Global Megatrends Session:日本企業のグローバル展開におけるプライベート エクイティの役割

長期のマジョリティ投資により企業価値を向上

「日本企業のグローバル展開におけるプライベートエクイティの役割」では、国内外を代表するプライベート エクイティ(PE)ファンドから三名のパネリストを迎え、PwCアドバイザリー合同会社 パートナー、PwC Japanグループ プライベート エクイティ リーダーの関根 俊がファシリテーターを務めた。PwC Japanグループでは、さまざまな分野のエキスパートによるチームがPEファンドに対して、M&A関連サービスや投資先の価値創造のための多様なサービスを提供している。セッションでは、日本の産業界を巡る環境の変化や、激変する国際競争に立ち向かう日本の産業界でPEが果たす役割について、活発な議論が行われた。

冒頭、関根が「ファンド」の中の「PEファンド」について、次のように説明した。「一般的に、PEは成長企業や成熟企業、成長鈍化企業などに対して四~五年間の長期にわたりマジョリティ投資を行い、経営陣や従業員、その他の重要なステークホルダーと協働して企業価値を向上させていく。新興企業やスタートアップに投資するベンチャーキャピタルファンド、いわゆる『物言う株主』であるアクティビストファンド、破綻懸念企業や破綻企業に投資をするディストレスト/事業再生ファンドとは異なる存在である」

ファシリテーター:関根 俊 PwCアドバイザリー合同会社 パートナー PwC Japanグループ プライベート エクイティリーダー

続いて、各パネリストが所属する法人について紹介がなされた。

カーライル・グループは1987年に米国で設立され、外資系PEファンドの中ではいち早く2000年に、日本進出を果たした。大きな特徴は世界の各地域ごとにファンドを組織していることで、日本専用のファンドをこれまで三本も立ち上げている。各地域を専門としたファンドを運用しながらも、投資先のニーズによってはグローバルにも連携できるのがカーライルの強みであり、投資先企業の海外展開などのサポートも行っている。

ベアリング・プライベート・エクイティ・アジアは英国の商業銀行に端を発し、1997年に香港で創業して以来、アジア地域においてPE事業を展開している。アジア地域で最大級の資金を運用し、日本を含めて七カ所にある拠点で投資先企業の成長やアジア展開を支援する。欧米をはじめ世界各国・地域から120名以上のメンバーが参加し、共同買収やカーブアウト案件において多様な出資スキームによる豊富な取引実績を持つなど、あらゆるニーズへ柔軟に応えている。

日本産業パートナーズ株式会社は、2002年の設立以降、数多くのカーブアウト案件で投資実績を積み重ねてきた。投資方針は、日本の大企業の中で注目されにくい潜在成長力のある事業会社や事業部門を切り離し、投資を行うことである。事業の再編・再構築を通じて事業価値を高め、自律的に成長できるように促す体制の構築を支援している。在来の事業基盤と人を生かす形でハンズオンで投資を行い、必要に応じて経営にも積極的に関与しながら、ファンドと経営陣が一体となり将来に向かって事業を伸展させていく。

こうした各社の紹介に続けて、関根は日本のPEの現状について概括した。近年、日本でのPEによる投資は急増しており、2017年の投資金額は約3.2兆円にも上る。このうち2.2兆円がカーブアウト投資で、総合電機メーカー、自動車メーカーを中心に大型案件が増えている。一方、グローバルではPEの投資金額はリーマンショック後より回復傾向にあり、地域別に見ると米国が突出し、イギリス、ドイツ、フランスといった欧州の各国が続いている。「日本を含むアジアは、相対的には小さいものの足元では拡大傾向にある。経済規模(GDP)とPEの投資規模を比較すると、日本は0.6%という小規模にとどまり、今後の投資拡大余地の大きい市場であると考えられる」(関根)

事業環境を巡る変化が経営者に急速な構造転換を迫る

大塚 博行 氏:カーライル・ジャパン・エルエルシー マネージングディレクター

M&Aを実行する前に、経営における基礎体力の強化を徹底すべき

カーライル・ジャパン・エルエルシー:カーライル・グループとして世界に31拠点を持ち、運用総額は約24兆円、投資のプロフェッショナルは600名を超える。日本での投資実行社数は23社で、このうち15社が独立し、現在は8社に投資をしている。

では、昨今、日本でもPEによる大企業からのカーブアウトや事業承継案件が増えている要因として、どういったことが背景にあるのだろうか。カーライル・ジャパン・エルエルシー マネージング ディレクターの大塚 博行 氏は、次のように話した。「かつては事業の多角化が評価される時代もあったが、各事業の難易度が増してデジタル化への変革などが問われる中、ヒト・モノ・カネのリソースを全ての事業に配分することが不可能となった。その結果、企業が自ら選択と集中を促す動きが加速している」

日本産業パートナーズ株式会社 マネージングディレクターの若林 浩伸 氏も、同様に「日本の産業界を取り巻く環境変化により、経営者にとって構造転換が差し迫った課題となっている」と述べた上で、「PEによるカーブアウト投資で成功事例が積み上がっていることが、経営者の自信につながっている。PEと連携するハードルが下がりつつあることの表れではないか」と指摘した。

さらに、事業承継案件について、ベアリング・プライベート・エクイティ・アジア マネージング ダイレクターの丸岡 正 氏は「戦後創業した社長の年齢による理由もあると考えられる」とコメントする。「多くの創業者は、自分の会社を愛情を持って育ててきたが、昨今の厳しい環境の中で親族に事業をハンドオーバーすべきかどうかは悩ましい問題だ。もしこの難局を乗り切ってくれるであろう提案や実行力のある人材がいれば、託した方がいいと考えられるケースが増えている」(丸岡 氏)

潜在力の発揮に必要なのは、過去からの固定概念にとらわれないPEの知見

丸岡 正 氏 ベアリング・プライベート・エクイティ・アジア マネージングダイレクター

戦略の立案だけでなく、企業変革に不可欠な実行力を担うのがPEの役割

ベアリング・プライベート・エクイティ・アジア:アジアにおいてPE事業を展開し、日本を含むアジア地域で最大級の約2兆円の資金を運用している。同地域に7拠点を持ち、欧米など世界各国から120名以上のメンバーが、投資先企業の成長を支援。

こうした状況を背景として、日本企業のPEに対する期待が高まっていると言える。大塚 氏は、自ら投資責任者を務めたセンクシア株式会社(旧・日立機材株式会社)を例に「自社にはない知見をPEから得ることにより、潜在力を発揮して過去に経験したことのない成長を遂げることを期待している」と語った。「当時、同社の業績は好調だったが、十年後、二十年後を考えたときに、色々な打ち手を講じていかないと将来が描きにくいと親会社と当事者のトップが危機感を持っていた。既存のメンバーで同じやり方をしていても変わらないため、カーライルとしての経験からアドバイスが欲しいという要望があった。我々の意見は業界の常識からすると意外なものだったかもしれないが、固定概念にしばられず実行してみる価値はあると評価され、実際に取り組む中で新たな成長ステージを迎えることとなった」(大塚 氏)

会社を変革していく上でも、PEは重要な役割を果たす。丸岡 氏は「企業が求めているのは、PEの仮説に基づいて社内に変化を起こすことであり、変革に不可欠な実行力を担うことだ」と話し、こう続けた。「企業はコンサルタントを雇用して色々なプロジェクトを推進していくと思うが、どのように戦略を実行して結果につなげるのかが問題である。我々PEファンドの役割は、その問題を乗り越える役割を担うことだ。また、経営の選択と集中を進めるにあたって、事業を社内に置いたまま縮小することは難しい。いったんファンドに預けることで、合理的な理由で改革を行うこともできる。場合によっては、我々が“汚れ役”を引き受けることも必要となる」

さらに、若林 氏は「業績向上に向け、トップのリーダーシップのもとで社員がやる気を出し、自律的に動いていくようなスキームをつくること」が、変革に必要なPEの役割だと強調した。そのためには「最初にゴールを設定し、実行のフェーズを評価する仕組みづくりも重要である。当社が投資したリテール企業のケースでは、各店舗の売り上げ金額・個数は管理していたが、コーポレートコスト(本社費)の配賦などがなされず、店舗別の利益が管理されていなかった。これを見える化する仕組みを導入したことによって、社員のモチベーションは向上していった」(若林 氏)

PEの資本や経営ノウハウを活用し日本企業の強みをグローバルに展開

若林 浩伸 氏 日本産業パートナーズ株式会社 マネージングディレクター

PEの資本力やリソースを生かすことで、事業をさらに拡大していける

日本産業パートナーズ株式会社:2002年に設立して以来、累計23件に投資。2018年には、5号ファンドを2,000億円規模で立ち上げた。大企業からのカーブアウト分野での支援実績や、マネジメント・バイアウト(MBO)での支援実績を豊富に持つ。

セッションの最後には、日本企業のグローバル展開における課題とPEの役割が論題となった。

まず、若林 氏が次のように意気込みを示した。「日本企業には、世界で勝負できる製品や技術、ブランドが数多くある。問題は、その強みをどう発揮していくのかということだ。社員のやる気を引き出すような仕組みを作ることができれば、十分に世界で戦っていけるだろう。社員を活性化させるソリューションの一つがカーブアウトであり、そのときにPEの資本力、マネジメントのノウハウや人的リソースなどを活用することで、さらに事業を大きくしていくことができる。それは、企業にとっても、社会全体にとっても非常に意義深いことであり、日本企業がその強みを生かしていく面でも貢献していきたい」

続けて、大塚 氏は「日本企業は製品力、技術、ヒトなど一つ一つのコンポーネントは強いが、コーディネーション力が弱いため会社の潜在力が十分に発揮できていないと言える。潜在力が顕在化していない段階で規模を追求し海外M&Aを仕掛けても、うまくいかないことが多い」と指摘した。カーライルでは、投資先に対して当初の半年から一年をかけて徹底した基礎体力の強化を行い、自社が持つインフラや機能を見直し顕在化させることで、成長率や収益性をもう一段引き上げていく。「投資先のツバキ・ナカシマは世界シェア約26%を占め、各国・地域に拠点を持っていたが、グローバルコーディネーションが不十分だった。経営体制を見直した結果、成長性は飛躍的に向上し、上場を果たすとともに、世界三位の米国企業を買収してシェア約50%の断トツのグローバルトップ企業に生まれ変わった」(大塚 氏)

日本企業のアジア展開に関する支援について、丸岡 氏は例え話として、中国の高速鉄道網における車内販売サービス導入を挙げて展望を示した。「中国には総距離2.9万キロメートル、日本の8倍にものぼる高速鉄道網がある。ここを不特定多数の人々が行き交うわけだが、日本のサービス業や流通小売業の視点で見ると、国内市場が成熟化する中で中国に新たな成長を求めて、車内販売サービスの提供などを提案する企業があってもいい。もちろん単独で進出するのは難しいが、アジアにネットワークを持つ我々と一緒に取り組むことで、現地の企業や投資会社と合弁会社を設立することもできるだろう」(丸岡 氏)

最後に、関根が「日本企業や一般の消費者にとって直接的、間接的にPEと接する機会も増えた。事業会社や事業部門の潜在成長力を顕在化させ、さらなる企業価値の創出、国際競争における優位性の構築に向けて、PEへの期待はいっそう高まっている」

「ファンド」の中のPEファンドについて

プライベートエクイティ(PE)ファンドは主に成長期以降の企業に投資し、企業のさらなる成長を経営陣と協働して実現することを目指している。