Keynote Session:デジタル化と地政学リスクがもたらす新しい国際競争環境にどう向き合うか~第22回世界CEO意識調査を踏まえた日本企業への示唆~

世界経済、自社の成長ともに極めて慎重な見通しを持つCEO

PwCでは1997年から毎年、各国のCEOを対象に世界に多大な影響を及ぼしているさまざまなメガトレンドに関する意識調査「世界CEO意識調査」を実施してきた。キーノートセッションでは、PwC Japanグループ代表の木村 浩一郎が、22回目を迎えた同調査の結果に基づき、今後、日本企業が取り組むべき施策について考察を示した。

木村の講演に先駆けて、日本における事業開始70周年を迎えたPwCの歩みを振り返るとともに、今後に向けたメッセージをビデオで紹介。PwC Japanグループがクライアントに信頼されるパートナーであり続けるために、これからも社会に対して信頼を構築し、重要な課題を解決することを追求していくとした。

今回の世界CEO意識調査は2018年9月から10月にかけて世界91カ国、1,378名のCEOに対して行われたが、その結果について、木村は「予見可能性の低い環境下で、成長に対して慎重な見方をしているCEOの姿が明らかとなった」と概括した。同調査によれば、今後12カ月の世界経済の見通しについて「改善する」と回答した世界のCEOは42%と半数を下回り、前年に比べて15ポイント低下したものとなった。逆に「後退する」とした回答が29%、「変動なし」も28%寄せられている。「後退する」との回答が「変動なし」を上回ったのは2012年以来7年ぶりであり、世界経済へのCEOの見通しは慎重なものとなっている。また、短期的(今後12カ月)な自社の成長の見通しについても「非常に自信がある」と回答した世界のCEOは35%で、日本のCEOも19%と、昨年の調査と比較してそれぞれマイナス7ポイント、マイナス5ポイントとなった。同じく今後3年間の自社の成長について、「非常に自信がある」と回答した世界のCEOは36%と昨年から9ポイント低下し、日本のCEOも18%と2018年と比較して3ポイント低下。CEOの多くが自社の成長に対しても、より慎重な見方をしている姿が浮き彫りにされた。

自社の成長に対する自信‐世界と日本のCEO~次の12カ月

今後12カ月の貴社の成長見通しについて教えてください。(「非常に自信がある」と回答したCEOの割合)

長引く貿易戦争を巡る不確実性に成長への期待が低下

では、CEOは世界のどこに成長機会を見定めているのか。「次の12か月で世界と日本のCEOが成長マーケットとして重要視する国」に関する質問では米国(27%)、中国(24%)、ドイツ(13%)との回答が寄せられたが、米国へは昨年比マイナス19ポイント、中国も昨年比マイナス9ポイントと大きく数字を落としている。米中間で長引く貿易戦争を巡る不確実性を受け、米国と中国に対する成長への期待が低下していることの表れと言えるだろう。また、今回の質問に対する回答で特徴的だったのは、「分からない」(15%)とする回答が3番目、「他になし」(8%)が8番目となっている点である。「これらの回答がここまで上位に出てきたことは、過去にはほぼない。成長という観点から世界のCEOは内向きになっており、既に進出している市場で着実に成長していこうという姿勢がうかがえる」と木村は述べた。

一方、自社が成長する上で重要な国・地域として日本のCEOが挙げたのは、中国が67%(昨年61%)、米国が60%(昨年67%)で、昨年同様に二つの大国に焦点を当ててはいるが、その順に入れ替わりが起きている。また、中国のCEOは、オーストラリア(21%)、米国(17%)に続き、3番目として日本(13%)を有望な市場として見ていることが明らかとなった。この結果を踏まえ、木村は「日本と中国のビジネスにおけるつながりは、現在の世界における地政学的な環境を考えた場合、日本の強みの一つとして活用できるのではないか」と語った。

木村 浩一郎 PwC Japanグループ代表

木村 浩一郎 PwC Japanグループ代表

人材の獲得とAI、ビッグデータ活用が次なる成長に向けた課題に

今後、自社が成長する上で世界のCEOはどのような施策を重要視しているのか。世界のCEOは「業務の効率化」(77%)、「本業の成長」(71%)、「新しい製品やサービスの投入」(62%)を挙げる。日本のCEOからも「業務の効率化」(84%)、「本業の成長」(85%)、「新しい製品やサービスの投入」(58%)と同様の回答が寄せられた。また、成長を阻害する要因となる3大脅威について、世界のCEOは「過剰な規制」(35%)、「政策の不確実性」(35%)、そして「人材の獲得」(34%)を挙げている。一方、日本のCEOにとって、3大脅威は「人材の獲得」(55%)、「技術進歩のスピード」(51%)、「貿易摩擦」(45%)」であり、世界とは違う傾向にあることが分かった。

日本のCEOが「人材の獲得が困難である」と回答した理由について、木村は「人工知能(AI)などの新しいテクノロジーが登場する中で、必要とされる人材のスキル要件が変化し、求める条件に合致した人材が見つかりにくいことや、求職者の業界に対する見方が変化していることなどが背景にあると考えられる。日本企業にとって、いかに求める人材を確保、あるいは育てていくかが、大きなチャレンジとなっていると言えるだろう」と指摘した。

続いて、近年、企業において活用が進められているビッグデータやAIについても、調査結果に基づく考察がなされた。まずビッグデータ活用について、調査結果からは「経営判断材料に資するデータの質と期待値のギャップが存在する」ことが明らかとなった。ギャップが埋まらない要因として、木村は「分析能力を備えた人材の不足」(世界、日本ともに54%)、「データが分断され、共有されていない」(世界51%、日本42%)、「データの信頼性が低い」(世界50%、日本45%)、「顧客やクライアントが情報の共有に難色を示している」(世界42%、日本4%)などを挙げた。「特筆すべきは、『顧客やクライアントが情報の共有に難色を示している』との回答が日本では4%しかなかったことだ。そうした情報を容易に入手できるのは、日本にとっては大きなプラスとなる。反面、顧客情報の入手や自社に関する情報の提供に無頓着なのであれば、むしろ世界と戦っていく上ではリスクにもなりうる」(木村)

また、AIの浸透度についても、何らかの形でAIを活用していると答えたCEOの割合は中国が52%、アメリカが47%、日本は40%という回答が得られた。さらに「AIは、より雇用を創出する」と答えた日本のCEOは47%と世界に比べて高く、「人材が逼迫している中で、日本はAIの活用への期待や受け入れへの土壌が、海外に比べるとより強いのではないか」と木村は分析する。

分断化が進む世界で、日本企業が成長を遂げるためのインサイト

変わりゆく経営環境の中で、日本企業はどのような形で成長へのチャンスを見いだし、活用すべきなのか。米中の貿易摩擦や、「Gゼロ」と呼ばれるように世界秩序を指導する国が不在となった現在、世界の分断化が進んでいる。ここで、地政学リスクの分析を専門とする米国のコンサルティング会社、ユーラシア・グループ代表のイアン・ブレマー氏によるビデオメッセージが紹介され、「日本にとって、米中摩擦、熾烈化するサイバー戦争、そして米中のテクノロジー市場の分断による『イノベーションの冬の時代』がリスクとなっている。一方、米中との関係のバランスを取りつつ、AIや自動化といったテクノロジーを活用していくことで、今後、日本はGゼロの世界において世界のモデルになる可能性がある」と強調された。

かつては、「グローバリゼーション」「テクノロジーの進歩」「財務・経済指標による価値の測定」の三つが各国の経済成長、および人々の生活を豊かにした原動力であった。だが、今やこれらの全ては変容している。そうした変化を踏まえPwCは、世界で今起きているさまざまな事象をADAPT、つまり「Asymmetry(貧富の差の拡大と中間層の衰退)」「Disruption(ビジネスモデルの創造的破壊と産業の境界線の消失)」「Age(ビジネス、社会制度、経済に対する人口圧力)」「Populism(世界的なコンセンサスの崩壊とナショナリズム台頭)」「Trust(組織に対する信頼の低下とテクノロジーの影響)」として整理している。ADAPTが足元の事象を整理したものであるのに対し、PwCでは十年先、すなわち2030年の社会の事業環境も「PwC 2030シナリオ」として分析し、「支配的な政治経済モデルの競合」「テクノロジーと人間の共存」「増大する都市と富裕層の影響力」「既存システムの崩壊」の四つの変化の波によって、より複雑な新しい国際競争環境が起こると想定している。このような変化の波が押し寄せる中、日本企業の成長の在り方として「オープンな事業プラットフォーム」「AIと人のコラボレーション」「レバレッジ」「信頼に基づく長期的価値創造経営」を提示した。

最後に、PwCグローバル会長のボブ・モリッツがビデオメッセージにより、「日本が取り組むべき課題は多いが、これらは挑戦すべき試練であると同時に成長への機会でもある。今回の調査結果からも日本企業には成功へのチャンスがあることが読み取れた。日本のCEOには、これまでとは違う新たなチャレンジに意識を向けてほしい」と期待を示した。

※グラフィックファシリテーションの内容は、フォーラム開催当時(2019年2月26日)のものです。