブプラン(LTIP)の20%は、インプットとアウトプット両方の目標を含む、エネルギー転換指標に関連付けられています。インプット指標は、事業内で排出されるCO2量の削減、バイオ燃料の使用量増加、CO2貯留技術の開発に焦点を当てている一方で、アウトプット指標は、長期CO2削減目標に照らした3年間のパフォーマンスの評価に焦点を当てています。

各KPIとスコアカード:ESG目標に対する進捗状況を常に把握し、測定することが重要です。企業によっては、2~3の主要KPIと合わせて、ネットゼロコミットメントのようにESG課題の中でも特に高いレベルのESG課題を1、2個掲げている場合もあります。しかし、D&I、従業員の福利厚生、サプライチェーン関連、環境への影響など、多元的なESGアプローチを採る企業の場合、慎重に構築された透明性の高いスコアカードを用意し、ベンチマークと目標をトラッキングしていくことが必要です。このスコアカードは、さまざまなESG優先課題を把握できるだけの包括性を備え、それと同時に複雑すぎて管理不能といった事態に陥らないようバランスをとる必要があります。

スコアカードは実際にどのように機能するのでしょうか。その一例として、Unilieverのサステナブル・リビング・プランを見てみましょう。このプランは、10年以上用いられてきたサステナビリティ優先事項に関するスコアカードをまとめたものです。このスコアカードは、LTIPプランの25%のウェイトが設定されています。

LTIPおよび年次賞与:時間枠組みは短期、長期のどちらが効果的でしょうか。環境目標は長期的な方向性を有するものであるため、LTIPにより適しているでしょう。しかし、安全衛生やジェンダー賃金平等に関する目標など、ESG目標の中には単年で確実に改善できるものもあります。曖昧な長期的目標を設定するよりも、野心的かつ十分な改善が可能な年間目標を設定する方がよいでしょう。株主をはじめあらゆるステークホルダーに対し、報酬についてのストーリーを伝えるには、具体的であることが重要です。FTSE100社を対象としたPwC調査では、報酬に関連するESG指標の55%が賞与、50%がLTIPに連動するものでした。

例えば、BPは年次賞与とLTIPの両方にESG指標を用いています。2020年以降、賞与に関しては、「安全」(十分に確立した指標)と短期的CO2排出量削減目標に関連する「環境」に15%のウェイトが設定されています。LTIPは現在、再生可能エネルギー、エネルギー転換、EV化に関するインプット指標を含む戦略的目標に40%のウェイトが設定されています。

基本方針(Underpins)および尺度目標:成功の判断方法を定めることは極めて重要です。一部の指標は「最低限達成すべきもの(table stakes)」であり、ストレッチ目標ではなく、賞与の前提条件となります。鉱業や医療などの分野における「安全衛生」指標はその一例です。このような場合、要求水準に達していないと報酬の上乗せが望めないどころか、賞与の減額要因になる可能性があります。その他の場合は、ESG目標に対するパフォーマンス尺度を定める必要があります。これは特に、CO2排出量削減などの変革的目標に該当します。

例えば、英国通信事業者であるBTは、2つの基本方針(underpins)を有する制限付き株式プランを設けています。その1つは、ESGに関して「会社の評判に重大な毀損をもたらす問題」があってはならない、というものです。もう1つの例は、アセットマネージャーであるLegal & General Investment Managementです。同社は、最低限のESG目標について基本方針を定めることを求める株主です。

取締役会と報酬委員会はこれら全ての側面を学び、役員報酬は会社が掲げるパーパスに沿っているか、どのステークホルダーにメリットをもたらすのかということについて、理由とともに理解する必要があります。このプロセスにおいては、特定のESG目標を達成することで得られるメリットや、既存もしくは代替のインセンティブでは効果が得られない点など、報酬をESG目標と連動させる理由を明確化する必要が生じるでしょう。そして同時に内在リスクを考慮し、それらが軽減されているかどうかを確認しなければなりません。

企業やリーダーが、ステークホルダーに対する受託者としての責任について議論する一方で、企業に対して幅広い層に説明責任を果たすよう求める社会の声も高まっています。まさに企業は岐路に立たされているのです。ESG目標を設定し、達成することは、組織の価値を高め、多くの場合、企業として正しい道を歩んでいると言えるでしょう。ESG目標と役員報酬をより密接に関連付けていくのも、ネクストステップとして自然な流れと言えるものであり、今後もこうした動きは高まっていくはずです。しかし、それを上手くやっていくことは容易ではありません。慎重に考え、実行していく必要があるのです。

※本コンテンツは、PwCが2021年6月29日に発表した「Linking executive pay to ESG goals」を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

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