DX推進の要となる標準化──企業集団におけるデータ標準化の2つの施策

はじめに

テクノロジーが急速な発展を遂げるにつれ、生み出されるデータ量が爆発的に増加しています。インターネット利用の増大とIoT(Internet of Things)の普及があらゆるヒトやモノをネットワークでつなぎ、リアルタイムにデータが共有される環境を生み出しました。データを活用した新たな商品やサービスが次々と登場しており、個人、企業そして社会が保有するデータを活用して新たな付加価値を創出できるかが、これからの社会における競争力の源泉になりつつあります。

至る所で絶え間なく生成、収集、蓄積されるデータには、さまざまな種類のデータが含まれます。例えば、表計算ソフトで扱う「列」と「行」の概念を持つ構造化データや、テキストデータや画像データのようなデータベースで扱うことが難しい非構造化データなどがあります(図表1)。構造化データであっても、カラムの名称や属性が揃っていない、データの粒度にばらつきがある、同じ意味でも表記が異なっているなど、データに統一性がないこともよくあります。人工知能(AI)関連のテクノロジーを用いてデータ解析を行うには、事前に処理しやすいデータフォーマットへ変換しておく必要があり、担当者にとって大きな負担となっています。

このように、企業におけるテクノロジー導入においてデータは重要な論点です。本稿では、テクノロジー導入までのあるべきアプローチを検討し、その中でテクノロジー導入の前段階として重要となる標準化、特にデータの標準化に焦点をあてます。そして、データ標準化が必要とされる背景と世の中の取り組みを踏まえて、企業集団におけるデータ標準化を実現する施策について考察します。

図表1 データの種類

1 テクノロジー導入までに必要な段階的アプローチ

テクノロジーの導入というと、AIの開発やデジタルツールの購入が想定されますが、これらのテクノロジーはそれ単体では効果を最大限に発揮することは困難です。AIやデジタルツールが正しく機能するためには、その材料となるデジタルデータが重要なためです。

また、同一のテクノロジーを複数の業務プロセスに適用する場合、プロセスごとに、開発の要否の検討や設定を行う必要があり、その効果や効率は期待どおりではなくなります。

そのため、テクノロジーの導入を考える際には、次のようなアプローチで進めることが重要と考えます(図表2)。

  1. 標準化
  2. デジタル化
  3. AI化・自動化を実現するテクノロジーの導入

まずは、テクノロジー導入の前段階として、その材料となる情報を紙媒体ではなくデジタルデータとすること、そしてそのデータを標準化することを検討する必要があります。

図表2 デジタル化の段階

2 わが国が抱えるデータ利活用における課題

経済産業省の『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』※1では、わが国の企業は、多くのデータ・情報資産を保有しているにもかかわらず、各事業の個別最適化を優先してきた結果としてシステムが複雑化しており、企業全体での情報管理・データ管理が難しく全社最適に向けてのデータ利活用が困難となっていると指摘していました。そのような状況では、AI、IoT、ビッグデータなど、先端的テクノロジーを導入したとしても、その基盤たる企業のデータ利活用・連携が限定的であり、その効果も限定的となります。テクノロジー導入の効果を最大限享受するためには、まずデータ標準化を行い、企業集団全体でデータ利活用・連携ができる環境を整備します(図表3)。

本稿でいう「データ標準化」とは、データの書式や列の並び、データの入力規則などが企業ごとに異なる場合、それらを統一することを指します。データ標準化は、企業の枠を越えた横断的なデータ解析を容易にし、データ利活用・連携の促進につながります。

図表3 テクノロジー導入の効果を限定的にする場合(左)と最大限享受可能にする場合(右)

3 データ標準化に関する取り組み

データ標準化の取り組みの中には、国や業種の壁を越えて進められているものもあります。本稿では、グローバルレベルでの標準化を進める機運が高まっている試算表、総勘定元帳、各種補助元帳などの会計データを事例として、ISO/PC295 Audit Data CollectionとXBRL GLの2つを取り上げます。

ISO/PC295 Audit Data Collection

国際的な工業規格制定団体である国際標準化機構(ISO)は、グローバルレベルでの会計データの標準化を進めています。ISOが制定した規格をISO規格といいます。ISO規格は、国際的な取引を円滑にするため、製品やサービスに関して世界中で同じ品質、同じレベルのものを提供できるようにする国際的な基準です。ISOが会計データのフォーマットに関する規格を制定した場合、国や地域ごとに策定されたデータ規格は見直され、ISO規格が今後の会計データ収集におけるグローバルスタンダードになっていくものと想定されます。

ISO/PC 295(Audit Data Collection)のドラフトでは、①基礎編、②総勘定元帳、③売掛金、④売上、⑤買掛金、⑥仕入、⑦在庫、⑧有形固定資産についてERP(統合基幹業務システム)から出力するための標準的なデータフォーマットが示されています。現時点ではテキストデータが中心となっており、XBRL GLなど他のデータフォーマットへのマッピングは、ISO化されたあとの課題とされています。

XBRL GL

XBRL GLは、勘定科目、会計仕訳、勘定残高など会計・財務情報を表現するためのXBRLタクソノミのことです。仕訳帳だけでなく、売掛金、買掛金、在庫表、勤務表など取引に伴う帳簿に幅広く対応しています。

XBRLは、各種事業報告用の情報を作成・流通・利用できるように標準化されたXMLベースのコンピュータ向きの言語であり、財務諸表などの組織における財務情報・開示情報の記述に適しています。

日本は、2008年4月1日以後に開始する事業年度から有価証券報告書等の財務諸表に関してXBRL形式の提出が行われており、EDINETからダウンロードすることができます。XBRL形式の財務諸表は、任意のフォーマットに加工し、分析、企業間または経年での比較を容易にします。

4 企業集団におけるデータ標準化の施策

グローバル規模での成長や新規事業の参入を実現するためのM&Aなどにより、多くの企業が、グループ内で複数のシステムを使用しています。グループ内で異なるシステムを使用する場合、システムごとにデータフォーマットが異なるため、事前にデータを加工しなければ複数の企業を横断的に分析できないことがあります。データを基礎とした事業経営や意思決定を行えるようにするためにも、データ標準化が必要となります。

そこで、企業集団におけるデータ標準化を実現する施策として、システム移行による統一とデータ標準化プラットフォームの構築の2つについて解説します(図表4)。

図表4 企業集団におけるデータ標準化の2つの施策

4.1 システム移行によるデータ標準化

「システム移行」とは、企業のシステムを新しいシステムに切り替えることをいいます。どのような企業でも、システム移行を避けることはできません。システムを長期にわたって使用していると、セキュリティの問題や保守サポートの終了などにより古いシステムを使い続けられなくなることがあります。新規事業の立ち上げなどによって発生した新たな業務に対応するため、追加のシステム開発を行い既存のシステムと連携するということを繰り返すうちに、システムが複雑化し不具合が頻繁に発生するようになることもあります。このようにシステムの老朽化や複雑化が進み、問題を見過ごせなくなった場合、システム移行を行う必要があります。また、企業買収や組織再編により、企業のグループ内でシステムの統合が必要となる場合もあります。

システムを変更する場合、新しいシステムを開発するだけではなく、過去データを引き継ぐために、既存システムのデータを新システムに移す「データ移行」が必要となります。ERPを利用している場合をはじめ、販売システムや在庫管理システムなどの上流や中流のシステムと、会計システムなどの下流のシステムがつながっている場合、データ移行は、単純に既存システム上の金額値を新システムにコピーするだけでは済みません。新システムおよび既存システムについて、システムの機能だけでなく、システムの上流から下流までのつながりと各システムで生成されるデータを理解したうえでデータ移行を行う必要があります。データ移行中はシステムを止める必要があり、土日や祝日など、従業員が業務を行っている平日を避けて行われるのが一般的です。データ移行の本番では時間制限がある中で想定外のエラーにも対応することになるため、リハーサルよりも余裕を持った計画を立てておく、あらゆるケースを想定しエラーを回避する策を講じるということが重要となります。

システム移行は何十年に一度のイベントであり、社内にシステム移行の経験者は少ないのが一般的です。長年にわたりシステムをつぎはぎしながら使用してきた場合、システムが老朽化・複雑化・ブラックボックス化しており、既存システムに精通した人がいない可能性が高いです。そのような状況下でシステム移行を成功させるには、業務を十分に理解する環境を整え、業務で求められる機能をいかにシステムに反映させるかが重要となります。その際、システム移行のプロジェクトメンバーが業務やプロジェクトのすべてを把握することは難しいため、各部門のユーザーからの協力が欠かせません。

システム移行による統一は、企業集団全体の巨大な仕訳帳に直接各企業の取引が記帳されるためリアルタイム性に優れており、マスターデータなども統合されるため内部統制の強化とも高い親和性があります。しかし、システム移行は全社で取り組む必要があり、多大なコストと時間を要することになります。

4.2 データ標準化プラットフォームとは

「データ標準化プラットフォーム」とは、ERPなどで管理されている企業独自のデータを取り込み、標準データに変換して格納するプラットフォームのことです(図表5)。

企業のシステムの外にあるプラットフォームで処理することで、各企業がシステムの設定や現場の業務オペレーションを変更することなくデータ標準化を実現できます。データ標準化プラットフォームによりシステム移行よりも低コストでデータ標準化を実現することが可能となり、企業間で円滑なデータ交換が促進され、企業集団における積極的なデータ利活用が期待されます。

データ標準化プラットフォームによるデータの標準化では、検討すべき点が多数あります。しかし、このプラットフォームを実現できれば、データに含まれる取引先企業などの取引内容を示すデータや名称の対応関係などを用いることで、企業間でデータを照合も可能になります。プラットフォーム内でデータ同士の照合ができれば、その照合結果を参照することで、連結会社相互間の債権債務や取引の相殺を自動化し、連結決算にかかる工数削減や決算早期化の実現も見込まれます。

図表5 データ標準化プラットフォームの全体像

4.3 データ標準化システムの実装

企業独自のデータを標準データへ変換する流れを、会計データを事例に説明します。

(1)企業独自のデータの取り込み

企業は、まずデータ標準化プラットフォームへ企業独自の会計データを取り込みます。各企業の独自の会計データを、企業ごとに格納します。データ標準化プラットフォーム内で企業独自の会計データを標準会計データへ変換することもできます。そのため、企業は企業システムにある会計データを加工する必要はありません。また、独自の会計データも企業独自のシステム内に保持しておくことができます。

(2)標準データへの変換

企業がデータ標準化プラットフォームに取り込んだ企業独自の会計データは各企業独自のフォーマットで記述されているため、データ書式や列の並びが企業ごとに異なります。また、勘定科目名称や企業名、勘定科目コード、企業コードといった情報も企業ごとに独自のマスタに則ったフォーマットとなっています。さらに、会計データが自動で作成される取引の場合、複数の取引を合算して1つのデータとして保持するなど、会計データの粒度、すなわち行の単位が異なる場合があります。そのため、このような列、名称やコード体系、行といった観点で一定の基準を用いて標準化することが重要です。

データフォーマットだけでなくデータの中身も標準化することができれば、企業を横断的に分析するために有用なデータを構築することが可能となります。

4.4 まとめ

企業集団におけるデータ標準化の施策として、システム移行による統一とデータ標準化プラットフォームの構築を取り上げました。データ標準化の取り組みが進展し、世界標準として新たなルールの整備も予想されます。変化の激しい時代において、既存のシステムを活かしつつ変化に柔軟に対応するには、データ標準化プラットフォームの構築も選択肢の1つとなると考えます。

5 おわりに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大を受け、人と人との接触を伴わない遠隔・非対面での社会活動が強く推奨されるようになりました。そして、押印、客先常駐、対面販売など、これまで疑問を持たなかった企業文化、商慣習、決済プロセスにも変革が生じています。企業は、取り巻く環境が刻々と変化する中、競争優位を獲得し続けるため、変化に迅速に対応することが求められています。

社会や企業の変化を受けて、監査法人もAIをはじめとするテクノロジーを監査業務に導入する動きを加速させています。被監査対象が大規模化かつ複雑化し、すべての取引や項目について監査手続を実施することは実務上不可能とされてきましたが、テクノロジーの発展によってその前提が変わろうとしています。

従来は、被監査対象がシステムから監査で必要となるデータを抽出し、監査人に提供するというプロセスを経ていました。これからの監査では、被監査会社のシステムからデータレイクへ自動で連携・蓄積されたデータをAIがリアルタイムに異常か否かを検証し、異常と判断されたデータを監査人が適時に検証・判断するようになると想定されています。入手するデータがすべて標準的なフォーマットに統一されれば、AIの学習が進み、実務に耐えうる精度にまで向上させることも可能になります。



執筆者

上野 史久

PwCあらた有限責任監査法人
アシュアランス・イノベーション&テクノロジー部
シニアマネージャー 上野 史久

玉井 暁子

PwCあらた有限責任監査法人
アシュアランス・イノベーション&テクノロジー部
シニアアソシエイト 玉井 暁子