[Management Issue]「AI Lab」が支援する日本企業におけるAI導入の形

2019年7月1日、PwC Japanグループが東京・大手町に開設した「AI Lab」には、監査やコンサルティング、税務など、グループの各部門からAIとデータ&アナリティクスでの経験を有する専門家が結集している。

そこでは、PwCのオペレーションやソリューションへのAIの活用・組み込み、そしてクライアント企業におけるAI導入の支援といった活動が行われていくことになる。既に世界12カ所のPwC海外法人でAI関連組織が活動しているが、AI Labもその一員としてグローバルでの豊富な知見にアクセスが可能となった。6月に開催されたAI Lab開設記念イベントでは、PwCのヤン・ボンデュエルが「日本におけるAI活用の風土を醸成していきたい」と訴えたとともに、AI Labで提供する五つのソリューション「EIS」「FDX」「CIP」「FPA」「PMA」のデモも行われた。ここでは、各ソリューションの概要を紹介していく。

1. 変わりゆく労働環境において人材資源の価値を最大化する「EIS*」
*Employee Insight Solutions

2. 工場マネジメントを高度化する体験プラットフォーム「FDX*」
*Factory Digital Transformation

3. 顧客生涯価値を最大限に高める新次元ソリューション「CIP*」
*Customer Insights Platform

4. デジタルトランスフォーメーションを支えるデータ分析プラットフォーム「FPA*」
*Financial Processes Analyser

5. 電力価格の予測によって日本の電力取引を支援する「PMA*」
*Power Market Analytics

変わりゆく労働環境において人材資源の価値を最大化する「EIS※」

※Employee Insight Solutions

人事組織

北崎 茂

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター

データ&アナリティクス

三善 心平

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター

将来的な労働人口の減少や働き方改革の推進、グローバル化、人材の流動化の加速など、雇用・労働環境の変化は激しさを増し、「人材資源の価値最大化」への取り組みの重要性は高まり続けている。加速度的に変化する社会で日本企業が競争力を維持・向上するには、人材(従業員)に関する多様なデータを解析し、それに基づいた効果的な施策の実施が急務である。ここでは、こうした取り組みを支援する包括的ソリューション「Employee Insight Solutions」(EIS)を紹介する。

多角的なデータ分析で探る新たな人材資源価値最大化モデル

「EIS」は、従業員のあらゆるデータを解析し、企業の人材ライフサイクルに合わせた分析モデルを作成した上で、アナリティクスを定着させるためのプラットフォームを構築するトータルサービスである。具体的には、Inflow(採用)、Internal Flow(配置・育成・日々の業務など)、Outflow(退職)の課題に対し、採用精度向上・効果の最大化(1)、従業員パフォーマンス向上(2)、健康(心・身体)経営の実現(3)、インシデント発生抑止(4)、退職・休職の未然防止などを支援する。

人的資源の価値を最大化させるデータ運用

(1)では、担当者の定性的な判断に依拠しがちな採用活動で、応募者の属性情報に限らず気質や経歴、志望動機などのデータを基に、過去実績に即して入社後のパフォーマンスや定着度などを予測し、採用における意思決定の効率化と精度向上につなげることができる。

(2)では、勤怠情報に加えてメールやカレンダーなど、働き方に関する粒度の細かなデータを分析する。それによりボトルネックや課題を把握し、ハイパフォーマー行動特性抽出や組織の労働生産性向上といった働き方改革のための施策展開に有益な情報を提供する。

(3)では、原因を見つけにくい生活習慣病に対して、健診での測定値から最も改善効果がある生活習慣を推測する。従来の測定値が閾値を超えるか否かの判断に加え、従業員の健康、ひいては将来の健康リスクに備えた日常生活の過ごし方を提案することで、従業員の健康の維持と組織基盤の底上げを実現する。

(4)では、経費の私的流用や情報漏えいなどの従業員によるインシデントにも対応するため、AIを活用し、トランザクションに加えてインシデントリスクと関連の強い従業員属性も分析し、高い精度の検知および抑止活動を展開できる。

工場マネジメントを高度化する体験プラットフォーム「FDX※」

※Factory Digital Transformation

製造業

矢澤 嘉治

PwCコンサルティング合同会社 パートナー

データ&アナリティクス

三善 心平

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター

製造現場では、IoTなどのテクノロジー導入による品質向上や生産効率化への取り組み機運が高まっている。テクノロジーの導入に際し机上での調査・検討を経て要件定義へと至る従来型のアプローチは、空中戦になりがちで時間がかかるという課題があった。「Factory Digital Transformation」(FDX)では、要件定義までの工程を実機デモを交えた体験型のBXT(Business×Experience×Technology)のアプローチに変革し、後工程の推進に至るまでの意思決定時間を大幅に短縮することができる。

製造業におけるIoT活用に向けた課題

マスカスタマイゼーションによる機種・仕様の増加や、コネクテッド化・電動化によるソフトウェア化の進展などにより、製造工程での品質の検証・検査項目はさらに増加傾向にある。その対応に向け、製造・組立工場では品質に関連する生産/作業実績データ・設備データなどを細かく幅広く収集できるよう、生産管理システムや工程管理システムにIoTを統合した拡張・再構築が行われている。IoTなどのテクノロジー導入に際しては、収集・蓄積するべきデータや、データ活用に有効な分析アプローチについて充分な検討が必要であるが、従来は机上での検討に終始し、プロジェクトが進まない、頓挫するという課題があった。

意思決定時間を短縮するアプローチ

対して、FDXでは要件定義に至るまでの工程をBXT型アプローチに変革し、意思決定の時間を短縮する。BXTのアプローチでは、技術・ビジネス両方の複合的な視点からソリューションを提示している。実際に体験をすることを基軸とし、「1dayセッション」(後述)でIoTデバイスとアナリティクスの活用ポイントを体感していただく。見えてくる課題へ、製造業・生産管理に精通したコンサルタントとデータ&アナリティクスコンサルタントが連携し、データの収集から活用まで包括的にアドバイスを行い、企業の工場マネジメント高度化を支援している。

デモ体験「1dayセッション」

FDXでは、IoTが導入された実機デモを通じてデジタル工場を体験する1dayセッションをクライアントのニーズに応じて用意しており、データの収集、見える化、分析までのPDCAを一日で体験していただける。新規にデータを収集・即時でBI画面に反映することによるKPIモニタリングや、KPIに対する要素間相関分析といったビジュアルアナリティクスの実行、画像解析などの最新技術を活用した不良検知などがある。

顧客生涯価値を最大限に高める新次元ソリューション「CIP※」

※Customer Insights Platform

マーケティング

森井 理博

PwCコンサルティング合同会社 マネージングディレクター

データ&アナリティクス

三善 心平

PwCコンサルティング合同会社 ディレクター

データドリブン・マーケティングは新たな次元に突入している。自社データに外部データを統合し、顧客の行動を可視化するオーディエンスデータ型ソリューションから、IoTや位置情報などの動線データ、AIなどを活用し、将来の顧客生涯価値(CLV)を最大化する未来志向型ソリューションへ舵を切り出した。「Customer Insights Platform」(CIP)はCLVを最大化するため、顧客のライフサイクルを中心に据え、既存のMAツールなどとも併用できる新しいプラットフォームである。

従来のマーケティングにおける課題

従来のデータドリブン・マーケティングは、過去のデータの統合により、顧客行動の可視化に取り組んできた。ただ、実際は多様なデータの統合過程でのクレンジングが困難で、質の良いCDP(顧客データプラットフォーム)の構成に至らなかった。CDPの精緻化のためには新たにIoTなどの外部動線データを取り入れ、顧客ライフサイクルに合わせた分析が求められる。従来の統計学的手法はもちろんAIなどの活用により、潜在的な顧客ニーズを正確に把握し顧客の将来生涯価値を最大化するアプローチが必要となる。

CLV最大化のためのプラットフォーム

CIPは、自社が持つ顧客情報と周辺環境や人々の行動情報などのデータを組み合わせて、精緻な顧客分析を可能とする。顧客のライフサイクルに主眼を置き、各ステージに沿った分析メニューを用意している。例えば、新規顧客の獲得であれば「顧客獲得戦略」「顧客特性可視化」、成長段階の顧客であれば「クロス・アップセル戦略」「チャネル最適化」などに取り組む。

デジタル社会において顧客ニーズを正確に把握しマーケティングの意思決定に資する分析を行うには、自社データだけでは限界がある。CIPは単一課題解決型ではなく、外部データとのマッシュアップ機能やAIなどを活用した独自の分析コンポーネントなどを駆使し、各顧客に合わせてCLVを最大化するソリューションを提供する。

海外での活用事例

欧州のリテールバンクではCIPの「行動セグメンテーション」を活用し、各店舗における販売実績・ポテンシャルの把握と店舗数の最適化に取り組んだ。CIP独自のデータなどから店舗のセグメント化・販売ポテンシャル予測モデルを構築し、店舗収益に影響する要素を突き止めた。生産性の低い店舗の改善により、向こう三年間で3,600万USDの収益改善につながった。

デジタルトランスフォーメーションを支えるデータ分析プラットフォーム「FPA※」

※Financial Processes Analyser

データ&アナリティクス

久禮 由敬

PwCあらた有限責任監査法人 リスク・デジタル・アシュアランス部門およびステークホルダー・エンゲージメント・オフィス担当 パートナー

データ&アナリティクス

荻野 創平

PwCあらた有限責任監査法人 マネージャー

デジタルトランスフォーメーション(DX)の波は、ビジネスの現場の第一線にとどまらない。リスクマネジメント部門や内部監査部門が、DXへの対応のみならず、自部門のDXを加速する時が来たと言えるだろう。ここでは、この動きを加速するために有用なデータ分析プラットフォームである「Financial Processes Analyser」(FPA)を紹介する。

多様なメニューから選択しビジネスを分析・見える化

FPAはアジア各国のPwCがこれまでのノウハウを結集して合同で開発した、データ分析プラットフォームである。FPAには、さまざまなテスト・分析メニューを組み込んでいる。具体的には、総勘定元帳分析をはじめ、販売プロセス分析、購買プロセス分析、経費分析、給与支払い分析、運転資金分析、データ品質分析などといった、7つのモジュール、総計150種類以上の分析メニューがすぐに利用できるようになっている。

FPAを活用することで、経営者は、不適切な取引やその兆候を視覚的・直感的に識別しやすくなる。

事前にリスクを察知するためのアンテナとして

継続モニタリングを行っていない企業では、大きな事案が発生したときに初めてリスクを認識することが多いと言える。しかし、事が起きてからでは遅い。平時にリスクを認識・評価し、大きな事案を未然に防がなければならない。そのためには、リスクの分析を継続的に行いながら、リスク顕在化の兆候をいち早く察知するべくアンテナを張っておくことが有効である。FPAは、このアンテナの役割を担う。

ビッグデータを取り扱う基盤として

データ分析を行う上では、時として大容量データの取り扱いが実務上の大きな壁の一つになる。データ分析をしようとしても、「システム開発の負荷が高い」「分析結果からアクションにつながらない」「導入までの時間がかかりすぎる」といった課題に直面してしまうことも多い。

こうした課題は、FPAの活用によって解決する。SaaS形式※で提供しているため、システム開発をすることなく、すぐにビッグデータの取り扱いが可能になる。FPAを使えばトレンドから明細単位へブレイクダウンすることができるため、異常なトレンドを察知した際に、関連する明細を特定し、即座にアクションへ移すことも可能である。

ビジネスの可視化による価値創造

今後も企業のグローバル化やDXが進んでいく中で、多種多様な地域・ビジネスを継続的にモニタリングすることは、持続的な価値創造を実現する上で不可欠である。グローバル化やDXを推進するためにも、ぜひFPAを活用していただきたい。

FPAの画面イメージ

※ Software as a Serviceの略称。クラウドを利用してWeb経由でソフトウェアを提供するサービス形式。

電力価格の予測によって日本の電力取引を支援する「PMA※」

※Power Market Analytics

電力・エネルギー

小山 美生

PwCアドバイザリー合同会社 マネージャー

電力の小売全面自由化以降、電力市場における取引量は増加を続けており、電力価格が電力ビジネスに与える影響は高まっている。「Power Market Analytics」(PMA)は、最新のAI技術などを活用することにより、クラウド環境を通じて電力価格の想定値を提供するソリューションである。先進的なデジタル技術を導入した電力価格想定サービスを提供することによって、クライアントの迅速な経営判断をサポートしている。

電力自由化の進展により電力取引の重要性が増加

2016年4月より電力小売の全面自由化が実施され、多くの事業者が新たに小売電気事業へ参入した。新規参入した小売電気事業者の多くは独自の電源を持っておらず、不足する電力をJEPX(一般社団法人日本卸電力取引所)を通じて調達している。

JEPXの電力価格は30分単位で変動し、そのボラティリティは株価などと比較しても高い。平時は5〜10円/kWh程度で推移しているが、電力需要が高まる酷暑時には100円/kWhを超えたこともあり、逆に太陽光発電のシェアが高まった今春は0.01円/kWhまで下落した。電力の価格変動はユーティリティをはじめとする電力事業者の収支に影響を与える重要な経営指標であり、その将来想定の必要性も増していると言える。

AIおよび統計的手法により二週間先までの電力価格予測を提供

PMAは、AIおよび統計的手法を活用することによって、二週間先までの短期価格予測と、ファンダメンタルモデルに基づく三年先までのフォワードカーブを提供している。AIモデルは海外の電力価格予測において高い精度を示している勾配ブースティングと呼ばれる手法を活用し、日本の電力市場に合わせたモデルを独自に開発した。統計的手法は伝統的な予測手法として実績が豊富な「ARIMAX」と呼ばれる時系列モデルを採用し、ヒストリカルデータが限定的な日本の電力市場においても精度を向上させる工夫を施し、実用化した。

経営判断には予測精度も重要だが、予測の説明性・透明性も同時に求められる。PMAは、伝統的な手法である統計的手法を用いることで過去の価格実績から推定される価格予測を算定し、同時に多様なファクターを取り込み最新の技術により推定されるAI予測値をも提供する。それによって、クライアントは経営判断に必要な情報を多角的に入手することができる。日常的に活用していただくことを想定してクラウド環境での利用を可能とし、ユーザーインターフェースにもこだわった。

日本の電力取引市場はいまだ変革の途上であり、今後もベースロード電源市場・容量市場の導入や発送電分離などのさまざまな改革が予定されている。それらは電力価格の値動きに影響を与えることはもちろん、電力のビジネスモデルそのものをも変えていく可能性がある。PwCとしても継続して、最新技術を取り入れた電力ビジネスへの支援方法を検討していきたい。

PMAの画面イメージ