ESGを考慮したリスクマネジメントと内部監査の役割

はじめに

本稿では、株式会社日本取引所グループおよび株式会社東京証券取引所が2020年3月31日に公表した「ESG情報開示実践ハンドブック」、経済産業省が2020年8月に公表した「サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会 中間取りまとめについて」を読み解き、実効性を担保するための役割を担う内部監査がどのような観点で業務を遂行することが重要になるのかについて考察します。

なお、文中の意見に係る部分は筆者の私見であり、PwCあらた有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではないことを、あらかじめご理解いただきたくお願いします。

1 ESGをめぐる最近動向

ESGは、環境(Environmental)、社会(Social)、企業統治(Corporate Governance)を意味し、企業や機関投資家が持続可能な社会を形成していくことに寄与するために考慮すべき3つの要素とされます(図表1)。

ESGが注目されるようになってきた主たる要因としては、これまで企業活動が無理に事業拡大してきたことの影響等で、環境汚染や労働問題などの重大な課題が目立つようになり、資本主義の負の側面が問題視されるようになってきたことが挙げられます。さらには、自然資源の制約やステークホルダーとの関係性などの外部要因が、企業の持続的成長に重要な影響を及ぼすようになったことも挙げられます。

機関投資家においても短期的な財務パフォーマンスだけではなく、中長期的な価値創造にフォーカスした投資方針を打ち出しているところも増えてきており、企業のESGへの取り組みに関する情報開示が不十分と考えている投資家も多く存在します。

国連が2015年に定めた「持続可能な開発のための2030アジェンダ」、通称SDGs(Sustainable Development Goals)以降、ESG経営も日本企業でも浸透し始めています。

日本でも株式会社日本取引所グループおよび株式会社東京証券取引所でも、2020年3月31日に「ESG情報開示実践ハンドブック」を公表しました(図表2)。

2020年7月30日には、SASB(米国サステナビリティ会計基準審議会)は、「投資家アドバイザリーグループ(IAG)」に3機関を追加し、ニッセイアセットマネジメント株式会社に加え、第一生命保険株式会社が参加しています。

2020年8月19日には、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が、2019年版の「ESG活動報告」を発行(3回目)しました。

2020年8月27日には、国連責任投資原則(PRI)と持続可能な発展を目指すグローバル企業団体WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)が、サステナブルファイナンスの発展に向け新たな協働を発表しています。

このように、ESGに関する世界および日本における関心は高まってきており、ESGをどのように企業経営に組み込むかを考慮した中長期的な取り組みが企業に求められてきています。

2 企業経営を取り巻く環境

経済産業省が2020年8月に「サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会 中間取りまとめについて」で公表した内容に基づくと、近年のデジタルトランスフォーメーション(DX)の進展により、産業構造の変化を伴うイノベーションが頻発し、気候変動や局地的な災害等の発生等により、世界的な経済リスクが増大するなど、企業経営を取り巻く環境は非常に不確実なものとなってきています。

一方で、ESG投資、サステナビリティ投資は拡大してきており、かつ新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、ESG投資はさらに拡大しています。ESGの中でも、E(環境)の要素だけでなく、S(社会)の要素の重要性が再認識されてきています。ESG/SDGsにおける中長期のリスクとオポチュニティの両面を把握し、具体的なアクションに反映させるために、サステナビリティトランスフォーメーション(SX)、つまり企業のサステナビリティ(稼ぐ力)と社会のサステナビリティ(社会課題、将来マーケット)の同期化が必要と考えられています(図表3)。

3 ESG経営の重要性

社会課題の解決と企業収益の向上の両立の観点から、企業がESG課題を解決するために付加価値の提供を実現するには、企業のリスク管理を高度化していくことが必要になると考えられます。

ESG要素は企業を取り巻く環境が安定することを通して継続企業の前提が盤石となります。また、ESG経営を考慮することで企業の持続的成長を促進することが可能になります。具体的な効能としては、従業員満足度の向上、クライアントのロイヤリティ向上、製品・サービスの差別化、機関投資家の投資方針との整合性および特定の投資家の獲得に寄与、企業のブランドイメージの向上など企業価値の拡大に寄与することが考えられます。

ESGに関するリスクを企業のリスクマネジメントに組み込んでいく際の重要ポイントとしては、以下の5つが想定されます。

  • 全般:ESGリスクに起因するビジネスリスクを全社目線で特定・具体化したうえで、リスクマネジメントの仕組みの中で適切に管理・対応し、その状況を正しくステークホルダーに情報共有する必要があります。
  • ガバナンス・カルチャーの観点:企業のガバナンス構造・文化の中でESGとリスクマネジメントの考え方を融合させていく必要があります。
    ESGリスクが中長期的に企業の戦略、財務、業務等に影響を及ぼす重要な要素であることを取締役会レベルで共通認識を醸成し、既存のERMプロセスに乗せて全社のガバナンス体制・文化に組み込む必要があります。
  • 戦略・目標設定の観点:経営戦略達成を阻害する財務・非財務両要素の影響を把握し、リスク戦略・目標に反映する必要があります。
    異常気象による事業継続性への影響、人権侵害に対する評判リスクなど非財務要素が考慮され、企業の経営計画の達成を阻害する影響を把握し、既存の事業戦略・目標とリスクマネジメントの整合性をとる必要があります。
    企業が掲げる中長期的財務目標(例えばROEや将来のキャッシュフロー)を達成するにはどのような取り組みが重要かといった観点から、ESG課題について検討し開示していくのかは非常に重要なポイントになります。
  • リスクマネジメント(特定・評価・実行・レビュー)の観点:事業戦略実行を阻害するESGリスクを中長期的な時間軸で特定・評価し、対応する必要があります。
    ESGリスクと従来のビジネスリスク両方を評価可能な方法論を設計する必要があります。中長期的な外部環境変化を踏まえてリスクを特定し、サステナビリティリスクと従来のビジネスリスク両方を評価し、社内外のステークホルダーを巻き込みながら、効果的なリスク対応を選択・実行します。
    さらに、事業に影響を与える大幅な変更がないか監視し、必要に応じて修正を行っていく必要があります。
  • 情報管理・開示の観点:ESGも含めたリスク情報を集約し、多様なステークホルダーに対応した開示・発信を行う必要があります。取締役会、社内、投資家、消費者等の外部ステークホルダーが共通言語でコミュニケーションできるように、情報を適切に集約し、効果的に開示・発信する必要があります。

ESGに関する投資は年々増加傾向にある一方、現状の企業のリスクマネジメント活動・体制がESGリスクを十分に考慮しているかを再度確認することが肝要です。

4 ESG経営に関するガバナンス(内部監査における対応)

ESGなどの社会的課題への取り組みは、「守りのガバナンス」と「攻めのガバナンス」の両面に関わる経営活動であり、企業の経営活動の中でも重要な領域に関係すると考えられます。企業としてのESGへの対応は、基本的に取締役会等のしかるべき機関で検討後に承認され、具体的な業務執行は各事業に落とし込みが行われた後、執行側の責任で遂行されることになります。

ガバナンスの観点からは、監査役の監査対象、内部監査部門の監査対象になります。特に内部監査における観点からは、企業が整備したESGに関する企業のリスクマネジメントフレームワークが適切に整備され、ESG関連のリスクが適切に把握・評価され、PDCAが適切に実施されていることをモニタリングすることが重要になります。内部監査がESGに関するモニタリングを行う際に特に配慮すべき点として以下のものがあります。

1. 企業の社会的責任(CSR)の観点

  • ESGに関連する国際ルール等を参考にした内部監査計画の準備
  • 社会の関心、さまざまなステークホルダーの観点を幅広く考慮する

2. 内部統制で考慮されるリスク管理の観点

  • ESGに関するリスク評価が適切に行える社内管理体制が整備、運用されているか
  • ESGリスクが相対的に高いと考えられる領域に対する社内ルールの整備は十分か(例えば、経営トップのコミットメントとしての気候変動対応方針や人権方針などの策定がなされ、それらを浸透させる統制が整備・運用されているか)
  • 研修等の実施、啓蒙活動などは具体的に計画され実施されているか

3.  ESG経営に関する意思決定プロセスの合理性

  • ESGに関する適切な意思決定プロセスが存在することの確認

4. ESGに関するインシデントへの対応状況

  • ESGに関するインシデントが生じている場合に、タイムリーな情報源の確認、その後のリカバリープランと実行は適切に遂行され、最終的に適切な機関へ報告されているか

なお、子会社の内部監査を実施する際に、当該会社の社長から「グループ全体の中期経営計画等で打ち出しているESGに係る取り組みの浸透状況を確認してほしい」との要望を受けることも非常に増えてきています。その際には、以下のようなポイントで子会社側の対応状況と本社側の支援状況を確認するようにします。

  • 子会社側で、グループ全体のESGに係る取り組みを自社に当てはめる形でブレイクダウンしたうえで、具体的なアクションをタイムラインも含めて策定できているか
  • 本社側で、子会社に対して上記のアクション策定に向けたインストラクションを出せているか

5 おわりに

企業のESG 経営への実効性をより確実なものとするために、これまで以上にステークホルダーとの対話を通して、より経営に資する観点で内部監査を遂行していくことが求められてくると考えられます。このように内部監査の重要性は今後もますます拡大するものと考えております。


執筆者

PwCあらた有限責任監査法人
リスク・デジタル・アシュアランス部門
ディレクター 真木 靖人

PwCあらた有限責任監査法人
リスク・デジタル・アシュアランス部門
シニアマネージャー 田中 洋範