Global Megatrends Session:ESG時代のSDGs活用による長期的価値創造経営

これからの企業が進むべき道を指し示すSDGs

「ESG時代のSDGs活用による長期的価値創造経営」では三名のパネリストを迎え、PwCあらた有限責任監査法人 パートナーの磯貝 友紀がファシリテーターを務めた。近年、企業を評価する指標としてESG(環境・社会・ガバナンス)と共に、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)が注目されている。2015年9月に開催された持続可能な開発サミットにおいて、国連加盟国によりSDGsを含む「持続可能な開発に向けた2030アジェンダ」が採択された。この中長期的な社会の目標の達成には、各国政府のみならず、企業を含む社会を構成する全ての組織の努力が必要だといわれている。セッションでは、パネリストの各社の長期的価値創造経営の実現に向けた取り組みや、ESGやSDGsとの関わりについて語られた。

ファシリテーター:磯貝 友紀 PwCあらた有限責任監査法人 パートナー

昨今の企業は、政策の不確実性、貿易摩擦、保護主義政策といった短期的な不安要素に晒されている。目の前にある課題に対処しなければならない一方、長期的な視点に立った価値創造経営の実現も求められている現状を踏まえて、磯貝は「SDGsが注目を集めている背景には、社会が複雑化し世界秩序が変化していく中、今後、企業が進むべき道を示してくれる有効なツールだと認識されていることがあるのではないか」と訴えた。

これを受け、PwC Japanグループ 顧問、株式会社伊藤園 顧問の笹谷 秀光 氏が、SDGsのフレームワークと企業における活用メリットについて解説した。SDGsには17の目標と169の指標が掲げられているが、笹谷 氏はそれらの概要について説明した上で「SDGsに示された17の目標は、企業にとってのチャンスを提示する一方、リスク回避にも使えるリストとなる。すなわちSDGsを活用すれば、企業としてチャンスを捉えて競争優位に立つと同時に、リスクを回避しながら社会課題の解決にも行えるようになるということだ。SDGsはCSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)を進化させたものとして、企業の長期的価値創造経営に活用できるのである」と強調する。SDGsの活用に際しては、「内なる改革への利用」「外への発信への利用」の二つの視点から考えていかなければならない。企業内の改革推進に、SDGsは有効な牽引力となる。SDGsは世界の課題を示すものであり、それを参考にすることでプロダクトアウト型の改革からニーズドリブン型の改革につなげられるからだ。また企業には現在、多様なステークホルダーとの信頼関係の構築が求められているが、SDGsはそうした対話の共通言語として、外部への発信に有効なツールとしても活用することができる。

先進企業による長期的価値創造への取り組み

次に、SDGsの採択に先駆けて、早くから長期的な価値創造経営を推進してきた本田技研工業株式会社やDSM株式会社の取り組みについて紹介された。はじめに本田技研工業株式会社 経営企画統括部 統括部長 木村 晃 氏が、Hondaのサステナビリティに関する展望を示す「2030年ビジョン」と、長期的価値創造のフレームづくりについて語った。Hondaのサステナビリティにとって重要なことは、商品やサービスを通じた価値提供によってステークホルダーの期待・要請に応えるとともに、環境や社会に対する影響への配慮といった企業の社会的責任を果たすこと、事業活動を通じて社会課題の解決に貢献することにある。そこでHondaでは、外部評価による企業体質の診断を行いつつ、ステークホルダーとHondaの両視点を踏まえた「マテリアリティマトリックス」を軸に中長期の事業戦略を策定した。「従来のHondaのCSRは、ガバナンスや企業リスクの回避を主軸とした狭い領域を対象としたものであった。しかし、企業が本来やるべきことは、長期ビジョンに基づいてしっかりと価値を創造し、世に対して提供していくことにある。そこで、サステナビリティの推進に向けてCSR企画部を設立した。同時に、マテリアリティマトリックスの整理にあたって、創業者の言葉である『主役は人間』『人間の生活を豊かにする』というHondaの普遍的な想いに立ち返り、メガトレンドを意識しながら2030年ビジョンを策定していった」と、木村 氏は説明した。SDGsについても、マテリアリティマトリックスと照らし合わせ、Hondaの目指す方向性が世の中の期待やニーズに合致しているか、検証に利用したという。

同じく、早期にサステナビリティ経営を推進してきたDSM株式会社の取り組みについて、同社のイノベーション ディレクターの栗木 研 氏が語った。1902年にオランダの炭鉱会社として事業を開始したDSMは、以後、百十数年の歴史の中で成長領域に焦点を当てて事業を大きく変遷させてきた。現在では、「気候変動・エネルギー」「循環型社会」「栄養と健康」の三つの事業ドメインを柱にビジネスを推進している。そうした中で「人口が90億人超となる2050年を見据えて、科学技術の英知により地球と人類社会のサステナビリティを確保することが最大の課題」と捉え、持続可能性の推進に注力しているのである。栗木 氏は「事業を行っていく上で自社の利益(Profit)のためだけでなく、地球(Planet)、人間(People)と、三つのPが重要だと考えている。DSMの事業とSDGsが提示している目標、メガトレンドは密接にリンクしているのである。しかし、SDGsが示す17の目標全てに取り組むのではなく、私たちが有する技術で、最も強みを発揮し貢献できる領域を選択し、実行している」と話す。さらに、昨年6月に発表した中期戦略において、サステナビリティへの貢献という「目的」に基づいて全てのビジネスを行っていくという自社の理念を改めて明確にした。「目的主導型の企業として、企業収益と社会課題の解決を同時に追求する企業をDSMは目指している。今後十年を見据えると、この二つの目標を同時に実現していくことが当然の社会になると考えられる」(栗木 氏)

これからの企業には、利益の追求と社会課題の解決が同時に求められる

栗木 研 氏DSM株式会社 イノベーション ディレクター

企業が本来すべきことは、長期展望に基づく価値をつくり提供し続けること

木村 晃 氏 本田技研工業株式会社 経営企画統括部 統括部長

SDGsが企業の「内なる改革」と「外部への発信」を促進する

では、各社は「内なる改革」をどのように進めてきたのか。重要なことは、長期的なメガトレンドを内在化させ、組織として納得した上で改革を進めることにある。木村 氏は「2030年ビジョンの策定にあたり、約三年をかけて全社で議論を重ねてきた。具体的な論点は、各事業部や研究所からキーパーソンを選定してもらい、メガトレンドを踏まえつつ、30年後の世界に向けてどのような価値を各事業で創出していくのかということだ。参加者からは、当初こそ反発が生じたものの、ワークショップなどの回を重ねるうちに理解を得られ、最終的には役員会、経営トップへとボトムアップし、全社横断のビジョンを策定することができた」と振り返る。

栗木 氏も「経験上、同じ話題を繰り返すことで、社員一人一人の危機感は増してくる。結果、当社の掲げるビジョンや目標について、“私たちがやるべき宿命”であると皆が考えるようになった」と話す。一方、具体的なサステナビリティの推進に関しては、ESGの側面から企業の持続可能性を評価する「DJSI(Dow Jones Sustainability Index)」をKPIに定め、経営層の賞与評価とリンクさせている。同様に製品についても、環境や人に優しい“モノづくり”を事業部のKPIに定めることで、企業としてのサステナビリティに対する社員の意識の醸成と新製品開発への意欲向上を図っているという。

続いて「外への発信」、すなわちサステナビリティを企業のブランド戦略にいかに統合し、ESG投資への対応も含め、外部とコミュニケーションを行うかについて語られた。笹谷 氏は、外部発信に際してもSDGsの活用が有効であると強調する。「SDGsは世界の“共通言語”でもあり、その発信性を使わない手はない。また、SDGs経営はブランドデザイン戦略にも活用することができる」(笹谷 氏)。

なお、笹谷 氏はESGとSDGsの関係について、両者の相関性をマトリクス化した「笹谷マトリクス」を提示。これは経済産業省のSDGs経営/ESG投資研究会(第1回)でも紹介され、的確にESG投資に応え、かつ、SDGsにも貢献するために、自社がどの領域に取り組むべきか理解できると強調した。

木村 氏は「外部への情報発信について、単に開示する項目を増やすというアプローチでは部門側には理解してもらえない。そのため、情報開示の必要性を根気強く説くとともに、外部の協力を得ながら情報の開示が必要な項目を突き詰めていった」と話した。また、栗木 氏によるとDSMではグローバルでカーボンプライシングの市場形成を先導するなど、メガトレンドから将来の市場を予測しビジネス環境のルール形成に関わるアドボカシー活動を行い、同社の取り組みを広く発信していくことに努めている。

最後に、笹谷 氏は「近年、消費者側も環境問題について深く学ぶようになっているなど、SDGsは主流化に向かっており、この動きを止めることはできない。SDGsは企業にとってのCSVであり、社会価値と経済価値を同時に実現するツールとなる。自社ビジネスにおけるイノベーションの創出、そして社会価値の創出を推進していくにあたり、ぜひSDGsからヒントを得ていただきたい」と来場者に訴えた。

SDGsの活用は企業にチャンスをもたらし、回避すべきリスクも示す

笹谷 秀光 氏 PwC Japanグループ 顧問 株式会社伊藤園 顧問

※グラフィックファシリテーションの内容は、フォーラム開催当時(2019年2月26日)のものです。