ニューノーマルの到来──事業環境変化に適応していくためのDXとガバナンス強化

はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、私たちの社会に多大な影響を与えており、政府はコロナ後の「新たな日常」(ニューノーマル)に向け、変革を促す提言を取りまとめました。2020年前半、世界的なパンデミックによって、各社の事業継続力が試される事態となりました。現在は小康を得た状態となっていますが、今後は企業もビジネスモデルやオペレーションをいかにニューノーマルに適応させるかが問われていくことになります。本稿では、新時代における事業環境変化への適応力を高めるため何をすべきか、いくつかのシナリオを想定し、解説していきます。

1 ニューノーマルへの対応は万全か?

COVID-19によるパンデミックは、私たちの社会生活や経済活動など、多方面に影響を与えています。政府は、「新たな日常」(ニューノーマル)に対応した政策を進めていこうとしています。具体的に、ニューノーマルとはどのようなものでしょうか。経済産業省は、ニューノーマルとして以下のものを取り上げています*1

  1. 接触回避:デジタル化・オンライン化の加速
  2. 職住不近接:地方居住・生活地選択の自由拡大、労働市場のグローバル化
  3. ギグ・エコノミー:デジタル技術を活用した新しい働き方、無人化・AI化の進展
  4. 社会のリスク補完の必要性増大:失業・貧困・高齢者・保健衛生・インフラ対策
  5. グローバリズムの修正:国家の役割増大と不十分なグローバルガバナンス、経済安全保障の定着
  6. 社会理念・価値観の変容:危機時の集団対応力、持続可能性や民主主義の在り方

COVID-19の拡大が与える影響に私たちは対応できているでしょうか。あるいはニューノーマルに向けた準備は十分でしょうか。リトマス試験紙として、2つの質問群を用意しました。まず、質問群AについてYes/Noを答えてみてください。

【質問群A】

  • 事業継続計画(BCP)はあるか?[Yes / No]
  • デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進しているか?[Yes / No]

大企業の担当者であれば、いずれもYesと答える方が多いのではないでしょうか。続いて、質問群AがいずれもYesだった方は、以下の質問群Bに答えてみてください。

【質問群B】

  • 既存のBCPは機能したか?[Yes / No]
  • 自社の強みを生かしたDXが推進されていたか?[Yes / No]
  • 自社の強みや重要業務が、BCPやDXプランで識別されていたか?[Yes / No]
  • 自社の強みが生かせない、あるいは重要業務が継続できない場合に、どのようなデメリットがあるのか、シミュレーションしていたか?[Yes / No]

質問群AにNoがあった場合、あるいは質問群BのいずれかにNoがあった場合には、事業環境変化への適応力になんらかの課題があります。次節以降の解説が参考になると思われます。

該当しなかった場合には、事業継続力強化やDX推進を効果的に取り組まれていると想定されます。しかし、時々刻々と環境は変化します。将来への担保として、シナリオプランニングは有効です。どのように考えることができるか、次節以降で解説していきます。

2 事業継続における課題

パンデミックのビジネスインパクト

世界的なCOVID-19の拡大は、企業レベルでも、企業をまたいだサプライチェーンでも甚大な影響を及ぼしています。この状況を勘案すると、COVID-19が終息したからといって単に以前のオペレーションやビジネスモデルに戻すだけでは事業継続の観点からは問題です。今回のパンデミック対応の経験を生かし、オペレーションおよびビジネスモデルをレジリエントなものに再構成しなければなりません。

このとき真っ先に取り上げなければならないのは「デジタル化」です。例えばスリランカやタイをはじめとしたアジア諸国においては、「大企業のみならず中小企業も含めたデジタル化を推進することで事業継続力を強化することが急務である」との声が上がっています。日本の大企業に対して、サプライチェーンの上流から下流までのデジタル化の推進とそれによる事業継続力強化の積極的な働きかけやナレッジ共有が期待されています。

事業環境変化への対応

COVID-19対応でリモートワークが求められる中、伝統的な日本企業では、リモートワークができていないケースが多数報告されています。デジタル化が遅れているとの指摘も挙がっています。

2018年に経済産業省が公表したDXレポート*2でも指摘されているとおり、攻めのIT投資と、それを推進するための制度設計変更が期待されるように進んでいません。今回のコロナ禍において、リモートワークができなかった企業が少なくないことにもその影響が現れていると言えるでしょう。

現状は、多くの日本企業において、地域別、製品別、工程別の視点でのパフォーマンス管理は行われていても、DX推進の視点でのパフォーマンス管理が行われておらず、デジタル化やDX推進の遅れが見えにくい状況となっています。しかし、今回のコロナ禍によるリモートワーク推進の困難さによって、DX推進の遅れが事業継続上の重要課題であることを認識した企業も少なくないでしょう。

他方、デジタル化が進んでいたことで、コロナ禍におけるリモートワークにも対応でき、業務継続をスムーズに行った企業もあります。ある保険会社では、すでにコールセンター業務への仮想デスクトップ(VDI)やIP電話の導入が完了していたため、顧客からの保険金請求といった重要業務をコロナ禍においてもテレワーク環境で継続できています*3。この教訓を踏まえると、今後、より一層、中長期的な環境変化に対応していくためのデジタル化・DX推進していくことが重要とわかります。

未来の事業環境・ニューノーマルのシナリオを描く

多くの企業が業務縮退やリモートワークでCOVID-19に対応しました。しかし、コロナ禍を受けての変化はこれに終わりません。ニューノーマルとして、働き方や労働市場の変化が予想されます。ここでは、変化の程度が異なる3つのシナリオについて検討してみます(図表1)。

シナリオ1 ワーケーション・ファースト

「今日もお疲れ様でした」。課の夕会が終わるとともに、太郎はヘッドセットを外し、PCの電源をオフにした。今日はこれからが本番、釣り仲間と共同購入した船で初の海釣りに出かけるのだ。この離島に引っ越す以前は精々週末に出かけるのが精一杯だったが、会社が原則リモートワークになり、続々と同僚が地方に転居すると、感化された太郎も、長年の趣味が満喫できそうな環境へ引っ越した。釣り仲間とは引っ越し後に出会ったが、いずれも元東京在住で、現在も東京の会社に勤めている。引っ越し先のこの島は、今も積極的にIターン移住者を受け入れており、今後の再開発も楽しみである。

また最近、太郎には上海の企業からの引き合いが来ている。今の仕事が気に入っていることから転職はあまり考えていなかったが、その企業もリモートワークが前提であり、かつ、時差を考慮すると、むしろ朝釣りの機会が増えることから、太郎は詳しい条件を聞こうと思っている。

シナリオ2 ロボット&ギグ・エコノミー

「チャレンジプログラム」という名の、早期退職制度が太郎の勤める会社でも実行されはじめた。競合他社が大規模なリストラとともに有能なフリーランスやRPA(Robotic Process Automation)を積極活用して効果を上げていることから、自分の会社でもいずれ起きるだろうと予想はしていた。太郎はすでに兼業しており、そうではない同僚に比べていくらか余裕はあるが、それでも不安で一杯だ。求人情報を検索しても、現業務に近いものはすべて有期雇用であり、メインの収入源にするには心許ない。

一方で、無期雇用の引き合いも来ている。RPAと呼ばれるロボットによる業務自動化やチャットボット(chatbot:対話を行うロボット)のエンハンス業務だ。給料は下がるものの、なんと、プログラミング経験は問われない。「IT知識の乏しい自分に務まるかはわからないが、背に腹は代えられない」。太郎は人材エージェント会社に連絡し、自身の職務経歴データと求職SNSアカウント情報をその会社に提供することを許可した。

シナリオ3 レジリエンス・オン・セール

2020年代前半に複数回発生したパンデミック禍におけるOaaS(Operation as a Service)の存在感は計りしれなかった。OaaS利用企業のサービス縮退とその後の回復は早く、国会答弁でも好事例として紹介されたほどだ。IT巨人、産業用ロボットメーカー、BPO(Business Process Outsourcing)企業の合弁会社が提供するOaaSは、追い風を受けて今や爆発的に普及している。利用会社側は、軌道に乗った自社事業のオペレーションをOaaSプロバイダーにフルアウトソースすることで、事業の安定性・継続力や拡張性を安価に得ることができる。

「パンデミック以外の特定事象による需要および供給の増減についても、OaaS利用企業は利用していない企業よりも弾力性(レジリエンス)を持って対応できている」とOaaSプロバイダー各社は宣伝している。理由なく固定的に人間や設備を抱える会社は、金融市場からまったく評価されなくなった。

また、OaaSプロバイダーは労務環境・勤務形態・福利厚生・生涯学習プログラムといった従業員エンゲージメント向上に積極投資している。全国の学生が選ぶ「働きたい企業」サーベイや大手人材エージェント会社による「転職したい企業」アンケート、NPO連合による「障がい者が活躍できる企業」調査ではOaaSプロバイダー全社がランクインしている。「労働市場のリーダー」と言う専門家もいる。

太郎は、OaaSマーケットプレイスから割安なプロダクトを見つけると、[Integrate]ボタンをクリックした。そして、就職活動していた頃と、会社の形が随分変わったことに思いをはせる。大企業・無期雇用が良しとされていた世界はもはやない。


これら3つのシナリオを、読者の皆さんはどのように受け取ったでしょうか。自分の会社はどのシナリオにも適応できるしょうか。あるいは「関係のない」「考えるに値しない」シナリオでしょうか。

これらのシナリオは極端なケースと思われるかもしれませんが、会社によってはまさに“現実”であり、別の会社にとっては蓋然性の高い、インパクトの大きい将来でしょう。大切なのは、先入観を排除して幅広い視点で将来のシナリオを複数描き、次のアクションを考え続けることです。

そもそもの事業環境が変わってしまうレベルの将来の検討は、多様性が確保された関係者間で認識を合わせながら行い、組織の共通言語としてシナリオとして収斂させるとよいでしょう。欧米では従前よりシナリオプランニングの手法を経営計画の策定に利用しています。

3 将来に適応するためのデジタル化・DX推進

「描いた複数のシナリオに対して、今現在のビジネスモデルは通用するであろうか」。この問いに答える形で、方策が導出されます。上述した、働き方や労働市場の変化シナリオに対しては、「足元プロセスの改善」や「ビジネスモデルの変革」として以下のものが導出されるでしょう。

  • 足元プロセスの改善(デジタル化 + α)
    • テレワーク向けICT環境整備、勤務制度の最適化
    • 社内帳票の電子化・ペーパーレス化
    • 取引先との調整、社外帳票の電子化・ペーパーレス化
    • 社内業務の見える化・作業標準化、RPAの部分導入

足元プロセスの改善は、ユーザーを巻き込んで漸進的に取り組むと円滑に進むでしょう。システム開発を伴う場合は、いわゆるアジャイル開発がフィットします。一方で、しばしば法規制やセキュリティといった、ユーザーから導出されづらい要件が漏れ、事故につながることがあるため、それを防ぐ工夫も必要です。

  • ビジネスモデルの変革(DX)
    • 遠隔地への販路開拓や地理的距離(時差を含む)を生かした新サービス
    • 新勤務制度で確保できる人材による新サービス
    • 生産工場のオートメーション&デジタルツイン化
    • 社内業務のエンドツーエンドでのアウトソーシングやAI・RPA導入

DXの出発点としては、既存のビジネスモデルを、将来シナリオを踏まえて分析し、「どの要素が強みなのか?」を再認識することが重要です(図表2)。

また、当初考案したToBeビジネスモデル(将来像)にこだわらず、マーケットニーズを踏まえてモデルを検査・適応させていくことがポイントとなります(いわゆる、リーンビジネスモデル)。

組織的に行うには、経営陣の関与が重要になる

個々のデジタル化やDX施策が立ち上がると、予想以上に苦戦を強いられます。いたずらに経営資源を浪費したり、逆に変革の勢いが失われてしまったりする場合もあります。組織全体として、どのように態勢を整え・継続していけばよいのでしょううか。

将来に対する課題を設定し共有することが何よりも重要

何よりも一丁目一番地として必要なのは、シナリオ・方策として上述したような将来に対する課題を明確に設定し、これを共有、対応が必要とのコンセンサスを経営陣および現場で形成することです。さらに、事業継続力強化もDX推進も、全社のみならずサプライチェーンを含めたエコシステムを対象とし、継続的な取り組みとなります。

このことは、経営陣や現場関係者がしっかりとした共通課題認識を持たず、その対応へのコミットメントが確立できていない場合、深刻な影響をもたらします。対応プロジェクトが動きはじめてから、現場レベルでさまざまな判断がつかず右往左往してしまったり、さまざまな制約で挫折してしまったり、真に共通課題に対して合理的でない対策を進めてしまい、結果的に失敗に終わってしまう可能性も高くなります。

本稿の冒頭で、質問群BでNoがあった企業は、まさにそのリスクが低くないということを自覚されているのではないでしょうか。そのような場合には、ここでいったん客観的な現状診断・評価を行い、課題を明らかにして利害関係者と共有します。このようなコンセンサス形成を再実施することが望まれます。

その際の指標としては、DX推進指標、レジリエンス認証基準など、有効な評価観点は多数あります。これらをうまく活用して客観的な診断・評価を行わなければなりません。PwCでも、これらを加味した診断・評価ツールを用意しています。このような統合化された簡易診断を利用してもよいでしょう。

施策群全体の価値評価と方向づけを継続して行う

共通課題が明確になり、コンセンサスも形成できると、関連する施策が複数立ち上がります。個々の施策はそれぞれのプロジェクトチームの責務となりますが、経営陣は引き続き意思決定を行い続けます。特に、施策群全体として「共通課題に対応できているか」「もっと適応できないか」といった価値評価を継続し、全体としての方向づけ、つまり、施策の新規発足や各施策のスコープ変更・中止を意思決定します。このとき重要になるのが、プロジェクト側との関係、ひいては経営陣と現場との信頼関係です。本稿では組織論について言及する紙幅はないので、ポイントを絞り、データによる方向づけと信頼関係の構築について述べたいと思います。

上下関係のヒエラルキーがある中で信頼関係が崩れるのは、多くの場合、「言っていることがコロコロ変わる」ケースです。これは不確実な未来へ対応しなければならないため生じる齟齬ですが、経営陣に問題がある場合もあれば、受け止める現場側の理解力に問題がある場合もあります。しかし、多くの場合は両者に問題があるものです。

経営陣の不満

  • 進捗報告が不明確・ぶれている。明らかに実態を表していない。
  • 解決したい課題にスコープが合っていない。きちんと言ったはずなのに。それを現場は理解していない。

現場の不満

  • 合意したスコープを強引に変更される。リソース追加もない。
  • 課題を報告しても何も手当てしてもらえない。助けてもらえない。

経営陣がすべきことは、コンセンサスのある共通課題に立ち返って説明することです。そして、各施策が何を目指せばよいのか、SMARTと呼ばれる指標をもとに方向づけ、測定されたデータを挟んで現場と対話することです。

Specific(具体的である)

Measurable(測定可能である)

Achievable(達成可能である)

Relevant(課題に関連している)

Timely(適時に参照できる)

方向づけは、施策開始当初のみ行えばよいわけではありません。各施策のモニタリング結果を収集し、最新の内外環境に基づいて価値評価を行い、必要に応じて新たな方向づけを行う必要があります。まさに広義のガバナンスです(図表3)。

施策群の価値評価にあたっては、ポートフォリオダッシュボードを利用するのも一案です。ただし、価値評価は機械的・画一的に行えるものではないため、ダッシュボード化する定型的な情報・データ以外にも現場との対話が重要です。より成熟した現場に対しては、施策の新たな方向性(ピボット案)や新たな指標を提案させ、それを加味した上で全体として評価することが肝要です。

4 おわりに

これまでテクノロジー、グローバル経済を中心に世界は目まぐるしく変化しています。さらに、今回のパンデミックは、これまでの流れを加速させているようにも見えます。この流れに取り残されないためにも、COVID-19への対応を危機対応レベルに留めず、事業環境変化に適応するための検討へ昇華させることをお勧めします。そこでは、シナリオや施策といった共通課題に加えて、次世代に何を残し、何を伝えるべきかが見えてくるはずです。



執筆者

PwCあらた有限責任監査法人
システム・プロセス・アシュアランス部
パートナー 宮村 和谷

PwCあらた有限責任監査法人
システム・プロセス・アシュアランス部
シニアマネージャー 佐藤 要太郎