ポストCOVID-19に向けた事業継続力・レジリエンスの強化──コロナ禍がもたらしたインパクトと、その対処

はじめに

PwCは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が企業にどれだけ影響を及ぼしているか、その対応などについて定期的に調査しています。本稿では、その調査結果を踏まえ、企業におけるレジリエンス・事業継続の取り組みに与えるインパクトとその強化に向けた対処方法について整理します。具体的には、アクションプランの策定、社内推進体制の整備などが重要になってきます。

1 コロナ禍がもたらしたもの

既存の価値観・秩序を根本的に見直す好機

はじめに、COVID-19が広く社会・経済に対して影響を及ぼしているものを整理しておきましょう(図表1)。ただし、すでに世の中には各分野の専門家の方たちからおびただしい数の論考があふれており、新たな視点を投げかけることが本稿の趣旨でもありません。ここでは、それらの最大公約数的な内容を簡潔に整理し、議論の出発点とします。

コロナ禍の長期化とともに「ニューノーマル」という言葉が紙面を賑わせるようになりました。その言葉の浸透とともに私たちの日常生活においても、緊急事態宣言下の自粛要請や在宅勤務などを通じて「新しい日常」「新常態」を実感されている方も多いのではないでしょうか。

このようなライフスタイルやワークスタイルの変化が今後も当面は継続していくことを前提とすると、むしろ、既存の価値観や秩序が見直されていくのと同時に、その一方で、一気に物事を不可逆的に変えてしまうきっかけにしてしまおうという考えに至るのも自然な流れと言えます。事実、そのような変化を積極果敢にビジネスチャンスにしようとする息吹が世界中に沸きあがっているのが現状です。

このような劇的な変化、不可逆的な変化を前に、歩調をあわせて進化し適応していく必要があることはすべての企業に共通して言えることです。乗り遅れることは競争優位上の大きなビハインドを負うことになります。

というのも、私たちがこの2~3か月の間に経験してきたライフスタイルやワークスタイルの変化は、ある意味で、多くの人が近いうちに来るだろうなと内心抱いていた未来を先取りして体験したようなものなのです(自ら手繰り寄せたのではなく突如として未来から引っ張り上げられたわけですが)。そのため、今後、ウィズコロナやアフターコロナといったステージでは、この「経験した未来」に向かって加速度的に突き進んでいくような側面があり、変化していく方向性はわかりやすいと言えるでしょう。つまり、企業が進化し、変化に適応しなかった場合には、競合他社に大きく取り残される結果に陥ると予測できます。

2020年7月現在、ワクチンの開発までに1~2年かかるというのが一般的な見立てのようです。第2波の懸念もあるなかで、COVID-19の再拡大や新たな感染症・パンデミックを所与とし、まさに「ニューノーマル」における事業継続力・レジリエンス力の強化に取り組み、危機事象への対応力・経営環境変化への適応力を高めていくべきタイミングにあると考えます。

COVID-19の影響を「経営戦略」と「オペレーション」の視点で整理する

では、COVID-19を受けて事業継続力・レジリエンス力を高めていくためには具体的にどう対処すべきかを整理していきましょう。このとき、COVID-19が自社にどのような影響を与えたのかによって取るべきアプローチは変わってきます。

COVID-19が直接に影響を与えるのは、経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)のうち「ヒト」となります。見やすい変化としてリモートワークなどの働き方が注目されがちですが、中長期的な期間にわたって顧客や消費者も含めた「ヒト」の行動に制限を加えています。したがって、COVID-19は「危機事象」でありかつ「経営環境変化」として捉えることができます。

したがって、COVID-19を「新興感染症という危機事象」と捉えた場合には、自然災害などの他の危機事象と同様に、これまでどおりオペレーションにおける継続力強化の観点から対処を考えることになります。一方で、COVID-19を「ヒトの行動に制限がかけられる経営環境の変化」として捉えると、既存のオペレーションを形成している土台である経営戦略に影響するものとなるため、少し目線を上げて経営戦略から対処を考えていくことが必要となります。

すなわち、経営戦略とオペレーションの2つの視点からCOVID-19への対処方法を整理していくことが有効と言えるのです(図表4)。

経営戦略の再構築

前者の経営戦略の視点については、まさに何らかの経営判断・経営意思決定が迫られる事象であったか否か、今後も迫られ得るものか否かということです。もう一段掘り下げると、経営判断・経営意思決定が迫られる状況か否かは、これまでの経営戦略・事業遂行の「前提となる経営資源」がCOVID-19によって変化または棄損し、自社の主要な事業・業務の再考や転換を迫られるほどの影響が生じたか否か、また今後も影響が生じ得るいか否かということになります。

業種業態によって濃淡はあるものの、刻一刻と状況が変化していくなかで、自社への影響を見極めて、迅速に経営戦略の舵取り(経営資源の再配分)ができるかが成否を分けることになります。

ところが、この2~3か月を見ると、持ち前の現場力を結集しながら「火事場の底力」を発揮して乗り超えたため、本来的には適時適切な経営判断により、経営資源の再配分を検討すべき課題が明るみに出なかった日本企業も多いのではないでしょうか。

今後も引き続き現場力で乗り切るというのは現実的ではありません。例えば事業所にクラスター感染が発生しただけで、破綻する可能性が高いと考えられます。このため、経営層による意思決定に必要な情報がタイムリーに把握でき、経営判断・舵取りを実現できる枠組みが整備・高度化していくと、非常に大きなアドバンテージになると考えます。

オペレーションの再構築

一方で、後者のオペレーションの視点は、文字どおり、経営戦略・事業計画を実行に移すための現場業務・現場オペレーションに影響があったか否かということです。COVID-19では、一部のIT系新興企業などを除き、多くの企業が少なからずダメージを受け、対応に苦労された部分ではないかと推測します。

「ヒト」の行動・移動に制限が生じたことにより「対応に苦労」したということは、事業・業務の遂行に必要となる経営資源が整理・可視化されていないということの証左です。したがって、今回のCOVID-19を機に、突貫工事的な在宅勤務の振り返り(平時と比較して生じた不都合)とあわせて、事業・業務の遂行に必要な経営資源を整理・可視化を進めていくことが教訓を活かす意味でも重要と考えます。

2 禍を転じて福と為すには?

求められるのは復旧ではなく、変化へのしなやかさ

COVID-19によって影響を受けた視点「経営戦略」「オペレーション」によって、有効かつ効果的な方策は異なってきます。推奨できる方策としては、「経営戦略」「オペレーション」のそれぞれで2つ、4つの処方箋が考えられます(図表5)。以下では、その概要・意義を紹介していきます。

経営戦略(1):戦略的ERM

戦略的ERMとは、成果とリスク、すなわちEPM(企業業績管理)とERM(全社的リスクマネジメント)を統合することで経営戦略からリスクマネジメントまでの「つながり」を構築することを基本コンセプトとした考え方です。

多くの企業では、リスクマネジメントが経営戦略から独立しており、半期・年度といったサイクルでの「後追いのリスクマネジメント(結果を見た反省会)」に陥っているのが実情です。戦略的ERMでは、経営戦略の計画・遂行の前提となる経営資源に、リスクがどのように影響するのかを予め分析・対処することを可能とし、「先手を打てるリスクマネジメント(予兆をとらえることで適時に対処)」に進化することができるものです。

COVID-19をひとつのリスク顕在化事象・危機事象として捉えると、今後、顕在化し得るリスク、または昨今の変化の激しい時代(VUCA*1 時代)においては、「経営環境の変化」や「経営戦略の前提の変化点」の予兆を適時にとらえて適切な対応を行えることのアドバンテージは益々拡大していくものと考えます。

経営戦略(2):事業影響度分析

事業影響度分析(またはビジネスインパクト分析、BIA)とは、自社のミッション・経営戦略や社会的使命から有事においても優先して継続すべき事業・業務や縮退可能な業務を特定するための手法です。これまでもBCP(事業継続計画)やBCM(事業継続マネジメント)の一環として取り組まれてきた日本企業も多いものと思います。

事業影響度分析には大きく2つのステップがあります。

はじめに、優先して継続すべき事業・業務、または縮退する事業・業務を特定し、全社的な合意を形成するステップになります。あわせて、優先すべき事業については、いつまでに再開・継続するかなどを決定していくことになります。

続いて、決定した優先事業等の継続を実現するために必要となる経営資源等と自社現状のギャップを分析し、ギャップの埋め方を検討していくことになります。把握したギャップ(足りない経営資源)について、どういう手段・時間軸で補っていくのかを整理し、事業継続態勢のレベルアップを図っていくことになります。

COVID-19は、前述のとおり、主に「ヒト」という経営資源の行動と移動に制限をもたらしました。例えば、営業職員による顧客訪問業務への対処方法として、ウェブコミュニケーションとコールセンター業務を拡大するなど、経営資源の再配置やデジタル投資を採用したケースは多くあります。このように、危機事象の発生や経営環境変化によるさまざまな経営資源へのダメージが、優先事業等の遂行にどのように影響するのかを経営資源の観点から可視化すること(=事業影響度分析の2ステップ目)で、経営判断・舵取りをサポートすることが可能になります。

オペレーション(3):経営資源制約分析
オペレーション(4):オペレーション高度化

次に、経営資源制約分析とそれに続くオペレーション高度化という方策が考えられます。経営資源制約分析は、前述の事業影響度分析における2ステップ目に当たる必要経営資源分析と類似したアプローチです。

必要経営資源分析は、事業・業務単位で経営資源の分析を行う手法であるのに対して、経営資源制約分析は、業務手続、まさに現場オペレーションの遂行に必要となる経営資源を棚卸していきます。そのうえで、事業継続・レジリエンスの観点から、時間的・空間的な制約がどこにどの程度あるのかを明らかにし、その制約を取り除くための業務改善・デジタル化の活用も視野に入れたオペレーション高度化につなげていくことになります。

COVID-19を受けてリモートワークを軸としたワークスタイル変革への機運が高まっていますが、緊急事態宣言下や出社8割減要請下では、多くの企業が突貫工事的に在宅勤務を推進してきています。

ウィズコロナ、アフターコロナを見据えると、出社してやるべき仕事、在宅でも可能な仕事の見極め・切り分けを行いつつ、事業継続力・レジリエンスの観点からは、優先事業等と照らし合わせながら、時間的・空間的制約の少ないオペレーション態勢を構築していくことがゴールとなります。昨今のテクノロジーの進歩、デジタルトランスフォーメーション(DX)の波に乗り、オペレーション高度化を実現していくべき時代と考えます。

何からどのように始めるべきか?:影響に応じた「はじめの一歩」

ここまでご説明してきたとおり、COVID-19が「経営戦略」「オペレーション」のどちらに影響したのか、あるいは大きかったのかによってはじめの一歩が異なると考えます(図表8)。

「経営戦略」により大きな影響を受けている場合には、戦略的ERMや事業影響度分析から着手し、その後、「オペレーション」へ展開していくことが正攻法になると考えます。しかしながら、戦略的ERMや事業影響度分析は、全社横断的・グループ横断的な取り組みとなるため、取り組みの合意形成や関係各部調整等の非常に体力・時間がかかる手続が多く、COVID-19対応の位置づけで行う際の求められるスピード感・スケジュール感との折り合いをつける必要があります。

一方で、速効性を重視した取り組みの「はじめの一歩」として「オペレーション」から入ることも有効なアプローチと考えられます。「オペレーション」自体に大きな影響を受けた場合はもちろんですが、「経営戦略」に大きな影響を受けた場合においても、短期間に目に見る形での果実を採っていくことが可能となるため、まずは危機を乗り切ることを優先に考えた場合には速効性があります。

さらに、同時に複数の「オペレーション」へアプローチすることも有効な手段となります。複数のオペレーションに対して、経営資源制約分析の結果を横並びで比較・分析を進めていくことで、全社的・事業横断的な経営資源配分や配置転換の必要性を浮き彫りにすることも可能なため、「経営戦略」の観点からも有効な入口になると考えられます。前述した営業職員による顧客訪問業務からコールセンターへの業務移管やデジタルツールを利用したウェブコミュニケーションの活用等、オペレーション間をまたがる解決策の導出につなげていくことが可能です。

上記の「はじめの一歩」は、COVID-19による自社影響がある程度整理されていることが前提となります。ところが、いまだに危機対応下にあるなかにおいてはCOVID-19による影響の整理を行うまでに至っていない状況に苦しんでいるケースも見受けられます。そのようなケースにおいては、まずは短期間で自社の現況を可視化し、何から対応していくべきかの行動計画(アクションプラン)を策定することから始めてみるのもよいかもしれません(図表9)。

PwCでは、これまでの事業継続・レジリエンス強化のプラクティスにより培ったノウハウ・他社事例をはじめ、事業継続やCOVID-19に係るガイドライン、レジリエンス認証などのエッセンスを凝縮したフレームワークを有しており、COVID-19に対してもすでに多くの会社と協働して対応を進めています。これは、今回のCOVID-19対応における振り返りや教訓・課題の整理、並びに自社に適した事業継続・レジリエンス強化の取り組みの突破口としても役立ちます。

成否の鍵は社内推進体制

事業継続態勢・レジリエンス強化というものは一通り対処すれば完了というものではなく、内外環境の変化に応じて常にアップデートしていくことが求められる性質があります。いったん素晴らしい態勢を構築したとしても変化とともにすぐに陳腐化してしまう可能性があるということは想像に難くないものと思います。

これから第2波・第3波や新たな感染症が懸念され、また、ウイルスと共生する時代が来ると言われています。そうなると、危機事象が発生したときに、それまでに築き上げてきた事業継続態勢によって危機下に耐えるレジリエンスを発揮すると同時に、その経験・教訓を糧にして、よりしなやかになっていくという、いわゆる半脆弱性のような性質を企業が持つことが重要な時代になっていくことでしょう。

そのとき、前述した方策を進めていくことはもちろん、状況に応じて取り組み全体をコーディネートし、リードしていくための推進体制の強度が、そのまま企業のレジリエンス力のバロメーターになるのではないでしょうか。

方策それ自体は、外部アドバイザー中心に推進していくことも可能ですが、将来にわたって外部アドバイザーに頼り続けるわけにはいきません。しっかりとノウハウを自社内に蓄積して、変化に応じた新たな方策を自ら打っていけるような推進体制を築くことが肝要と考えます(図表10)。


*1 Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguityの略


執筆者

PwCあらた有限責任監査法人
システム・プロセス・アシュアランス部
ディレクター 市川 敦史

PwCあらた有限責任監査法人
システム・プロセス・アシュアランス部
シニアマネージャー 森本 全