Global Megatrends Session:「デジタル・チャンピオン」になるためのベストプラクティス

ビジネスにつながりにくい日本企業のDXの取り組み

「『デジタル・チャンピオン』になるためのベストプラクティス」では、デジタルトランスフォーメーション(DX)へ先駆的な取り組みを見せる企業のキーパーソン二名と、AIなどの先進技術を活用した新事業創出支援の分野でも豊富な経験を持つPwCのエキスパートをパネリストに迎え、PwCコンサルティング合同会社 ストラテジーコンサルティング(Strategy&) パートナーの今井 俊哉がファシリテーターを務めた。昨今、ビジネスにおけるDXの推進が課題になっているが、実証実験(PoC)からビジネスへ結び付けることの難しさに直面している日本企業は多く見受けられる。そうした背景を受け、セッションでは“実証実験の罠”から抜け出し、真のDXを実現するための処方箋を探ることを狙いとして、活発な議論が繰り広げられた。

ファシリテーター:今井 俊哉 PwCコンサルティング合同会社 ストラテジーコンサルティング(Strategy&) パートナー

PwCがグローバルで実施した「グローバル・デジタル・オペレーション調査」(2018年)では、デジタルオペレーションの成熟度に応じて四つのグループ「デジタル初心者」「デジタル・フォロワー」「デジタル・イノベーター」「デジタル・チャンピオン」に分類している。日本にフォーカスすると、デジタル・チャンピオンが18%、デジタル・イノベーターが36%となっており、デジタル化をリードするAPAC地域と同レベルのデジタル成熟度にあることが示されている。さらに別の調査「インダストリー4.0:デジタルエンタープライズの構築(日本分析版)」(2016年)によれば五年後の自社のデジタル化・統合化の水準について「先進的」と回答した割合が日本企業では82%に達し、世界で最も自信が高いことがうかがえる。

その反面、デジタル技術への投資により見込まれる、収益増加やコスト削減に対する日本の期待値はグローバルよりも低い。デジタル・オペレーションの日本の成熟度を押し上げているのは、あくまでも「新テクノロジーの導入」であり、「デジタルエコシステム成熟度」「デジタル文化」に対する評価は高くはない。どのようなビジョンのもとで、どのような目的で導入しているのかが不明確であるために効果への期待が曖昧で、実は自信がないと言えるのではないか。PwCコンサルティング合同会社 ディレクターの大塚 泰子は「明確なビジョンと目的をいかに定めるかが、日本企業におけるDXの課題と言えるだろう」と指摘した。

未来の価値変化を洞察しソリューションを生み出す

ここからは、先駆的なDXを展開する日本企業の代表として、日立グローバルライフソリューションズ株式会社 ライフソリューション統括本部 ビジョン商品企画部 クリエイティブ・ディレクターの丸山 幸伸 氏(2019年4月より現職)と、富士通株式会社 流通ビジネス本部 デジタルビジネス統括営業部 シニアディレクターの石川 裕美 氏を招いて議論が展開された。

日立では、社会イノベーションへの貢献を目標に掲げ、デザインを起点としてフロント部門と連携していく研究所を設立している。これまでの日本企業は、「企画立案」から「計画策定」へという流れにスピード感がありそこが強みだった。しかし、デジタルの時代となっては、「何のために」「どこが」「どのように」構築していくのかといった、企画立案よりも前段にある「構想形成」が必要になっている。日立では、これまで重要視されてこなかった構想形成へとより注力していくために、構想形成を専門とする部門を立ち上げた。これにより同社は、何のために何をつくって社会課題の具体的な解決に貢献していくのかについて、デザインを起点としたサービス設計によるイノベーションを重視する体制を整えていった。

デジタル時代には“0から1を創造できる人材”が不可欠である

石川 裕美 氏 富士通株式会社 流通ビジネス本部 デジタルビジネス統括営業部 シニアディレクター

一方、主に流通業の顧客のデジタル化支援に携わっている石川 氏は「顧客の間にデザインシンキングがかなり浸透してきている印象が強い」と見解を示した。流通業でも続々とパイオニア企業が現れている反面、PoCから先の展開で苦労している企業も多い。サービスの質の保持、現場への落とし込みでの苦労に加え、ROI(投資収益性)が短期的には評価しにくいことによって先に進まないと考えられる。そのため富士通では、デジタル改革に必要な六つの成功要因を定義した上で、業種・組織を超えた協働による取り組みに注力している。

次に、カスタマーエクスペリエンスを起点として、いかにDXを成功に導くかをテーマに議論がなされた。

日立では既に、数年前からカスタマーエクスペリエンスを軸とした将来サービスの設計に取り組んでいる。これは人々の未来の価値変化を予測して、今なすべきことをバックキャスティングするというアプローチである。象徴的なものとして、日立における「構想形成」の取り組みである「きざし」をインドネシアで行った事例が紹介された。ここでは現在の問題の解決ではなく、構想形成の段階で未来の価値観と課題を洞察してソリューションの検討にインプットを与えている。その理由を、丸山 氏は「将来のカスタマーエクスペリエンスを考えなければ、企業が本来なすべきことが見えてこないからだ」と説明した。

また、カスタマーエクスペリエンスを起点にDXを進めたとしても、システム開発がPoCの想定ボリュームを大きく超えるなど、PoCから本サービスの移行時に苦労が生じる日本企業は多く見受けられる。将来予測されるニーズに、現状の技術では対応できない場合もある。こうした日本企業を支援するため、富士通ではデザインとエンジニアリング双方の視点とスキルを有する「コンピューテーショナルデザイナー」の育成を行っている。さらに、現場に最適なユーザーエクスペリエンスを提供するシステム構築を支援するアプローチ「shaping Next UX」を他社と提携・開発し、PoCからの脱出を支援する体制を整えた。

デジタル変革の試みにおいてPoCから先へと進めないことが課題となっている企業に対して、石川 氏は「自社にとって最も大切なサービスとは何かを見極め、そこにフォーカスすることが必須だ」と言う。そうした不可欠かつコアな部分以外の領域は80点でもまずは進めることを優先し、アジャイル開発とデザインとを繰り返しながらサービスの品質向上や規模拡大を目指す継続的なチャレンジが重要だとした上で「初期段階から関係者や経営層を巻き込んで構想を進め、組織や企業の壁をも打ち破っていく姿勢も求められる」と見解を述べた。

未来を予測し、自分たちがどう貢献していくかという視点が重要

丸山 幸伸 氏 日立グローバルライフソリューションズ株式会社 ライフソリューション統括本部 ビジョン商品企画部 クリエイティブ・ディレクター

しかしながら冒頭の調査に立ち返ると、日本企業は「デジタル・チャンピオン」に比べて、他社、特にパートナー企業との連携により収益化を図る「オープンな事業プラットフォーム」を重視する割合が低い。その理由の一つとして、日本企業の場合はどうしても自社グループ内で結束しがちな傾向が強いことも挙げられる。異なる企業・文化が同じビジョンへ進むことは困難だが、そこは乗り越えていかなければならない。そうした課題に対し、日立では「Business Origami」というサービスデザインの手法を提示している。ビジネスを考えるにあたり必要な視点がカード化され、未来の価値を想定したサービスや、その実現に必要なプレイヤーと役割などについて、自由かつ納得感のある議論が行いやすくなるという。

また、ステークホルダーのマネジメントの重要性も高まっており、新たなデジタル変革の事業を立ち上げるには、日立や富士通がこれまで実践してきたようなステークホルダーマネジメントを多面的に展開する必要があると言える。こうした現状を踏まえ、今井は「カスタマーエクスペリエンスを起点にしてDXを進めるためには、自分たちの強みにフォーカスしつつ、他社と協創してコンソーシアムに貢献していくという姿勢で、カスタマーのニーズに基づいたエコシステムを形成していくことが大事ではないか」と言及した。

カギを握るのは「人材」

DXにおける人材の重要性にも、議論は及んだ。「第20回世界CEO意識調査」(2017年)でも、重要だが獲得困難とされている要素として、デジタルスキルやSTEMスキルより、創造力やイノベーション、適応力が上位に挙げられている。丸山 氏も「これからは、ビジネスとテクノロジー、デザインの視点を兼ね備えるような人材が求められてくる」と訴え、登壇者全員が強く同意した。

石川 氏も、“0から1を創造できる人材”の重要性について言及した一方、その育成には「日本企業の採用や人事制度が足かせとなってくる側面も考えられる」と指摘した。例えば、欧米の企業で最も評価されるのは「新しいことをやってうまくいった人」であり、次が「新しいことをやって、うまくいかなかった人」、最後が「今までのことをやってうまくいった人」であるのに対し、日本では二番目と三番目が逆のケースも多く見られるという。実際、成長する上では失敗も必要だと認識している日本企業は18%と、グローバルと比べてかなり少ない。大塚は「失敗を受容する文化の醸成が必要ではないか」と語り、管理職や経営者の意識を変革して人材を育成・確保していく必要性についても強調した。

DXは新しい事業機会の創出だと言えるが、その推進には多様なステークホルダーとの関係性が重要になる。他者の視点を取り入れるなど、新たな気付きの機会をつくることも必要だ。日本企業では、IoTもAIも自社で着手しているところは多いものの、その成果が見えにくい。経営層も含めてROIをどの段階で評価していくべきかを考え、失敗をも評価してチャレンジを促し、アジャイル開発の考え方を組織に定着させなければならない。一連の議論を受け、今井は「最終的には、経営層が危機意識を持つことにかかってくるのではないか。実際の成果にも目を向けたり、気付きをどう生かすかを考えることにより、これまでにない変化を生み出すこともできるだろう」と総括した。

日本企業も、失敗を受容する文化を醸成しなければならない

大塚 泰子 PwCコンサルティング合同会社 ディレクター

※グラフィックファシリテーションの内容は、フォーラム開催当時(2019年2月26日)のものです。