監査の変革──どのようにAIが会計監査を変えるのか

はじめに

AI(人工知能)はニューラルネットワークなどの機械学習※1や質問応答システムなどの自然言語処理※2の発展に伴って、近年注目を浴びていますが、監査業務においては、実用化に至っているケースは多くはありません。一方で、監査現場の作業量は年々増加しており、生産性の向上が求められ、また、監査のステークホルダーからの期待に応えるための品質向上についても課題があります。さらには、2020年において、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の影響により、各企業ではリモートワークの導入が推進され、業務の自動化、紙書類の廃止によるデジタル化がさらに進むと予想されます。これらの課題に監査手続のAI化・デジタル化は有効な手段となり得ることから、監査法人では日々研究開発を進めています。

本稿では、AIの監査への適用可能性、そして被監査会社および監査人にもたらす効果について考察しています。なお、本稿における見解は著者の意見であり、PwCあらた有限監査法人および所属部署の正式見解ではないことをあらかじめご承知おきください。

1 段階的なデジタル化──AI導入のためのプロセス

監査業務における課題に対し、AIの適用は有効な手段となり得ますが、監査手続で用いるAIの学習のためには、大量の標準化されたデータを用意する必要があります。しかしながら従来の監査業務においては、AIに投入できるようなデータの標準化は行われていませんでした。その理由としては、被監査会社によって会計システムや、注文書、請求書といった会計処理に必要な証憑が異なり、監査人側においても被監査会社の業務・業態によって監査調書のフォーマットが異なるといった状況が挙げられます。さらに最近では、AIに学習させるためのデータの前処理工程のコストが膨大になってしまうという事情も挙げられます。

将来、AIを用いた監査を行うためには、次の3つのステップを踏む必要があります(図表1)。

  1. 業務プロセスおよびデータの標準化
  2. 監査手続のデジタル化
  3. AIの導入(AI化)

まずは、業務プロセスおよびデータの標準化(①)を進めることになります。それには、専門的な知識を必要としない監査手続を集約的に行うセンターを設置し、全社で業務プロセスを統一したり、分析ツールを監査法人内に普及させなければなりません。そのうえで、各被監査会社のデータを共通のフォーマットに統一していきます。

図表1 監査業務変革の段階的進歩と働き方の変化

2 監査手続はどのようにAI化されていくのか?

監査手続のAI化

図表2には、 1 で示したAI導入前のステップを経て、現在およびAI化した場合の将来の監査手続例や、被監査会社と監査人にもたらす品質向上もしくは時間削減効果、監査手続におけるAI化の代替可能割合、そして将来の監査手続が実現すると見込まれる時期を示しています。

図表2 主な監査手続のAI化の例

従来から行われている監査計画や実証手続のほかに、各監査手続をAI化させるための標準化や、AIの基盤となる監査プラットフォームの開発等も不可欠であるため、AI化の実現を支える環境についても検討しています。

勘定科目ごとの一連の監査手続のAI化

次に、勘定科目ごとの一連の監査手続がAI化によってどのように変わるか説明します。

監査計画において識別・評価する重要な虚偽表示リスクは、財務諸表全体レベルとアサーションレベルの2つに分類されます。

後者のアサーションレベルの重要な虚偽表示リスクとは、おおむね各勘定科目に紐づくリスクのことであり、監査手続の大部分の時間を占めているのが各勘定科目に関するリスク対応手続です。勘定科目ごとに業務フローや監査上のリスク、計上証憑も異なることから、監査人(監査チーム)は勘定科目ごとに担当者を決定し、監査手続を実施しています(売上と売掛金のように密接に関連する勘定科目同士も存在し、その場合は同一の担当者が行うこともあります)。現預金勘定を題材とした勘定科目ごとの監査手続例は図表3のとおりです。被監査会社から各勘定科目の明細を入手し、それらに対し各監査手続を実施することで、監査証拠を入手します。現状このような一連の手続は、資料の依頼段階からすべて会計士が実施するか、もしくは手続の一部について専門的な判断が不要な作業を会計士以外のスタッフが担当し、必要に応じて作業内容を会計士がレビューしますが、割合は高くありません。

AI化が進んだ事例は図表4です。被監査会社への依頼資料は、監査プラットフォームに集約され、被監査会社から資料がアップロードされると、紙資料についてはAIがOCR※3で資料をデジタル化し、デジタル化されたすべてのデータを標準化した後、AI分析ツール等に投入します。現預金勘定では主に金融機関への確認手続が重要となりますが、それらの情報も金融機関から自動取得し、回答結果を照合します。AI分析ツール等から異常な結果が出力された場合は、必要に応じて被監査会社に質問し、その回答内容を反映させます。

これらの処理を実施して入手した監査証拠は自動で監査調書に文書化され、監査人がレビューを行います。

図表3 現状の勘定科目ごとの監査手続(例:現預金勘定)
図表4 AIが適用された場合の勘定科目ごとの監査手続(例:現預金勘定)

3 おわりに

PwCは2018年に、AI技術の監査業務への応用を論じたレポート『監査の変革』を発刊しました。その後、監査業務におけるAIの適用を進めるにつれ、AI技術自体の高度化や、AIに関する知識・理解の深度化、監査業務への導入経験の蓄積が進み、変化に対応した情報の更新が必要となったため、2021年1月に『監査の変革 2021年版※6』を発刊しました。

『監査の変革 2021年版』においては、本稿で述べた内容以外に、勘定科目ごとの監査手続のAI化割合に関して検討を加えています。さらに、近年中にAI化の実現可能性があり、影響の大きい監査手続である証憑突合を題材にしたAI化の適用例および導入課題などについても考察しています。

企業側でも自社のビジネスに関連するビッグデータの活用およびAIの適用に関する検討は日々進んでおり、それに加えて今後は新型コロナウイルス感染症等の影響により、これまでデジタルの活用を検討しなかった企業もビジネスモデルを改めると推測され、デジタル化は一層促進すると見込まれています。

現状の監査現場においても、増大した被監査会社のデータを加工し、分析するのに時間がかかっており、監査人の労働時間が増加する一因になっています。このような膨大な量のデータを容易に処理可能な加工・分析ツールも発展してきており、監査現場への導入も盛んになっています。

現在の監査現場においてもデジタル化は徐々に進んでいますが、これまでに考察したAI化された監査手続を実現させるには、まだまだ多くの課題や困難があります。そうした状況であっても監査業務の生産性向上および品質向上のため、監査手続のデジタル化・AI化に向けて日々邁進していく所存です。


※1 機械学習(Machine Learning)とは、AI技術のひとつであり、データに潜むパターン(法則性やルール)をコンピュータに自動的に発見させる技術である。このパターンによって判断や予測を行うことができる。

※2 自然言語処理(Natural Language Processing)とは、人間が普段用いている自然言語をコンピュータに処理させる技術である。翻訳、検索エンジン、音声認識、OCRなど、すでに幅広い分野に自然言語処理が応用されている。

※3 OCR(Optical Character Recognition:光学文字認識)とは、手書きの文字や印刷された文字を画像データとして読み取り、文字を認識してテキストデータへ変換する技術である。テキストデータ化することでコンピュータが文字情報を扱いやすくなる。

※4 プロセスマイニング(Process Mining)とは、システムの実行ログデータに基づいて業務プロセスを分析する技術である。データの傾向やパターンなどを認識することにより、業務プロセスの問題点を発見し、その原因への対策を取り業務プロセスを改善することができる。

※5 API(Application Programming Interface)とは、プログラムがシステムにアクセスする規約である。APIを設置することにより、直接システム内のデータベースにアクセスさせることなく、外部から受け取った指示に応じてデータベースを操作することが可能となる。

※6 PwC『監査の変革 2021年版――どのようにAIが会計監査を変えるのか』,2021.
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/audit-change2021.html


執筆者

伊藤 公一

PwCあらた有限責任監査法人
アシュアランス・イノベーション&テクノロジー部
ディレクター 伊藤 公一

清水 希理子

PwCあらた有限責任監査法人
アシュアランス・イノベーション&テクノロジー部
マネージャー 清水 希理子